閃光を穿て - 2/7

「わ、私までゴッドナンバーズの会議だなんて……」
「え~?そりゃ、エウブレナちゃんは『ヴァンガードへのゴッドナンバーズ派遣』って名目でしょ?」
「ヴァンガードには隊長がいるじゃないですか!私はまだ正式襲名していません!」
「おいらは隠居だから~あはは。今日はあくまでもエウブレナちゃん……いや、ハデスIVの付き添いだしね」

 神卓の間。ゴッドナンバーズの面々が会議を行う時に使用される、特殊なジャミングがかかっている機密性の高い部屋だ。そこに、ヴァンガードのエウブレナと隊長のヴァッカリオは訪れていた。
 ヴァッカリオもゴッドナンバーズの一員、ディオニソスXIIではあるがわけあって今はその座を退いている。しかし、今回は「ハデスIVの付き添い」という形でゴッドナンバーズの会議に潜りこむ形になっていた。
 
「遅刻常習犯の弟くんが先に来てるなんてわかったらVIちゃんが腰でも抜かしそうだねえ。エウブレナちゃん、いや、ハデスIV、その馬鹿にちゃんと首輪つけておいてちょーだいよ?」

 そう話しかけるのはIXの座に座る、リベルティーナことアフロディテIX。ガチガチに緊張しているエウブレナの肩をぽんぽんと叩いて笑った。

「た、隊長に首輪をつけるなんて無理ですっ!」
「え、でもエウブレナいっつも仕事しろっておいらのケツばっか叩くじゃん」
「隊長!物の言い方を考えてください!!」

悲鳴のような声を上げるエウブレナ。すっかり大人二人の良いおもちゃにされているようだった。何しろ、ヴァッカリオにしてみれば彼女は親友の娘であって、散々親バカに自慢話を聞かされていたし、リベルティーナにしてもだいぶ歳の離れた可愛い後輩である。

「すまない、遅くなった……今日はこれで全員か。相変わらず召集率が悪いな」

 遅れてきたアポロニオは面々を見て、呆れた様に呟いた。
 
「ゼウスIとヘルメスXは要請に応答なし。ポセイドンIIは赴くのが億劫だから後で結論を教えてくれ、と私に委任してくれた。ヘラIIIとデメテルVはすでに動き出してもらっている」
「アルテミスVIIIについては私が委任されてるわ~。よろしく、ってさ」

リベルティーナの言葉にアポロニオはそうか、と頷いた。
 そして、残りのアテナVIIとヘパイストスXIの椅子は空席のままだ。プロメトリック騒乱の際に裏切り、そのまま行方をくらました二人の席はいまだ後継が見つかっていない。ハデスIVの座ですら十年は空席だったのだから、この椅子に座る人間が現れるのはいつになるか誰にもわからない。
 
「さて、集まってもらったのは他でもない、『夢』の話だ。一報でニュースは出したが、それは既に知っているな?」

その言葉に各々が頷く。

「詳細は資料を配るから端末を見てほしい。アポロンフォースとして『夢』の情報収集と解析にあたった結果だ。端的に言うと信憑性はかなり高く、近いうちに現実のものになると思われる」

 手元の端末を操作して資料に目を走らせる。『隕石落下』『オリュンポリス滅亡』『想定死者数』……いずれも、物騒な単語ばかりだ。
 
「この短時間でアポロン神の神話還り全員に聞き取りしたってーの?マ?」
「ああ、フォースのメンバーには無理をさせたが……市民が好意的に協力してくれたおかげで、かなり助かった」

 さっすがアポロンシティの市民ね、とリベルティーナは半ば呆れた様に笑った。あそこの市民は、アポロンVIが白、と言えば黒でも白と妄信するまである。突然、フォースの職員が「昨日見た夢を詳細に教えてください」と訪問しても全員が快く協力するだろう。
 それだけでなく、他の区に住んでいる神話還りまでこの短時間で拾い上げたというのだから、アポロンフォースのフットワークの軽さと律儀さには頭が下がる。
 
「隕石落下ねえ……すぐには信じられないけど?」

ヴァッカリオがテーブルに頬杖をつきながら、アポロニオを見て言った。それはアポロンフォースの、アポロニオの言葉を疑う、というよりも、エウブレナの代わりに尋ねているようなものだった。

