一月二十八日。午前六時三十分。
けたたましい目覚ましの音とともに、パンテレイモンは目覚めた。枕元の目覚まし時計を真っ先にチェックし、四回目の『今日』が始まったことを確認する。
テレビをつけ、いつものニュース番組でいつものアナウンサーが『いつもの』ひき逃げ事件のニュースを読み上げる。パンテレイモンもそれをBGMに、いつものように牛乳をコップに注ぐ。パックの中の牛乳はこれだけ飲んでもちっとも減っていなかった。
(巻き戻り発生時刻は、十七時四十六分……)
巻き戻りが発生する直前まで、視界に収めていた時計の時刻を思い出す。十七時四十六分。その時に、オリュンポリスどこかで誰かが何かをしている。一回のループでようやく得られたのは「いつ」だけだ。このような牛歩のペースで間に合うのだろうか、と一抹の不安がパンテレイモンの脳内を過る。
それを振り払うかのように洗顔をし、髪を整えたらまたバイトを休むためにオーナーに連絡をする。『昨日』と一時一句変わらないネチネチとした嫌味を黙って聞き流したパンテレイモンはさっそくヴァッカリオに連絡をした。
『はいはい、なんだよ朝っぱらから……』
「面倒くさいことになった。詳細は後で話すからゾエル女史を呼んでおいてくれ」
『ええ、なんでだよ……』
「うるさいなこのゴミ箱寝太郎め……『昨日』のお前が話してくれた合言葉だ、良く聞け」
プロメテウスは舌打ちをひとつしてから、例の合言葉をするすると述べた。シンプルでわかりやすいという条件を満たしたヴァッカリオしか知らない秘密、は無事にプロメテウスの記憶に残ってくれていたようだ。むしろ、早く忘れたい内容であるのだが。
『……うえ、なんでアンタがそれ知ってんの……っていうか、昨日?? え、お兄ちゃんに聞いた?』
「聞くわけないだろう! どうして私がアポロンVIにこんなエピソードを語ってもらわなければならんのだ! とにかく、ヴァンガード本部に今から行くからな!」
ヴァッカリオの返事を待たず、プロメテウスは通話を切った。朝から不愉快な気持ちにしかならない。やはりこの合言葉制度は考え直した方が良いのではないだろうか。
ヴァンガード本部にて、プロメテウスを迎え入れたヴァッカリオは難しい顔をしていた。ゾエルはあくびをしつつも、プロメテウスに事情説明を促す。
「――というわけだ」
「なるほど、世界がループしてる、とねェ……」
「ああ、だから『昨日』のおいらに聞いたって言ったのか。うわ、マジか……ループとか全然気づかないな」
「この話も、これで二回目だ」
長い話を終えたプロメテウスはため息をついて、ゾエルとヴァッカリオが事態を飲み込むのを待った。やはり、先に事態を飲み込んで一手考えたのは頭脳労働担当のゾエルの方だった。
「総当たりじゃ、無理ってことまでわかってるんだな?」
「そうだ。必要があれば、ここまでそちらが調べた対象者のリストも後でまとめよう」
「そうだな、それを送ってもらって……とりあえずは続きから、ってことになるだろうが……ダメだな、もっとマシな方法を考えた方が早い。……前回のループで得た情報が、巻き戻りの発生する時刻、だったか?」
思案気なゾエルに聞かれて、プロメテウスは肯定を返した。
しばらく、三人の間に沈黙が下りる。次に口を開いたのは、やはりゾエルだった。
「時刻が中途半端だ。例えば十七時ピッタリだったり、そういうワケでもねェ。ってこたあ、計画性のあるテロではなくて、事故なんだろうな」
「神話特性の暴発?」
「にしちゃあ、ド派手な暴発だが」
ヴァッカリオの発言をくみ取って、ゾエルはもう一度、考え込む様子を見せた。代わりに、ヴァッカリオが質問を投げる。
「その時間に関する神ってのがそもそも、いないんだろう?」
「ああ……我々の、前世代に『クロノス』という時間そのものを司る神がいた。まあ、いろいろあって、ゼウスに討伐されたのだが……それ以降、時間を司る神は生まれていない」
