にゃんにゃんにゃんの日!

兄弟が猫になってしまう系ギャグ。テキストライブの動画変換機能を使うために、30分+3000字縛りで書いたものです。中身はない。


朝、起きたらヴァッカリオは猫になっていた。

(マジか~~~~!!)

何がどうして猫になったのか心当たりは一つもなかったが、視界に映る自分の両手と、低くなった目線、軽やかな足取りが現実を教えてくれた。
ひょい、と飛び乗った洗面台の鏡には自分の髪の色よりももう少し明るい、しましま柄の猫がいた。デブ猫だった。

(ちょっとふくよかなだけだし)

自分の体を見下ろして、ヴァッカリオは洗面台から飛び降りた。猫は太っているように見えても大体、猫毛のせいだ、違いない。断じてデブ猫ではない。

さて、どうしたものか、と思いつつ連絡用の端末を引っ張り出してみたが、猫の肉球には反応しなかった。残念。

仕方なくヴァッカリオは玄関のドアに飛びついて、器用に開けると外に出る。鍵は掛けなくても、まあどうにかなるだろう。
行く先はヴァンガード本部。あそこなら、まあ、だいたいのことはどうにかなる。たぶん。

(はあ~~猫の歩幅って小さいもんだね……)

いつもならすぐに着くはずの距離が遠い。歩道を歩けば道行く人にじろじろと見られるし、子供(と疲れた顔のサラリーマンやOL)に追い掛け回されるし。仕方なく、ヴァッカリオは路地裏をこそこそと通っていたのだった。
人間の時と違った視界もまた面白い。きょろきょろ、辺りを見渡しながらヴァッカリオは鼻歌気分で散歩を続けた。猫になったとしてもまるで動じない。何しろ、ここオリュンポリスではそういう異変がよくあるのだ。

鼻をひくひくさせながら美味しそうな匂いに釣られつつ。途中、猫の聴覚が人間の悲鳴をとらえた。
ヴァッカリオのヒーローとしての本能が、猫の毛を逆立たせて尻尾を太くする。たぬきしっぽだ、別にカッコよくはない。むしろ可愛い。

悲鳴の方向へ駆け出すと、それだけでなく何やら大騒動になっているようだ。物が壊れる音や、人間の怒声が響いている。

(いったい、何が……って、うえええ!?!?!?)

にゃっ!とヴァッカリオは悲鳴をあげて慌てて近くにあった塀の上に飛び乗った。

人間が逃げ惑う姿を木の上から見下ろす。ヴァッカリオの視線の先に現れたのは――一頭の虎であった。
虎はぐるる、と呻き声を上げながら、かなりのスピードで走っていく。散り散りに逃げる人間には見向きもしない。

ヴァッカリオはふと、その虎を観察していてあることに気が付いた。

耳と耳の間。頭の上に、ぴょこん、とアホ毛が生えている。虎のアホ毛。なんだそれは、と三度見ぐらいしてもやっぱりアホ毛だった。しかも、ヴァッカリオにとってめちゃくちゃ見覚えのある形状をしているアホ毛。

ハハハハハ、まさかそんなわけ……と思ったが、虎が突然ヴァッカリオの方を向いた。それどころか、ヴァッカリオが乗っている塀に近づいてくる。

(げっ)

虎ががお、と一声、大きく吠えた。それは人間の耳にはただの虎の鳴き声に聞こえただろうに、ヴァッカリオにははっきり聞こえてしまった。

「ヴァッカリオ!お、お前も猫になったのか!!」
「あああああああああやっぱりお兄ちゃんじゃんんんんんん!!!!!」

虎に対してにゃうにゃう、と猫が鳴く。猫が鳴いたはずなのに、虎にはばっちり「最愛の弟」の言葉に聞こえているのであった。

「いたぞ!」

虎……もとい、ヴァッカリオの兄であるアポロニオが一瞬後ろを振り返った。どうやら、追われているらしい。いや、追われるだろう、そりゃ町中に猛獣が現れたら追いかけまわされるに決まっている。

