酒の思い出

※ラグナロク終了後

兄弟がGAでクリュメノスとアポロニオが飲んでいたバーに赴いてしみじみ(?)する話です。特にオチはない。


 

飲みに行かないか、と誘ってきたのは珍しいことにアポロニオの方だった。ヴァッカリオは首をひねりつつも、兄のお誘いにOK、と返す。ここで断るような兄不孝者ではないつもりだ。
もうすぐ定時になるというのに、書類の山と格闘していたヴァッカリオは副官たちに「アポロンVIから呼び出しが来たから後よろしく」と嘘でも本当でもないことを言い置いて執務室を脱出した。

ディオニソスフォースのビルから出ると、目の前にはすでにアポロニオがそわそわしながらヴァッカリオの到着を待っていた。おや、まだ定時前では?と思いながらヴァッカリオは声をかける。アポロニオ曰く、英雄庁に用事があって出張してきて、そのまま直帰になったらしい。

「ヴァッカリオは?」
「ああ、今週の残業分で時間調整した」
「む、すまんな、急がせたようで……」
「いいよ、気にしないで」

ここでの気にしないで、はもちろん、言葉どおりの意味だ。ストレートに真っ直ぐに、気にしないで欲しい。

アポロニオはヴァッカリオを連れ立ってすたすたと歩く。アポロニオの向かう方角から何となく、どの店かわかってしまって、ヴァッカリオは何とも言えない笑みを浮かべた後に口を開いた。

「あの店?」
「ん……」

ヴァッカリオを見上げた後、アポロニオは少し照れくさそうな顔をして言葉を濁した。その兄の様子を見れば、ヴァッカリオも確信を得る。
そこからは、やれ仕事が多すぎるだの、ゼウスIは相変わらず仕事をしないだの、アレス零も内勤は苦手らしいだの、二人共通の話題でしばらく盛り上がった。
こういった、ゴッドナンバーズの話題をストレートに交わせるようになったのも、様々な事が片付いたから。

そして、アポロニオがここを訪れることができるようになったのも。

「いらっしゃい」

からん、と来客のベルを鳴らし、アポロニオは扉をくぐった。ヴァッカリオもその薄暗く、アンティークじみた木製の扉を片手で抑えてくぐる。
アポロニオは真っすぐにカウンターに歩いていき、席に座った。ヴァッカリオは自然と、アポロニオの右側に座る。

「おごり?」
「いいぞ」
「ふーん、じゃ、高いの頼んじゃおうかな」
「好きにしなさい。お前の快気祝いも兼ねているんだから」
「それ、前にもうやったでしょ……何回目の快気祝いなのさ」
「……では、クリュメノスの快気祝いにするか」

アポロニオはするり、とその名前を口にした。ドリンクメニューを開いて、高い酒を見繕っていたヴァッカリオは思わず隣の兄の顔を見る。アポロニオは視線に気づき、ヴァッカリオの顔をちらりと見た後にマスターに「すまないが生ビールを貰えるか」と伝えていた。ヴァッカリオもそれなら、と合わせて生ビールを注文する。

すぐに運ばれてきたジョッキを掲げた。

「……クリュメノスの復活を祝って」
「……乾杯」

かちん、とジョッキを合わせた後に、アポロニオは苦々しそうに一口を、ヴァッカリオは喉を潤すように、それぞれビールを流し込んだ。

「祝って……うーん、祝い事、なんだろうけど。なんか、釈然としないな」
「再会を祝っての方が良かったか?」
「どっちでもいいよ、復活でも再会でもたぶんおさまりが悪い」

ヴァッカリオは苦笑いしながら、お通しとしてだされたチップスを摘まんだ。塩味がほどよく効いたチップスのおかげで、ビールが進む。ヴァッカリオは塩で酒が飲める人間だが、アポロニオはそうでもない。マスターにいくつか料理を注文し、その間はビールを飲まずに待っているつもりのようだ。

「まあ、なんというか。クリュメノスには……ハデスには、一杯食わされたな」
「それで済むかあ? 正直さ、おいら殴りそうになったもん。そりゃ生きてもう一度会えてうれしいし、おいらの体も治してくれて世話になりっぱなしだけど」
「私も見た時は殴ろうと思ったぞ。殴ったが」

ゼウスの住処での戦いを思い出したのか、アポロニオはため息をついた。エウブレナの修行の場としてすぐに明け渡したから、言うほど本気では殴っていない。

「え、じゃあ、クリュメノスがこっち来た時殴っていい?」
「もちろんだとも。好きなだけ殴るといい、どうせ相手は神だからな」
「やったね、神器は使っても?」
「構わないだろう、神だから、な! なんなら根源の力だって使っていいぞ」

アポロニオは出されたビーフジャーキーを頬張って、ビールを流し込んでから力強く言った。酔うにはまだ早いかもしれないが、言いたいことは山ほどあるのだろう。アポロニオもヴァッカリオも、意外と直情型で何かあればすぐ手が出るし足が出る、飛び出していくタイプの人間だ。そこまでばっちり遺伝子は働いてくれている。

