ボールペンバキトス - 2/2

2.ボールペントストス

ボールペンネタの続き、というか、前のヤツに入れそびれたネタ。

※モブキャラとアポロニオの話です
※モブキャラ、相当出張っているので苦手な方はご注意ください。
※オリジナル設定てんこもりシリーズの世界線です


「金がない」
「存じ上げております」

アポロニオの言葉、副官は無表情で頷いた。金がない。

アポロニオは左手でくるくるとボールペンを回しながら、アポロンフォースの予算計画書とにらめっこしていた。わざわざ紙で印刷して、無駄遣いがないかチェックをして、絞り出そうとして――ないものは、ない。

「英雄庁にタカりに行ったらどうですか」
「もうタカってきた」
「はあ、そうですか……」

これがアポロンフォース最上階の執務室で行われる、正義のヒーローの会話だろうか。嘆かわしい……。

去年一年、ありとあらゆる事件・事故が毎月のように発生し続けた。それも、どれもこれもが歴史上に残りかねない派手なアクシデントばかり。しかもなぜか大抵、アポロンフォースが台風の目になってしまっている。
おかげさまで、復興だの装備充実だの設備投資だの……アポロンフォースの財布は、すっからかんになってしまったのだ。
金遣いが荒いゼウスフォースやそもそもだらしないディオニソスフォースと違って、堅実な予算計画と手堅い運用で常に「健全経営」を続けていたアポロンフォースであったが、さすがにこのトラブルの嵐には耐えきれなかったようである。

「参った、これではボールペンの生産数を半減しなければならん」
「むしろボールペンどれだけ生産してたんですか」
「日々の消耗品だからな……」
「チタン製の特殊備品を日々の消耗品扱いされても困ります」

せめて土産物として計上してください、と副官はため息をついた。予算計画については各部門も限界まで削って、やりくりしてくれている。
それでも「新人研修」や「緊急時の予備費」を考えると、厳しい。台所事情は実に厳しい。

アポロニオは際限なく回していたボールペンを止めた。そこそこ重量あるボールペン。それを持ち直して、紙面に向かい――また大きなため息をついた。金は湧いてこないが、ため息は無限に湧いてくる。

「……アポロンVI握手会でもやりますか」
「……私自身は構わないが、市民の貴重な金銭を巻き上げるような形はやりたくない」

ですよね、と副官もため息をつく。そもそも、アポロンVIが一声あげれば、市民から企業までありとあらゆるところから「寄付金」が集まってくるだろう。しかし、それは最後の手段だ。アポロンVIは正義を執行するヒーローであり、アイドルではない。

金集めのための看板おじさんとして働くわけにはいかなかった。全ヒーロー達を管轄し、次なるヒーローを集めるための「英雄庁の広告塔」とはワケが違うのだ。

「仕方あるまい、他フォースを頼るとしよう」

アポロニオはボールペンでトン、と机の上を一叩きしてから向き直った。頼りになるのは、ポセイドンフォース、へラフォース、デメテルフォース。アポロンフォースと同じく、手堅い運営をしていて、かつ、持ち出しが少なそうなフォース。ハデスフォースなどは、アポロンフォースと同じく今頃、予算計画に頭を悩ませているだろう、間違いなく。

アポロニオの予想正しく、ハデスフォースの仮設ビルの一室で、エウブレナは鉄面皮の副官に睨まれながら予算計画と格闘していたのであった……。

では会談の調整を、と副官が対応したところで。執務室の扉が叩かれる。入って来たのは、もう一人の副官であった。
常に冷静沈着、どのようなときもきっちり仕事をこなす人間……のはずが、気のせいでなければどことなく「嫌そうな」顔をしている。

その顔を見た副官はそっと一歩後ろに下がった。入って来た副官は、それを見て「おい逃げるな」とアイコンタクトを送るが、これを完全にスルー。

「何事だ」
「はっ……現在、ちょうど予算計画の話をしているところかと……」
「そうだが……何があった?」

直立不動の姿勢を取った副官は、一つ深呼吸をした。そして、おもむろに口を開く。

「英雄庁から、『本年度の予算は、例年の半分以下にするように』と通達が――」

言い終わる前に、ヒュッと風切り音がした。口を開いたままの形で、副官は無表情のまま顔を横へと傾ける。その残像を、銀色の光が掠めていった。
一拍遅れて、音もなく壁に刺さるボールペン。……ボールペン。チタン製の、金属の塊。

「……手が滑った」

そうですか、と副官は涼しい顔をして告げた。アポロニオは何事もなかったかのように、引き出しから新しいボールペンを取り出す。そして左手でまたくるくると回し始めた。

「……続きは?」
「通達が出ました。以上です」
「……続きは? ないのか? 特則事項は?」
「ありません」

ヒュッ、トスッ。軽い音だった。
副官は、先ほどとは反対に倒していた首をもとの位置に戻す。アポロニオは、引き出しからまた新しいボールペンを取り出す。くるくる、弓を持つ正義の左手の上でボールペンが華麗に回っている。

しばし、執務室内に静寂が訪れた。副官は二人揃って、アポロニオが口を開くまで直立不動で待機している。ボールペンだけが軽快にくるくる回っているだけだ。

「次のスケジュールはどうなっている?」

ようやく、口を開いたかと思えばスケジュールの確認だった。交代制の秘書役をしている副官のうち、今日の担当が端末を確認した。さっと目を通して、アポロニオが欲しいだろう答えを導き出す。

「次は新しく配属されるヒーロー達の適正検査の確認ですね。……十五分ほどなら、時間を取れます。トレーニングルーム、予約しますか?」
「そうしてくれ」

アポロニオはバンッと、机を叩いた。左手で握りしめたボールペンは折れた。

「少しトレーニングをしようと思う」
「思う存分ストレス発散してください……」
「ストレス発散ではない、トレーニングだ」

すたすたと歩きだすアポロニオの後を、副官がついていく。すれ違う時に、ボールペンを「投げられた」副官とアイコンタクトをした。無言でも通じ合うものはある。

二人が出て行ったあと、残された一人の副官は「はあ~~」と大きくため息をついた。後ろを振り返って壁に刺さったボールペンを2本、回収する。できた穴は後で技術部に頼んで塞いでもらわなければならない。

「……修繕費とボールペン一本分は給与天引きにしておきます」

そうでも呟いてないと、やってられない。全く、こちらもヒーローとは言え一線からは退いて久しい。あのスピードでチタン製のボールペンを投げられる側の身にもなって欲しいものだ。

回収したボールペンがまだ使えることを確認してから、執務デスクの引き出しに戻す。残念ながらバキバキに折れたボールペンは再起不能。かわいそうに、と思いながら手で残骸を集めて持っていたビニール袋に入れた。
今月、すでに2本お釈迦になっている、と聞いていたのでもしかしたら……と思い、準備しておいたビニール袋だ。よくできた副官である。

とりあえず、今からの十五分である程度はうまくストレス発散をしてもらいたいところだ。執務デスクの引き出しに眠るボールペンの在庫数を数えて、副官は神妙な顔をした。しっかりストレス発散してもらわないと、ボールペンの補充が間に合わなくなるかもしれない。

……アポロニオは電子より物理を好む人間である。もし、電子を好む人間であったら、今頃、液晶端末が次々と割られてとんでもない被害額になっていただろう。
ボールペンの献身に、副官はこっそり感謝の意をささげて引き出しを閉めた。