月陽エクリプス - 3/9

 翌日、再び英雄庁にて。ログイン前に軽く状況のすり合わせをしたが、特別、犯人の少女に変わった動きはないとのことだった。今は恐らく、次の得物を探している時期なのだろう、と言うのが作戦本部の推測だ。
 
「つまり、おいら達が目立てば食いついてくれるちょうど良いタイミングと言うわけだね」
「……そうだな……」

 ログインして早々、『ログインボーナス!』『新規限定ボーナス!』『運営からのお知らせ!』『今週のイベント情報!』『期間限定ミッション!』『初心者限定ミッション!』……などといった摩訶不思議な言葉の羅列に遥か彼方まで押し流されたアポロニオはすでに疲れ切っていた。
 またしてもヴァッカリオが適当にアレコレ、操作して対応してくれたから助かったものの、もしこの作戦を一人でやれと言われていたら二日目にして情報の海で溺死してリタイアしていたことだろう。しみじみ、最近の若者は本当に賢いのだな、と思う。
 
「さっさと目立つには……やっぱり超高難度……うーん……」
「ヴァッカリオ、昨日、攻略サイトなるものを見てきたのだが『アリーナ』というものに参加してはどうだろうか?」

悩むヴァッカリオを見て、気を取り直したアポロニオが、さっそく一晩で仕入れてきた付け焼刃の知識をもとに提案してみる。
 アリーナに参加することで自分の実力がうんぬんかんぬん、有名プレイヤーになるにはこれが早道うんぬんかんぬん……何を言ってるのかわからないなりに、作戦に参加する者としてアポロニオは熱心に勉強してきたのだ。そういった姿勢はさすがヒーローの中のヒーローと言えるだろう。

「アリーナ……?あー、確かにそれは良さそう。って言うか、攻略サイト見たんだ……」
「?見たらいけなかったのか?」
「いーや、お兄ちゃんが家に帰ってからゲームの攻略サイト見る姿が想像つかなくて」

 笑うヴァッカリオに対して、アポロニオは少しだけ唇を尖らせたが、まあ、弟の言うことの方が正しいだろうと思い直してすぐにその表情をひっこめた。何しろ英雄庁ブラック勤務の申し子と言われるアポロンVIが、定時で帰宅して家でゲームの攻略サイトを熱心に見ているなんて、市民の誰一人として想像できないだろう。
 初期装備と初期レベルでどこまでいけるかわからないけど、とヴァッカリオは念押ししつつもアポロニオが提案したアリーナ会場へと向かい、参加の手続きを行う。
 このゲームにおいてのアリーナと言えば、単純にプレイヤー対プレイヤーが楽しめるコンテンツだ。一応、定期的に大会は開かれているが今、二人が登録したのはフリー対戦の方。どこまで勝ち抜きできるかは謎だが、連勝を重ねれば確かにプレイヤー間では有名になれるだろう。ゲームに疎いアポロニオにしては的を射たアイデアだった。

「どう?もうゲームには慣れた?」
「結局のところ、戦い方はいつもと変わらないからな。神器が人造神器、それも初心者用の制限付きになっただけで」

対戦相手のマッチング中に、装備の弓を弾いては何かを確認しているアポロニオに声をかければ、頼もしい言葉が返ってきた。

「レベルが上がれば人造神器の機能が解放されていくってのも現実と同じだしね。ヒーロー成り立ての頃が懐かしいなあ……」
「お前はまだ懐かしむような年ではあるまい。私なんで、もう四半世紀も前だぞ……」

 お互いに苦笑いを浮かべたあと、少しばかり重い息を吐いた。神器に頼りすぎるなということかもしれん、というアポロニオの呟きが無駄に重い。
 ヴァッカリオはそれ以前にどうせおいらは神器使えないもんね、という嫌味を言いそうになったが、やめておいた。ゲーム内とは言えここで兄に泣かれても後が面倒くさい。ただでさえ面倒くさいのに、これ以上面倒ごとを増やしたくなかったので。

