てんちょとヴァが居酒屋でぐだぐだする話。ジャスティスカーニバル後。すぐてんちょに神様ムーブさせたがる欲望が暴発した(大の字)
ようやく勤務が終わり、やれやれと疲れた体を引きずってエリュマを出た店長(あだ名)を待っていたのは、にやにやとした笑みを浮かべたヴァッカリオだった。
「よう、お疲れさん」
「なんなんですかあなた……」
「まあまあ。ちょっと飲みに行かね? っていう誘いだよ」
ふざけた声音でそう言ったヴァッカリオであったが……その瞳の奥に翳りを見つけ、店長(あだ名)は「あなたの驕りなら」という条件付きでその申し出に乗ることにした。
ヴァッカリオに連れてこられたのは個室の居酒屋。ずいぶんと防音がしっかりしているようで、ドアが開いた時だけ、各個室の喧騒が漏れる程度だ。
「厳重ですね?」
パンテレイモンの言葉をヴァッカリオは曖昧に受け流し、生ビールを二つ、タッチパネルから注文した。その後に、パンテレイモンに端末を差し出してくる。
「好きなモン食えよ。マジで奢るからさ」
「……あなたにそう言われるの、大変不気味なのですが」
「ま、個室に呼び出して二人きり、となりゃあ、ねえ」
ヴァッカリオは飄々とした態度を崩さずに、お手拭きの封を切って手を拭っていた。それを視界の端に収めつつ、パンテレイモンは適当に酒のツマミになりそうなものを選ぶ。昔はワインと言えばパン、だったが。人間は、長いときの果てに多くのアルコールと多くのツマミを開発してきたらしい。ありがたくその恩恵にあずかろう。どうせ財布は目の前の男が全部持ってくれる。
「で、こんなところに呼び出して、何の用です?」
パンテレイモンが端末をヴァッカリオに突き返す。ヴァッカリオは真っ先に注文履歴を確認して、さらに追加で何品か選んだようだ。しばし、沈黙。端末のタッチ音だけが個室内に響く。
ヴァッカリオが注文を終えるとともに、タイミングよく店員が生ビールを二つとお通しを持ってきた。それらを前に、ヴァッカリオはいつものへらりとした顔を浮かべて「乾杯」と言う。
仕方なくパンテレイモンもそれに付き合い、ビールを喉に流し込む。ヴァッカリオ程、一気飲みはしないが。それなりに「仕事明けのビールのうまさ」は知っているのだ。
「話、なんだけどさ」
「ん」
「……俺の体、どうにかなんねぇかなって」
その声は、力なく二人の間に落ちて行った。代わりに、パンテレイモンは出されたお通しのクラッカーにハムとチーズを乗せて口に頬張る。ヴァッカリオは、またビールジョッキを傾けてビールを体に押し入れていた。
「結論から言えば、私の手にはあまるものだな」
「あーやっぱ?」
クラッカーで汚れた手を拭きつつ、ビールを一口。ヴァッカリオの顔を見るとプロメテウスは肩を竦めた。
「神器はそもそも私の管轄外だ。神話還りの力、身体構造だって人類が長い年月をかけて自らの力で構築してきたものだからな」
別に私が作ったわけではない、と静かに言い捨て、二枚目のクラッカーに手を伸ばした。そこに、店員がオーダー品を持ってやってくる。カルパッチョに生野菜のサラダ、それからシェフのおまかせ前菜6品盛り。もう少し早く来てくれれば、クラッカーではなく前菜に手を伸ばしたのに、とプロメテウスはタイミングの悪さに辟易としながらクラッカーを口に運んだ。
「で、どうしたいきなり。そんな話を」
「ん、まあ……ほら、いろいろあったからさ。まー考え方も変わって来た、ってわけよ」
いろいろ。それは兄との仲直りの事を指しているのか、親友の娘への告解の事を指しているのか、はたまた、よくできた後輩たちの行く末を案じて、なのか。いずれも、プロメテウスはたまにヴァッカリオがぼやいているセリフから断片を拾い集めるだけの立場に過ぎない。具体的に何があったかなんて、この男はそう簡単に曝け出すような性格をしていないのだ。
そんなヴァッカリオは追加の生ビールを注文し、前菜をひょいひょいと口に入れている。
「英雄庁の方の治療は手詰まりっぽいし。アンタの聴取も一通り終わっちまったって。んなら、個別指導でもしてくんねーかな、と」
「この食事代ごときで神の叡智を授かりたいと?」
「おうよ、だからもっと高いモン頼んでいいぜ?」
悪びれもなく言い放つヴァッカリオに、プロメテウスはあきれた顔をしつつ注文用の端末に手を伸ばした。そういうからには、死ぬほど高いワインでも注文してやろうか。
「……食事代に限らずさ、別に叡智を授かれるならいくらだって金払うよ」
「金を払われたところで授ける叡智はない」
「ケチ」
「うるさいな、無いものは授けようがない、という話だ」
プロメテウスの返しに、ヴァッカリオは本気でため息をついた。店員が持ってきたビールのおかわりを、息継ぎもせずに一気飲みする。
「お前、潰れるなよ」
「はあー、ヤケ酒飲まなきゃやってらんねえだろ! ったく、誰のせいでこんなことになったと思ってるんだ」
「事象を起こしたのは私だが、直接原因は自分自身だろう。そういう道を選んだのはお前だ」
バッサリ切って捨てられてヴァッカリオは唇を尖らせたままツマミを物色した。アラサーのあひる口なんて、可愛くもなんともない。
……まあ、プロメテウスとしても、ヴァッカリオやエウブレナ、その他の人間たちの「その後」に思うところがないわけでもない。
