とあるアポロンVIの都市伝説

6月21日、夏至の日、ということでお兄ちゃん夏至ネタ。危うくまた入院させるところでしたが何とか踏み留まりました。内容はなんかこう、大した事は無いです。ヴァッカリオとピザ食べながら「アポロンVIの都市伝説」について語ります。


 

おや、とヴァッカリオは窓の外を眺めた。雨が降って来た。

今日のヴァッカリオは一日有休で、アポロニオの家でごろごろしながら家主の帰りを待っていたところだ。もともと、雨の予報が出ていた今日は、洗濯物をすべて乾燥機任せにしてあるから慌てることも特にない。

とは言え、ふと気になって玄関の傘立てを見に行くと――やはり、アポロニオの傘はお留守番をしていた。

ザ・晴れ男であるアポロニオは根本的に「雨に降られて困る」という経験をしたことがないのだ。ゆえに、雨の予報が出ていても平気で傘を忘れていく。それでいて、アポロニオが外に出るころには雨は止み、雲は消え、太陽が顔を出してすっかり晴れてしまうのだから恐ろしい。

「珍しいな……」

だから、今日、雨が降っている事は、ヴァッカリオにとっては異常なことに思えた。なんだか、胸騒ぎがする。
だいたい、こういう時の嫌な予感は当たるし、それを見過ごして後から後悔する方がひどい目に遭うのだ。ヴァッカリオのそこそこ長い人生で、存分に学んだことだ。

傘を届けに行くだけだから、と自分に言い訳をしながら、ヴァッカリオは家を出た。

 

「救急! 早く!」
「ママ―!」
「止血急げ!!」

ヴァッカリオが到着した時、アポロンフォース前の広場は鉄火場の様な騒ぎに包まれていた。その場まで行かなくても、立ち上がる黒煙に鳴り響くサイレン、ざわざわとした人々の様子に、ただならぬことがあったとはわかる。
傘を差した野次馬をかき分けて、最前列に。広場にはたくさんのけが人が集められていた。自然、ヴァッカリオの目はその人を探す。

いた。

アポロニオは、頭から血を流しながら座り込み、何かしら指示を出している。だらり、と垂れた利き腕はジャケットごと黒焦げになっていた。
思わず、ヴァッカリオは規制用のロープを飛び越え、傘を投げ捨てて走り寄った。気づいたアポロンフォースのヒーローが駆け寄ってくるが、それより先にアポロニオの元にたどり着く。

「おに……ぁ、アポロンVI」
「! ヴァッカリオ、どうしてここに!?」

アポロニオの反応に、止めようと走って来たヒーロー達が立ち止まる。アポロニオはそれに気づくと、「ヴァンガード隊の隊長だ」と告げて手を振った。ヒーロー達は各々、軽く敬礼をすると持ち場に戻っていく。
ヴァッカリオはアポロニオのそばにしゃがみこんだ。指示の途中だったアポロニオは、ちら、とヴァッカリオを見た後に副官に話の続きを行い、終わってから息を吐いた。

「何があったのさ?」

ヴァッカリオはアポロニオの顔を拭こうとしていたヒーローからタオルを半ば奪い取る形で受け取り、顔に垂れる血を拭ってやる。

「神話還りの暴発だ。アポロン神の神話還りのヒーローで……パトロール中に、な」
「珍しいね……ああ、今日は」
「夏至だからな」

ヴァッカリオが言いよどんだ言葉を、アポロニオは引き継いで疲れた様に言った。

夏至。一年で最も太陽が昇る時間が長く、そして、アポロン神の神話還り達の力が大幅に強化される日でもある。もちろん、個人差はあり、人によっては多少体調が良いであるとか、気分が良い程度であるが……アポロニオレベルになると、かなり力のコントロールが難しくなるらしい。
まだ原因が確定したわけではないが、と前置きして話すアポロニオ曰く、パトロール中のヒーローがヴィランと遭遇し、これを追跡。そこから討伐に移行したところまでは良かったが、自分の力加減を間違えてしまったらしい。
さらに、悪いことに、ヴィランもアポロン神の神話帰りで暴走状態にあり……その結果、大規模な爆発事故が起きてしまった、というところまでが一次報告だ。

「……運悪く、ガス管を掘り当ててしまったようだ」
「ハハハ……よりにもよって、今日、ね」

雨に打たれながら、血と泥まみれのアポロニオは自分の治療を後回しにしているらしい。そもそも、前述のとおり今日は夏至なわけで。ヴァッカリオが見ている前で、頬にできていた擦り傷のようなものは気づいたら消えていた。