「おい、あいつら初期装備じゃね……?」
「マジかよ……」
「レベル1なんだって二人とも……」

ひそひそと交わされる会話を無視して、アポロニオとヴァッカリオは『十連勝達成記念』のインタビューを受けていた。
 現役のゴッドナンバーズ相手に、一般市民が敵うわけもなく。たとえレベルがいくつ上だろうと、機能解放済みの人造神器だろうと、苦戦する様子もなく圧勝していく二人組は十分に目立っていた。むしろ目立ちすぎていた。
 インタビューを終えた後、アポロニオは渋い顔をする。物陰にヴァッカリオを呼び寄せ、耳打ちするように高いところにある頭を引っ張った。
 
「作戦本部からクレームが来た、やりすぎだそうだ」

 作戦本部とは特別回線を引いてゲーム中にいつでも連絡が取れるようにしてある。基本的には物事が動かない限りは沈黙をしているのだが、今回の件はさすがに問題になったらしい。

「あー……やっぱり?さっきのインタビュアーも『現役ですか?』ってめっちゃ疑ってたしね……」
「なんでも『ちーと』ではないか、と運営に問い合わせが殺到しているらしい。……ちーと、とは何のことなんだ?」
「えーっと……ズルして勝ち上がったんじゃないの、って思われてるってこと。要はおいら達が特別な武器を使っていたり、なんか不正な手段を使ってるんじゃないかって」

 そのようなことするわけないだろう、と憤慨するアポロニオだったが、ヴァッカリオに「おいらが最初のキャラメイク手伝ったのは特別扱いだからね」と言われて押し黙った。正義のアポロンVIが不正に手を染めるとは何たることか、という嘆きもあるし、いやしかしあれは手伝ってもらわなければいつまで経っても作戦行動が開始できなかったから仕方ない、という言い訳もある。

「とりあえず、さすがに初期装備と初期レベルじゃマズいから適当にクエストこなそうそうしよう」

賞金も手に入ったし、完全に順番が逆だけど……と言いながらヴァッカリオはまだ何かぶつぶつ呟いているアポロニオを引っ張って冒険者ギルドへと赴いた。
 このゲーム、武器は人造神器ということになっているため、プレイヤーのレベルが上がると同時に勝手に成長していく。代わりに、防具はそれなりにRPGらしく、レベルに応じて上位のものを入手して装備していく必要があった。
 ……とはいえ、アポロニオはヴァッカリオが何か適当に選んでるのを黙って見ているだけだ。はい、と渡されたものをステータス画面の半透明な板を指差ししてもらいながら、どうにか装備する。さすが、ゲームなだけあって、わざわざ着替えなくても良いのは楽だった。ボタン一つで衣装が変わるのだから素晴らしい。
 アポロニオは新調してもらったグローブの感触を確かめ、ヴァッカリオはブーツで地面を踏み締めて感覚を掴んだ。どちらも、武器を操る時に重要な箇所だ。ゲーム上のステータスが上がるからと言って、あくまでも体感型である以上、体に馴染まない装備品は逆効果である。
 
「じゃ、装備も新調したし、クエスト受注して軽くやってみますか」
「『ゴブリンの討伐』……?ごぶりん、と言えば……何だったか、小鬼だったか」

 一応、その辺の知識はあるようだった。これでまたモンスターとは何か、というところから説明を始める羽目になったら嫌だなあと思っていたヴァッカリオはほっと胸を撫でおろした。
 街から出てクエスト対象の草原まで。始めたばかりの二人に画期的な移動手段があるわけもなく、とことこと徒歩で移動をする。アリーナの賞金で早々に馬なりバイクなり買った方が良い気がしないこともない。
 ようやく、RPGらしくなってきたな、と思いながらヴァッカリオは兄からのゲームに関する質問に細かく答えてやった。知らないものでも飲み込み自体は早いので、アポロニオも初日に比べれば右往左往することも少なくなってきた。とは言え、面倒くさくなるとヴァッカリオにすべて放り投げるのだが。

「そういえば、結局、犯人の女の子の動機とかって何かわかったの?」
「明確にはわからないが……今のところはデメテルの神話特性でもある『分配』が負の方向に作用しているように考えられている」
「分配?何を?」
「不幸の分配……いや、自分の味わった苦しみの分配、と言ったところだ」

