Wish for happiness

※ラグナロク後の話

七夕兄弟、と思って書き始めたもののまとまりがなくなってなんかよくわかんなくなった話です。正直書き終わった今もよくわかんねえなって思ってます。


 

今日は七夕だ。朝から、ヴァッカリオはディオニソスフォースに顔を出して、不真面目に書類仕事をして、ディオニソス区の七夕祭りに真面目に参加してきた。
どこからか伝来してきたこのイベントは、オリュンポリスの神話とは一切関係がない行事だ。だから、なのか、オリュンポリス全体でのイベントというより各区で少しずつ違った形で親しまれている。
 
例えば、ヘパイストス区と言えば、この日は「織姫が休みを取っている間に機織りの機械をメンテナンスする日」なのだ。七夕のメインである笹に願い事を書いた短冊を吊るす事はそれなりにやりつつ、各家庭や企業で一斉メンテナンスをする日となっている。ゆえに、ヘパイストス区はこの日、お祭り騒ぎと言うより鉄火場のような騒ぎが起こるのだとか。
 
ヘルメス区では、「牛追いを休む彦星の代わりに人間が牛を追う日」ということで、盛大な「牛追い祭り」が開かれている。これもヘルメス神が牧畜を司る神だからだろう。日中から、市街地に全面的に交通規制を敷いてお祭り騒ぎをするのだ。ヘルメス区が一番楽しんでいるのかもしれない、とヴァッカリオは常日頃思っている。
 
ディオニソス区は……普通だ。いたって普通だ。普通に、ディオニソス区の中心広場に大きな笹を用意し、市民が各々願い事を短冊に書いて吊るす。少し違うところと言えば、短冊を吊るしたらワインを一杯飲める、という点。豊穣神であるディオニソス神の御膝元らしく、「本日は畑仕事休業日」と定められている。ゆえに、昼からワインを一杯飲んでも、誰も怒らないのだ。
 
そういうわけで、ヴァッカリオは真昼間から七夕祭りに参加し、ディオニソスXIIとしてワインをガバガバ飲んでいた。そりゃあ出されたからにはどんどん飲むしかない。
……まあ、ディオニソス区も、久々のディオニソスXIIの登場に沸き立っていたのは違いない。何しろ、ゴッドナンバーズがようやく覚醒して就任したかと思えば、数年で「特殊任務のため」消えてしまったのだ。他の区がゴッドナンバーズを冠してあれこれイベントで騒いでいるのを、指をくわえて見ていたディオニソス区の市民たちはこれまでの鬱憤を晴らすかのように、ディオニソスXIIにひたらワインを注いだという。
 
「あー……飲み過ぎだ、飲みすぎ」
 
ヴァッカリオは真っ赤なへべれけ顔のまま、千鳥足でアポロニオの家に向かって歩いていた。ヴァッカリオ以外に、すれ違うディオニソス区の市民も軒並みアルコール臭い。もはや市街地全体がアルコール臭い。
 
こんな酔っ払いがほっつき歩いているのが許されるのはディオニソス区程度で、アポロニオの家があるアポロン区に入ると途端に市民が心なしかヴァッカリオを遠巻きにしてくる。その視線に少しばかり気まずさを感じつつも、ヴァッカリオは歩道をこそこそと歩いた。まあ、アポロン区の人間もディオニソス区で七夕祭りと言う名のワイン祭りが行われていることぐらいは知ってくれている。理解はしてくれている……が、それとこれとは別、といったところだろうか。
 
ヴァッカリオの兄、アポロニオがアポロンVIとしてトップに立つアポロン区では、「二人が無事に出会えるよう晴れを願う日」となっている。面白いことに、アポロンVIが太陽神役としてステージに立ち、そこに市民が一斉に祈りを捧げ、それを受け取ったアポロンVIが夜空へ向かってドカンと一発、打ち上げを行う。
 
ヴァッカリオも幼い頃はそれを毎年見て……いや、幼い頃だけでなくて、反抗期の時も、喧嘩別れしている時も、毎年それを見ていた。何しろ、アポロンVIの渾身の一撃と言えばオリュンポリス中のどこからでも見えるほどに大きく、そして昼になったのでは?と錯覚するほどに一瞬で夜を切り裂いて光り輝くのだ。
 
