巡る今日のその果てに - 7/7

 二月一日。午後二時四十六分。
 けたたましい目覚ましの音に叩き起こされることもなく、パンテレイモンは自然と目を覚ました。目の前に広がるのは真っ白な天井。規則正しい電子音が、自分の隣から鳴り響いている。
 
「こ、こは……」

 目をきょろきょろと動かしていると、意識レベルの変化をキャッチしてナースセンターからやってきた看護師が、顔を覗き込んできた。
 
「パンテレイモンさん、どうですか、私の声が聞こえていますか」
「きこえ、て、いる……」

看護師の質問にゆっくりとした口調で返すと、それに満足したのか看護師は顔をひっこめた。
 それから、医師がやってきて、あれこれ診察をした後に、現在の状態について説明をしてくれた。全身複雑骨折に一部内臓破裂。生きているのが不思議なほどの大けがだったという。全治は不明。というところまで説明し、残りはもう少し意識が鮮明になってからにしましょうね、と言い渡されてしまった。
 パンテレイモンとしては、しっかり医師の説明に頷きを返していたつもりだったが、あまりうまくはいってなかったようだ。仕方なく、もう一度目を瞑る。やることが無ければ、眠って体力を回復させれば良い。何万年も眠りについていたプロメテウスとしては寝る事自体は別に苦痛でも何でもなかった。
 次に目を覚ました時には、だいぶ頭もすっきりしていた。ふとベッド脇に目を動かすと、ヴァッカリオが手を振っている。
 
「……何の用だ」
「お、意外と普通にしゃべれるじゃん。お見舞いだよ、お見舞い」

ヴァッカリオは椅子を持ってくると、パンテレイモンの顔の傍に座った。そして、おもむろに事の顛末を語り出す。
 パンテレイモンが突き飛ばした母娘は、地面に倒れ込んだ際の擦り傷程度で済んだらしい。代わりに、パンテレイモンはこうして大けがを負う羽目になったのだが。
 それから、世界の狭間から救い出したアレイシアとアポロンVI。二人とも事故現場に突然、姿を現したことで一時現場は騒然となったらしい。しかも道路に倒れた状態だったというから、市民の動揺はすさまじかった。英雄庁が必死に世論調整を行い、「トラック事故を目撃して駆けつけ、身を挺してトラックを減速させたため一時的に気を失っていただけ」という非常に苦しいストーリーで、なんとかカバーをしたようだ。
 
「……それで、アレイシアとお兄ちゃんについては、あの時のことはすっかり記憶から消えているみたい」
「なるほど……世界の外から、中に戻る際に、『あるべき姿』に当てはめるために記憶の改ざんが行われたのだろうな。……まあ、アレイシアに私の存在を知られなくて済んだと思っておこう」
「いやあ、前向きだね」

そういえば、とパンテレイモンはヴァッカリオの顔をまじまじと眺めた。この男が知っているのは事故現場で起きたことのみで、パンテレイモンがあれだけ苦労したループの日々については何も知らないのだ。……そう思うと、急に腹が立ってくる。
 何かイチャモンでもつけてやろうか、とパンテレイモンが口を開いたとき、真剣な声でヴァッカリオが話しかけてきた。
 
「アレイシアとお兄ちゃんを助けてくれてありがとう。危うく、大切な人たちを失うところだった」
「……アレイシアは私のため。お前の兄は、ただのついでだ」
「……とかなんとか言っちゃって、ほんと店長ったらツンデレなんだからさ~!」
「一瞬でもお前のことを見直した私が馬鹿だった」

やはり、イチャモンをつけるべきだった、とパンテレイモンは臍を噛んだ。そんなパンテレイモンの思いも知らず、ヴァッカリオはニヤニヤしながら席を立つ。

「今からアレイシアがお見舞いに来るって言うから、お邪魔虫は退散するね! 頑張れ店長!」
「……は、待て、今から? アレイシアさんが?」

と、言っている傍から。病室のドアが勢いよく開けられ、弾丸のようなアレイシアが飛び込んでくる。

「てんちょおおおおおおお!!!! 良かったああああああ!!!!」

 ベッドにしがみついて、うおんうおん、と泣き叫ぶアレイシアに、パンテレイモンが困ったようにヴァッカリオを見上げる。が、ヴァッカリオは手をひらひらと振るとアレイシアを置いて退出していった。そういう気の回し方はいらない、とパンテレイモンは憮然とした表情を浮かべる。
 
「店長が事故にあったって聞いて! しかも、ずっっっと意識不明だったって聞いて! ボク、すっごい心配したんだよ!!」
「そ、そうですかアレイシアさん……とりあえず、あの、あまり揺さぶられるとくるしい……」
「あっごめんなさい!」

まだ一人で体を動かすこともできない怪我人なので、さすがにアレイシアの馬鹿力はパンテレイモンの愛をもってしても受けきれなかった。

「それにしても、親子を助けたんだって? すごいね!」
「いえ……体が、勝手に動いてました。今思えば、もっとうまくやれたかな、と思うのですが」

全く持ってそのとおりだ。あの時、もう細かい作戦も『特異点』のこともすべて吹き飛んで、ただ目の前の母娘を救うことしか頭になかった。いくらでもやりようはあっただろう。

「やっぱ、店長はヒーローだよ! ああいう場で、体が動くって本当にすごいことなんだから!」

 あの空間で、言われたことをもう一度。記憶がないはずのアレイシアから、再び、ヒーローだと満面の笑みで告げられる。思わず、パンテレイモンもアレイシアの笑顔につられて口元に笑みが浮かぶ。
 
「こんな私でもヒーローになれましたかね」
「もちろん! だって、ヒーローは生きて帰ってこそ、ヒーローなんだ! そこまでできた店長は、もう立派なヒーローだよ!」
「……そうですか。それは、嬉しい限りです」

 パンテレイモンは、晴れやかな笑顔を顔に浮かべ、アレイシアへと微笑み返した。