月陽エクリプス - 1/9

兄弟の日でもないのに書いた……。アポロニオ&ヴァッカリオを主役としたコメディ主体のなろう風チート無双サマーウォーズ的ひねもすストーリー。ゴッドナンバーズな二人が体感型MMORPGで一般人相手に無双するありがちな話です。推定4万字なのでそこそこ長いです。 ※兄弟しか出てきません。


 何事もなく平穏な日々を甘受していたヴァッカリオ。いやあいいね、ずっとこのままパワフルワンを飲むだけの生活をしたいね、なんて堕落しきっていたのだが、今日という今日はついに、と言うべきか、英雄庁に呼び出しをされてしまった。監視対象の店長の事だろうか、とも思うが、昨日エリュマに寄った限りでは何も不自然なところはなかった。心当たりがあると言えば、先日、飲酒したまま路上で寝こけて通報されたことぐらいだ。
 
「失礼しまーす……と、あれ」

お兄ちゃん、と言いかけてヴァッカリオは口を噤んだ。
 室内にいたのはスーツ姿の英雄庁職員と、アポロンフォースの制服を身に纏ったアポロンVIことアポロニオ、ヴァッカリオの兄だ。あいにく、二人が兄弟であることは英雄庁内の機密であるので、迂闊に知られるわけにはいかない――と思ったが、目の前の職員はかなり権限を持った、高官であった。二人が兄弟であることだけでなくゴッドナンバーズであることや、ディオニソスXIIがなぜ行方をくらましたかまで知っている人間だ。
 促されるままにアポロニオの隣に座る。ああ、酒を飲まずに来てよかった、とヴァッカリオは一人心の中で冷や汗を流した。
 
「お二人に来て頂いたのは他でもありません、極秘の作戦を依頼したいのです」
「極秘の作戦?我々に?」

不思議そうな顔でアポロニオが返した。それもそうだろう、ヒーローたちの中でも最強と言われ、ある程度は自由権限も認められているゴッドナンバーズに指名で作戦を振ることなどごくまれだ。余程の事態でなければそもそもゴッドナンバーズが出張ることもない。

「はい、こちら、作戦資料なのですけど――」

そう言って職員は二人の端末に資料を送り、部屋のモニターにも同じものを映し出した。

「英雄庁が用意した体感型MMORPG内で行方不明者が出ており、それらについてお二人に捜査協力をお願いしたいのです」
「体感型MMORPGっていうと……あー、この前リリースされたばかりのやつ?人造神器が体験できるっていう」
「そうです、お二人はもうプレイされましたか?」

ヴァッカリオは首を振って否定し、アポロニオもそれに倣ったが……アポロニオはそもそもMMORPGとは何だろう、と思っていた。……見た目が青年であっても彼の中身はすでに四十代の働き盛り(しかも、八百七連勤して休みなく働くほどのワーカーホリック!)であり、若者の遊戯に疎いのも仕方のないこと。

「すでに犯人については特定できています。ヘパイストスシティに住む十代の少女」
「若いねえ!」

ヒュウ、と口笛を吹いたヴァッカリオは端末の資料を確認した。名前、住所、年齢、顔写真。すべてデータは揃っている。

「確かに若いですが、デメテルの神話還りとしてかなり強力な力を持っています。それでいて、ヘパイストスシティでは技術者を保護する方針が顕著な法律になっており……現行犯でないと、逮捕に踏み切れないのです」
「ふむ……つまり、状況証拠は揃っていて犯人はこの少女で間違いはない。しかし、確保には至れず野放しになっているということか」
「面目ない限りで……。ヘパイストスフォースも常時監視をしているのですが、向こうの方が一枚上手という状況です」
「情けないな」

アポロニオは大きくため息をついた。その仕草に、職員が申し訳なさそうに体を小さくした。

「まあまあ……行方不明者が出てるっていうけど、その人たちはどうなってるのさ?」
「そこも問題でして……。対象のゲームは現実世界の肉体をゲーム内に再構築するシステムになっています。その肉体データが犯人の少女の手元に囚われている状態なのです」
「つまり、人質ってこと?」

