幻視凶狂鬼哭啾啾 - 1/7

アポロニオ中心のちょっぴりホラー(?)を含んだミステリー(??)的な何かです。アクションシーンはない。だいたいオールキャラ。最初の方はもともと短編として書いていたもので、途中から一つの話にまとめようと閃いたので温度差があります。
※原作と異なる捏造設定が多々含まれます
※原作でヴィジュアルが出ていないキャラは性格等全て捏造です


 

6月1日

 部下から渡された被害状況のデータを一通り眺めた後、アポロンVIは深くため息をついて頭を抱えた。そんなアポロンVIの目の前にいるのは、にこにことした笑みを浮かべたゼウスIだ。堂々たる佇まい、仁王立ち。
 ここはアポロンフォース執務室。何がどうしてこんなに晴れ晴れとしたオーラのゼウスIとどんより疲労困憊オーラのアポロンVIが向かい合ってるかと言えば。

 ――アポロンVIはゼウスIに説教をしようと。
 ――ゼウスIはアポロンVIに褒めてもらおうと。

 全くかみ合わない目的のために執務室にいるのであった。

 事の発端は約1時間前。アポロン区のストリートにて、ヴィランの暴走が発生。その際、たまたま通りかかったゼウスIがヴィランへの対処を行い、アポロンフォース及びアポロンVIはその後始末をしていたのだ。

「神器の無許可使用、跳躍制限及び走行速度無視、道路及び周囲の街路樹損壊、近隣電子機器損壊……」

 被害状況の冒頭を読み上げた時点で、アポロンVIは痛みが増す頭を押さえて机の前に立つゼウスIを見上げた。

「どうしたアポロンVI、調子が悪いなら抱いてやろうか?」
「結構だ」

 アポロンVIは一つ、ため息をつくとゼウスIを睨み上げた。

「ゼウスI、そもそも、なぜアポロン区をほっつき歩いているのだ」
「なんか悪そうな気配がしたからな! 悪あるところに正義あり! 事件がこの、ゼウスIを呼んでいる!」
「何をバカなことを……! そんないい加減な理由で、職務を放棄するな! いいか、ゴッドナンバーズとして、その強大な力を――」

まずは神器の無許可使用について。そこからゴッドナンバーズとしての心構えについて。さらには、ヒーローとしての勤務態度について。
 アポロンVIの説教が始まって、5分が経過した時点でゼウスIはようやく気が付いた。どうやら自分は説教されているようだ、と。アポロンVIの説教は長い、くどい、面倒くさいの三重苦だ。どうにか脱出できないか、と目を泳がせた瞬間、アポロンVIから「話を聞いているのか!」と叱責が飛んでくる。

「聞いてる、聞いてるって!」
「聞いているなら何度も同じことを繰り返すな! この前の始末書すらまだ提出されていないというのに――」

 さらに燃料を投下してしまったようだ。今日の事だけではなく、他の事にまで話が及び始めた。ちら、と見た時計は執務室に連れてこられてからもう10分が経っている。このペースでは……きっと、お説教は三時間ペースだ。
 ゼウスIは露骨に肩を落とした。ヴィランを止めたのはもちろん、自分の正義のため。市民に被害が及ぶ前に、悪を討つ。何も間違った事はしていないのだから、きっと褒められるだろうと思ったのだ。
 ゴッドナンバーズと言う「職業」はずいぶんと過酷で。ゼウスIはずっとそれに人生を縛られてきた。常に「正義」であり続けなければならなかった。できて当然、やって当然。些細なミスで叱責されることはあれども、些細な「正義」で褒められることなど無い。

 ゼウスIは、常に最強であらねばならぬ。

 ……だからこそ、修行時代に優しくしてくれたメルクリアにあれだけ懐いて、あのような状況になったとしてもその手を離さなかったのだ。ゼウスIを……ユピテリウスを褒めてくれたのは、メルクリアぐらいしかいない。

「……ゼウスI」
「聞いてる!」

 アポロンVIの声に、ゼウスIは慌てて背筋を伸ばした。ぼんやりと余計な事を考えているうちに、アポロンVIの説教を完全に聞き流していた。アポロンVIは深いため息をついた。本日、何度目だろうか。

「ゼウスI、そこに座れ。正座だ」
「……はい」

 しぶしぶ、執務室の硬い床に正座する。ゼウスIは自分の正義を遂行した、それは間違いないし自信がある。だが、アポロンVIの説教の一部は、ゼウス自身も「もっとうまく、スマートにやれたはずだ」という決まりの悪さはあった。正座したゼウスIの頭に、アポロンVIからゲンコツが落ちる。

