原初のワルツ

ひょんなことからワルツの練習をしないといけなくなったアレイシアとエウブレナの相手をそれぞれ店長(パンテレイモン)とヴァッカリオが勤める話。ネーレイスはお嬢様なので最初から踊れます。さすが!

※プロメ時代にワルツがあったとは思えないけどその辺はまあガバガバ捏造設定で


「どうしてこうなった」
「なんだよ、嬉しいだろ?お礼はパワフルワンでいいって」
「うるさいですね、この……ヴァ、ヴァッカリオさん……!」

パンテレイモンのぎこちない呼び方にヴァッカリオはぷっと噴き出すと、大変に失礼なことに人を指さして大爆笑し、その後背中をバンバンと力強く叩いた。馬鹿力で叩かれると咽る。

店長こと一般市民でありヴァッカリオの友人と言う立場で紹介されたパンテレイモンは、わざわざ認識阻害をかけて顔立ちと声を変えた上で、なぜかヴァンガードベースにいた。
いつもの店長という立場であれば、口汚くヴァッカリオを罵れるところだが、あくまでも友人という立場であり、店長の時と同じ様な悪態をついたらバレかねないので、こうしてむず痒くなる口を我慢して冒頭の発言に至る。

「お待たせしました!」
「うえー、なんか変な感じ……」
「おーよく似合ってるぞ!どう、写真撮っちゃったりする?パンテレイモンさん?」

肩に肘を置いてにやにや、耳打ちしてくるヴァッカリオをうるさそうにパンテレイモンは振り払った。そんなことよりも、今、この奇跡の光景を目に焼き付けたい。
ヴァッカリオとパンテレイモンの前に現れたのはフォーマルなドレスを纏ったアレイシアとエウブレナだ。

ヴァッカリオ曰く「ひょんなこと」でどこぞの富豪のダンスパーティーに招待されたアレイシア、エウブレナ、ネーレイスの三人娘。ダンスなんてやったことがない、と顔を青くするエウブレナに、ダンスパーティーってなんだろう、と首を傾げるアレイシア、そして、あらお二人ともダンスパーティー初めてなのですの?と余裕綽々のネーレイス。

ネーレイスはさすがお嬢様なだけあって、一通りマナーも、ダンスもそれなりに踊れるとのことだった。問題はエウブレナとアレイシア。二人とも、マナーはかろうじて研修中に習ったものがあるから最低限、復習で良いとして。問題はダンスの方だ。そんな上級貴族の嗜みなんて、一般市民は知りもしない。

「それにしても隊長がワルツを踊れるだなんて……」
「まあね、隊長やってるからにはそれぐらいはできるさ。さて、はい、エウブレナお手をどうぞ?」

紫色のドレスに身を包んだエウブレナにヴァッカリオは手を差し出した。いつも酒臭くて、だらしない格好と違って、今日はヴァッカリオのそれなりにきっちりとしたスーツを着込んでいる。元々、エウブレナが敬愛するアポロンVIが声高々に「二枚目だ」といつも叫んでいる美形なので……つまり、エウブレナは少しだけ頬を染めてしまった。

「パンテレイモンさん、よろしくお願いします!」
「は、はい!こちらこそ!」

ガチガチに緊張したパンテレイモンがアレイシアの手を取ってエスコートする。手汗を事前にスーツのズボンで拭きに拭きまくっていたが、今もとめどなく噴き出しているような気がしてきた。アレイシアが不思議そうな顔でパンテレイモンを見上げるが、危うく胸元に目がいきそうになって必死に目を泳がせまくった。

「では、音楽をかけますわよ!音楽に合わせて、ワン、ツー、スリーのテンポで足を滑らせるだけの簡単なステップですわ!」
「簡単って言うけど……!」
「はいはい、頑張れエウブレナ~!ま、当日も基本は男側がリードしてくれるから、流れに身を任せる方が楽だぞ」

ヴァンガードベースの乱雑な空間に似合わない、優雅なワルツが流れ出すと同時にヴァッカリオはやや強引にエウブレナの手を引っ張り、歩幅を彼女に合わせるようにしてゆっくりと踊り出した。曲のテンポに合わせて、ヴァッカリオがタイミングよく手を引っ張るのでエウブレナもそれについていくようにしてステップを踏む。