「スケールのでかい話だなあ。じゃあ、その『クロノス』ってヤツの神話還りはいないんだな?」
「そうだ。その解釈で間違いない」
「で、そうなると、直接的に時間を操るような特性を持った神話還りもいないわけで、結果として、時間に関わってるかもなあ、程度の神の神話還りを探さなきゃいけないわけだ」
それもネックなんだよな、と黙って聞いていたゾエルがぽつり、と零す。
ヴィランを含め、神話特性を原因とした事件や事故が発生した時、神の性質に沿った特性が関連しているから意外と神話還りを特定するのは容易である。例えば酒絡みならディオニソスだろうし、水や海に関することならポセイドンだろう。そういった点は、捜査や検証上でも非常に重要な情報になっている。
ところが、今回のケースでは英雄庁史上、初めての「時間逆行」の事故あるいは事件なのだ。データベースを漁るにも、前例がないために取っ掛かりがなくて困っているのが、現在のゾエルとプロメテウスだ。
「例えば、ホーラの神話還りなどは時間も関連はしているが、あれは季節と言う概念に基づくものだ」
「ホーラの神話還りが起こした事件と言えば、花見シーズンの前に桜を全部散らせてしまったってヤツ、なかったっけ」
ヴァッカリオの言葉に、ゾエルが頷く。
会社命令での花見の準備がイヤで仕方なかったサラリーマンが、公園の桜をすべて一斉に開花させて散らせてしまった事件だ。あれも、確かに「時間を進めた」と言えなくもないが、どちらかと言えば「季節を進めた」と言った方がふさわしい。
「言葉遊びじゃねェが、そういう微妙なさじ加減がxxxxなんだよな、神話還りは……」
「神話還りに対するその単語は差別用語だよ、ボス」
ヒュウ、と口笛を吹いてヴァッカリオが茶化し返した。神話還りとそうでない一般人の溝は、一時期に比べれば埋まってきたとはいえ、まだまだ深みを見せている。
悪かったな、忘れろ、とゾエルは言って腕を組み直した。イラつきを隠そうともせず、ゾエルが靴で床を叩く音がヴァンガード本部に響く。
「おはようございます!」
「うー……おはよーございまーす……」
声を聞いた瞬間、プロメテウスは慌ててヴァンガード本部内の奥へ飛び込んだ。飛び込んだ先はどうやらゾエルの執務室らしいが、緊急事態だから勘弁してほしい。
プロメテウスは「記憶を失くした、ただの人間」としてアレイシアに接しているのだ。そんな男がヴァンガード本部を訪れているとなると、彼女に無駄な期待を持たせてしまうかもしれない。
そっと、執務室の扉の影からエウブレナとアレイシアの様子を伺う。
「おいおい、家で休んでいた方がいいんじゃないのか?」
「隊長……でも、アレイシアったらここまで走ってきてしまったみたいで……一人暮らしの家に帰すよりはここの方が良いかと……」
エウブレナに支えられたアレイシアの顔色は悪く、誰が見ても明らかに異常だ、とわかるレベルだった。
「エウブレナの言う通りだな。ここまで体調悪いヤツを一人にする方が危なっかしい。アレイシア、仮眠室があるからそこでひと眠りしてろ。……エウブレナも、今日は外回りはしなくていい。アレイシアの看病をしてやれ」
「私が、ですか? パトロールは……」
「そこのアル中がやってくれるだろ」
「え、おいらが?」
ヴァッカリオは首を傾けたが、エウブレナとゾエルの冷たい視線の前に首をすくめて、了解、と力なく敬礼を返した。
仮眠室に消えていくアレイシアを見送った後、ゾエルがエウブレナを呼び止める。
「なんですか?」
「アレイシアの体調不良だが……ちょいと、厄介なトラブルが関わってる」
「!」
「もし、アレイシアの体調に異変が起きたらすぐに知らせろ。トラブルの内容については、正直、こっちも把握だけで手いっぱいだ」
説明できなくてわりぃな、と言うゾエルにエウブレナは首を振った。
「私の任務は、アレイシアの看病、ですね?」
「そういうことだ。任せたぞ、エウブレナ」
「了解です!」