「非常に残念だが、デメテルVから『該当しそうな隕石を発見した』とさきほど連絡を受けた」
「マ?」
「ああ、今、デメテルフォースで詳細な軌道計算を行ってもらっている」

 途端、リベルティーナもヴァッカリオも顔を顰めた。エウブレナだけは、引き続き固い顔をしたままだ。あまりの事態の大きさに、対応しきれていないのだろう。ハデスIVだとしても、ヒーローとしての実績はまだまだな彼女にはかなり厳しい展開だ。
 
「まだ正確な情報ではないが、おおよそ今日を含めて三日後の午後あたりがXデーではないかと予想されている」
「三日!そりゃあまた、急だな」

 ふざけたような態度で端末をいじっていたヴァッカリオが、背もたれを軋ませて頭の後ろに手をやった。「で、三日で何をするのさ?まさかデウカリオンの方舟でも作るって?」と投げやりに聞いた。
 アポロニオはその態度を咎めることなく、話を進める。
 
「すでにヘラIIIには作戦検討に入ってもらっているが……隕石を大気圏突入前に、地上から狙撃して破砕する方向で動いている」
「そマ!?どーやって!?」

 アポロニオが円卓の間の中央ホログラムに表示したのは、砲台のような形をした兵器だった。その砲身はかなり長く、ただの大砲ではないとわかる。

「こ、これは……何ですか?私はこのようなものを見た事がないのですが……」
「奇遇だねえエウブレナ、おいらも知らない!」
「あーしも知らないわよ、なにこれ」

三者三様の反応を示し、アポロニオの説明を待つ。

「まだ詳細は資料にまとめられていないのだが……」

そう断りを入れて、アポロニオは説明を始めた。
 表示されているのは、アポロンフォースが十六年前に開発していた『超長距離型高火力砲試作一型改(仮)』である。まだ正式名称も決まっていない、コンセプトモデルの試作機だ。スケールが大きいが、人造神器の一種である。
 当時、アポロンフォースでは「アポロン神の象徴でもある『遠矢』の距離と威力をどこまで高められるか?」という研究がなされており、これはその一環として開発されたものだという。コンセプトは良かったが、仮想敵が具体的でない、コストパフォーマンスが悪い、との理由でこの試作機の開発を持ってプロジェクトは終了していた。

「はえー、おたくら、そんな物騒なモン作ってたのねえ」
「あくまでも神話特性の研究の一環だからな。とりあえず試作機を作ってみたものの大きさと場所を取る割に、使い道がなかったからそのまま倉庫で眠っていた」

まさか、十六年の時を経て日の目を浴びることになるとは思わなかったが、とアポロニオは苦笑しながら言った。

「もしかして、当時、すでに予知してた人がいたりして?」
「す、すごいんですねアポロン神の神話還りって……」
「……エウブレナ、君の期待に応えられなくて申し訳ないがただの偶然だと思うぞ、いくらなんでも」
「エウブレナちゃん、そこのアル中の言うこと真に受けちゃやーよ」

 二人にツッコミをされたエウブレナは顔を真っ赤にして、適当な発言をしたヴァッカリオの椅子を蹴り上げた。ちょっと、そんなところはゾエルに似なくていいから!とヴァッカリオから悲鳴が上がる。

「ま、とにかく、そーゆー感じなのはわかったけど、その武器ってどーやって使うの?」
「照準はオートロックだが、精密射撃をするならある程度は手動補正が必要だ。今回は対象の隕石を効率良く破砕するため、間違いなく手動補正が必要になるだろう。弾については砲弾が五回分残っている……生産には時間がかかるそうだから、今回は最大でも五発しか撃てない。一応、追加できないかヘパイストスフォースの協力を仰いで検討中だ」

 ホログラム上の情報が変化し、詳細なスペックがパラパラと表示されていく。それで、とアポロニオは端末を操作しつつ説明を続けた。

「エネルギー源は神力になる。本開発ではタンクバッテリーを使う構想だったが、この試作機では実装されていない。よって、狙撃手がその場で自分の力を使うことになる。起動にかかる時間から砲弾を打ち出す威力まで、狙撃手の神力次第、ということだ」

