閃光を穿て - 6/7

 二射目を見届けたポセイドンフォースは、すぐに試作機に群がって冷却を開始した。それだけでなく、無理な稼働をした試作機の一部からは炎が上がっている。
 
「おいっ、三発目用意しろ!炎上箇所の代替パーツまだか!?」
「あんな状態で!?撃てるんですか!?」
「馬鹿野郎!!五発目までは作戦進行上ありえるだろうが!作戦終了はまだ告知されてねぇ!やるんだよ!俺たちが!」

 怒鳴り声に弾かれたように、ヘパイストスフォースの面々がぱっと散り散りになっていく。続いて、アポロンフォースの技術者たちも、事前に指定された部品を取りに走り、あるいは作戦本部への状況報告に走った。
 
「外はとにかくとして、中の操作系統がやられてたらまずいな……」
「……あんた、トップの心配はしねぇのか?」
「……私は、アポロンVI様を信じているし、いざとなればこの身をもってでも助けるつもりだ」
「ケッ、救えねぇ狂信者どもだ」

自分たちをずっと騙し続けて、裏切って行方をくらましてしまったヘパイストスIXを思うと、アポロンフォースのあり様は実に面白くなかった。

「すみません!ヴァンガード隊がコックピットを開けさせてほしいと!」
「あ゛あ゛っ!?あんな灼熱地獄に突っ込むってーのか!?」
「ヴァンガードと言えば……次の狙撃候補者がいるはずだ、こちらとしては狙撃手が向かってくれるなら万々歳、許可する」

試作機周りの作戦指揮を任されていたアポロンフォース調達部門の部門長は、あっさりと許可を出した。

「おいおい、大丈夫かよ」
「あー……ここだけの機密だが、ヴァンガードにはハデスIVが所属しているし、あのポセイドンIIの娘で、それなりに神器を使える人間もいる。ついでに、あのアレス零も所属しているから……」
「……そりゃあ、俺らみてぇなヒーローの風下レベルが突っ込むより、よほど有意義だな」

 作戦本部にヴァンガード隊の行動を伝えると、二人はうなずきあってそれぞれ自分のフォースメンバーに指示を出しに走り去った。
 
 

「アレイシアと隊長は下がってて!ネーレイス、行くわよ!」
「ええ、人造神器、起きてくださいまし!」

 離れていてもその熱波を伝えてくる試作機のそばで、エウブレナとネーレイスはそれぞれ変身してその熱風の中に突っ込んでいった。
 ネーレイスが水を操って、少しでも熱さを和らげようとする。蒸気で視界の悪い中、昨日の操作レクチャー会で見た覚えのあるコックピットの扉にとりついた。
 
「せーの!」

二人がかりで重い扉を開け放つと、中から外気温にも負けないほどの熱が一気に噴き出してきた。

「アポロンVI様!大丈夫ですか!?」
「っ!?エウブレナ!?来るな!下がれ!」
「!?」

声に反応して咄嗟に体を反らせたのが幸いした。エウブレナの顔すれすれを、黒い光線が飛び出していった。

「ネーレイス!」
「わかってますわよ!」

 二人そろって、いったんコックピットから飛び降りる。それに合わせて、小柄な影が扉から飛び出してきた。
 
 誰しもが、唖然とその姿を見る。
 金の髪を風になびかせ、金の弓矢で敵を撃ち、暖かな微笑みで市民を愛してくれる光明神が。
 
 左手から肩口、そして左目までを漆黒神器が侵食している。金の瞳は真っ赤に充血し、異形の様な出で立ち。視線は虚ろに宙を捉え、鼻からはとめどなく血が流れていた。
 
「ば、ばけもの……」

誰がつぶやいたのか。その声のした方にぐりん、と首を巡らせたアポロニオ……アポロンVIは、ゆっくりと左手を上げた。

「危ないっ!」

咄嗟に、エウブレナがアポロンVIにケルベロスを仕掛ける。ケルベロスに襲われたアポロンVIは体勢を崩し、試験機の上から転がり落ちた。左手に集まっていたエネルギーは、無事に拡散する。

「エウブレナ!ネーレイス!そのxxxx野郎はエネルギーもほとんど残っちゃいねえ!落ち着いて対応しろ!」
「はいっ!」

 ゾエルが叫ぶ。実際、アポロンVIの動きは非常に緩慢で、地面に転がったあとも左手だけは蠢くが、右半身はまるで抵抗するかのようにゆっくりともがいていた。
 
「ネーレイス!アケローンで抑えこめる!?」
「や、やってみますわ!」
「……隊長!アレイシアはそのまま抑えてください!エネルギーを使わせるわけにはいきません!」

 そうだ、まだ発射された弾は弾着していない。今回の作戦は、アポロンVIを救うことではなく、あくまでも隕石の破砕が目的であり、最優先事項だ。アレイシアに、ヴァッカリオに力を使わせない、というエウブレナの判断は――非情であれ、正しかった。
 チッと舌打ちして、ゾエルは状況を端末から作戦本部のアフロディテIXに報告する。今のアポロンVI程度ならあの二人でも抑えこめるだろうが、いつ暴発するかわからない。場合によってはアフロディテIXだけでなく、各地を飛び回っているアルテミスVIIIも呼び出して……討つ必要があるだろう。なんなら、ヴァッカリオを使ってでも。
 