ビシ、と敬礼をするエウブレナを見送った後、部屋の隅で通話をしていたヴァッカリオにゾエルは視線を飛ばす。通話終了した後のヴァッカリオは、厳しい顔をしていた。
「アポロンVIか?」
「とりあえず、アポロンフォースに出勤はしたけどあまりにも顔色が悪いから部下が家まで送り返したらしい」
「ってことはアイツは今一人か……ヴァッカ、そっちに行くか?」
「できるなら」
「よし、パトロールはコリーヌとネーレイスにやらせるか。……そっちも、何か異変があったらすぐに連絡しろ、いいな?」
「了解」
ヴァッカリオは短く言うと、すぐに本部を飛び出して行った。まあ、実際のところ、あのアポロンVIが体調不良で休みなどと言っても誰も信じやしないだろう。恐らく、アポロンフォースの方でもある程度の箝口令が敷かれるはずだ。
ゾエルは踵を返すと、自身の執務室を覗き込む。長身をどうにか隠そうと縮こまっているプロメテウスと目があって、噴き出しそうになるのをどうにか堪えた。
「アレイシアは仮眠室で寝かせることにした」
「そうか……」
ゾエルはプロメテウスの前を横切り、執務机の端末を操作してネーレイスとコリーヌに召集をかける。二人とも今日は午後からの勤務だったが、非常事態だから仕方あるまい。
「で、あの症状が、アンタが言ってた魂と体の分離、ってヤツか」
「ああ。魂と体が徐々に分かれていくことによって起きる不調だな」
そこまで言ったプロメテウスは、顔を曇らせて声のトーンを落とす。
「基本的に、世界には元に戻ろうとする自己修復能力がある。だから、今回の様な事象が起きたとしても、ループが終了すればその瞬間に世界は『あるべき姿』に戻っていく。そうなれば、魂と肉体の乖離も自動的に修正される」
「魂と肉体が一体化しているのが『あるべき姿』だからか?」
「そういうことだ。だから、その点については気にしなくて良いだろう。例外は……外傷、だな」
例えば、とプロメテウスが自分の腕をゾエルの前に突き出し、そこに手刀を置く。
「腕を怪我したとしよう。その状況でループが終わった場合、怪我は瞬時に治るか、と言えば答えはノーだ。なぜなら、その時点で『怪我をした状態』が『あるべき姿』だからだ」
「……あー……つまり、ループが終わった瞬間にいきなり怪我が治るなんていうのは、事象として異常だ、ってことだな?」
「そういう理解で良い。何もしていないのに、外傷が突然治ったらおかしいだろう?」
「まあな。どんな奇跡だって思うだろうよ」
ゾエルの理解に、プロメテウスは重々しく頷いた。ゾエルは、アレイシアは謹慎決定だな、と小さく呟いた。まあ、そもそもアレイシア自身も外に飛び出して行く元気すらなさそうだったが。
「……わかりやすい基準を挙げるなら、他の人間から見える『事象』はそれが『あるべき姿』として世界に認識されてしまう。他人の目から見えない部分は、誰にも認識されないから世界に認識されない。とりあえずはその理解でいいだろう」
「なるほどね……」
ヴァッカにも今の話を連絡しねェとな、と言ってゾエルはまた大きなため息をついた。
ヴァッカリオ曰く「死ぬまで我慢する人」のアポロンVIが、大人しく寝ているわけがない。アレイシアとどちらが大人しいか、と言われたらいい勝負だ。そういう、後先も自分の身も考えず飛び出していくところは兄弟そっくりなんだがな、とゾエルは意味もなく苛立ちを覚えて机の端をコツコツと神経質そうに指で叩いた。
プロメテウスが咳ばらいをすると、ゾエルは気まずそうに手を止めた。薄い色合いのサングラスを指で押し上げて、プロメテウスをぴたり、と見据えた。その視線を受けたプロメテウスが口を開く。
「……では、とりあえずは各自調査でいいだろうか。連絡先を知らせておく」
「ああ……ったく、xxxxな話だぜ」
憂鬱そうな声を隠しもしないゾエルに、プロメテウスはそういえば、と口を開いた。
「『昨日』の君が『今日』の君によろしく、だそうだ」
