いつものエリュマにて。花束をもったヴァッカリオは少し高めな贅沢スイーツプリンを購入していた。
「店長、ごめんねー計画ぶっ潰しちゃってさ」
「はははは、全くですよこれだけあなたがたをサポートしてあげたのに、私へのリターンはゼロではありませんか」
「いやいや、世界は救われたんだから実質店長も勝ちでしょ」
そう言ってやれば、店長ことプロメトリック、あるいはプロメテウスは何とも言い難い表情を浮かべた。そもそもがアレスの守った世界を守るため、の行いだったのだから、ヴァッカリオの言うことは間違ってもいない。
「今日は……いや、今日もお見舞いですか?」
「うん、昨日、ようやく左目に視力が戻ってきたらしくて。まだ光と色しか感知できないらしいけどね」
「チッ、そのままベッドで一生過ごしてくたばってしまえば良いものを」
店長の悪態も、今のヴァッカリオなら広い心で受け流せる。
「……これを持って行け」
「えっ何、また漆黒神器?」
押し付けられた箱の中身は……シュークリームだった。卵黄をたっぷり使ったカスタードクリームが売りの、少し高めな贅沢スイーツシュークリーム。
「非常に癪ではあるが、ヤツの働きで世界が守られたのも真実だ。そういう働きをしたものには、それ相応の酬いがあるべきだ」
「……ええ、世界を救った対価がシュークリームって……店長心せまっ!」
「あーそうですか、じゃあそちら返してもらえませんかねえ」
「やだよ、もう受け取ったもんね!……じゃあ、また来るから」
「どうぞ、またのご来店をお待ちしております」
スキップでもしそうな勢いで出ていくヴァッカリオを見送って少しため息をついた。
世界を救っても酬いを得られないどころか、非道な仕打ちを受けた親友アレス。対して、弟を筆頭に様々な人から愛され、その生を願われるアポロンVI。それがただの偶然だとしても、プロメトリックとしてはやはり、アポロンVIは天敵に他ならなかった。
しかし、シュークリームをヴァッカリオに押し付けたことは間違いではない、と思う。アレスならきっと、許してくれるはずだ。
「お兄ちゃん!元気になった!?」
「おお、良く来たなヴァッカリオ!」
「ゲッ!ブラコンそろい踏みじゃないの、あーし帰るわ」
アポロンシティ内にある、病院の個室にて。当然、アポロンVIが入院するのだから厳重なセキュリティと訪問者の選別が行われている。ここでのヴァッカリオの身分は「弟」だ。その程度であれば、アポロンフォースの副官も知っている。
アポロニオに状況の報告と見舞いをしていたリベルティーナは、ヴァッカリオが入ってくると同時にそそくさと帰っていった。前から兄の方がベタベタしてばかりだと思っていた兄弟だが、今は何の反動か弟の方がベタベタしている。そんなブラコンが二人そろえば、暑苦しすぎて窒息死する。
「アフロディテIXからいろいろ聞いてたの?」
「ああ、状況をな。市街地に被害がほとんどなかったからその辺は楽だが……やはり、兵装周りや無断での漆黒神器使用、ドーピング剤の規定量超過、その他もろもろで関係各所にはずいぶんと迷惑をかけた」
アポロニオの体の中で、唯一自由が利くといわれる右手は、ここ数日ひたすら始末書を書いていたらしい。始末書なぞ、十年振りぐらいだ、と顔をしかめながら。
結局、アポロニオは搬送された後、十日間は昏睡状態にあった。それはもう、ヴァッカリオは気が気ではなく、毎日のように通い詰めては目を覚まさない兄の姿に肩を落として帰る日々だった。
左目は視力喪失、左聴覚も喪失、当然のように左半身はほぼ不随。右足は脛骨がぽっきりと折れていたし、内臓含む神経系および脳に至っては薬物の過剰摂取によって著しいダメージを受けていた。こうやって、意識が鮮明になってきたのも先週ぐらいからだ。