「んもー!!!!!全然大丈夫じゃないじゃないの!!!!」

 ゾエルからの報告を受けたアフロディテIXはいつものひょうひょうとした態度から一転して、さすがに金切り声を上げて座り込んだ。
 しばらく、ふわふわとした桃色の髪をぐしゃぐしゃかき混ぜた後、頭を振って立ち上がった。

「弾着まだ!?」
「……まだです!」
「ヘラフォースにアポロンVIが暴走状態にあるって報告上げて!漆黒神器がない状態でどれだけの出力が出るか、兵装担当に再計算させなさい!ポセイドンフォース、ハデスフォースは現場に急行してゾエル……ヴァンガードに協力してアポロンVIの制圧を!」

 アフロディテIXの指示に、弾かれたように作戦本部のメンバーが動き出す。
 
「デメテルフォースにもこっちの状況伝えてちょーだい!兵装担当から試作機の状況上がってきてる!?」
「無理です!アポロンVIと……ヴァンガード隊の戦闘が近くで行われており、近づけません!」
「……ゾエル!ちょっとアポロンVIひっくるめて試作機から離して!邪魔!!」
『できるモンならそうしてるわこのxxxxが!誰だエネルギー空だから大丈夫だろうとか抜かしてたxxxx野郎は!』
「あーたの目の前で暴れている男でしょ!大丈夫が全然大丈夫じゃないのよあいつ!」

 女傑二人の怒鳴り合いの中、オペレーター達が情報を発信し、受け取り、モニター上の状況ボードを更新していく。
 
「弾着二十秒前!」
「ようやく!?ゾエル!結果次第ではアレイシアちゃんうまく使ってよ!?」
『わーってるよ!』

 オペレーターが数字を読み上げる。
 
「四、三……弾着、今!」

 一発目の時よりもかなり強い閃光が空に瞬き、次いで衝撃波が地上へと到達した。
 
「っとに!どんだけ力つっこんだのよあのバカ!」

アフロディテIXが机にしがみついたまま悪態をついた。
 
「状況確認!」
「確認中……あ、いえ、デメテルフォースから回答来てます!『目標中央に貫通痕確認、破砕完了と見なし、三射目不要』です!」
「よくやったわ!」

 わっと作戦本部が沸く。見なしではあるが、三射目が不要な時点で作戦は完了したと言っても良いだろう。あとは……暴走している、アポロンVIの対処だけだ。
 
「ゾエル!三射目はいらない!アレイシアちゃんにGOよ!」
『了解!……アレイシア、あのxxxx野郎をブッ飛ばしてやんな!!』

 GOサインが出た瞬間、アレイシアはすぐに変身して飛び出していった。体の奥から沸きだす、神力に身を委ねて。
 
「ヴァッカ、あんたはまだ待機だ」
「あー……わーってるよ、クソ、頼むぜ、アレイシア……」

 祈るように両手を合わせて震えるヴァッカリオの姿は、最強のヒーロー・ディオニソスXIIではなく、ただ兄の身を案じる弟の姿であった。
 
「……あのxxxx野郎が言ってたぜ。昨日も夢を見て、愛する弟の腕の中で目が覚めた、ってな」
「ええ……なにそれ……お兄ちゃん、そういうとこだよ、ほんと……」

とヴァッカリオは力なく笑った。
 ゾエルがあえて言わなかった「最期」の単語を、ヴァッカリオが読み取ったかは彼女にはわからなかった。愛する弟の腕に抱かれて、夢から覚めたのだから今の言葉に何も嘘は含まれていない。ゾエルは、アポロニオが見た夢の内容を、そのまま話しただけだ。
 

 
「うおおおおぉぉぉ!!!アポのお兄さんんんん!!!!!そんなワケわかんないもの捨てたらんかぁぁぁぁい!!!!」

 エウブレナが仕掛けた三匹の狗に翻弄されるアポロンVIに対して、アレイシアが全力全開で槍を投げつける。
 
「ちょ、アレイシア!?」
「アポロンVI様は生身でしてでよ!?そんな全力で槍投げしたら……!」
「足元狙ったから大丈夫だぞおおおおおおお!!!!!」
「大丈夫なのそれ!?!?」

当然、アポロンVIの小柄な体は爆風によって吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がった。

「……で、エウさん、この後どうするの?」
「何も考えてなかったの!?」
『おう、三人娘よ、とにかくxxxx野郎の左手を集中狙いだ!漆黒神器にダメージを与えてぶっ壊すか、体から引きはがせりゃあそれでいい!』

ゾエルから入った通信に三人揃って了解の言葉を返す。

「ネーレイスは足止めを!私が気をそらすから、アレイシアは左手を攻撃することだけを考えて!」
「おっしゃあああああああ!任せんしゃいいいいいい!!!!!どりゃあ!アルティメット・ナックルウウウウウウ!!!!」
「まだ足止めしていませんわぁぁぁぁ!!!!!」