「……は~~~~~~! ソイツ、ぜってー丸投げしやがったなxxxxxx!!」
頭を抱えて地団駄を踏む女傑の姿からそっと目を逸らして、プロメテウスは足音を忍ばせて静かにヴァンガード本部を後にするのだった。
『昨日』と同じように受付で手続きをし、特別名誉顧問として例の取締役の男と『昨日』と同じ雑談をしてから執務机に着席。それだけで、パンテレイモンはどっと疲れが出るのを感じた。その様子に、取締役が気づいたのか光る頭を手で撫でつつ、様子を伺う。
「いやあ、朝から、ちょっと気性の荒い女性と込み入った話をしましてね……」
「おやおや、特別名誉顧問殿にもついに春の訪れですかな?」
「まさか、勘弁してくださいよ。私が愛しているのは、今も昔も一人だけ……いえ、十年ほど前に、もう一人、愛する人ができましてね」
パンテレイモンが苦笑しながら言えば、取締役は目を丸くした後に、肘で小突くような仕草をしてきた。
昔、ようやく商売が軌道に乗り始めた頃に、酒の勢いでお互いに恋愛話をしたことを思い出す。体の特性上、よほどのことがなければ酔わないパンテレイモンも、あの日ばかりは懐を開いてアレスへの愛情を語ったのであった。そして、アレイシアと出会ったことはこの取締役には言っていないことに気づいて、つい昔を懐かしみながらぽろりと喋ってしまった。この男には、そういった気安さを覚えさせてくれる何かあるのだ。昔から、変わりなく。
「それはどういう人なんです? いくら見た目が変わらないとは言え、パンテレイモン殿も良い歳でしょう……!」
「……それはまた、酒でも飲みながら、にしましょうか」
「ははは、あの日を思い出しますね。あの冷静沈着なパンテレイモン殿があれだけ情熱的に愛を語るとは……」
「その話はよしてください、私も若かった、ということです」
……若いも何も、あの時点ですでに何万歳か数えるのも面倒くさくなった年齢ではあったが。
『昨日』と違う雑談に心が和むのを感じ、気分転換にプロメテウスはこの男ともうしばらく、話をすることにした。同じ朝を四回も迎えていると、思っていた以上に自分の気も滅入っていたようだ。
「そうだ、新商品のスイーツがあるのですが、お茶請けにどうですかな?」
「ああ、モンブランですか?」
「さすがパンテレイモン殿、耳が早い!」
「あー……ええ、まあ、ここに来るまでに少しフロアを見学してきまして」
ニコニコとパンテレイモンの勤勉さを褒めたたえる取締役に後ろめたさを感じつつ、どうにか誤魔化した。まさか、すでに『昨日』食べた、とは言えない。
秘書の女性が二人分、モンブランと紅茶のセットを持ってくる。『昨日』食べたモンブランと寸分違わぬ姿かたちだった。
「このモンブラン、目玉商品として売り出したいのですが、どうにもパンチが足りない気がしましてなあ……」
「ほう……」
取締役が原材料がどうの、コストがどうの、と話しているのを片耳に、パンテレイモンはフォークをモンブランに突き刺した。ぐるぐると飾り付けられた栗のクリームに、どことなくループを繰り返す今の状況を重ね見る。
一口、モンブランを口に運べば甘い味わいがふわりと広がった。『昨日』は気にならなかったが、そう言われてみれば少し甘すぎて、味が平坦すぎるように感じられる。パンテレイモンはついつい、取締役が一人で語っている熱い商品プレゼンに口を挟んだ。
「大きい栗を一つ、置くより、栗と他のスイーツの組み合わせにしてはいかがか? 例えば……チョコプレートを刺すとか、生クリームを添えるとか……」
「なるほど……大きさがあれば、見た目のインパクトも良く、顧客の目も向きやすいと思いましたが……」
「この大きさの栗をわざわざ揃えるより、安価な材料を用いて味にバリエーションを持たせ、華やかにするのも一つ手だと思いますよ」
「確かに、その方がコスト面も抑えられるかもしれませんなあ。検討の余地は十分にありそうです」