「お」
 
チカ、と視界の端で空が輝いた。ヴァッカリオが顔を上げると、真っ直ぐに夜空へ向かって一条の光が飛んでいく。それは雲をかき分け、一瞬、光を消した後に数秒置いてから、「昼の太陽のごとく」激しく白い光を空にばらまいた。オリュンポリス上空に停滞していた雲が爆発の余波でかき消されていく。
 
ヴァッカリオはぼんやりときれいさっぱりした夜空を見上げていた。そこからさらに数秒遅れて、今度は空振と共に破裂音が耳を打つ。
 
「~! お兄ちゃん、ちょ、もうちょっと力加減したほうがいいんじゃない!?」
 
まさか例の力を使ったわけじゃないだろうな、とヴァッカリオは両耳を抑えて呻いた。これだけ光害と騒音をまき散らしたらクレームの一つや二つ……と思いきや、何もないのだという。むしろ、光や音が強ければ強い程、市民は喜ぶのだというから意外とアポロン区の区民は危険人物が揃っているのかもしれない。
 
音の残滓を耳にしながら、ヴァッカリオは歩みを再開した。アレが打ちあがった、ということはアポロニオの方も仕事は終わりなはずだ。今からゆっくり歩いていけば、アポロニオの帰宅とちょうど同じぐらいの時間になるだろう。
 
 
 
かくして、ヴァッカリオの目の前にはテーブルに所狭しと並べられた料理があった。朝のうちに仕込んでおいて、あとは火を入れるだけにしてあったらしい。だとしても、帰宅してから短時間でよくもここまで……とヴァッカリオは胃を抑えた。食べきれるだろうか。
 
「さあヴァッカリオ! 遠慮なく食べてくれ!」
「ハハハ……いただきます」
 
力なく笑ってヴァッカリオはフォークに手を伸ばした。アポロニオはその様子を嬉しそうに眺めてから、自分も皿を手に取る。
 
「お前、酒はいらないのか?」
「今日、七夕祭りでワインたっぷり飲んできたからね。さすがに夜はやめとくよ」
「そうか。そういえば、ディオニソス区ではワインが振舞われるのだったな」
 
アポロニオは納得した様に頷いた。アポロニオがアポロンVIになって長く。当然、アポロンVIでいる限りはアポロン区の七夕祭りに参加し続けているわけで、アポロニオは他区の七夕祭りに参加したことがなかった。それに気づいたヴァッカリオは少しだけ、顔を緩ませる。
 
「うちの区はさ、祭りのメインが日中だから。来年はこっちに来ない?」
「ディオニソス区に?」
「そ」
 
ヴァッカリオはそう言いながらミートオムレツに手を伸ばした。最近、アポロニオに何回か泣きついた結果、ようやく甘さ控え目になりつつあるミートオムレツだ。できれば、甘さゼロにまでなって欲しい。
 
ミートオムレツを口に含んでもぐもぐとしているヴァッカリオを見たアポロニオは、少しだけ首を傾げたが、その後すぐに目を輝かせた。
 
「そうだな! お前の雄姿を見るためにも! 来年は時間を調整してディオニソス区に行ってみるとしよう!」
「ゲッ、そう言われると誘わなきゃよかったな~って気分になる……まあ、お兄ちゃん、おいらのことはあんま期待しないで、ディオニソス区特有の屋台とか楽しみなよ」
「……しかし、その後に任務があると思うと飲酒は……」
「あー、子供用のブドウジュースとかもあるから。後はあれかな、とれたての農作物の直売とかあるよ」
 
と聞けば、料理が趣味(厳密には「ヴァッカリオに食べさせることが趣味」なのだが)のアポロニオはより一層強く目を輝かせた。トマトやナスにきゅうりと言った定番野菜から、スイカに夏みかんに。ヴァッカリオがつらつらと挙げるとれたて農作物の数々に、アポロニオはうっとりとしたため息をついた。
 
「なるほど、ディオニソス区はそういった催し物があるのか……さすが豊穣神、と言ったところか」
「まあね。お兄ちゃんのとこはシンプルでわかりやすいよね~。今年は去年より派手だった気がするんだけど?」
「あー……市民からも英雄庁からも……あの、『敵を撃退した一撃を見たい』と言われてな……」
「え、なにそれ」
 