「今日、プリンとシュークリーム持ってきたけど、食べれる?」
「あー……プリンの方だけもらおうか。シュークリームは、後で主治医に聞いてみる」
いまだに、流動食がメインらしい。プリンのようなものは平気だが、おそらくシュークリームは皮部分が引っ掛かるのだろう。ヴァッカリオはちょっとだけ店長に申し訳なく思った。
シュークリームを冷蔵庫に入れて、プリンのふたを開ける。
「はい、お兄ちゃん、あ~~~ん」
「いつもすまないな」
プリンを口に運んでもらって、するりと食べる。口もいまいち、左側の方には麻痺が残っていてうまく動かないのだ。その点、プリンならうまく噛めなくても問題はない。それに、この甘さがアポロニオの子供舌にはぴったりはまった。
左目にガーゼの眼帯をしたまま、アポロニオは嬉しそうにヴァッカリオにプリンを食べさせてもらっている。左目の視力が中途半端に戻ってきた結果、瞳孔が開きすぎていてまぶしいらしい。
「そういえば、全治不明だったが今日の診察では半年程度で治ると言われたぞ」
「うそお……いや、嬉しいんだけどさ、回復力ほんと、おかしいよね……」
そういうわけで、これほどまでに重傷を負っていたとしても、半年もあればすべて元通りになるのがアポロンVIだ。
「じゃあ卵焼きは半年間お預けか~……」
できれば茶碗蒸しやしょっぱいミートオムレツも食べたいのだけれど。だけど、ヴァッカリオは今、あの甘すぎる卵焼きが食べたくて仕方なかった。二度と食べられないかもしれない、という当時の恐怖は酒呑みの味覚を狂わせたらしい。
「うむ。残念だが、仕方あるまい。神力が戻ってくれば、もう少し治癒も早いだろうが……」
「いや~焦らなくていいんじゃない?副官の人にも『しばらくはゆっくり休んでください』って言われてたでしょ」
うぐ、とアポロニオは喉に言葉を詰まらせた。意識が戻ってしばらくしてからは副官を筆頭に様々なメンバーがお見舞いに訪れてくれたが、揃いも揃って「体をもっと大切にしろ」と説教をしてくれていた。ゴッドナンバーズのトップ、トップオブヒーローズのアポロンVIに対して。
「……それに、お兄ちゃん以外にも、ヴァンガードやアポロンフォース、他のフォースだってみんないるんだから」
「……そうだな……」
アポロニオは激動の三日間に思いを巡らせた。徹夜をして付き合ってくれた副官や部下、十六年前の遺物を復活させろ、という無茶ぶりに応えてくれた技術者たち、アポロ二オが動きやすいように意を汲んで動いてくれた各部門長やゴッドナンバーズの仲間たち、それに最後の最後に、一番迷惑をかけたヴァンガードのメンバー。
アポロンVI一人では成しえなかった、一大作戦であった。成功したのも、すべては周囲の人々の尽力によるもの。
「私は実に恵まれた環境にいるらしい」
ゆっくりとアポロニオは微笑んだ。漆黒神器に暴かれた自身の「感情を持つ人間をすべて排除した世界こそ完璧である」という、薄暗い欲望なんて、やはり馬鹿らしかった。もし、そんな世界が訪れたとしたら、きっとこのような憩いのひと時もありえなかっただろう。
「本当だよ、いろんな人がお兄ちゃんのこと心配していたからね……しっかり休んで、また市民の前にアポロンVIの姿を見せてやんなよ」
「もちろん。神器がともにある限り、私はアポロンVIを名乗り続けるぞ」
「へへっ……さすが、おいらの自慢のお兄ちゃんだなあ……」
青空の下、悪を裁く峻烈な光を抱き、あるいは愛する市民を暖かく抱き寄せる太陽神。
アポロンVIの復活の時は、そう遠くない。