お兄ちゃんがボールペンを折ったり投げたりするギャグ。
1.ボールペンバキバキ
それ以外にタイトルはない。お兄ちゃんがボールペンバキバキにする話。短いよ、2000字ぐらい。
※自作「海神セレンディピティ」の前日話になります。アポロニオ+モブキャラなので苦手な方はご注意を。
※たぶん↑の話読んでないと意味がわからないし、読んでいても意味がわからないかもしれない。自己満足ですまんな
「……は?」
アポロニオの口から、滅多に出ない低く重い声が漏れた。室内の温度がガクッと下がったのは、気のせいではないだろう。
副官はこめかみを抑えつつ、もう一度、今の話を繰り返した。
「ですから、英雄庁からの通達です。『有用な神話特性を持つヴィランは刑期を縮小するように』と」
「バカか?」
ストレートだった。同時に、アポロニオの左手に握られていたボールペンが音を立てて折れる。かわいそうに、バキバキだった。中央で真っ二つだった。
「……そのボールペン、フォースの備品なのですが」
「……そういうこともある」
アポロニオは額に青筋を浮かべつつ、折れたボールペンを机の端に寄せて新しいボールペンを引き出しから取り出した。
アポロンフォース謹製のチタン製超硬性ボールペン。アポロン神の神話還り、つまり「怪力」の持ち主が多いアポロンフォースでは必須の備品だ。ちなみに売店で一般販売もされているからオリュンポリス市民に限らず観光客までどなたでもお買い求めいただけます!
そんなボールペンを、アポロニオは簡単に折って見せた。それだけ、一瞬で「キレた」ということなのである。
「……で、その通達を断ることは?」
「無理に決まってるでしょう。むしろ、この通達をベースにどうのらりくらり交わすか考えないと」
「そういうのはヘラフォースやアフロディテフォースの仕事だ」
アポロニオは新しいボールペンをくるくる、指先で器用に回しながら執務デスクの椅子にもたれかかった。椅子の背もたれが歪んでぎしりと音を立てる。
副官はそれを見ながら、ひとつため息をついた。この通達自体はまだ良い……が、この話には続きがある。その報告をするのがずいぶんと億劫だった。
そんな副官に気づかず、アポロニオはへラフォースに対応のやり方を教えてもらうか……などと呟いている。
「英雄庁の通達、続きがあるのですが」
「聞きたくない」
「勝手にしゃべります」
アポロニオが机の上に両手を組んで、顎を乗せた。にこにこ、アポロンスマイルを浮かべているが、どう見ても背後には閻魔大王が立っているし、ゴゴゴゴ、と殺気のようなオーラまで見えている。副官は面倒くさいなあと思いつつ、話を切り出した。
「英雄庁の方から、対象のヴィランをリストアップされているのですよ」
「ほう。さすが英雄庁、獄中のヴィランに対してもずいぶんと詳しいようだ」
アポロニオの嫌味をさらっと流す。基本的に英雄庁の言う事には従うし、しっかり信用するべきところでは信用しているようだが……時折、そのやり口にシニカルな態度をとることも多い。
こほん、と副官は咳ばらいをした。
「……アポロンフォースが直接かかわるのは、この人物です。端末にデータを送ります」
執務デスクの上にある端末にデータを送った。アポロニオはボールペンを器用に指で挟んで、左手て端末を操作する。
ああ、キレるだろうな、と副官は黙って身構えた。
「……おい、どういうことだこれは」
「そう言われましても。実際のところ、『彼』が強力な神話還りであることは、貴方もご存じでしょう」
アポロニオは端末から目を離し、天を仰いだ。そして「一番、よく知っているさ」と小さく呟く。その言葉に副官は無反応を貫いた。
「釈放は来週だそうです」
「来週!?!?」
アポロニオの左手で、またボールペンが割れた。今度はバキバキじゃなくてバリバリ、木っ端みじんだった……。
……アポロンフォース特製のボールペンはそもそもが「割られる前提」で作られていたので、アポロニオの手はインクまみれにならずに済んだ。
このボールペンを作り上げるまでに、ヘパイストスフォースの技術協力はもちろん、何回もアポロニオの左手はインクに染まって来たらしい。いつかの忘年会で、べろんべろんになったアポロニオが「昔はなあ、ボールペンが弱くてなあ……」と昔語りをしていたのを副官は覚えている。
アポロニオが酔っぱらうと四十代サラリーマンの例に漏れず、「私が若かったころは……」で始まる昔語りが多いのを知っている人間は、意外と少ない。副官はもちろん知っている人間の一人である。勘弁願いたい。
そんなアポロニオはしかめっ面をして端末のデータとデスク上のカレンダー(紙媒体、アポロニオは電子より物理を好む人間だった!)を見比べていた。
「待て、来週、おい、来週のいつだ」
「来週の頭。週明け早々に更生施設に移送する予定が組まれています」
「聞いてないぞ……!」
「私も初耳ですね」
アポロニオは唸り声をあげてから、木っ端みじんになったボールペンを机の端に寄せた。ボールペンの残骸2本の上で、ぱっぱっと手を払う。そして引き出しからまた新しく1本取り出した。いったい、何本常備しているのだろう……。
「もう決まっている事なら仕方あるまい……。受け入れ準備と、念のため更生施設の人員強化を。移送は向こうと英雄庁が担当で良いんだな?」
「はっ」
ボールペンの頭でコツコツ、執務デスクを叩きながらアポロニオは頭を抱えた。件のヴィランと言えば、アポロニオ個人としても因縁のある相手であり、何かあった時に制圧するのも骨が折れるほどの相手だ。
「人員配置と受け入れ準備については、部門長に通達して調整してもらいます」
「そうしてくれ。来週……来週か……ふむ、場合によっては私の承認が間に合わないこともあるが、その場合は特例で進めて構わない」
「はっ。そうさせて頂きます」
アポロニオは納得していない顔をしつつも、ふう、と一つ息を吐いた。やらなければならないなら、やるしかない。
「他に報告は?」
「以上です。……ボールペンの残骸、廃棄しておきましょうか?」
「……助かる」
副官の申し出に、アポロニオは気まずそうにうなずいた。たまたまあった空き箱にかわいそうなボールペン2本とボールペンの粉末を副官が片づける。
「ボールペン2本分、給与天引きですね」
「そうしてくれ。……久々に、折ってしまった」
アポロンフォースに配属される「アポロン神の神話還り」は真っ先にその怪力のトレーニングを行う。感情に揺さぶられて暴発してしまった場合、一般人への被害が出てしまうからだ。
アポロニオも常にその辺のトレーニングはしているはずだが……2,3か月に1本ペースでボールペンを折っている気がする。副官が知っている限り。
まあ、それだけストレスが溜まる仕事なのだろう、と副官は自分に言い聞かせて、ボールペンの屑を入れた箱を抱えて執務室を後にした。
ちなみにこのボールペン、そこそこお高い。そして、古くなったものや壊れて廃棄寸前になったものは「ストレス発散用」としてアポロンフォースの一部で今日もバキバキに折られている。