ヴァッカリオは目をぱちぱちとさせた。ゼウスを撃退した一撃? そんなものは聞いてないぞ、とアポロニオの顔をまじまじと見る。
 
例のゼウス事変についてはオリュンポリス全域で目撃されたものであるため、ヘルメス事変やティタノマキア事変のように情報統制が行き届いていなかったのだ。ゆえに、ゼウスの住処に向けてアポロンVIが放った一撃はそこそこ目撃者があり――さらに、動画投稿サイトにも、その瞬間の動画が投稿されていたりする。
オリュンポリス中の市民に拡散された動画は、もはや英雄庁のコントロール下から抜けてしまった。アポロンVIと英雄庁で協議した結果、その動画やその件については「隠蔽措置なし」で結論が出ている。
 
それだけ、有名な話なのだ、あの、アポロニオの嘆きの一撃は。
 
知らないのはヴァッカリオだけ。
―—あの時、死んでいたヴァッカリオだけ。
 
アポロニオは嫌なことに思い至って頭を振った。もちろん、ヴァッカリオが知らないのは偶然だ。過去の戦闘記録を確認していないから知らないだけであるし、特にその話を誰もが言わないから知らないだけだ。
 
「お兄ちゃん?」
「ん、ああ、さっきの……一撃の話か」
「そうそう、何それ。そんなことしてたの」
「うむ。どこまで通用するか、その時点では誰もがわからなかったからな。とりあえず、私が最大の一撃で攻撃を試すか、と考えたのだ」
 
嘘ではない。嘘ではないが、全てではない。
 
「へえ~。あとで戦闘記録映像見てみよっかな」
「そんなことをしなくても、その辺の動画サイトに大量に出回ってるらしいぞ」
「マジ? 珍しいじゃん、英雄庁がヤバそうな動画を規制しないの」
「今回はさすがにゼウスの住処についても、その他の事についても目撃者が多すぎるからな。それに……私の、アポロンVIの攻撃でアレが揺らいだ、という事実も広めたいらしい」
 
アレス零以外のゴッドナンバーズも十分に対抗できる力を持っている、と市民に周知するために。少しでも市民の恐怖を和らげ、「アポロンVIさえいれば大丈夫だ」と心を落ち着かせるために。英雄庁のプロパガンダとして、結果的には最適な動画となったわけだ。
 
ヴァッカリオは食べ終わったら動画探してみよ、と顔を綻ばせて言った。その様子にアポロニオは内心でホッと息をつく。
 
戦闘記録の方にはアポロニオの声も全て記録されており……アレを、ヴァッカリオに聞かれるのはいささか気恥ずかしいのだ。戦闘記録の閲覧には英雄庁への申請と許可が必要だから、書類嫌いのヴァッカリオに「もっと簡単に見られる動画サイト」を教えたのはアポロニオのちょっとした策略だ。
 
……ヴァッカリオには、もう辛い思いも悲しい思いもして欲しくない。きっと優しい子だから、アポロニオの嘆きを聞けば心を痛めるだろう。そういった思いも、アポロニオにはあった。せっかく、体が回復して将来の事を考えられるようになったのだから。どうでもよい些事でヴァッカリオの心を乱すこともあるまい。アレは、もう終わった事だ。
 
「……お兄ちゃん、何か隠してる?」
「っ!? な、な、何も隠してないぞ??」
「……はあ、わかりやすいんだから」
 
ヴァッカリオは大きくため息をついた。ミートオムレツの口直しなのか、シャキシャキのレタスを口に運びつつ、じろりとアポロニオを見る。アポロニオはすっかり食事の手を止めて、不器用にヴァッカリオから目を逸らしていた。そういうところが、わかりやすいと言われるのだ。
 
「ま、いいけど。……たまには、お兄ちゃんも隠し事ぐらいするよね」
「う、ぐっ……」
「気が向いたら教えてよ」
 
さらりとそう言ってヴァッカリオは食事に戻った。
 
……逆に、そう言われると。誠実で真面目なアポロニオは、「隠し事をしている」という罪悪感がふつふつと湧き上がってくる。ヴァッカリオは何事もなかったかのように食事を続けているし、へらりとした笑顔で「お兄ちゃん、どうしたの? ご飯冷めちゃうよ?」とアポロニオの手を浮かすように促してきた。
 
アポロニオは冷や汗をかきながら、フォークを進める。あまり、料理の味がしない。しばらく、もそもそとおかずを口に運んだ後に、アポロニオは観念して口を開いた。
 
「ヴァッカリオ。さっきの話だが」
「ん? なに、もう教えてくれる気になった?」
 
にやり、と笑う弟の悪い顔に、アポロニオは少しばかり悔しそうに眉を顰める。うまくヴァッカリオに転がされたのは間違いないが、こういった人の機敏に聡いのヴァッカリオであって、その点をアポロニオは誇らしく常々思っていた。その誇らしい弟に転がされるのだから、否はない。
 