 なるほど、とヴァッカリオは人知れず呟いた。なぜ、ゾエルが自分とエウブレナを参加させたのか。

「神力の量で言うなら、アレイシアと俺がワンツートップだから……」
「そうですね、神力だけで言うなら……でも隊長は……」

エウブレナは気遣わし気にヴァッカリオを見て、その後、ヴァッカリオの兄であるアポロニオへと視線を動かした。
 ヴァッカリオの体はこれまで潜り抜けてきた激戦のせいで、最早ぼろぼろだ。次に変身すれば、次に全力を出せば、生きて帰れるとは限らない。その命を燃やすことでしか、戦えない体なのだ。
 アポロニオは深いため息をついた。

「確かにお前らなら、最大威力で撃てるだろうが……」少し言い淀み、額に手を当てて苦々しく続けた「今回は目標に対する『精密射撃』が必要なんだぞ。ヴァッカリオとアレイシアにその技術があるのか?」

「あ」
「あー……狙撃ね、うん、狙撃ね……やったことないなあ、おいら」

 アレイシアもヴァッカリオも、近接戦闘型だ。狙撃はおろか、遠隔武器ですら使ったことはないだろう。まあ、それぞれ槍を投げたり大剣を投げたりはするけども。
 エウブレナとヴァッカリオは顔を見合わせるとお互いに微妙な笑みを浮かべた。

「ってことは、あーたがやるってこと?アポロンVIが?」
「まあ、そうなるな。そもそもアポロンフォースで開発していたものだから、アポロン神の神話還り向けに調整してある」

 射撃、という観点で言えば、ヘパイストスXIの方が適任であったかもしれないが……その席は、空席だ。
 そうなると、アポロンVIが最有力候補に上がるのは間違いない。何しろ、最強と呼ばれたディオニソスXIIが行方をくらまし、続いて最強議論に名が挙がっていたアテナVIIも失踪。消去法という形ではあるが、アポロンVIが暫定的に最強の座にいると言っても過言ではないだろう。

「ただ、砲弾は五発分あるからな。私が撃ち損じた場合はアレイシア、ヴァッカリオにお鉢が回るわけだ」
「なーる。で、エウブレナちゃんが二人の運用計画立てるとして、あーしはあーたがいない間の現場監督ってとこかし?」

 そういうことだ、とアポロニオは頷いた。目を白黒しているのは、運用計画を立てろと言われたエウブレナだ。

「わ、私は、何をすれば……!?」
「あー、後でヴァンガード戻ってゾエルと相談しよっか。作戦詳細は決まり次第展開してくれるんでしょ?」
「ああ。五発の内訳は今のところ、私が最初の二発、続いてアレイシアが二発、最後にお前だ」

りょーかい、とヴァッカリオはふざけて敬礼をする。ヴァッカリオの命は、最後の最後までとっておくということだ。兄の優しさもあるだろう。
 それから、簡単にスケジュールの確認と各自の行動方針を擦り合わせ、解散。

「ヴァンガードのゾエルを呼んで直接依頼を出すと英雄庁の反対派から横槍が入る可能性があってな……。だからあくまでも『ハデスIV』にゴッドナンバーズ間の権限を持って依頼する、という体裁を整える必要があったのだ」

席を立ち、ヴァッカリオと帰ろうとするエウブレナを呼び止めてアポロニオはそう語った。

「君には手間をとらせて申し訳ないと思う」
「いえ……私でできることなら、喜んでやります。暫定とは言え、私も『ハデスIV』ですから」

 その笑顔をまぶしそうに、そして柔らかな瞳でアポロニオは見た。エウブレナの亡き父、先代のハデスIVの面影をその笑顔の中に見いだしていた。
 事が済んだら、お前の娘は立派なヒーローになったぞ、と墓前に報告に行く必要があるだろう。

「試作機の準備状況は?」
「現在、調達部門の技術開発チーム総出で動作確認、および起動手順を確認中です」

 行儀悪く、夕食のサンドイッチを頬張りながらアポロニオは調達部門の倉庫へと急いでいた。
 英雄庁の開いた記者会見が意外と長引いてしまったのだ。アポロニオは『作戦責任者のアポロンVI』として同席し、マスコミからの質問に真摯に回答した……と思う。
 さすがに、この一分一秒を大切にしたい状況で、「失敗した場合の責任はどうなりますか?」「その兵器とやらは税金の無駄遣いだったのでは?」「もし『予知夢』が外れた場合はアポロンVIとしてどのように責任を取るおつもりで?」などと的はずれな質問を繰り出す記者にはイラつかされたが。おかげで、夕食を食べる時間がなくなってしまった。