だが、神の力を失ってただの人間になった今、贖罪する術も理由もない。神であったプロメテウスは人類に対して優しくもあり、傲慢でもあった。自分の行いに間違いはなかったと今でも胸を張れるだろう。
その気持ちと、人間であるパンテレイモンが抱える懺悔の気持ちは別物だ。
「……とりあえず、規則正しい生活でもしたらどうだ」
「なんだよーそんなお兄ちゃんみたいなこと言っちゃってさー」
「おいやめろ私をアイツと一緒にするな虫唾が走る」
ゾゾゾ、と鳥肌が立ったプロメテウスは、思わず両腕をさすった。アポロンVIと同じカテゴリにだけは入れられたくない。絶対に嫌だ。
プロメテウスが追加で頼んだピザが届いた。早くもぐだぐだモードになってあーだこーだと文句を垂れるヴァッカリオに代わり、カッターで八等分してやる。
「いやほんと、なんかヒントだけでもない? ちょっとしたひらめきとかさあ」
「お前が肉体を捨てて神になれば済む話ではないか」
「それはちょっと。人間の枠でいさせてよ」
「ったく、ああいえばこういう……ワガママな客だ」
青筋を立てながらプロメテウスがビールを呷る一方、ヴァッカリオは「てんちょー接客スマイルスマイル~!」と囃し立ててくる。少しでも憐憫の情をもって話にのってやったのが間違いだった、とプロメテウスはジョッキを力強くテーブルに叩きつけた。
「貴様は! 規則的な生活! 誠実な対応! 善行を積め!!」
「なんだよ、説教かよ。ちぇっ、神様みたいなこと言っちゃってさ~」
「神様で何が悪い!」
ああ、嘆かわしき愚かな酒クズ。ヴァッカリオの手には気づけば、新しいおかわりのビールジョッキが握られている。それもぐいぐい、と飲み干していく。
「ヒントがないならヤケ酒付き合ってよ」
「断る。お前の酒癖の悪さにはついていけん」
「おいらと店長の仲じゃん!」
「そんな仲になった覚えはない、触るな汚れる」
にゅ、と伸びてきた手を振り払って、プロメテウスは心底嫌そうな顔をした。だいぶ酔いが回っているのか、ヴァッカリオの顔はかなり赤くなっている。完全に酔いつぶれる前に誰か……アポロンVIにでも迎えに来てもらう必要がありそうだ。顔を見るだけでも蕁麻疹が出るというのに、その相手にペコペコしながらヴァッカリオの世話を頼まないといけないだなんて。どう考えても、奢られた分より苦労の方が多い。
割に合わんな、と思いつつ、店員が用意したこの店で最も高いワインを飲みながらテーブルに突っ伏して何やらぐだぐだしているヴァッカリオを見る。
「神器も神話還りの肉体も私の専門外ではあるが……先日の、ジャスティスカーニバルでの行い」
「は? なんかあったっけ?」
「貴様、アポロンVIとアテナVII、ヘパイストスXIと『共鳴』を行っただろう」
なんで知ってんの、とヴァッカリオはテーブルから勢いよく体を起こした。その視線を受け流して、プロメテウスは続ける。
「『共鳴』、つまり、他人と神力を重ね合わせる行為。あの技術を応用すれば、他人の神力を『外部電源』のように扱えるようになるのではないか?」
「は……なにそれ……」
「確か最初は兄と力を合わせて、神器に呼びかけをしたのだろう? それと同じ理屈だ。他人の力を借りて、神器に呼びかければいい。それで神器が応えてくれるなら、起動時の神力の消費も、体への負担も大幅に減るだろう」
「そんなことが……可能なのか……!?」
プロメテウスはワイングラスを傾け、赤ワインで喉を潤した。そして、ニヤリ、と笑う。
「できるかどうかは、人類次第、だ。少なくとも、神の叡智の一片としては……『可能性はある』という言葉を貴様に授けよう」
さて、技術の開発と貴様の命の刻限と、どちらが早いものやら。最後に、そう付け加えればヴァッカリオは酔いの醒めた顔で呆然とプロメテウスの顔を眺めていた。
「英雄庁も、お前とお前の神器単体でしか調査研究をしていないのではないか? 他の神器との連携も研究の価値はある」
「……っ!」
「……おい、泣いているのか」
「っは、わりぃ……」
両手で顔を覆ったヴァッカリオは、震える声でそれだけを返した。
捨てたはずの生への執着を再び胸に抱えたことによって、改めて見えた自分の未来の絶望。そこに差したわずかな光でも、ヴァッカリオにはまさに神からの救いに見えたのだろう。
プロメテウスにしてみれば、「可能性はある」と言っても、ごくごくわずかな、それこそ証拠も何もない机上の空論だ。たったそれだけの細い糸でも、泣くほどに待ちわびていた男の事を思うと……やはり、何も思わないわけでもない。
「……とりあえず、潰れる前にアポロンVIでも呼べ」
そう言って、プロメテウスは立ち上がった。当初の目的は達せられたのだから、もうこの酔っ払いに付き合う義理はないはずだ。どうせ、会計はすべて向こう持ち。最後まで付き合って、介護させられるのも嫌だ。
「なあ」
「なんだ」
「……ありがとう」
個室を出ていく直前。涙ぐんだ声のまま、ヴァッカリオはそう声をかけた。プロメテウスはそれに何も返さず、個室の扉を閉める。
礼を言われる筋合いはない。なぜなら、ヴァッカリオの体をそうさせてしまったのは自分であって……それで礼を言われたら、ずいぶんと大掛かりなマッチポンプだからだ。そんなつもりは、プロメテウスには一切ない。
外に出れば、そこかしこで酔っぱらったサラリーマン達が騒いでいる。その雑踏の中に、プロメテウスはまぎれて消えていった。