アシュタルとアリオテスの話。
唐突に覇眼戦線。すみません、覇眼戦線は専門外なもので……。フリートに投げようと思ってたのに長くなってしまったのでここで供養。
ガバガバ時間軸。もしかしたら本編であったネタかもしれない(前のやつ忘れちゃった、ごめんね)。一人称、他人称、口調はいい加減ですすみません
「アリオテス!」
アシュタルの叫び声に、アリオテスが振り返った時。目の前には敵兵の剣が迫っていた。
マズい、と思った時には、すでに間に合わない。自分が剣を引き上げるより早く、敵の剣が振り下ろされる。
「っ!」
耳元に届いたのは、血が迸る音でも、体が切り裂かれる音でもなく、ただ剣と剣がせめぎ合う音。
「アシュタル!」
「っとに……ッ!」
アシュタルは不安定な体勢から、全身の筋肉を軋ませて敵の剣を払い除けた。そのまま、振り向き様に一閃。瞬きをする程の僅かな時間に、命を奪う側と奪われる側は逆転していた。
「ッハ……大丈夫か!?」
「あ、ああ! アシュタルは!?」
問題ねぇ、とアシュタルは吐き捨てて辺りを見渡した。他に、人の影は見当たらない。
戦闘が終わった後、死体の下に隠れ潜んでいたらしい。偶発的な事故のようだ、と判断したアシュタルはようやく、剣の切っ先を下ろした。
「び、びっくりした……」
「そりゃこっちの台詞だ、馬鹿野郎」
とは言え、アリオテスだけに責任があるわけでもない。相手の実力やら忍耐力やら。そして、時の運。
戦場では、誰がいつ死ぬか。そんなことは、誰にもわからない。きっと神ですら把握していないだろう。
青ざめた顔で辺りを見渡すアリオテスに、アシュタルは静かに声をかけた。なんだ?と見上げてくる姿は、まだまだ子供で──可愛い、弟子だ。
「アリオテス。お前、もう弟子をやめろ」
「……は? い、いきなりどうしたってんだよ!」
「お前の剣の腕は、平凡よりちょいと出来るかどうかぐらいだ。それじゃ戦場を駆け抜けることなんてできやしねえ」
せいぜいが、前線を維持するのが限界だろうよ、とアシュタルは続けた。
アリオテスが口を開くより先に、アシュタルは二人の間、地面に剣を突き刺した。その力強さに、アリオテスの開きかけた口が閉じられる。
「そうさ、お前の剣じゃ何も救えねえ。……それは、俺も同じだ。剣を振るったって、目の前にいるヤツしか守れない」
アシュタルは剣の柄に手を置いて、アリオテスを見下ろした。アシュタルが剣を振るう、あの熾烈な暴風そのままの眼差し。
「アリオテス。お前に剣の才能は人並みにしかねえ。……だが、王の才能がある」
「王の……」
「そう。俺とお前は違う。俺は剣を振るって、一人しか守れねえ。そんな才能さ。お前は、剣を振るっても、何もできねえが……その両手で、多くの人を守れる才能がある」
アシュタルの大きな手が、剣の柄から離れてアリオテスの肩に乗せられた。アリオテスは、目を丸く見開いたまま、その手に自分の手を重ね合わせる。青年と少年の大きさの違い。筋肉の付き方。骨格。皮膚の硬さ。
「アリオテス、王になれ。そして多くの人を助けろ、守れ、幸せにしろ、平和をもたらせ」
「……アシュタル……」
「俺は、お前を守る。お前一人を守る剣になる。剣を振るったって、そんなにたくさんの人間は守れやしねえ。だがな、お前一人を守るぐらいは……俺にだってできる」
アリオテスは黙ってアシュタルを見上げていた。戦場の血生臭い空気の中、沈む夕日に照らされて二人の影が伸びる。
「俺が、王に、なれるって……」
「なれる。お前の師匠として断言んする」
「……師匠、ったって、剣の方だけだろ……」
アリオテスの口から漏れたのは、悔しそうな呻き声だった。
アシュタルの胸に、憐憫の情が湧かないわけがない。置いた手の下にあるのは、少年の細い肩。まだ成長期が始まったばかりで、線の薄い体。何より「自分も強くなりたい」と純真な憧れで剣を熱心に奮って訓練してできた、剣だこの数々。重ねられた手から伝わる、それらに、アシュタルは静かに目を伏せた。