「ヘパイストスフォースからも技術者を派遣して頂いております」
「あとで礼をしなければ」
「作戦が成功してから見積もりを出しましょう」
「作戦が失敗したら礼もクソもないな。……英雄庁に掛け合って資金を融通してもらおう。いくらアポロンフォースが中心とは言え、作戦にかかる資金を全てうちが持つ必要はないだろう」
「持ったらアポロンフォースは破産しますよ、デメテルフォースに吸収合併でもしてもらいますか?」

 副官のブラックジョークにアポロニオは、サンドイッチを頬張って膨らんだ顔のまま肩をすくめてみせた。
 シフトを考慮した、との言葉どおり、昼間に付き従っていた副官は休息に入ったらしい。二交代で回すのも申し訳ないが、今しばらくは我慢してもらうしかない、とアポロニオは心の中で思った。口には出さない、彼らのプライドを傷つけるだけだから。

「お疲れ様です!!」

 作業服を着た技術者達の敬礼を手で制し、アポロニオは早々に部門長の元へと駆け寄った。部門長も、作業服に着替えて現場へと復帰したようだ。

「状況は?」
「とりあえず通電、メインシーケンスの起動まではできました」

 起動にかなり神力を使います、と部門長が言った。ちらり、と彼が視線を投げた先には、呼吸荒く座り込んでいる作業員が何人かいた。どうやら、起動実験でそこそこの人数が神力を空にしたらしい。
 なるほど、とアポロニオは改めてライトアップされたその巨体を見上げた。
 何人もの技術者が取りつき、工具を持って調整に取りかかっている。アポロニオの記憶の中よりもずいぶん大きく見えた。全長二十メートル超、全高七メートル、総重量は……何トンであったか。

「おいっ!!誰だこんなところにガキを入れたやつはぁ!入れんならせめてヘルメット被せろやぁ!!」
「あっ、リーダー、その人は……!」

部下が止めるのも聞かず、だいぶ年季の入った作業服を着た男がヘルメットを持ってずかずかと歩いてきた。

「作業服でもねえし、安全靴でもない!しかもなんだ、そのぷらぷらした紐は!?そんなカッコウで来るんじゃねえよ!」
「む……すまない」

 男に無理矢理ヘルメットを被せられたアポロニオは素直に謝り、被せてもらったヘルメットの顎紐をパチリとはめた。ついでに、ぷらぷらしてると言われたパーカーの紐は胸の前で結んでおく。

「リーダー!その人、子供じゃないです!アポロンVI様ですよ!!リーダーより年上です!!!」

追い付いた部下が半ば悲鳴の様な声で叫んだ。何事か、と手を止めて技術者達が様子を見守る。

「えっ……す、す、すみませんでしたぁっ!」
「すみません!俺らヘパイストスフォースなんで――」
「ああ、気にしなくていい。この現場では私の方が足を引っ張る素人だからな。……ただ、作業服と安全靴は手持ちがないので勘弁してもらえないだろうか」

真っ青な顔で謝罪の言葉を述べる二人を遮って、アポロニオは困ったように微笑んだ。
 知名度が抜群なアポロニオではあるが、こういった見た目が原因の「事故」はよくある。慣れたものだ。

「君たちがヘパイストスフォースの技術者か。突然の協力要請に応じてもらい助かっている。今しばらくはその鍛治の神としての力を貸してもらいたい」
「はっはい!」

 直立不動で敬礼する二人。ついでに、とリーダーと呼ばれた男も含めて部門長と二人でスペックの解説をしてもらうことにした。

「中のソフトウェアは完成しているようで、今は錆び付いたハードの方を重点的に調整しています」
「あー……たしかに、完成当時二発ほど試射していた覚えがあるな」

 アポロニオが腕組みをして頭を巡らせた。試射は成功した、ということはこの試作機は一応の完成をしているはずだ。

「動かそうと思えば動かせる、が、今のままの出力じゃ足りねえって話だろ?」

 ぶっきらぼうな口調でアポロンフォースの調達部門の部門長に確認を取るのは、ヘパイストスフォースより派遣された技術リーダー。現役の現場監督であり、異なるフォースの混合部隊をうまく統率してくれている。
 試作機の動作チェックをしつつ、当時の資料からスペックを確認し、この性能で作戦遂行可能かをデメテルフォースに回していた。回答は芳しくなく、少なくとも二倍以上の出力が必要とのこと。

