閃光を穿て - 4/7

 すでに、目視できるほどの大きさになった隕石。じわじわと迫りくる破滅の予感に、市民はもちろんのこと鍛えられたヒーローやフォースにも焦りの色が浮かび始めた。
 
「出力は要求を満たせる、と思いますが、あくまでも最低ラインであって、二発で片を付けるなら正直言えばもう三十パーセントは上乗せが欲しいです」
「根本的に、人造神器の伝導率がわりィんだよな。だが、そこを変えるとなると大規模改修が必要で時間がたらねえ」
「今のままだと五発全弾使い切ってどうにか、というところか……」

 アポロンフォースの作業服にヘルメットをかぶったアポロニオは、恒例の二人から説明を受けていた。安全靴はサイズがなかったので、結局勘弁してもらった。

「はっきり言って、もう時間もありませんので改修はここで打ち止めかと」
「厳しいな……。ときに部門長、一時的に神力を飛躍的に向上させるドーピング剤を使った場合は、どうなるか計算してもらえないか?」

 そういわれて、部門長は目を瞬かせた。そうだ、そういうものも世の中にはあったのだ。
 緊急時などに使用が特例で許可される薬剤の一種。疲労回復や眠気覚ましの他に、一時的に神力の出力を向上させるものや急速回復させるものがある。しかしながら、いずれも体に重大な影響を及ぼすため使用はきつく制限されていた。
 調達部門内の在庫と種類を確認し、その数値と公開されたアポロンVIの神体データをもとに最大値を算出、それを試作機の出力計算式に当てはめると――
 
「五十パーセント、上乗せ、ですね……」
「ふむ、それがあればだいぶ作戦の成功率も上がるな?」
「それはそうですが……」

あまり良い顔はしない。調達部門としても、在庫として抑えてはあるが、実際に使うことなどほとんどない。少なくとも、彼が部門長に就任してからは一度も。

「英雄庁に使用の許可申請を出してくれ。本数は……そうだな、無制限でいいんじゃないか。場合によっては後続の狙撃手が使う可能性もある」
「ちょ、ちょっと待てよ、おいおいおい、そのクスリとやらはそんなにバカスカ使っていいもんなのか?違うだろ?」
「ああ、一回の使用に一本が原則だな。それ以上は意識を失ったり、手足に障害が残る可能性がある」

こともなげにそういうと、アポロニオは二人の顔を見て悪そうな笑みを浮かべた。

「君たちは若いから知らないかもしれないが……実はティタノマキア事変の時に三本ほど使ってみたことがあってな。一週間ぐらい寝込んだ上に、半月は車いす生活を強いられた。だが、今はこうしてピンピンしている。ま、そういうわけで、すでに経験があるから大丈夫だ。三本までならイケる」
「そういう問題ではないのでは!?」
「今回、私の担当は二発だから最大でも二本までだ。三本打って平気だったのだから、二本程度大したことはないだろう」
「平気じゃねーだろ!?」

 二人が思わずアポロニオに付き従う副官の顔を見たが、副官はゆっくり顔を横に振るだけだった。そして「英雄庁に申請を出しておきます」と遠い目をしながら彼は言うのだった。見た目がこのような青年の姿でなければ、この老害ジジイ!昔の武勇伝に縋るな!と叫んでいたところだ、とヘパイストスフォースの技術リーダーはめまいを覚えた。
 
「それに、もう一つ作戦の鍵となるパーツがやってくるはずだぞ」
「鍵?何か手配していらっしゃるのですか?」
「いや、私が手配したわけではないが……」
「失礼します、ヴァンガード隊が到着しました」