 ヴァッカリオの嫌そうな質問に、職員は首を縦に振った。人質がいるとなると、話はまた一気に変わってくる。何人だ、とアポロニオが聞けば、職員は「十人」とこれまた死にそうな声で答えた。思わず、ヴァッカリオが机に突っ伏す。
 
「なんでそんなことに……!大惨事じゃない!?」
「最初の四名は一般人で、残りの六名は対応に向かったヒーロー達です」
「……すべて返り討ちにあった、ということか。少女などといって侮っていられんな」

 それまで、やや呆れたような口調だったアポロニオが一転、険しい顔をして手元の端末に目を落とした。六名ものヒーローがやられて、ゴッドナンバーズの出番が来た、ということはかなり手強い相手であることは間違いない。
 
「しかし、なぜ我々二人なのだ?ネットワーク上の問題であればデメテルVや……そうだな、アフロディテIXの方がこういった手合いは得意そうに思えるのだが」
「その点なのですが……最初の被害者……いえ、被害にあったコンビが『きょうだい』だったのです。そして、次の二人も『きょうだい』でして。ヒーローを何人か投入したものの、尻尾を掴むことができず、もしやと思って『きょうだい』のヒーローをコンビにして作戦に投入したのですが、そこで、当たりを引きまして」

 そこから、続けて二組。合計五組の『きょうだい』プレイヤーが犯人の毒牙にかかった、という話だ。アポロニオとヴァッカリオは思わずお互いの顔を見て、同じタイミングでため息をついた。まさか自分たちに白羽の矢が立った理由が『きょうだい』だから、だったとは。
 きょうだいでそろってヒーローとして活躍しているパターンは少ない。神話特性は血筋によるものではないからだ。それは、ディオニソスとアポロンという全く正反対の特性が発現したこの二人がそれを証明している。
 通常のヒーローで力及ばず、さらに高位のヒーローに、となると、ただでさえ少ない候補の中、『きょうだい』の条件を満たすのは……アポロニオとヴァッカリオになってしまうのも当然と言えた。
 
「とりあえず、我々の役目は餌になれば良いのだな?犯人を釣り上げるための」
「釣り上げつつ、ヘパイストスフォースが現認逮捕できるように時間稼ぎ、か。めんどくさいなあ」
「そう言うなヴァッカリオ」

 露骨に嫌そうな声を上げたヴァッカリオをアポロニオが嗜める。その様子に、顔を青くしていた職員もわずかながらほっと胸を撫でおろしたようだった。もし、この二人に断られたら本当に打つ手がなくなってしまうところだったのだ。
 
「人質の肉体データにはプロテクトがかかっているため、現実世界の肉体に影響を及ぼすこともありません。いざとなればシステム全体を停止してデータをサルベージすれば良いだけですので……ただ、そうなってしまいますと……その……英雄庁の体裁が悪いと言いますか」
「はあ?」

 ドスの効いた声でヴァッカリオが職員の言葉を遮った。アポロニオは腕組みをして目をつぶったままだ。ピリ、と室内に緊張した空気が流れる。
 その空気を打ち破ったのは、目を開けたアポロニオだった。
 
「リリースしたばかりのものを、ヴィランに乗っ取られた挙句に民間人に被害が出ていたということが公になれば……ということだな。システムを全停止させるとなれば、被害額も相当なものになるだろう。スポンサーに向ける顔が無い、か……」
「……スポンサーなんかよりさ、最初の四名の民間被害者のことを気に掛けるべきじゃないの?なあ?」
「……よせ、ヴァッカリオ。彼にそう文句を言っても何も始まらん」

今にも掴みかからんばかりのヴァッカリオを制し、アポロニオは席を立った。

「大まかな話はわかった。詳細は現場にて聞かせてもらう。……一刻も早く、被害者を救助するために、な」

 英雄庁内とある一室。奥まったセキュリティレベル高のゾーンにあるその部屋には、二台のカプセル型筐体が置かれていた。英雄庁がリリースした、件のゲームに使用されるものだ。
 例の職員以外に、合同で作戦にあたるヘパイストスフォースとデメテルフォースのメンバーと顔合わせを行い、今は二人揃って軽くゲームの説明を受けていた。一通り終わったところで、難しい顔をしたままのアポロニオがヴァッカリオを呼び寄せる。
 