「そういうわけで取り急ぎ、パーツを最新のものに部分ごと取り換えつつ出力向上をはかっています」
「十六年も前の骨董品とくりゃあ、技術的には三世代ぐらいは前のモンだ。部品入れ替えだけでも処理速度の向上やエネルギー効率の改善は見られるが……」

そこまで言って、リーダーはアポロニオを見て歯切れ悪く言った。

「現時点では、デメテルフォースが提示する必要出力にはわずかばかり届かない、ってところでさあ」
「しかも、あくまで机上計算上の数値で、というところです。試射できない以上、ぶっつけ本番になりますから、何とも言えません」

我々技術者は少しでも可能性がある限り物事の断定はできませんので、と部門長は話を締めくくった。
 アポロニオは副官から端末に転送してもらったデメテルフォースとヘラフォースが共同で作成した作戦提案書を確認する。

「……一応、五発の砲弾を全て使えば破砕は可能と書いてあるが?」
「よしてください、五発全弾命中するかもわかりません。それは希望論みたいなものですよ」
「あー、照準系もかなりレガシータイプだからな、ある程度使い方の事前トレーニングをする必要があると思う。誰が候補なのかしらねーが、最近の兵装に慣れてるヤツらじゃちと厳しいんじゃねーかと」

なるほど、とアポロニオは頷いた。例え動いたとしても、問題は山積みのようだ。

「とりあえず改修の方向性は問題ないだろう。狙撃手候補はすでに決まっているから、そのうち事前に操作説明会が必要だな」
「セッティングします」
「候補者は最重要機密だ、それを踏まえてセッティングを頼む」

 副官に指示を出すアポロニオの言葉に、技術リーダーと部門長は顔を見合わせた。できれば、候補者に実際に乗ってもらって調整をしていきたいのだが。最重要機密とは、一体どういうことなのか……。

「ああ、操作系統のチェックか?それならば私が対応しよう。一応、候補者の一人だ」

 アポロニオが対応してくれる、ということでほっと安心しつつ、部門長がコックピットへと案内する。
 地面より高いところにあるコックピットへははしごを使って。中で作業していた技術員には一度出てもらった。そこそこ高さがあるが、誰もが身軽に飛び降りていく。

「それにしても、こんなピーキーなヤツをアンタ……アポロンVI様以外が使いこなせるので?」
「アンタ呼びでも構わない、好きにしろ。……残りの候補者が使いこなせるかは未知数だ。まあ、候補者はいずれも私を上回る神力の持ち主だから、威力は申し分ないと思うぞ」
「それはそうですが……」
「当たらなきゃ意味がねーって」

部門長が言わなかった一言をスパッと技術リーダーが言ってのけた。さすが、ゴッドナンバーズ相手にガキ扱いしたりアンタ呼びしたりするだけのことはある。

「ははは、候補者は複数人いるが……そもそも、私が初撃で作戦完了すれば問題ないであろう?」

 不適な笑みを浮かべたアポロニオはそう言い放ち、ひらりとコックピットに乗り込んだ。

「……アンタんとこのトップ、すげーなおい」
「……トップヒーローの肩書きは伊達じゃない、ってことさ」

ぼそぼそと部門長と技術リーダーは顔を見合わせると、周囲に聞こえない程度の声で言葉を交わした。他フォースからしてみればアポロンVIの言動が刺激的すぎる。

 試作機のコックピットは一人が座れるだけの座席が中央にあり、周囲はなにやら難しそうな計器が大量に並んでいた。改修中なのか、足元には大量のケーブルが這い出ており、一部パネルは外されて中の基板が剥き出しになっていた。

「起動には右側にイグニッションキーがありますので、それを押し回ししながら左手の人造神器に神力をこめてもらう形になります。ああ、待ってください、作業中の者を全員待避させますので」
「起動実験するぞ!総員ラインまで待避!」