「いって!!!」
「お前は痛いで済むだろうが! 壊れた道路の工事や電子機器の持ち主はもっと被害が大きいのだぞ!」
「っ……そんぐらいわかってるに決まってるだろ」

 そうだ、それぐらいわかっている。思わず、唇を尖らせて反論してしまった。先代ゼウスIほどの安定性もなく、いまだ自身の神話還りの力に振り回され気味のゼウスIにとって、アポロンVIの指摘は痛い点だった。守るべき人々に被害を出してしまっては、意味がない。もっとうまく、ヴィランだけを無力化しなければいけなかった。

「わかっているなら、今回の被害に関する経費についてはゼウスフォースから出してもらうぞ」
「へいへい」

 ゼウスフォースの運営は部下たちに投げっぱなしだ。まあ、うまくやってくれるだろう。ゼウスIはふてくされた態度のまま「ついでに被害に遭った人達には後で顔出しに行く」とぶっきらぼうに告げた。最強はそう簡単に頭を下げない。だが、悪いと思ったからゼウスIは自分で頭を下げに行く。今回の件は、自分が悪い。

「……そうか」

 足が痺れて立てなくなる前に、説教終わんねーかな、とゼウスIはちらりとアポロンVIの顔を伺った。ふと、見上げたその顔にゼウスIは目を丸くする。

「ゼウスI。ヴィランの無力化はよくやってくれた。初動が遅れていたら、もっと被害は大きくなっていただろう」

 え、とゼウスIがアポロンVIの顔をまじまじと見ているうちにかけられた言葉に、さらにびっくりし、そうしている間に、にゅっと伸びたアポロンVIの手が――ゼウスIの頭を、ぽんぽんと軽く撫でた。

「は……」
「確かに、被害は頭を悩ませるものだが……相手の力量がわからない状態で、下手に手加減をして取り逃がしては意味はない。お前の対応はじゅうぶんに及第点だ」

 アポロンVIは穏やかな笑みを浮かべたまま、そうやってゼウスIを「褒め」た。

「よし、ゼウスI。もう行っていいぞ。……こちらからの報告書はおってゼウスフォースに送付する」

 ちゃんと目を通せよ、と言ってアポロンVIは執務椅子に戻っていった。ゼウスIは目を丸くして口をぽかんと開けたまま、アポロンVIを一度見る。先ほどまでの雰囲気はすっかり消え失せ、今はいつものアポロンVIだ。

「……ゼウスI、私の顔に何か?」
「いや、何でもねーよ!」

 じゃあな、と言ってゼウスIは逃げるように執務室から退室した。いつまでも呆けていて、また説教が再開されたらたまったものではない。引き際を見極めるのも、最強のヒーローには大切な事。……などと考えつつも、ゼウスIはにまにまとした笑みを我慢しきれずに、アポロンフォースの廊下を急いでいた。

「……褒め……アポロンVIが……褒め……っ!」

 あの堅物アポロンVIが。何やら、プロメトリック事変の直後からかなり丸くなったという話を小耳には挟んでいた。だとしても、まさか、アポロンVI直々に説教ではなくゼウスIの行いを褒めてくるとは。ゼウスIはアポロンフォースから飛び出すと、走り出した。問題行動も何も、自分が正義だと信じて、自分がやりたいからやっただけ。だから、今も自分の衝動に従って走り出す。
 その後、例の事件現場に高笑いをして普段以上に勢いが良いゼウスIが登場し、少しばかりの騒動が起きてゼウスIの始末書が1枚増えたのも、またご愛敬。

「そういや、悪い気配全然消えてねーな」

 現場で無事被害者や周辺の人々への挨拶回りを終え、帰路に就いたゼウスIはふと首を傾げた。アポロン区に来たのは『悪い気配』があったからだ。確かに、ヴィランは倒したがそれが本体でないことは間違いない。何しろ、まだアポロン区の方からザワザワとゼウスIの意識を逆撫でするような気配を感じる。
 ゼウスIは雷を自由自在に操る。その為なのか、目に見えない、いわゆる電波や磁気などに敏感に反応することがあった。ある種の第六感とも言えよう。そう言ったゼウスIの勘が、まだアポロン区に何かあると告げている。
 うーん、と頭を巡らせたが、ゼウスIは一つ頷くとアポロン区を背にした。増えた始末書を書く方が優先だな、と思い直して。ゼウスIとて、自分が悪いと思うなら始末書ぐらいは作成する。

「久々にフォースに顔出しながらアポロン区の様子でも聞いてみるか~」

 ほわ、と一つ欠伸をしながら、ゼウスIはビルの上から跳躍してゼウス区に消えていった。

 