「お前、この手のゲームは経験があるか?」
「いや……あー、ないけど、お兄ちゃんよりはゲームの経験あると思うよ……」
「そうか……すまない、正直、彼が説明してくれた内容の半分もわからん」

 いちいち、わからないところで話を止めていたら進まないと思って黙っていたが、とアポロニオはぼそぼそと呟いた。少し屈んで兄の珍しい弱音を聞いていたヴァッカリオはあれ、意外と今回の作戦ヤバいんじゃないか?とすでに思い始めていた。
 ヴァッカリオとて、ゲームを嗜んでいたのはそれこそ若いころで、最近はほとんどプレイしていない。説明された内容は一般的なRPGと変わらないので問題なかったが、果たして作戦遂行中にこの兄のカバーをやり切れるのだろうかと一抹の不安が襲う。
 
「ま、まあ、体感型って言うぐらいだから、別にコントローラーを操作するわけじゃないし、いつもどおりに動けば大丈夫だと思うよ、うん」
「何か問題でもありましたか?」

二人でこそこそと話していたのを、職員が心配そうに伺ってきたが慌てて二人揃って「なんでもない」と答えた。普段の作戦であればこういった弱みも素直に相談して作戦完遂に余念がないアポロニオも、今回のように中途半端にお遊びの要素があるとなるとどうも勝手が違うようだ。何より、ヴァッカリオがいるから何とかしてくれるだろうという気の緩みもありそうだ。
 
「とりあえず、プレイ開始してみない?やってみないとわからないことも多いでしょ」
「それもそうですね。今、犯人の少女も大人しくしているようですし……先にゲームに慣れてもらう方が良さそうです」

 職員たちに促され、二人は筐体の中に体を横たえた。ふたが閉まり、暗闇の中でアポロニオは音声ガイドに従って目を瞑った。少しばかり不思議な浮遊感を感じた後、どこかに立たされている感覚を味わう。
 
『ようこそ、【Hero is Here】の世界へ!』

目の前に現れた宙に浮かぶ光の玉に、アポロニオはびくりと体を震わせた。
 ぽかん、と口を開けたままのアポロニオに対して、その玉はこのゲームがどういうゲームで一体何なのかと滔々と説明してくれた挙句にものすごーく細かい文字で書かれた利用規約同意書を表示してきた。光の玉と自分の間に表示された半透明のプレートを恐るおそスクロールしてみる。……長い。

「こ、これを読めというのか……!最近のゲームは、小難しいのだな……」

 昔、ヴァッカリオに「そっちにしか出ないモンスターいるから手伝って!」と押し付けられて、言われるがままに操作したなんとかモンスターというゲームはもっと簡単だったような覚えがある。アポロニオはひっそりと息をついた。
 考えてみれば、ヴァンガードのエウブレナも立派にヒーローとして活躍しているし、各シティの規則にも詳しい。今回の犯人も同年代ぐらいの少女だし……久々に、アポロニオは自分の年齢を痛感することになった。フォース内ならとにかく、未だに場所によっては子供扱いされることもある。世間では立派にオジサンと呼ばれる年齢であるにも拘わらず、だ。
 オジサン、と言う言葉の響きにどことなく哀愁を漂わせてアポロニオは利用規約なるものを読み進めた。

「お兄ちゃん何してんの……」
「おお、ヴァッカリオ!この規約書が意外と難しくてだな……」

 どこからともなく現れたヴァッカリオは「あ〜〜」と頭を抱えてからアポロニオがようやく三分の一ぐらいを消化した利用規約同意書のチェックボタンを押して次のページに進めた。

「今回は作戦中だからこーゆーのは気にしなくていいの。おいら達一般ユーザーじゃないし」
「む、そうか……ではこのプライバシーポリシーとやらも?」
「そうそう」

 グループログインしたにもかかわらず、一向に共通キャラメイクモードに訪れない兄。バックアップメンバーに頼んで特別にアポロニオ側への合流処理をしてもらえば、案の定まだ利用規約同意書で詰まっていた。これは苦労しそうだ、とヴァッカリオは暗澹たる思いを抱えつつ、アポロニオの代わりにチュートリアル……の前段階をサクサク進めていく。