 技術リーダーの野太い声にいくつもの声が呼応し、続いて倉庫内にけたたましいアラームが鳴り響く。また、放送でも待避を促すアナウンスが流れた。

「排熱制御の問題で、起動中はとてもではないですが近寄れないんですよ。あ、ヘルメットは取ってください、照準合わせの為のバイザーを……そうです、それで。通信インカムはバイザーについています」
「ああ、これか。……これはまた、懐かしいタイプのインカムだな……」
「懐かしい、って言えるのはアンタぐらいだろ、俺だってそんなレガシー品は研修中に見せてもらったぐらいだぜ」
「もしかしなくても、君は意外と若いのか?」

 ヘルメット型のバイザーを装着し、通信インカムをいじりながら面白そうにアポロニオは言った。たしかに、見た目だけで言えば技術リーダーはかなり歳上に見えるが。

「こいつ、私より下ですよ」
「なんだよこいつって!ひでーなおい、若くして出世したんだからけなされる覚えはないぜ?」
「老け顔か。うらやましい限りだ」

チッ、と舌打ちをすると技術リーダーは体格に見合わぬ身軽さでコックピットの台座から飛び降りた。

「バイザーは通常の電源系統を利用しているので、本体が起動しなくても使えます。以降は通信にて失礼します」
「ああ、わかった。……フライングして焼死体を作らんようにせねばな?」
「……意外と楽しんでいらっしゃいます?」
「……まあ、この手のものは男のロマンじゃないのか。何歳になっても、な」

そう言ってアポロニオはくくく、と笑った。
 たまに、こういう見た目どおりにはしゃぐ言動をすることがあって、その度に周囲が微妙な気持ちになっていることをアポロニオは知らない。

『テストテスト、応答願います』
「こちらアポロンVI、回線良好問題なし」

 散々レガシーだ、と言われていたインカムだが、問題なく使えるようだった。問題があるとすれば、ヘルメット型バイザーが埃っぽい点だろうか。

『待避完了しています。起動OKです』
「了解した。ただいまより起動処理を実行する」

 人造神器、起動。
 イグニッションオン。

 コックピット内のパネルが次々に点灯し、ワンテンポ遅れてモーター類が作動し始める重い音、振動がコックピット内に伝わってくる。
 座席の左後ろから右に向かってパタパタとモニターパネルが点灯していった。一枚パネルではないが、連結して全天型モニターとしているらしい。あいにく、今は倉庫の壁しか見えないが。

『起動順調。シーケンス第三段階まで問題なし。……ちなみにどれぐらい力をいれましたか?』
「神器を使うときと同じぐらいだな……全体の五パーセントぐらいだろうか?」
『余裕ですね。その辺のデータも計測してデメテルフォースに回します。そのまま供給続けてください』

 ああ、わかった、と言いながらアポロニオはコックピット内をきょろきょろと見渡した。
 座ったときは薄暗かったコックピットだか、エネルギーが供給者されたことでまぶしいぐらいに輝いている。
 モニターの向こうでは作業服を着た人間が端末をいじっていたり、話し込んでいたり。複数人でひとつのディスプレイに頭を寄せ集めているメンバー達もいれば、慌ただしく台車を押して走る技術員もいる。
 複数のフォースの人間が入り交じっている様子を、アポロニオは少なからず微笑ましく思った。時と場合によっては己の正義のために敵対することもあるが、市民の平和を守りたい、という一点はどのフォースでも変わらない。
 ピピピ、とアラームが鳴り、アポロニオは視線を前へと戻した。と、突然目の前に照準スコープの模様や周囲の環境データが表示される。

「バイザーに何か表示されてるぞ」
『本当ですか?スコープ?』
「ああ、それから風速や湿度、温度……暑いと思ったら、七十度もあるのか」
『それは外気温なのでコックピット内の暑さとは違いますよ。……とは言え、コックピット内も高温ですね』

 やはり排熱処理が、とブツブツ呟く調達部門の部門長。確かに、まるでサウナにいるかのような暑さだ。アポロニオは首に滴る汗を右手で拭った。

「長時間稼働させるわけではないから、我慢すれば良いのではないか?」
『それで狙撃手のパフォーマンスが落ちなければ。ところで、目の前にトリガーがあると思いますがほんの少しだけ手前側に引いてもらえますか?起動処理が完了したので、砲身が連動して動くはずです』