ジョッキを力強くカウンターに置いたアポロニオが口を開く。

「むしろ二人がかりで殴るか?」
「いいね、神様相手ならそれぐらいのハンデマッチはありだよね」
「久々にお前と組んで暴れるのも悪くないしな」
「悪くないね、悪くない。せっかく、体も治ったんだし、パーッと勢いよく暴れたいところだし」

ビールジョッキを傾けて一気に流し込んだヴァッカリオは、そのままの勢いでマスターにビールのおかわりを注文した。一応、瀟洒なバーであるのに、この二人ときたらまるで場末の居酒屋にいるくたびれたサラリーマンのようだ。

そこからマスターが用意するつまみを片っ端から腹に収めながらアポロニオはクリュメノスに対して怒りをぶつけつつ、ビールを飲み続ける。ヴァッカリオはその様子をつまみにしながら、ビールを飲み続けて途中でこっそり超高級なウイスキーにしれっと切り替えて飲み続ける。もちろん、アポロニオの怒りにヴァッカリオも全力で乗っかっていった。盛大な愚痴大会だ。

「っとに、あの、クリュメノスはなあ……」
「ほんとそうだよ、先に一言でもありゃあ、俺だってあんな大変な目にあわなかっただろうによ……」
「なーにが記憶喪失だ! ばかたれ! おかげで私はお前との貴重な十年をふいにしてしまったのだぞ!」
「うーん、まあ、それは同意はるすけど……いやまあ、同意はするよ、同意は」
「ヴァッカリオ! お前もそう思うだろう!?」
「同意するとは言ってるじゃん」

かなり酔いが回って来たな、とヴァッカリオは判断してアポロニオから飲みかけのビールを奪う。これで二杯目だが、まだ三分の一が残っていた。それを一気に飲んで、アポロニオの手には空になったジョッキをそっと戻しておいた。カウンターに潰れているアポロニオは、知らぬ間にジョッキ内の体積が変わったことに気づいていないようだ。

「マスター、あつあつの卵酒ってできるかな」
「いつものですね」
「!」

メニューにないヴァッカリオの注文に、マスターは涼しい顔をして答えた。思わず、ヴァッカリオはその顔を凝視する。

「ばっかりお、どうした?」
「いや……ねえ、お兄ちゃん、このバーって……よく飲みに来てたの?」

一人で、という言葉は、口から出る寸前で喉に押し戻した。全てが解決して丸く収まったとはいえ、二人が負った傷は深く、どことなくその話題を避けようと勝手に体が動いてしまう。

「んー……食事、なら来たことがあるが」
「そう……10年ぶり、か」

ヴァッカリオの呟きを耳聡く拾ったアポロニオは、真っ赤な顔のままぐてん、と体を横に倒してヴァッカリオを見上げた。

「10年ぶり、だ。こうして酒に酔うのは。……クリュメノスの復活がわかった今なら、お前と、飲みに来れると思って」
「そう、だな」

おいらも、このバーに来たのは10年ぶりだよ、とヴァッカリオは静かに告げた。しばし、二人の間に沈黙が落ちる。その沈黙を切り裂いたのは、アポロニオの目の前にことり、と置かれたアツアツの卵酒だった。それを見たアポロニオは眉を上げる。

「懐かしいな……よく、クリュメノスが飲ませてくれたものだ」
「ん、お兄ちゃん締めはいつもそれだったよね」
「ああ。アルコールがほとんど飛んだ、卵酒……『アポロニオくん、とりあえずそのお酒でも飲んでなよ』と」
「酒だけど、酒じゃないよなあ、それ」

アポロニオはカウンターからもそもそと体を起こして、卵酒が入ったカップを手に持った。ふう、と息を吹きかけて湯気を飛ばす。

「……酔い潰れた人間に、気を利かせてアルコールを飛ばした卵酒を用意する神がいるものか」

その言葉は、少しだけ寂しそうな響きを帯びていた。ヴァッカリオは手元のウイスキーを口に運ぶ。からり、とグラスの中の氷が音を立てた。

「今度はさ……クリュメノスを誘って来ようか。お兄ちゃんの隣の席、空いてるし」
「ん……」

力なく卵酒をカウンターに置いて項垂れるアポロニオを見て、ヴァッカリオは少しばかり苦笑した。
このバーでこうやって酒を飲むのも、ヴァッカリオは「後発組」だ。ディオニソスXIIとして覚醒してから、デビュー祝いに、と二人に連れてきてもらったのが始まり。アポロニオは、それより前からずっとクリュメノスとここで飲んでいたと聞いている。

兄と師の間にも、きっと自分が知らない物語があったのだろう、とヴァッカリオは寂しくも思う。
ちびちび、卵酒を飲むアポロニオの肩をポン、と叩く。

「クリュメノスを連れてくるのは……もちろん、ボコボコにした後で」
「……おお、それはそうだな! 気が晴れるまでヤツをボコボコにした後に飲む酒はさぞうまいだろう」
「うまいだろうなあ……いいねえ、体を動かした後のキンキンに冷えたビール!」
「そしてお代はクリュメノス持ちだ!」
「いいね! 神様なんだからそれぐらい気前よく奢ってくれないと!」

二人はニヤリ、と笑みを交わすと拳を握ってグータッチをした。

 

遠く、異界の地からこっそりとその様子を伺っていたハデスが「今度エウブレナに会いに行く時は身隠しの面つかおっと」と決心していたのであった。