アポロニオは苦笑して、ヴァッカリオの顔を真っ直ぐに見つめた。
 
「……お前が、気になるなら。戦闘記録、それも生データの方を見てみると良い。ゴッドナンバーズ権限で申請を出せば許可は下りるだろう」
「え、何それすごい気になる。中身は見てからのお楽しみ?」
「……楽しいものではないよ」
 
静かに呟いたアポロニオの声を拾って、ヴァッカリオは片眉を上げた。アポロニオが隠そうとして、それでいて「楽しいものではない」と言うからには、それなりに何かあるのだろう。なんだろうな、と思うがヴァッカリオにはいまいち思い当たらない。アポロンVI視点の映像にのみ、映ったらいけないものが映っているとか。音声アリだと、アポロンVIのイメージが著しく損なわれるものがあるとか。
 
悩むような顔をするヴァッカリオは食事の手を止めた。今度は、アポロニオの方がすいすいと食事を進めていく。
 
「ヴァッカリオ、もうこの話は終わりでいいか?」
「ん、あ、いいよ、終わりで。お兄ちゃんがそう言うなら……また今度、見てみるから」
 
ヴァッカリオがそう答えれば、アポロニオは今度こそ安堵の息をついた。その様子にヴァッカリオは一体、戦闘記録に何が残っているのだろう、と興味が沸くが……兄が、話したくなさそうにしている事を突きまわす必要もあるまい。そんなことをしても、せっかくの食事がまずくなるだけだ。
 
「そうしてくれ。……なあヴァッカリオ。もうすっかり遅くなってしまったが、食事が終ったら七夕飾りを作らないか?」
「いまさら?」
「買ってはあったのだが、時間がなくて……もったいないからな」
「ふーん、いいけど」
 
アポロニオが少しばかり寂しそうな顔でそう言うものだから、ヴァッカリオは自宅に帰る予定を変更して、アポロニオにもう少しだけ付き合う事にした。
 
食後に食器を片づけ、テーブルに七夕飾りのセットを並べる。短冊を数枚、渡され願い事を書いてくれと言われた。ヴァッカリオは昔を懐かしみながら(子供の頃も、兄はヴァッカリオの願い事を知ろうとしてたくさん短冊を書かせたものだった!)、短冊にさらさらと適当に願い事を書いていく。どれも大した内容ではない、酒税が安くなりますように、とか、健康でいられますように、とか。
 
アポロニオは昔のように、ヴァッカリオが短冊を書いているのをニコニコしながら見守り、その間に短冊以外の飾りを器用に作っていく。しばらく、アポロニオがはさみを操る音と、ヴァッカリオがペンを走らせる音だけが響く。
 
「ねえお兄ちゃん、なんでいきなり七夕飾りやろうと思ったの?」
「お前とやりたい612の項目リストにあったからな!」
「っていうか612も項目リストアップ済みなの!? うそでしょ……」
 
ヴァッカリオは驚いた後に、天を仰いだ。これから、忙しくなりそうだ。……ここで、付き合わない、という選択肢が思い浮かばないあたり、ヴァッカリオもヴァッカリオなのだが。
そのヴァッカリオの姿にアポロニオは少しだけ申し訳なさを覚えつつも、つらつらとリストの内容を挙げる。どれも大した事がない内容ばかりだからか、ヴァッカリオも肩をすくめて苦笑するだけだった。
 
「他にも多くあるぞ! そうだ、今度リストを見せてやろうか?」
「いやいいです結構です! なんか見たら不眠症になりそう」
「なんだと!? ヴァッカリオ、体調が悪いのか!? 病院に連れて行ってやろうか!?」
「言葉の綾なんで!! 大丈夫です!!」
 
ガタッと立ち上がったアポロニオを押しとどめて、ヴァッカリオは悲鳴を上げた。もう体はすっかり治ったというのに、アポロニオの過保護は全く変わらない。
 
「ま、お兄ちゃんに心配かけた分、それぐらいは付き合うけどね~」
「……全くだ、心配ばかりかけさせおって」
「ごめんねって。もう大丈夫だからさ」
 
へらりと笑うヴァッカリオをアポロニオは少しだけしかめっ面で睨んだ後に、大きく息を吐いて口を開いた。
 
「七夕飾りを作ろう、と思い至ったのは……お前とやりたい、と思ったのもそうだが。久々に、あの、ゼウス侵攻の事を思い出してしまったからな。寝る前に思い出すには、面白くない話題だった」
「あー……まあ……」
「いいだろう、『未来』の事を語って寝物語にするぐらい……」
 
