10月10日がてんちょの日という事で店長(あだ名)を主役としたシリアス風味なエスエフミステリーさよならサマー的ストーリー。捏造設定モリモリ。ループする世界に一人取り残されてしまった店長(あだ名)が世界の狭間に堕ちたアレイシアを救うために一人戦うありがちな話です。※4万字あるのでそこそこ長いです
一月二十八日。午前六時三十分。
けたたましい目覚ましの音とともに、パンテレイモンは目覚めた。今日も朝から晩まで、エリュマのアルバイトだ。あくびをしながら、テレビの電源をつけて決まったチャンネルのニュースを。いつものアナウンサーの声をBGMに、冷蔵庫から牛乳を取り出してコップに注ぐ。
『本日のトップニュースをお伝えします。昨日、ハデス区で発生したひき逃げ事件について、犯人が逮捕されました』
「……ん?」
『――近所に住む学生が容疑を認めたということで、警察はより詳しい状況を聴取しているとのことです。』
思わず、パンテレイモンは手に持ったコップをテーブルに置いてテレビに向き直った。アナウンサーは次々とニュースを紹介していく。
「おやおや……」
そのニュースのどれもが、パンテレイモンには聞き覚えのあるニュースばかりだった。速報として入ってきた、政治家の汚職事件でさえも。
少しばかり顎に手をあてて、昨日の記憶を思い返してみるが、自分がボケたわけでも予知夢を見たわけでもない。
「これはまた、奇怪なことですねえ」
置いたコップをもう一度手に持ち、牛乳を一気に飲み干すとパンテレイモンはいつもどおりに洗面台へ足を運び、顔を洗って髪を整える。そうして、寝間着から通勤用の服に着替えればもう家を出る準備は万端だ。
テレビの中では、今日の天気予報を紹介している。本日は晴天なり。洗濯物は良く晴れるでしょう。
「洗濯物が乾くのは良いことですが、『明日』が来ないのは困る人も多いのではないでしょうか、ね」
本日は一月二十八日。二回目の、一月二十八日が始まった。
エリュマで接客をしつつ、品物補充をしつつ、掃除をしつつ――パンテレイモンは、今の世界の状況について頭を巡らせる。どうやら、何が起きたのか突然、世界がループし始めたのだ。朝、シフトを交代するアルバイトの学生からは同じ話題を振られ、訪れる客は『昨日』と同じ時間に同じものを購入し、同じようにパンテレイモンの神経を逆なでする態度を取りながら帰っていく。
世界がループするという事象は、神が力を振るえば有り得ないこともないし、パンテレイモンとしても長い暮らしの中で何回か遭遇したことはある。しかし、神がいなくなった世界でループが始まるとは、ただ事ではないな、とも思う。
ループに気づいているのは自分だけなのか、他にも気づいている人間はいるのか。
「ね、昨日のドラマ録画したけど一緒に見ない?」
「えー宿題やろうって話なのに……でも私もみたーい!見よ見よ!」
ドリンク片手に楽しそうに店を出て行く女子高生二人を見送ってパンテレイモンは一人、息を吐いた。二人が見る『昨日』のドラマは一体『いつ』のものだろうか?
「やー店長、今日も元気に働いてる?」
「……あなたはまたサボりですか」
「サボりじゃないって、監視だって監視」
へらへらと笑いながら話しかけてきたのは、大罪人であるプロメトリックを監視するヴァッカリオだ。『昨日』と同じ会話をして、どうやらこいつはループに気づいてなさそうだな、とパンテレイモンは肩を落とした。神に近いディオニソスXIIなら、自分と同じように異常に気付くかと思ったのだが。
「ん? おいらの顔になんかついてる?」
「いいえ、いつものとおりのアホ面だなと思いまして」
「やだなあそこはイケメンって言ってよ」
「お断りします」
これは、『昨日』にはなかった会話だ。
自分が動けば、それなりに事象も変わる。なるほど、どうやら自分は記憶を引き継いだだけではなく、ループの理からも外れているようだ。恐らく、神である、という事実が何かしらの作用をしているのだろう。
(まあ、そのようなことどうでもよいですが……)
誰がループを起こしているのか、それはパンテレイモンにとって特に興味が無いことだった。
犯人が神ではないことは確かであり、ということは神話還りの力によるものだろう。人間の力で、世界を丸ごとループさせるなどという無謀な事をそうそう何回もできるとは思えない。ループを重ねるたびに、神力を無理に使っていけばいつか神話還りの人間は死に至る。そうすればループは終わるし、何もしなくても『明日』はパンテレイモンの元にやってくるだろう。
「こんにちは~……あ、ヴァカ隊長じゃん、エウさんが探してたよ」
「あっやべ、この前の報告書、今日が締め切りだっけ……」
「いらっしゃいませ、アレイシアさん」