 若いフォースメンバーが走ってきて断りを入れてきた。何やら確認をすると、アポロニオと副官は作戦本部へと戻っていく。
 
「もしかして結構振り回されてたり……」
「する、割とする。意外と突拍子もないことをしでかすからついてくのがキツい……」
「あーなんか、お疲れ……」

 がっくりと肩を落とす部門長の落ちた肩をぽんぽん、と叩いて、ヘパイストスXIもそういや結構なイカれ技術者だったな、と技術リーダーは昔を懐かしんだ。

 アレイシアはその巨大な砲台を見上げてぽかん、と口を開けた。
 
「こ、こんなのをボクが!?どうやって!?」
「それを今から説明する。大丈夫だ、難しい操作はないからな」

 アポロニオはアレイシアをコックピットに座らせると、自分も狭い中に体を滑り込ませた。
 
「このヘルメットを被って……そう、そのインカムのマイク部分、黒い丸いところは口元だ。そこに向かってしゃべれば相手と話ができる。耳あての位置は大丈夫か?ズレていると聞き取り辛いかもしれない」
『あーあー、アレイシア聞こえてるかー?』
「あ、ボスの声だ!」
『おうおう、よーく聞こえてるじゃねェか』

 今や珍しくなったマイク型のインカム。物珍しそうにアレイシアがマイクのワイヤー部分をぐねぐねといじくりまわした。
 
「左手はそこの人造神器に。そこからエネルギーを入れるんだ。あ、待て、いきなり全力ではないぞ。いつもの神器を起こす程度の力で良い」

 アポロニオに言われるがままにコックピット内で操作をするアレイシア。実際「簡単」と言われたとおり、操作は非常にシンプルであった。試作機なので、細かい出力制御や姿勢制御が実装されていないからだ。逆に、今はそれがありがたかった。
 
「それで、あとは目の前に十字のマークが表示されているだろう?その十字マークを隕石の中心に合わせればよい。トリガーを動かせば自動で動くからな」

アレイシアと一緒にコックピットを覗き込むヴァッカリオとエウブレナ、ネーレイスもほうほう、とうなずく。
 アレイシアはアレス零として知名度がそこそこあるため、狙撃手候補になってもまだ不審がられない。しかし、ただの一般人と思われているヴァッカリオが候補になっていることが発覚するといろいろとマズイ。というわけで、アレイシアの見学という形でまとめてレクチャーすることになったのだ。エウブレナとネーレイスは目くらましである。
 この計画を立てたのはエウブレナで、初めて計画書を作って「ハデスIV」のサインをした記念すべき一枚目。わざわざ計画書を?と思ったが、あれだけの情報量が錯綜していると見落とす、聞き落とす可能性が高い。なるほど、これが紙文化の大切さか、とエウブレナは初めて知った。
 
「で、目標がセンターにきたら人造神器にフルパワーを流し込んで、右手のスイッチを押すだけ」
「目標をセンターに入れてフルパワースイッチ……」
「そう、それで合っている。ああ、今はロックが掛かっているからスイッチを押しても発射されないぞ。作戦開始時刻とともにロックは外される予定だ」

 なーんだ、とアレイシアは少しつまらなさそうに言った。ぐりぐり、と手元のトリガーを動かすと、目の前の景色も動くし自分が座っているコックピットもゴゴゴゴ、と重い音を立てて動くのが面白い。オリュンポリスの危機ではあるが、若干アトラクション気分だ。
 
「目標をセンターに入れてフルパワースイッチ、だな!覚えたぞ!ありがとうアポお兄さん!」
「ふむ、作戦の場でその名で呼ばれるのはあまり良くないが……まあいいだろう」

ゴッドナンバーズの家族構成はトップシークレットだ。まかり間違っても、ヴァンガード隊の隊長の兄ということは知られてはならない。

「ね、ね、アレイシアちょっと変わってよ、おいらにもやらせて?」
「えー?隊長もー?」

ちら、とアレイシアがうかがうようにアポロニオを見た。

「ああ、別に構わないぞ。エウブレナとネーレイスも使ってみると良い。もしかしたら私では気づかない不具合が見つかるかもしれないからな。エウブレナ……ハデスIV、監督は任せて良いか?」
「は、はい!あの、ところで、照準合わせはアレイシアと隊長に練習させなくてよいのでしょうか?」
「うむ。私が最初の二発でほぼ片付けるからな。あとの二人には精密射撃が必要としないようにする。オートロック機能でも十分なはずだ」
「そ、そうですか……良かったあ……」