悲鳴を上げながら、ネーレイスが技を放ってアポロンVIの足元に水流をまとわりつかせる。続いて、エウブレナが右半身を冥府の鎖で束縛し、左半身をガラ空きにさせた。
 当然、アポロンVIは咄嗟にアレイシアの拳を左手でガードする。パワーの出力は、最強とも言われるアレイシアの最大火力。受け止めた漆黒神器にヒビが入った。
 
「まだまだあああああぁぁぁ!!!!」
「危ないですわ!」
「ナイスガードぉぉおおぉおお!!!!」

ネーレイスが水鏡をアレイシアの目の前に放ち、アポロンVIから放たれた漆黒の矢を押しとどめる。

「あなたの相手は、こっち!」

頼むわ、神器、と呟いてエウブレナは大技をアポロンVIに向けて放った。
 神器に認められたとはいえ、まだまだ未熟なことはわかっている。長時間の起動は無理だ。だから、今、この瞬間に、力をこめた。アレイシアがいれば、きっと、大丈夫。
 
「うおおおおおおおナイスエウさんんん!!!!」

 エウブレナの大技を受けて地面に倒れ伏したアポロンVIに、跳躍したアレイシアが槍に力を込めて上空から重力を味方にして落ちる、落ちる、落ちる。
 狙うは投げ出された左手のみ。
 
「ヴァカ隊長を泣かせちゃいかんでしょうがあああああああ!!!!!!」

 槍はアレイシアの熱い想いを込めて、漆黒神器を割り砕く。衝撃で、地面に大穴が空き、アポロンVIとアレイシアの姿が見えなくなった。
 
「アレイシア!?」
『エウブレナ、やったか!?』
「たぶん!漆黒神器が割れるのを見ました!」

 アレイシアのサポートのために技を連発したネーレイスは大の字で転がっているし、エウブレナももう神器の起動は限界だ。転がっているネーレイスが「やったか、ってそれは、フラグ、という、ヤツ、では、ありません、こと?」と不吉な呟きをしていたが。
 
「大丈夫かお前ら!ヴァッカ、お前は早くアポロンVIのところへ行ってやれ!」
「お兄ちゃん!」

 走ってきたゾエルとヴァッカリオだったが、ゾエルはネーレイスを助け起こし、ヴァッカリオを兄の下へと向かわせた。すぐに端末で四人分のレスキューをアフロディテIXに要請する。
 
 大穴の底では、座り込んだアレイシアと、倒れたままのアポロニオの姿があった。
 
「お兄ちゃん!しっかりして!」
「ヴァカ隊長、ごめんなさい、手加減、できなくて……」
「いや、いいんだアレイシア……あの、アポロンVIを打倒したんだから大したもんだよ、お前はさ……」

 兄のぼろぼろになった体を抱きしめながら、ヴァッカリオはアレイシアに慰めの言葉をかけた。
 左手は変な方向にねじ曲がっているし、足首も明らかにおかしい。もっと言えば、呼吸こそあるもののその力は弱く、頼りなく、今にも消えてしまいそうだった。
 
「ヴァ、ッカリオ……?」
「うん、そうだよ」

 うっすらと開いた瞳、だがしかし、左目は動かずに虚ろに宙を見つめたまま。右目だけがヴァッカリオのライトブラウンの瞳をとらえた。
 
「作戦は、どう、隕石、私は、」
「作戦は成功したよ、お兄ちゃんの、アポロンVIのおかげだよ……オリュンポリスは、救われたんだ」

そうか、と呟くとアポロニオはゆっくりと瞳を閉じた。

「お、お兄ちゃん!ちょっとしっかりして!死なないで、お願い、目を開けて……!」
「ヴァカ隊長……!」

 アレイシアがいるにも関わらず、ヴァッカリオの瞳からぽろぽろと涙がこぼれる。ヴァカ隊長を泣かせちゃいけない、って言ったじゃないか、とアレイシアは一人憤慨した。
 穴の外が騒がしくなってくる。レスキュー隊が到着したのだろう。
 
「おい、大丈夫か!」
「ボクは大丈夫!だけど、アポのお兄さんが……!」

 その言葉にゾエルはチッと舌を鳴らすと、すぐに顔をひっこめた。おそらく、アポロニオを最優先で搬送させるつもりなのだろう。それに、ゾエルもアレイシアと同じく憤慨していた。予知夢なんてxxxxxだ、と。
 
「お兄ちゃん、一人にしないでくれよ、俺はまだあんたに何も孝行しちゃいないんだ、また卵焼き食べさせてくれって、くそ、なんでだよ……!」

必死にアポロニオの体を抱きしめて言い募るヴァッカリオ。

――願いが天に届いたのか、それとも、弟の前では私は不死身だ、という兄の強い意志か。

 もう一度、アポロニオはゆっくりと右目を開いた。そして、右側の口だけ歪な笑みを浮かべると「卵焼きはまた今度、な」とヴァッカリオにだけ聞こえる声で、囁いた。