「ところでヴァッカリオ、お前、今日有休だったな?」
「そうだけど。雨降ってるのに、お兄ちゃん傘持ってかなかったみたいだから届けに……」

アポロニオがにっこり、と明るく笑う顔を見て、ヴァッカリオの言葉は尻すぼみに空中分解していく。嫌な予感がする。

「つまり、今、暇なわけだ。よし、権限を一部与えるから事態収拾に尽力しなさい」
「ええ~~!? 有休だよ!? 公務員の休む日だよ!?」
「有事の際、私事を返上して事に当たるのが公務員ヒーローの義務だ」

アポロニオはまた額の方から垂れてきた血に気づき、ケガをしていない方の手で強引に拭った。そういう姿を見せられたら、ヴァッカリオもこれ以上、文句は言えなくなってしまう。……まあ、文句を言えども、協力しないつもりは一切なかったが。

「あーもう、わかったわかった。……ゴッドナンバーズじゃなくて、ヴァンガード隊の隊長として、ね」

ヴァッカリオのささやきに、アポロニオは少しだけ顔をしかめた。しかし、すぐに気を取り直して顔を引き締める。その顔は、ヴァンガード隊隊長に緊急依頼をするアポロンVIそのもの。

「うむ。助かる」
「じゃあおいらがやるからお兄ちゃんここで大人しくしててよ」
「い、いや、そういうわけには……」
「はいはい……医療班! アポロンVIに頭部損傷の恐れがある! 至急病院に搬送してくれ!!」

ヴァッカリオが声を張り上げると、救急隊員が真っ先に飛んできた。アポロニオは「いや、大丈夫だ私は問題ない」などと抵抗していたものの、あっという間に手際よく担架に乗せられて担がれていく。

運ばれていくアポロニオを見送った副官が、疲れた顔でヴァッカリオに話しかけてきた。

「……助かりました、言っても聞かないので」
「ん? あ、じゃああそこに座り込んでたのって……」

わがままです、とアポロンVIの副官は答えた。副官はヴァッカリオの顔も、立場も、アポロニオの弟であることも知っている。そして何より、アポロニオのいろいろなアレに振り回されて胃を痛める役回りの人間だ。

「まあ、元気出せよ、って。……一応、ヴァンガード隊の隊長ってことで表は」
「裏は?」
「……必要であれば」

ヴァッカリオのウインクに、副官は神でも拝むかのように感謝した。アポロンVIがいなければいないで、事務は滞る。かといって、あれだけのケガをした上司を現場に置いておくわけにもいかない。そんな時に舞い降りた「アポロニオに言う事を聞かせられて、しかもゴッドナンバーズ権限を持った男」は神に等しい存在であった。
さっさと片づけますかね、と立ち上がるヴァッカリオの後姿を頼もしく思う。

……ディオニソスフォースの人間が聞けば「逆だよ逆!!」と叫びそうなものだが、まあ、隣の芝生は青く見える、ということで。

 

そんなひと騒動があった日の夜。アポロニオは片腕を吊った状態で帰宅していた。夏至によって高まった治癒力のおかげで、擦り傷も切り傷も、火傷から骨折までみるみるうちに治っていったのだ。残ったのは、最も火傷がひどかった左手のみ。

「明日には治るんだって?」
「ああ。そういう見込みだ。わざわざ三角巾で吊らなくても平気だというのに……」
「それ、お兄ちゃんがこれ以上仕事しないように、って事じゃないの」
「うっ」

アポロニオは今月、すでに英雄庁の定める残業規定の上限に迫っていたし、もはや突破間違いなし!という状態であったのだ。ヴァッカリオの鋭い視線に、アポロニオは声を詰まらせて黙った。

アポロニオと共に帰宅したヴァッカリオは疲れたもう動きたくない、と言わんばかりに宅配ピザを頼み、目の前の食卓にはピザとサイドメニューが所狭しと並べられている。定番のマルゲリータに、シーフード、さらにアポロニオが好きなチーズアンドチーズまである。ヴァッカリオはそんなピザはさておいて、真っ先にポテトに手を伸ばした。酒が欲しい味だが、あいにくここは酒のない家。諦めて炭酸飲料で晩酌だ。

アポロニオも片手で切り分けられたピザのワンピースを掴み、垂れるチーズを零さないようにしながら口に運んだ。もちろん、最初に手を伸ばしたのはチーズアンドチーズ。後かけのはちみつは次のピースから、というつもりらしい。