エリュマにやってきた最愛の人、アレイシアの様子が少しおかしいことに、パンテレイモンはすぐに気づいた。アレイシアの事に関して言えば、世界中の誰よりも詳しく、何でも知っていると自負している。ヴァッカリオにはロリコンかよ、気持ち悪い、と言われたこともあるが、奴のブラコンっぷりの方がよほど気持ち悪いとパンテレイモンはいつも思っている。
「アレイシアさん、どうしました? 風邪ですか?」
「ん……風邪じゃないんだけどなあ、なんかちょっとダルい感じがして……あ、エリュマバーガー一個ください!」
「え、アレイシア体調不良か? 午後から休みにしてもいいぞ」
「うーん、どうしよっかな……」
ヴァッカリオとアレイシアの会話を聞きながら、パンテレイモンはエリュマバーガーを用意する。
この、ヴァッカリオとアレイシアの会話は『昨日』にはなかったことだ。顔には接客スマイルを浮かべたまま、パンテレイモンは即座に頭の中で状況整理と予測を行う。
パンテレイモン自身が記憶を持続したまま。その理由は自身が神であり、ループの外側に存在しているからだ。そもそも、世界の内ではなく、外から見ている存在である、ともいえる。
では、アレイシアは?……アレイシアは、普通の人間だ。ただし、体は神話還りの神力を宿し、そして神であるアレスを内包している。
(つまり、魂自体は普通の人間でありながら、体を構成するものは疑似神である、という状況……)
首をひねりながらエリュマバーガーを頬張るアレイシア。その隣で、パワフルワンを呷る同じく神話還りのヴァッカリオ。
「アレイシアさん、体調不良は大丈夫なんですか?」
「大丈夫だよ! ほんと、ちょっとダルいぐらいだから! 熱もないし、鼻水も出てないしね!」
えっへん、と胸を張るアレイシアにパンテレイモンはそうですか、と笑って引き下がる。
アレイシアの不調は、間違いなく世界のループに影響を受けている。ループに巻き込まれる人間の魂と、ループの外に置いて行かれる疑似神の体。神の魂と神の体を持つパンテレイモン――プロメテウスは、問題なかった。アレイシアの場合は、魂と体がループの中と外でズレているのが問題なのだ。
「ところで、あなたは特に体調不良とかはないのですか?」
「え? おいら? 全然元気だよ、健康優良児だからね!」
「バカは風邪ひかないって言いますからね」
「お客様に対して失礼な店員だなあ」
相変わらずへらへらと笑うヴァッカリオを虫でも追い払うかのように、パンテレイモンは手でしっしっ、とジェスチャーした。
ヴァッカリオは、神器の使いすぎで強い神話還りの力を持ちながらもそれを発揮できない状態にある。アレイシアと同じように魂は人間でありながら、体は疑似神、しかし、それでいて普通の人間と限りなく近い状況。だから今のところ影響が出ていないのだろう。
ふむ、とパンテレイモンは難しい顔をした。ループなど放っておいても良い、と思っていたが、そうも言ってられなさそうだ。神に近ければ近いほど、このループの影響は大きい。となれば、神であるアレスを内包したアレイシアは最も影響が出やすいだろう。
魂と体の乖離は、人間が生きていく上であってはならない事だ。魂と体がバラバラになるということは、すなわち人の死を表す。
今は多少ダルいだけで済んでいるアレイシアも、ループが続けば続くほど、魂と体が別たれていき、最終的には離れ離れになり――死に至る。いや、死と言うよりも、肉体の消滅、と言った方が適切だろうか。ループの中に存在する魂と、ループの外で置いて行かれる肉体。
「……? 店長、どうしたの、顔色悪いよ? もしかして風邪?」
「え、アレイシアだけじゃなくて?」
心配そうに見てくるアレイシアと、少しばかり真顔になったヴァッカリオに首を振ってパンテレイモンは「ちょっと考え事を」と短く答えた。
「私は風邪ではないですが……アレイシアさんは、やはり午後はお休みを取った方が良いのでは?」
「そうそう、たまには休んだ方がいいって。体を休めるのもヒーローの仕事だからさあ」
「あなたはたまには働いたらどうですか?」
「毎日一生懸命働いてるって、大丈夫大丈夫」
パンテレイモンとヴァッカリオのやり取りに、くすり、と笑いを漏らしたアレイシア。エリュマバーガーの包み紙をゴミ箱にしっかりと捨てると、午後はヴァンガード本部で大人しくしてることにするね、と言って出て行った。
「さて、ディオニソスXII。厄介な問題だ」
「あえ……なに、いきなり」
「さきほどのアレイシアの体調不良だよ。心当たりがある」
ほう、とヴァッカリオは残っていたパワフルワンを一気飲みし、店内の缶用トラッシュボックスに空き缶を投げ入れた。見事、ダストイン。
「穏やかじゃないね。今度はどんな難問?」