6月2日

「ポセイドンII!」

 アポロンVIの声に、英雄庁の廊下を歩いていたポセイドンII父娘は同時に振り返った。その後、二人で顔を見合わせる。

「アポロンVI、ポセイドンIIとは……」
「お父様のことでしょうか、わたくしのことでしょうか」

 揶揄うように笑う父親と、困ったように微笑む娘。その二人を見て、アポロンVIもつられて苦笑いをした。

「そうだったな、二人ともポセイドンIIであった……来月のアポロンフォースとの定期合同訓練についての話だ。どちらが担当だ?」
「ああ……その件なら引継ぎ中だ。代替わりのついでに、内容も見直そうかと思っているのだが……」

 現ポセイドンIIは手帳を開いてスケジュールを確認している。アポロンVIですら英雄庁支給のタブレット端末をそれなりに使いこなしているというのに、ポセイドンIIはいまだに紙の手帳を好んで使っていた。
 いつぞや、「英雄庁の装備すら使いこなせなくなったのだから代替わりも当然よのう」と寂しそうに呟いていた姿をアポロンVIは思い出す。英雄庁の立ち上げからずっとかかわってきて、組織の構造や制度を作った張本人だ。その本人が、自分が手掛けた組織についていけなくなったと言うのだから、さぞかしやるせないのだろう。
 ……その話の続きは、「アポロンVI、君もうかうかしているとワシと同じようになるぞ」という大変ありがたい言葉であった。最近、導入された新しい連絡システムに振り回されていたアポロンVIは冷や汗を垂らしながら「肝に銘じます」と答えるのが精一杯であった。
 神器に見放されるでもなく、制御ができなくなるでもなく――新システムに対応していけないので引退します、はいくらなんでも。
 現ポセイドンIIが紙の手帳とにらめっこしている隣で、新ポセイドンIIは最新鋭の小型タブレット端末を器用にすいすいと操作して、何やらスケジュールの確認をしている。

「……待たせたなアポロンVI。内容の見直しも踏まえて打ち合わせをしたい。こちらは今週の後半なら大丈夫だがそちらはどうだ?」

 言われたアポロンVIも、端末を取り出して自身のスケジュールを確認する。良さそうな日付をピックアップし、時間と場所を告げて調整。すんなりと決まったことで、話は終わった。
ち ょうど、二人のポセイドンIIも英雄庁から自身のフォースに戻るところらしく、合同訓練について雑談しながらアポロンVIと三人で英雄庁のエレベーターに乗り込んだ。

「……なるほど、より実戦向けの内容にしたいと」
「うむ。ここ数年はほぼサポートとしての訓練しか行ってこなかったからな」

そう言った後に現ポセイドンIIは愛娘の方をちらりと見た。

「これから、新ポセイドンIIが率いることになれば今までのように裏方に徹する必要もあるまい。むしろ若い力でどんどん前に出てもらわなければ」
「新体制のポセイドンフォースに期待ですよ。むしろ、我々アポロンフォースの方がサポート重視の訓練をした方がよさそうだ」

 おじさん二人のやり取りに、「若い人代表」扱いされているネーレイスは恥ずかしそうに身を縮こまらせていた。
 アポロンVIは英雄庁前で二人のポセイドンIIと別れてから頭を巡らせる。
 実際のところ、そもそも遠距離攻撃が主体のアポロンフォースはサポートとは言わずとも、後衛の方が向いている。
 何しろ、ここまでまともに働いているゴッドナンバーズがおらず、戦場に出て行けるのがアポロンフォースしかいない状態だったのだ。特にこの1年は。
 ポセイドンIIの提案は最もであったし、何より――アポロンVIも、気づけばゴッドナンバーズ最年長だ。引退、とまではいかなくても、ポセイドンIIの様に後進の育成により力をいれていく必要があるだろう。

「……とりあえず、新システムを一人で扱えるようになってからだな……」

 現ポセイドンIIのそばで端末を自由自在に操り、スケジュールをチェックして父親に助言をするネーレイスの姿を思い返して、アポロンVIは一人遠い目をした。
 悪気のないネーレイスの「もう、お父様もタブレットぐらい使えるようになってくださいませ」の言葉がアポロンVIの心を見事に撃ち抜いていたのである。とぼとぼ、力なくアポロンフォースへの帰り道を歩くアポロンVIの背中にはどことなく四十代おじさんの哀愁が漂っていたのは気のせいではない。

(それに最近、歳のせいか……眼精疲労もなかなか抜けないし……)

 アポロンVIは左目を少し細めたあと、手で眉間を揉んだ。かすみ目、とはまた違うのだが、最近、どうにも視界の端に何かがちらちら映り込むような気がしてならない。すべて気のせいで、何回か瞬きをすれば消えてしまうのだが。ただ、どうしても気になる。
 まさか老眼の前兆ではないだろうな、とアポロンVIは一人背筋を寒くしながら、アポロンフォースへの道を急いだ。