「そういえば、今日なんで傘持っていかなかったのさ?」
「ん? ああ……今日は晴れだと思ったのだがな」

結構降ったな、とアポロニオはピザを口に頬張りながら首を傾げた。首を傾げたいのはヴァッカリオも、である。

「珍しいね、お兄ちゃんが天気読み間違えるの」
「まあ……」

アポロニオははちみつをたっぷりチーズアンドチーズにかけてから2ピース目を頬張った。ヴァッカリオはタバスコをシーフードピザにたっぷりかけて、1ピースを摘まみ上げる。

「……これは、確証もないし、私も眉唾だと思っているのだが」
「え、なになに?」

アポロニオは一切れの半分を咀嚼し終わった後に、微妙な顔をして口を開いた。中辛シーフードピザを炭酸飲料で流し込んだヴァッカリオは面白そうに身を乗り出す。

「私が、アポロンVIに就任してから夏至の日は常に晴れだ。中には『アポロンVIが健在だから晴れる』という者もいて……」
「今日は、お兄ちゃんがケガしたから雨が降ったってこと? まあ、ありえそうだよね。雨の予報出てても平気で晴れにしていくし」
「何をヴァッカリオ、お前、あんな都市伝説を信じているのか」
「えっ、違うの」
「えっ」

ヴァッカリオは驚いたし、アポロニオも驚いた。

ヴァッカリオは、小さい頃からアポロニオが「明日、晴れるといいな」と言えば晴れていたから、アポロニオにはそういう力が備わっているのだと思っていた。それは反抗期の時でも、道を分けた時でも、今でも。そう、大人になった今でも信じている。何しろ的中率は100%で、それどころかアポロニオの機嫌が悪い時や冬至の時にはほぼ確実に雨か雪が降っていたから……的中率、100%オーバーだ。

「いやいや、ヴァッカリオ、あんなバカらしい都市伝説を……」
「いやいや、お兄ちゃん、だって昔からそうだったじゃん、梅雨時でも雨の予報がある時でも『明日は晴れるといいな』って言って次の日晴れてたじゃん」
「偶然だろう」
「え、ちょ、マジで? ……お兄ちゃん、それ、たぶん研究所に申告して統計取ってもらった方がいいよ……」

ヴァッカリオは真剣な顔をして言った。あまりの真剣さに、アポロニオはピザの残り半分を食べるのも忘れて、ヴァッカリオの顔をまじまじと見返す。手に持ったチーズアンドチーズにたっぷりかけたはちみつが、たらりと皿の上に垂れ落ちていった。

「ヴァッカリオ……いくらなんでもそんな……」
「ホントだって!! だって、遠足の前の日にお兄ちゃんにお願いしたらちゃんと晴れたし!」
「だから、偶然だと……」
「遠足も! ピクニックも! バーベキューも! 修学旅行も!」

続くヴァッカリオの様々な行事の数々に、アポロニオは思わず眩暈を覚えた。

「待て、まてまてまて」
「……だから、お兄ちゃんが偶然って言い張るにはヤバいぐらい実例があるんだって」
「そんなまさか……」
「オリュンポリスの天気予報の精度、舐めすぎじゃない?」

呆然とするアポロニオをよそに、ヴァッカリオは炭酸飲料で喉を潤した。これまでのアポロニオの実績を語りすぎて喉が渇いた。ポテトを食べ、まだ手がつけられていないマルゲリータに手を伸ばす。

「そういうわけだから、その腕の治療ついでにちょっと先生に相談してみなよ。英雄庁の医療センターなんでしょ? だったらその辺の特性にも詳しいはずだし」
「あ、ああ……そうだな、聞いてみるか……いや、しかし、しかしだな……もしそのような事ができるなら、干ばつも雨ごいも自由自在だぞ?」
「さすがに使いたい放題ってわけじゃないだろうし、何かキーとかあるんじゃない?」

ヴァッカリオはそう言って、固まったままのアポロニオに「ピザ冷めちゃうよ」と促したのであった。

 

翌日、医療センターで治療ついでに、都市伝説の話をしたところ――なんと、医者も看護師も、付き添いのアポロンフォースのヒーローも「それ都市伝説じゃなくて本当の事だと思ってました」と驚いたのであった。
つまり、都市伝説だと思っていたのはアポロニオだけで。
治療室でアポロニオはやっぱり、呆然とそんなバカな……と呟いた。

ちなみに、結論としては謎のままで、「目下研究中」とのことだ。