踊り出した二人からワンテンポ遅れて、パンテレイモンとアレイシアのコンビもゆっくりと踊り出す。ヴァッカリオ達に比べると、かなりぎこちない。

「パンテレイモンさん!テンポが遅れてますわよ!アレイシアももう少しお淑やかに足を動かしなさい!ドレスの裾がめくれてしまってますわ!」
「わ、わかったぞ!」

ネーレイスの厳しい指導に、パンテレイモンもアレイシアも慌てて体勢を立て直す。

パンテレイモンとて、ワルツを踊ったのなんてそれこそ数万年単位で昔の話だ。あのアレスが「人間が面白いことやってるから俺たちもやってみようぜ!」とある日突然押しかけてきて、よくもわからずに人間の見よう見まねでワルツを踊って以来。

そういうわけで、誰かに習ったのではなく、勝手に見て覚えただけの我流だ。しかも、流行遅れどころか全てのワルツの始まり、原初のステップである。
……些細なことでも無駄に神話級のスケールになってしまうのはもはやいつものことなので仕方ない。

「ワン、ツー、スリー!そのタイミングで向きを変えるのですわ!ホールに気を配って、他の人とぶつからないようにするのですよ!」
「む、難しい……!」
「大丈夫ですかアレイシアさん……い゛っ!」
「あっごめんなさい!!」

曲に合わせつつ、ターンを決める。ゆったりとしたワルツのテンポはいつものアレイシアにはなかなか難しいようで……この後も、パンテレイモンは何回も足を踏まれる羽目になった。そのたびに、アレイシアの頭の上の特徴的な毛がへにゃりと垂れるので、逆にかわいそうになってくる。

「隊長とエウブレナはそれなりに踊れてますわね……」

あの酒飲みが一番上手なのは許しがたいですけど、とネーレイスは一人呟いた。問題はパンテレイモン組の方だ。ヴァッカリオが「そこそこ踊れるけど身長だけで選んだようなもんだ」と紹介してくれたように、パンテレイモン自身もあまりうまく踊れていない。初心者で、ワルツのテンポが苦手なアレイシアは言うまでもない。

少し休憩しましょうか、のネーレイスの一言で音楽が止む。アレイシアは思わず床に大の字になりかけて、自分がドレスを着ていることを思い出して踏みとどまった。

「ちょっとしか踊ってないのにすっごい疲れた……」
「すみません、私もちゃんとリードできず……」
「ううん、そんなことないよ、ボクも何回も足ふんじゃったし……」

足、大丈夫?と上目遣いに尋ねられてパンテレイモンはものすごい勢いで首を縦に振りながら壊れたオモチャのように大丈夫ですと繰り返した。

「苦戦してるみたいじゃん、パンテレイモンさん?」
「ぐっ……あなたがいきなり連れてくるから!」

余裕の笑みを浮かべたヴァッカリオが話しかけてきて、パンテレイモンは思わずキッと睨み返した。それを見ていたアレイシアが露骨にどんよりとしたオーラを出す。

「そっか、ヴァカ隊長が無理を言ったんだね……ごめんなさい……エウさんが終わったら、ボク、隊長に相手してもらうよ……」
「いやいやいやいや、全然迷惑なんかじゃないんで!大丈夫なんで!!ほんと大丈夫なんで!!!あんなヤツの手とか汚いから握らない方がいいと思います!!!」
「おい、なんか漏れてるぞ」

ヴァッカリオに指摘されたパンテレイモンはすっと目をそらした。とりあえず、汚物野郎だのゴミ箱寝太郎だのまで言わなかったのでセーフだと思いたい。

「そういえば、パンテレイモンさんはどちらでワルツを習ったのですの?」
「……昔、古い友人が誘ってくれたので。習ったというよりは、二人で他人の踊り方を見ながら真似ただけですよ」

ふむ、と考え込むネーレイス。それとは対照的に、何かを察したようなヴァッカリオ。さすがに、その件に関しては茶化すつもりはないようだ。
ヴァッカリオは少しばかり首をひねると、名案でも思い付いたかのように手を打った。