しかし、もう一度目を見開くと、アリオテスの涙が潤む目を睨みつけた。
「四の五の言ってられねえんだよ、この戦乱の世じゃ。誰かが王になって、民衆をまとめなきゃならねえ!」
「わかってるッ!」
「!」
アリオテスから、叫びのような声が迸った。それは、悲鳴でもあり怒りでもあった。
「誰かがやんなきゃいけねーって! わかってる! わかってんだよ!! だけど」
アリオテスが項垂れて顔を伏せた。アシュタルの手に重ねられたままの手が、小さく震えている。
「俺なんかが、そんなのできるわけねーって。怖いよ、アシュタル……俺がミスったら、たくさんの命が失われるんだぞ。一歩間違ったら、たくさんの人を不幸にしちまうんだぞ」
怖いよ、そう言ってアリオテスは押し黙った。二人の間に突き立てられた剣の元に、ぽたり、ぽたりと、水滴が落ちて染みを作る。
「アリオテス……」
「……だけどさ、アシュタルにまで、そう言われちまったら……」
顔を上げたアリオテスは、子供の様に泣きじゃくった顔をしていた。しかし、アシュタルを見上げるその瞳には――大人の、王の輝きが煌いている。
「やるしか、ないよな」
「アリオテス、お前……」
リヴェータもルドヴィカも。民衆をまとめあげて、戦乱の世を平定しようと駆け抜くには、幼い年頃だろう。そこに続いて、アリオテスという少年を、新たな贄にしようとしている。
「大人」側のアシュタルにとって、それはあまりにも心苦しく。乗せた手を思わず、引っ込めようとさえ思わせるものだが……そこに乗せられた、アリオテスの手に触れて、アシュタルも腹を括った。
「ああ。やるしかねえ。安心しろ、お前は一人じゃない。俺がお前を守る」
「だから、俺はたくさんの人を守る」
「そうだ。そして、俺は……ルミアにでも守ってもらうかな」
「なんだよそれ」
アリオテスはプッ、と噴き出した。そんな弟子の頭をアシュタルの硬い手がかき混ぜる。アリオテスが泣いた顔のまま、その手をうるさそうに振りう払う。息を吐いたアシュタルは、地面から剣を引き抜いて担いだ。
「バカ、女は強いぞ、最強だからな」
「だから、なんだよそれ!」
「お前にはまだ早いか~」
ヒュウ、とふざけた口笛を吹いて宿営地に足を向けるアシュタルを、アリオテスが慌てて追いかける。隣にアリオテスが追い付いたのを感じて、アシュタルは歩くスピードを緩めた。きっと、そのうちこの隣合って歩く立ち位置も変わるだろう。アリオテスの後ろになるか、前になるか。どちらにしても、並んで歩く時間はもう残り僅か。
「……そしたら、俺がルミアも守りゃいいんだろ」
「よくわかってるじゃねえか。そうすりゃ、俺らは安泰さ」
ルミアがアシュタルを守るのは、比喩でも何でもない。傷ついたアシュタルの看病もやってくれるし、料理だって振舞ってくれるだろうし、掃除だってしてくれる。そう、ルミアは、アシュタルの帰る場所を守ってくれるだろう。帰る場所があるからこそ、人間はどこの戦場に赴いたって、生きて帰ろうという気持ちになれる。
アリオテスがルミアも含めて、人々の平和な生活を守る。そんなアリオテスをアシュタルが剣で守り抜く。自分にしちゃあ、完璧な作戦だな、とアシュタルは自嘲気味に笑いながら、その夢想を受け取ったアリオテスの頭をもう一度乱暴に撫でた。
「っていうか、別に俺が王になったって剣の練習やめる必要ないだろ?」
「いやいや、そんなことやってる暇ねーだろ」
「なんだよ、ケチ! 俺が王になったら、めっちゃ暇になるようにして剣の練習時間だって確保するんだからな! アシュタルはまだ師匠なんだからな!」
「あーはいはい、わかったわかった。王になってからな」
「王になるまでだって引き続き剣の練習していいだろ!?」
ぎゃあぎゃあ、騒ぐアリオテスに呆れつつも可愛い弟子を持ったもんだ、とアシュタルは一人、沈む夕日の中で笑い声をあげた。
王が暇になるような世の中を目指して。
日が沈み、夜が訪れ、また日は昇る。