少しだけですよ、倉庫の天井に突き刺さるなんてやめてくださいよ、と早口で喚く声を聞きながら、アポロニオはトリガーを言われたとおりにほんの少しだけ、手前に引いてみた。
 ゴウン、と重低音を響かせて座席ごと稼働し始めた。外の音を拾うヘッドフォンから、作業員たちのどよめきが聞こえてくる。
 目の前のモニターはやや上側を向くような形になっており、砲身と共に外部カメラも傾く作りになっているようだった。

『……ありがとうございます』
「もっと動かしても大丈夫ではないか?」
『動作開始から一定角度までは緩やかでその後急峻な動きをする動作仕様の可能性があるのでダメです』

 ぴしゃり、と部門長に却下され、アポロニオは残念そうな顔をした。
 とりあえず、新しいデータが取れたので技術員達は満足したらしい。コックピットから降りると、むわっとした熱気がアポロニオを襲った。

「お疲れ様でした。これ以上は倉庫内で蒸し焼きになってしまいますので……」
「この暑さはさすがにな……。先に倉庫から搬出するか?」
「運搬に時間がかかりそうですからね、改修は設置先で進めても良いかもしれません」
「ヘラフォースとデメテルフォースに優先して設置先を決めてもらうようにしよう」

 駆け寄ってきた部門長と言葉を交わしつつ、モニタリングをしていた面々の元へと向かう。

「お疲れ様です!」
「コックピットの使い心地はどうでしたかい?」
「暑い、臭い、狭い。三重苦だな」

アポロニオが真顔で言えば、年若い技術員たちは顔をこわばらせたし、隣を歩いていた部門長はあきれた顔をして、技術リーダーは肩をすくめてみせた。

「アンタの冗談は冗談に聞こえないから質が悪い。……まあ、言うほど操作してもらったわけじゃないから操作感は次回の実験で、って感じか」
「そうだろうな。……起動時間や排熱処理の改修は優先度を下げて良いだろう。どうせ作戦実行時は起動済みの状態で運用するだろうし、狙撃手候補者はいずれもヒーローであるから、コックピット内が高温になってもかなりの温度まで耐えられるはずだ。そちらよりもやはり出力の問題だな。あとは、連射ができるかどうか」
「連射か……この熱量だと下手したら五発撃ち切れない可能性がありますね」

そう言って部門長が見上げた試作機は、あちこちから目に見えるほどの蒸気を立ち昇らせていた。火傷をしないような装備をした技術員が顔をしかめながら取り付いて、改修作業の続きを進めている。

「五発はあくまでも最大数だ。基本的には最初の二発で済ませたい。それを念頭に置いて作業を進めてもらいたいができるか?」

 へっ、と鼻で笑って「ウチの技術力を舐めてもらっちゃ困りますよ」とヘパイストスフォースの技術リーダーは言い切った。
 
「ふ、頼りにしている。……諸君らも、このような深夜まで作業をさせて負担になっていると思う。しかし、オリュンポリスの未来は君たちの手にかかっているといっても過言ではない。重要な任務だ。今一度、厳しい戦いではあるが気を引き締めてほしい!」
「はっ!」

 アポロニオの声を聞いていたメンバーがそれぞれ、反射的に直立不動になって敬礼をする。暑苦しい倉庫内に男たちの熱い心意気が重なった。
 その後、起動実験に必要となる人員の融通や搬出作業の確認、作戦スケジュールの確認を行った後、アポロニオは副官とともに倉庫を後にした。
 
「いやー……なんか、久々にガチの敬礼した気がする」
「わかる」

 ヘパイストスフォースのトップであったヘパイストスXIことアイスキュロスはもっとフランクな人間であった。ゆえにヘパイストスフォースもそこまで礼儀に厳しくはなく、どちらかと言えば雑な方である。
 
「でもさ、あれは引き締まるよな」

スパナを回していた手を止めて、ぼそぼそ話していた二人の若い作業員は顔を見合わせた。

「わかる」
「やる気出るわ、あれ」

 わかる、と返事した男にお前はそれしか言わないのか、とツッコミをして、二人はまたスパナを回し始めた。オリュンポリスの未来のために。