ヴァッカリオはそんな虎になってしまった兄を見下ろして、少しだけ悩んだ後に塀から飛び降りた。ぽすん、とアポロニオの背中に着地する。

「ヴァッカリオ!」
「お兄ちゃん、とりあえずヴァンガード本部行こう! かくまってもらおう!」
「わかった!」

アポロニオは小さな猫(だいぶふくよか)を背中に乗せて走り始めた。ヴァッカリオはスピードに乗る兄の背中にしがみつく。

「で、お兄ちゃんなんで追われてるの!?」
「とりあえずアポロンフォースに行こうと思ったのだが、道に出た時点で悲鳴を上げられて攻撃されたから逃げた!」

当然の結果であった。攻撃されたから逃げる。そもそも、突発的に現れた虎という猛獣に対して、麻酔銃などという穏便なものは用意されていないだろう。下手をしたら、殺処分こそ免れても、捕獲のために大怪我することもありえる。
アポロニオだって、攻撃されたから反撃してヒーローを傷つけるわけにはいかない。そうなれば、逃げるの一手しかなかった。

アポロニオが走るたびに悲鳴が上がる。市民の邪魔にならないように車道の路側帯を走っているあたりがアポロニオらしかった。まあ、それでも驚いた車が急ブレーキをかけたり、びっくりした子供が泣き出したり、散々な大混乱になってしまっているのだが。

「ヴァッカリオはどうして猫になったんだ!?」
「知らない!起きたら猫だった!お兄ちゃんは!?」
「同じく!起きたら虎になっていた!」

玄関を通り抜けるのが大変だった、とアポロニオは続けてぼやいた。人間のアポロニオは小柄であったのに、虎のアポロニオはずいぶんと大柄になってしまったようだ。

キュッ、とカーブをターンして、アポロニオはちょうど出勤してきたエウブレナの後ろから一緒にヴァンガード本部に滑り込んだ。良かった、自動扉を壊さなくて済んだ。

「キャァッ!!」
「エウさん!!」

エウブレナの悲鳴に気づいたアレイシアが持っていた武器を構える。

(待ってよおいらだよヴァンガードの隊長だよ~~~!!)

アポロニオの背から飛び降りたヴァッカリオが、必死ににゃーごにゃーごと鳴く。アポロニオは、黙ってヴァッカリオの後ろに座っていた。虎なのに猫座りだった。

「……この猫……」

アレイシアとエウブレナは武器を構えたまま、虎に相対していたが、にゃあにゃあうるさいほどに鳴く猫の方に気を取られていた。そして、アレイシアがふと気づく。

「あっ、この羊のキーホルダー、ヴァカ隊長が持ってたヤツじゃん!」

猫となったヴァッカリオが唯一身に着けていたもの。しっぽに引っ掛かっていたのは、ヴァッカリオが腰のポーチにつけていた羊のキーホルダーだった。

(そうそう!それがヒントだよ!!)

ヴァッカリオは敵意がないことを示すために、二人の前でごろん、と寝転がった。にゃ~~ん、と甘えた声を出して全力で媚る。31歳成人男性、全力で年下の女性部下に媚びる。

(……ちょっと!お兄ちゃんも見てないでちゃんとやってよ!)
(わ、私もか!?)
(大型の虎が睨んでたらアレイシアもエウブレナも攻撃体勢解けないでしょ!)

ヴァッカリオの言ってることは正論に聞こえたので、とりあえずアポロニオはヴァッカリオを真似てごろん、と寝転がった。だいぶドスの効いたがおぉぉ、と可愛くはない声で何とか媚びる。親友の娘に41歳成人男性、めっちゃ媚びる。

「?? なんかよくわからないけど、危険はなさそうだね、エウさん」
「そうね……何もよくわからないけど……私の勘が早くボスを呼んだ方がいいって囁いてるわ」

虎と猫がごろごろしている。しかも、二匹そろって似たような動きで似たようなまなざしで、似たような鳴き方で……エウブレナは察してはいけない事をうっかり察してしまった。ネコ科の動物の上に、なんとなく霊長類の面影が幻視できてしまって、慌てて頭を振る。無理。上司と尊敬している先輩ヒーローのにゃんにゃん媚び媚びポーズとかマジで無理。夢に出る。

「……アレイシア、私、ボスを呼んでくる……」
「うん、わかったぞ!じゃあ猫さんと遊ぼうかな~!虎さんと遊ぶのも貴重な体験だし!」

ウキウキとしながら、ヴァッカリオ……ではない、ふくよかな猫の腹をわしゃわしゃと撫でるアレイシアを見て、エウブレナは心底嫌そうな顔をした。

その後、出勤してきたゾエルの手引きで二匹は無事に英雄庁の医療センターへと担ぎこまれ、何とかなったらしい。まあ、不思議の国のオリュンポリス、神話の力で何が起きてもおかしくはない。

ゾエルが爆笑しながら撮った猫と虎のツーショット写真は、今でもフォトスタンドに入れられてヴァンガードの入り口に飾られている。
写真の日付は、2月22日だった。