「大いに難問だ。今、この世界はループしている……今日は一月二十八日だろう? 私は、『昨日』も一月二十八日だった」
プロメテウスの言葉に、ヴァッカリオは目を何回か瞬かせると、剣呑な目付きになってプロメテウスを見返した。黙って、プロメテウスに言葉の続きを促す。
「ループの原因も手法も何もわからない、が。わかっていることは、神という存在はループの外にあり、人間という存在はループの中にいる、ということだ。現に、神である私自身はループに巻き込まれずに記憶を維持している」
「なるほど? それで、それがアレイシアの不調とどう関係するんだ?」
「アレイシアは……アレイシアを含めた、神話還りという存在。これは魂のみ人間で、体は神に近い。つまり、魂と体がループの外と中で、ズレが生じてしまう、ということだ。人間の魂はループに巻き込まれ、体はループの外にある。そのズレが、アレイシアの体調不良の原因だ」
「うーん……じゃあ、なんでおいらは平気なのさ?」
納得がいってなさそうなヴァッカリオの態度に、プロメテウスは愛想を尽かすでもなく、真剣な顔で話を続ける。
これは予想ではあるが、と前置きして、ヴァッカリオの肉体が著しく損傷状態にあり、人間に近いからではないか、と言った。それを聞いたヴァッカリオは、心底嫌そうな顔をする。
「あんたのせいだな」
「その節はどうも多大なご迷惑を」
「気持ちがこもっていないやり直し」
「今はそれどころではないからまた後日。……『明日』が訪れるなら、な」
プロメテウスの言葉にヴァッカリオは、べ、と子供の様に舌を出して応えた。プロメテウスはため息をつく。それを気にもせず、ヴァッカリオは気を取り直して質問をぶつける。
「じゃあ、神話還りが続々体調不良になる、ってことか? そうなったらオリュンポリスは大混乱だな」
「かなり神話還りの力が強くて、よほど神に近い存在でなければ今のところは影響も出ないだろう。……そういえば……」
「なんだよ」
「……お前の兄など、その最たる例ではないか? 体の成長が二十五年も止まっているなどと、普通の神話還りの肉体では考えられない」
そう言ってやれば、ヴァッカリオは顔色を変えてすぐに腰のポーチから端末を取り出して誰かに電話をかけている。まあ、話の流れからして明らかにアポロンVIの事だろうが、とプロメテウスは呆れたようにその様子を見ていた。
アポロンVIがどうなろうと、プロメテウスとしてはどうでも良いが、今は自分の考えた予測を裏付ける材料は一つでも多い方がよい。ヴァッカリオの通話が終わるのをじっと待つ。
「――うん、うん。いや、別に、虫の知らせみたいな……うん、おいらは別に全然、何ともないから。倒れる前にちゃんと休んでよ、いつも我慢しすぎなんだって。あーわかったわかった、じゃ、切るから、はいはい」
ヴァッカリオが端末の通話終了ボタンを押すと、額に手を当てて項垂れる。その態度からして、明らかに「アウト」だったのだろう。
「症状は?」
「アレイシアと同じ。熱や咳といった風邪の症状はないけど、倦怠感が酷いって」
「ビンゴ、だな。これでお前も働かざるを得なくなったわけだ」
ヴァッカリオは肩をすくめると「別にお兄ちゃんが大丈夫でも、アレイシアがダメな時点で働く理由にはなるでしょ」と呆れたように言った。プロメテウスはそれを面倒くさそうに聞き流す。
「では、お前がもっとやる気を出すことを教えてやろう」
「……なんだよ、怖いな」
「ああ、最高に怖い話さ。……このまま、ループが終わることなく続いていけば、魂と体は完全にバラバラになる。バラバラになった状態でループが終わったとしたら、無事である保証はない」
「!!」
ヴァッカリオは天を仰いだ。状況はわかったが、あまりにも悪すぎる。
「……対策は?」
「ループを引き起こしてる当人を見つけて、やめさせるしかないだろう」
「で、その当人が誰かは手掛かりが全くない、と」
「そういうことだ。しいて言えば、時間に関する神話還りが原因だろう、とは思われるが……」
「なるほどねえ。とりあえず、おいらはヴァンガードに戻ってブレーン様に相談してみるわ」
この件、他にしゃべってもいいだろ?と尋ねられ、プロメテウスは首を縦に振った。今は、とにかく人手が欲しい。神の力を失くし、ただの人間とほぼ変わらなくなったプロメテウス一人の手には余りすぎる事象だ。
少しばかり慌てたようにエリュシオンマートを後にするヴァッカリオを見送る。
「さて、私の方はどうしたものか……と言っても、今からいきなり交代要員を呼ぶわけにもいきませんからねえ」
何しろ人手不足のこのエリュマは、パンテレイモンに多大なる連勤を強いている。到底、代打は望めなかった。
仕方ない、とパンテレイモンは気を取り直して、アルバイトとしての仕事に精を出すのだった。