アポロニオが言葉を濁して、直接的には言わなかったが。ヴァッカリオはそのアポロニオが「面白くない」と指摘した内容の中身は、おそらく自分の死にかかわる事であろう、と簡単に予測ができた。
となると、先ほど、アポロニオが言っていた「戦闘記録を見ればわかる」の話も、それに関係することなのだろう。
ヴァッカリオは一瞬でそれらのつながりを察し、なぜアポロニオが隠そうとしたのかを理解した。
 
アポロニオのトラウマポイントを踏んだな、とヴァッカリオは頭をかいた。確かに、食事中にする話ではなかったし、寝る前に思い出す話でもなかった。
 
「……お兄ちゃん、ほら、短冊書けたから」
「ほう! 終わったか!」
 
露骨に話題を変えようとしたヴァッカリオに、アポロニオも乗った。そうして差し出されたヴァッカリオの願い事を見ながら、アポロニオは百面相をしている。
酒に関しては厳しい顔をするし、健康については難しい顔をするし、世界平和については顔を輝かせるし。相変わらず、わかりやすい人だな、とヴァッカリオはぼんやりと見つめていた。
そして、最後の短冊でアポロニオは手を止める。
 
「『これから毎日幸せを謳歌するぞ!』……ヴァッカリオ、これは」
「願い事じゃなくて決意表明だけどね~。せっかく体も治ってやりたい事たくさんできるようになったんだし」
「……ヴァッカリオ……っ!」
「あーもう、ほら、泣かないでよ! っとにお兄ちゃん涙もろすぎなんだよ!」
 
テーブルの上にあったティッシュを引き寄せてアポロニオの目元に添えてやる。ティッシュは次々と涙を吸い取って、あっという間にくしゃくしゃになった。ある程度予想はしていたが、やはり目の前で兄に泣かれるとヴァッカリオとしては非常に困る。とても困る。
 
「……ヴァッカリオ! 私もお前の幸せのために何でも協力するぞ!」
「はいはい、とりあえず料理の糖分控えめにして欲しいかな~」
「何を! ヴァッカリオ、もう健康なのだからそんなに甘いものを忌避して我慢する必要はないのだぞ? 気にするな、お兄ちゃんがちゃんと栄養バランスを考慮した献立を作ってやるから……」
「ワーイ、ウレシイナー!」
 
ああ、一瞬で幸せが遠のいた、とヴァッカリオは少しだけ遠い目をした。
 
……こうやって、兄と語り合って、手料理を食べられるというのも素晴らしい幸せなのだ。ヴァッカリオだって、それがどれだけかけがえのない幸福であるかぐらいちゃんとわかっている。ヴァッカリオは照れくさく感じつつも、表面上にはそれを出さずに暴走するアポロニオの話に耳を傾ける。
 
アポロニオの話を遮って、ベランダの物干しざおに飾りつけをして(笹は用意してなかったらしい)、二人の七夕は終わった。
 
 
 
後日、ヴァッカリオはアポロニオに言われた通り、戦闘記録の生データを見ることができた。一撃のシーンより少し前の、アポロンVIと部下たちのやり取りから、アポロニオの涙まで。
 
「お兄ちゃん……ほんと……ほんと、そういうところ……」
 
釣られる様に、ヴァッカリオの目にじわりと涙が滲んだのは、気のせいではない。ただ、ヴァッカリオはその涙をこぼすことなく、息を吐いて押し黙った。
 
動画の再生はとうに終わっている。ただ、ヴァッカリオは暗くなったモニターの前で一人、椅子に座ったままでゆっくりと深呼吸を繰り返した。
 
「……よしっ!」
 
がたり、と勢いよく椅子から立ち上がり、再生機器の電源を落とした。そのまま、ヴァッカリオは連絡用の端末を手に取り、アポロニオに通話を入れる。
 
「――もしもし、お兄ちゃん? あのさ、今日、帰りに夕飯食べに行ってもいい? ディオニソスフォースの飲み会が急遽中止になっちゃってさ~……うん、ありがと。お兄ちゃんの料理、楽しみにしてるね」