ヴァカ+エウと友情出演店長(あだ名)のバレンタインネタ
★★★
「ういーてんちょ、パワフルワンちょーだい……っと、エウブレナ?」
さむさむ、と呟きながら両手をこすり合わせて自動ドアをくぐったエリュシオンマートの店内、そこにはエウブレナが難しい顔をして立っていた。ヴァッカリオはこちらに気づいてなさそうな彼女の隣にそーっと立つ。
「……ほう、バレンタインのチョコとな」
「!? た、隊長!?」
「いやあ、エウブレナちゃんったら、おいらのために熱心にチョコを選んでくれちゃって……」
でへへ、と緩んだ顔で頭をかくヴァッカリオに、エウブレナはとりあえずあいさつ代わりに肘鉄を脇腹に入れてやった。ぐふっ、と大げさなリアクションをとって、ヴァッカリオが体を折り曲げる。もちろん、ヴァッカリオがエウブレナのちょっとした小突きでそんなにダメージをくらうわけもない。
体を折り曲げてエウブレナと同じ目線になったヴァッカリオはニヤニヤとした笑みを浮かべたまま「で、誰用なの? 頼りになる隊長にだけ教えてごらん?」とひそひそ囁く。
エウブレナは心底いやそうな顔をして、少しだけ距離をとった。
「もう隊長ではないですよね?」
「えーそんなつれないこと言うなって。さっきだって隊長、って呼んでくれたじゃーん」
「……それはそれですっ! もう!」
「怒んないでよ、かわいい顔が台無しだよ~?」
ツン、と澄ましたエウブレナの頬をつつこうとした指先はぺしりと叩き落とされた。この程度のじゃれあいはいつものこと。
なお、レジの向こうでは店長(あだ名)が個人用端末を取り出し、いつでも冥府に通報できるように準備を終えていた。
「で、誰なのさ。ま、ガチ恋っていうなら聞かないけど……」
「……パパの分です」
エウブレナは少し視線をさまよわせつつ、小さく呟いた。パパ、と。その言葉にヴァッカリオは少しだけ目を見開く。
エウブレナの父、クリュメノスは十年ほど……行方不明、になっていた。それが最近、このオリュンポリスに舞い戻ってきて、エウブレナと愛妻のもとに顔を出したのだ。
ヴァッカリオは倒していた上体を起こして、頭をかいた。
「あー、クリュメノスの分ね、なるほど」
「……はい。パパにチョコを渡したの、幼稚園の頃にママと一緒に買ったおもちゃ付きのチョコで。結局、私がそのおもちゃを欲しくて、パパに渡すチョコって言いながらママに買ってもらっただけなんですけどね」
「あらら、かわいそうなパパ。娘のダシにされちゃって」
昔を思い出したエウブレナの横顔は、懐かしさだけではない、複雑な色が見え隠れしていた。そんなエウブレナの肩に、ヴァッカリオはポン、と手を置く。
「そんなら、コンビニチョコより手作りのほうがあいつも喜ぶんじゃね?」
「それはそうですけど……ちょっと、今、忙しくて、チョコを作る暇がなさそうで……」
「あー……」
ヴァッカリオは頭を捻った。来月、2月には確かディオニソスXIIの復帰祝いや先代ハデスIVの復帰祝い、それからアポロンVIのほうでも何か大きな祝い事を控えていたように思う。フォースをあげての祝い事となると、その間の治安維持にいろいろと問題があり。恐らく、エウブレナはそういったところやその他さまざまな仕事に追われているのだろう。
気のせいでなく、エウブレナの特徴的な犬耳の様な髪がヘタレている。それを見下ろしながら、ヴァッカリオはふっ、と不敵な笑みを浮かべた。
「しかたねーな、かわいい部下のために隊長、ちょっと本気出しちゃおっかな」
「?」
「エウブレナ、お前が忙しいのはわかってるが、まあ時間見つけてチョコ作ってやれよ。せっかく、再会して初めてのバレンタインなんだろ? クリュメノスだってきっと有難がって涙流して喜ぶぜ?」
「でも……」
ヴァッカリオの顔を見上げて、言葉を紡ごうとしたエウブレナは口を噤んだ。いつも酒に飲まれてその辺でぐったりどころか汚物にまみれているセクハラ男のヴァッカリオ。エウブレナが見上げたヴァッカリオの顔には、穏やかな、エウブレナを見守る大人の男としての笑顔が浮かんでいた。
「どうせハデス区とディオニソス区でイベントごとは融通が利くし。いくつか仕事はこっちに流せ。俺が片付けておく」
「い、いいんですか?」
「ああ、そんぐらい問題ないさ。……俺だって、お兄ちゃんと仲直りして再会したときは、まあ……兄孝行に勤しんだしな。親孝行ぐらい、してやれって」
ヴァッカリオはエウブレナの頭をぽんぽん、と軽く撫でた。エウブレナは少しだけ首をすくめる。ちら、と見上げたヴァッカリオにはやっぱり、大人の余裕が漂っていて。
「……ありがとうございます……!」
「いいっていいって。あ、お礼はエウブレナちゃんのコンビニチョコでいいんだよ? それか可愛い着物のコスプレ姿見せてくれてもーー」
「コスプレはもうしません! だいたい、コスプレじゃなくて広報活動の一環です!!」
悔しいけどカッコいいな、と思ったエウブレナのときめきは一瞬で消えた。セクハラ男はやっぱりセクハラ男だった。
まったく、とエウブレナはぷりぷりと怒りながら、エリュシオンマートから出ていく。その後姿をへらへらと見送ったヴァッカリオは、エウブレナが見ていた商品棚から適当にチョコの箱を取った。
「悪いね、お客さん追い返しちゃったから。補填」
「……お買い上げありがとうございます。まったく、とんだカッコつけですね」
「そりゃヒーローだからね! ……ところでその端末、なんで発信ボタンに指がかかってんのっていうか発信先まさか」
「お前が少しでもあの娘に触れたらセクハラで冥府に通報しようかと」
「セクハラの基準厳しくね!?」
年齢を考えろ年齢を! と店長(あだ名)は毒づきながら、そっと個人用端末を自分のポケットに戻した。まあ、冥府に通報を入れてハデス神が飛んでくるとまためんどくさい事になるのは間違いない。
何事もなく今日も終わりそうでよかった、とチョコを片手に退店するヴァッカリオの後姿を見ながら、ひっそりと店長(あだ名)は息を吐くのだった。
ちなみに。
「はい、お兄ちゃん、チョコ。バレンタインには早いけど」
「!!! ヴァッカリオがチョコを……! ありがとう、これは真空パックに入れて永久保存するとしよう」
「ごめん普通に食べてマジで」
というやり取りがあったのちに、チョコは無事にアポロニオの腹に収まったらしい。
甘いものが苦手なくせに、チョコを買うあたりも、ヴァッカリオはやっぱり生粋の「カッコつけ」なのだ。