親友と上司の行く先を心から心配していたエウブレナに、にこり、と微笑んでうなずくとアポロニオはコックピットから飛び降りた。簡単な操作説明会だ、そんなに時間はかからないし――今は、それより重要なことがある。

「どうだ、ゾエル。使えそうか?」
「あ、ああ。一応、解析はハルディスと他フォースも交えてやらせたが……本当に使うのか?あんなブツを?」
「もちろん。少しでも作戦遂行率が上がるなら使うに決まっているだろう。どのみち、発射でエネルギーを相当消費するから、どうせ漆黒神器に取り込まれたところでお前たちヴァンガードの敵にもならんさ」

 漆黒神器。プロメトリックがもたらした、神話還りの力を最大限まで引き出す代わりに胸に抱えた想いを暴走させる凶器。これまで何人ものヴィランが漆黒神器を手にしては暴走し、甚大な被害をもたらしてきた。
 ハルディスとヘパイストスフォースの作業員、それからアポロンフォースの作業員が丸くなって小難しい技術用語を飛び交わせながら漆黒神器について話し合っている。
 
「それにしてもすんなり受け入れてビックリしたじゃねェか。どういう心変わりのしようだ?アポロンVIさんよ」
「……」
「それに出どころも聞かねェとはな。何かあるんじゃねーかって勘繰りたくも、」
「出どころはヴァッカリオだろう?」

ゾエルの言葉を遮ってアポロニオが言った。言葉を詰まらせたゾエルの顔をじっと見た後に、くるりと振り返って、大砲を動かして遊んでいるヴァンガード隊を見る。

「……今日の明け方、仮眠中に夢を見た。ヴァッカリオが漆黒神器を持ってきて、それを備え付けて撃つ。見事隕石の破砕に成功するが、私は……それで、アレス零に討たれる夢だ。彼女がいるなら、安心できる」
「おいおい、死ぬ気か?」
「最期が愛する弟の腕の中というのは存外悪くなかったぞ」
「やめろよ、気色の悪いxxxxxxxxxxが。大体、てめぇはそうそう予知夢を見るタイプじゃねェだろうが」

 一拍置いて、アポロニオはまあな、とつぶやいた。だがしかし、実際問題、ヴァッカリオは漆黒神器を持ってきたし、今はそれを人造神器の上にオーバーラップさせるか、それとも中に組み込んで無理やりニコイチにするか、と喧々諤々だ。
 
「さきほどは『少しでも上がれば』と言ったが。試算上、漆黒神器を使えば、最初の二発で作戦完了する見込みは九十パーセントを超える。使わない理由がない。……君には使わない理由があるのか?コマンダー・ゾエル」

もう一度振り返ってゾエルを見たアポロニオの顔は、アポロンVIとしての冷徹な表情を浮かべていた。効率を重視し、ルールを優先し、感情を置き去りにする太陽神アポロンVI。

「……ヴァッカが泣く」
「涙で世界が救えるならそれで良いがな」
「チッ、そういう問題じゃねぇだろ、このxxxxが……!」
「まあ、私が漆黒神器に取り込まれなければ良いのだろう。アレイシアにトラウマを植えるわけにもいかんからな、努力はしよう」

 アポロニオはこれでもう話は終わりだ、と言わんばかりに踵を返した。そしてしばらく歩いた後に振り向いて「そろそろヴァンガード隊を引き上げたらどうだ、あれは遊園地の遊具じゃないんだぞ」と困ったような笑みを浮かべて告げた。それは弟のやんちゃに手を焼くような兄の顔だった。

 もうすぐ太陽が沈み、そして審判の日を迎える。