取締役が真剣な表情をして、モンブランをフォークで突く。一つ、上に乗っていた大きな栗がごろん、と転げ落ちた。それを見ていた取締役は何かを思いついたかのように嘆息する。
「食べやすさを考えれば、パンテレイモン殿の仰るとおり、小粒なものを重ね合わせた方が良さそうですね。女性の一口に、この栗は大きすぎるように思います」
「それもありますな。小ぶりなものでも、集めれば十分に真価を発揮できると……」
パンテレイモンは急に口を閉ざした。フォークを皿に音を立てて置き、口元を手で抑える。その様子に驚いた取締役は、秘書の女性と一度視線を交わしたあと、心配そうに声をかけた。
「ああ、すみません、今、悩んでいたことに一筋の光明が差したように感じまして……ありがとうございます、とても良い時間を過ごせました」
「ふむ……事情はわかりませんが、何やらお役に立てたようで良かったです。そのひらめきを大事になさると良いでしょう。さてはて、勤勉なパンテレイモン殿の邪魔をしてはいけませんな」
そう快活に取締役は笑うと、食べかけのモンブランとお茶を申し訳なさそうに秘書に片付けてもらい、ソファから立ち上がる。
「また、お時間のある時に飲みに行きましょうぞ」
「……そうですね、いつか、近いうちに」
「明日でも構いませんよ、こちらは」
「ははは……『明日』、良いですね。都合が合えばぜひ」
取締役と『明日』の約束をしたパンテレイモンは、秘書と取締役を見送ってから執務椅子に深く腰掛けて天井を仰いだ。
(そうだ、別に犯人が一人であるとは限らない。ほぼ丸一日巻き戻しをしているのだから……複数人の神話還りの特性が同時に暴発していると考えた方が理屈が通るのではないか?)
今まで、一人の神話還りによる事件あるいは事故だと勝手に思い込んでいた。そうではなく、力の弱い神話還り達の特性が、たまたま同じ作用を同時に起こしたとすれば……人間の身でありながら、ここまで大掛かりな巻き戻しの事象も起こせるのかもしれない。
大きな栗を一つ、ではなく、小ぶりな多種多様なものを複数飾ったモンブラン。その方が、『今日』のお口には合ったのだろう。
「はー、なるほど、複数人の神話還りの同時暴発、な。ああ、そういう事故は以前にもあったはずだ、十分あり得る。チッ、こんな初歩的な事を見落としてたとは……」
ヴァンガード本部で、約束の時間に受けたプロメテウスからの連絡を聞いて、ゾエルは思わず持っていたペンを投げ捨てた。
交友関係の有無や家族構成、職場仲間など、「同じ時刻に同じ場所にいそうな人間」という条件を追加すると、一気に対象は絞られる。非常に有効な絞り込み条件だった。もちろん、それが見当違いのハズレである可能性も無きにしも非ずではあるが、現状のしらみ潰しで探していくよりはよほど未来が明るく見える。
「アレイシアか? 一日中、大人しくベッドでゴロゴロしててくれたぜ。食欲もまあまああるし……そういや、アポロンVIも同じだってヴァッカリオが定時連絡で言ってたな」
定時連絡の際の、どことなく疲れたようなヴァッカリオの声を思い出して、ついゾエルは小さく笑ってしまった。病人であるアポロンVIに、きっとまた振り回されたのだろう。
ゾエルはプロメテウスにもう一言、二言、状況の確認をすると通話終了ボタンを押した。英雄庁のデータベースからピックアップした対象のリストはもうプロメテウスに送付してある。ヤツが人知を超えた記憶力の持ち主で本当に良かったと思う。もし、自分がプロメテウスの立場だったら、と考えるだけでもぞっとする。
そういえば、『今日』の自分は『明日』への自分によろしく伝えるのを忘れたな、とゾエルは惜しいことをした、と思った。ぜひ、『明日』の自分も朝自分が味わった怒りを覚えて欲しいものだった。『昨日』の自分の丸投げはあまりにも酷い。
たとえ、ループしていてもやはり『今日』のゾエルは一人しかいない。明日は明日の風が吹く、ではなくて、明日は明日の私がなんとかする、だ。後は任せた、『明日』のゾエルよ。