「あーキャラメイクもやっちゃっていい?」
「……任せた」

 ヴァッカリオが操作するたびに開いては閉じる半透明の板の数々と、流れるようなアナウンスの奔流にあっさりアポロニオは押し流されていった。まあ、自慢の弟なら間違いはないだろう、と一人勝手に頷く。

「うーん、名前は……めんどくさいから本名ままでいいか。見た目は変えないとお兄ちゃんマズイよね……ランダムで」

そう言ってヴァッカリオは手元を操作したあとに、アポロニオの顔をまじまじと見た。

「な、なんだ?私の顔に何かついているか?」
「ランダム神、結構いい仕事してくれたんじゃない?似合う似合う」

笑いながらヴァッカリオはアポロニオのステータス画面を代わりに開いてやり、兄の目前に表示した。
 なんだろう、と表示されたものを見てみると、自分の名前と知らない人間の顔……いや、顔立ちは自分そっくりだが、黒髪と赤色の瞳をしている。このような顔に見覚えはないぞ、と首をひねっているとヴァッカリオが「ゲーム内用に髪と瞳の色を変えた」とアポロニオに教えてくれた。
 アポロンVIとして顔が一般市民に広く知れ渡っているアポロニオが、このゲームにそのままの顔で参加するのは良くないだろうという判断だ。なるほど、さすが賢い弟だな、とアポロニオはひどく感心する。ヴァッカリオ曰く、髪型や体格はそのままの方がゲーム中でも楽だろうとのことだった。確かに、アフロディテIXの様な長髪にされてしまっても持て余しそうだ。
 
「せっかくだからおいらも変えてみたけど……どうかな?」
「ほう!なんだか不思議な感じではあるが、よく似合っているぞ。やはりベースが二枚目だからな!」

当たり前のように褒めるアポロニオの言葉をヴァッカリオは笑って流した。いちいち反応していたらいつまで経っても先に進まない。
 せっかくランダム神がアポロニオをわかりやすいカラーリングにしてくれたので、ヴァッカリオもわかりやすく兄と正反対の白髪と青色の瞳にカラーチェンジしたのだ。神話特性も性格も正反対の自分達らしいだろう。
 
「ええっと、ジョブは……ああ、これはそのままでいいね。おいらがウォーリアーとアルケミスト。お兄ちゃんはアーチャーとクレリック」
「アー……?クレ……?」
「気にしないで、後で説明するから」

ヴァッカリオはぽかんとした顔の兄を差し置いて、勝手にキャラメイクを進める。
 このゲームはあくまでも英雄庁が用意した、人造神器を体験できる「ヒーローごっこ」がウリだ。それだけでなく、実はログインして肉体をゲーム内に再構築する際に、持っている神話還りの力や神力を分析している。アポロニオが読み進めていた利用規約書を最後まで読めば、そのことが書かれていたのだ。……さてはて、一体何人のユーザーがそこまで規約を読み込んで同意しているかは謎だが。
 そして、分析した結果から、本人の神話特性に最も近いジョブを推薦してくれる。神話還りの力がなければ、ヴァッカリオが勝手に答えた「性格診断」の結果をもとに、最も相性が良さそうな十二神のいずれかをあてがう仕組みだ。
 そういうわけで、二人はそれぞれディオニソスとアポロンの特性を持ったジョブになったわけだ。まあ、アポロニオは全くわかっていないのだけど。
 
「……キャラメイクこんなもんかな、後はゲーム中でもやり直しできるみたいだし、いいでしょ」
「終わったのか?」

 てきぱき、と操作するヴァッカリオの姿をぼんやりと見ていたアポロニオは、弟の言葉にようやくこの暇な時間が終わりそうだ、ということを悟った。手を出そうにもヴァッカリオが何をやっているのかもわからないし、時折漏れる独り言の単語もさっぱり意味がわからない。後で説明してくれるというので、それ待ちだ。
 
「じゃあ、いよいよゲームの世界だね」

そういって、ヴァッカリオは最後の【確定】ボタンを押した。