「パンテレイモンはその友人と踊るつもりで踊ればいいんじゃないか?無理にアレイシアに合わせようとするからおかしくなるんだろ。アレイシアだって縮こまっちまってるから、うまくステップが踏めてない。それならパンテレイモンのペースで、アレイシアがそれに合わせた方がいいだろ」

身長の高い側がリードするのがワルツだしな、とヴァッカリオは締めくくった。その言葉にネーレイスはぱちぱちと瞬きをしてから考え込み、少しだけ息を吐いた。

「悔しいですけど、言ってることは至極まともですわ。そのとおりです。悔しいですけど」
「なんで二回言った?」
「それだけ、隊長への尊敬度がないってことですよ」

エウブレナが冷静に突っ込みをいれた。エウブレナもネーレイスもヴァッカリオの正体は知っているが、それとこれは別。日頃の行いを見ていればどうあがいても尊敬の念なんて1ミリも持てない。

「アレスと踊るつもり、か……」

ヴァッカリオの言葉を口の中で小さく呟いてから、隣でやっぱりどんよりしたままのアレイシアを見下ろす。ヴァッカリオがどういうつもりで言ったのか、真意は全く読めないが、しかし。

「ではそれを踏まえて練習再開しますわよ!ほら、元気出して!ここで頑張らないと、またヴァンガードのイメージアップに失敗してしまいますわ!」
「!そ、そうだね!よぉぉぉぉし!!がんばるぞ!!!」

ネーレイスに激を飛ばされたアレイシアが頬をぱちぱちと叩いて喝を入れる。頭の上の矢印のような髪もピン!と元気を取り戻したようだ。その様子を見ていたパンテレイモンはこの髪の毛がどういう素材なのかちょっとだけ気になった。アレイシアのことなら何でも知っているつもりだったが、この髪の毛の謎だけはいまだにわからない。

よろしくお願いします、と二人そろって改めてお辞儀をして、手を取り合い。流れるワルツに乗せて、一歩を踏み出す。

(アレスは、ワルツなんて言ったって無茶苦茶だった。大股で適当なステップで、優雅さとは全く無縁で)

アレイシアの小さな手を握り、パンテレイモンは少しだけ過去に思いを飛ばす。

(何回も転んだり、お互いの足を踏んだり、人間の方がよっぽどうまかった。それでも――)

「パンテレイモンさん?」
「っ、ああ、少し、その、友人のことを思い出していて……」

アレイシアが心配そうな顔でこちらを見てきた。その中に、アレスの面影は全くない。彼はアレイシアと一つに溶け合ってしまった、だからもうこの世の中にアレスという存在はひとかけらも残っていない。

「……友人は、ワルツが下手だったのです。だけど、私と踊っていられるのが楽しい、と」
「楽しい……」
「そうです。お仕事のためとはいえ……やはり、ワルツも音楽も、楽しまなければなりませんね……アレイシアさんは、私と踊っていたらつまらないですか?」

ぐい、とアレイシアの手を引っ張って大きく、一歩を踏み出させた。

「私は足を踏まれても、ドレスの裾をまくりあげていた姿でも、アレイシアさんと踊るのは楽しいですよ。……昔を、思い出します」

流れる優雅な曲を耳に、パンテレイモンは自分のペースで、あの時踊った下手くそなワルツのステップを踏む。ネーレイスが言ってたように、ワン、ツー、スリー。その三歩だけを繰り返す、シンプルな原初のワルツ。

「そっか……うん、ボクも、普段着ないドレスだからって緊張しちゃってたみたい!ただのダンスだって思えば……意外と楽しいかも!」
「でしょう?」

ぱっと笑顔を輝かせてパンテレイモンを見上げるアレイシアに、優しい笑みを返す。以前は、パンテレイモンが見上げるワルツだったけれど。

「……ネーレイスはちょっと厳しいけどね」
「ははは、もう少し練習を頑張りましょう、楽しく、ね」

ちらり、と視界の端にうつったヴァッカリオは、器用にエウブレナを片手でくるりと回していた。そんな高度な真似はアレスと踊ったときもやらなかったし、今もやるつもりはない。
パンテレイモンはアレイシアを見下ろしながら、ゆっくり、何回もワルツのステップを踏んだ。ワン、ツー、スリー、ワン、ツー、スリー……。