アポロニオは言葉を選びながら、少女の境遇を語ってくれた。
 犯人の少女には双子の妹がいた。少女自身はデメテルの神話還り、そして、何の因果か妹も神話還りとしての特性を持っていた。アポロン神として、かなり強力な。
 
「神話還りの子供を持つ親は苦労する。それも、一般人の親ならな。その状態で双子が両方とも強い神話還りとなれば……」
「ああ……」

ヴァッカリオは、その両親の負担を考えて、苦虫を噛み潰したような顔をした。
 アポロニオとヴァッカリオは非常に強い神話還りの能力を持っていた。しかし、幸いにしてヴァッカリオがその力に目覚める頃にはアポロニオがすでに自立したヒーローとして活躍しており、十分に先達の役目を果たしてくれていた。少女の家庭環境とその境遇を想像するに、兄がいてくれなければ自分もどうなっていたかわからない、とヴァッカリオは震えた。
 
「両親は教育方針の違いで不仲になり、それから双子の妹の方も……まあ、いじめとまでは断定しきれていないが学校でうまく人間関係が築けなかったようで……ある日、神話特性が暴発してしまった。不幸な事故だったんだ」

 アポロン神の神話還りということで、事故の処理はアポロンフォースが担当したらしい。その時の記録も、昨日のうちにアポロニオは探し出して頭に叩き込んでいた。
 
「アポロン神の神話特性は多岐に渡る。詩歌や芸術、医療の方面で力を発揮してくれれば良かったのだがな……よりにもよって、『疫病』の力が暴発してしまった。学校で飼っていた小動物を、すべて死なせてしまったのだ、彼女は」

 人的被害がないのが不幸中の幸い、とは言え、それは幼い彼女にはあまりにも辛い現実であった。皆が嫌がる小動物のフンの掃除を押し付けられたから、遊びと称してにわとり小屋に閉じ込められたから……暴発する要因はいくつも積もり積もっていた。ゆえに、アポロニオは「不幸な事故」と称したのだった。
 
「……今はどうしてるの?」
「アポロンフォースの方で身柄を預かって、更生施設で力の制御を学んでもらっている」

ただのヴィラン対応と言えばそれまでだが、そこに至るまでの家族の苦悩と、そしてそこから始まる新たな苦悩を思えば、ヴァッカリオは胸が締め付けられる思いだった。

「両親は離婚こそしていないものの別居中。犯人の少女は母親と同居しているようだが……そちらはそちらで、うまくいっていないようだ。母親も、精神的にだいぶ参っていたという報告もある」
「英雄庁のサポートが足りなかった?」
「そう言うことだ。……それを言うと、今回の件はすべて英雄庁に責任があるような気がしてこないか、ヴァッカリオ」
「まあ……英雄庁の失点続きって感じではあるね。英雄庁の体裁のためにこんな遊びみたいな作戦やらされてるわけだし」

ヴァッカリオは大きなため息をつき、草むらから飛び出してきた『ゴブリン』を大剣で一刀両断した。重苦しい空気を吹き飛ばすかのような、大振りだった。
 気持ちの切り替えも、ある程度はできるようにならなければヒーローの第一線では働けない。

「ほう、そいつがごぶりんと言うものか」
「討伐数は五十体だから片っ端から倒しちゃって……ああ、色が三種類あるけど今回はその辺関係ないから気にしなくていいよ」

 了解、と答えたアポロニオは陰鬱な気分を矢に乗せて、好きなだけ暴れまわった。わかりやすい敵であり、倒したも血が出るわけでもなく光となって消えていくだけだから、まるでスポーツでもやっている気分だ。
 
「これは良いストレス発散になるな!」

 しかも、倒せば倒すほどレベルというものが上がり、人造神器の威力が上がり、能力も解放されていく。なるほど、いろいろな人間がゲームに夢中になる気持ちがわかったような気がする、とアポロニオはすっきりとした笑顔を見せた。

「もう一個、『レッドプラント・イエロープラント・ブループラントの討伐』……二十体ずつだけど、これもさくっと片付けちゃおっか」
「ああ、任せろ!」
「……なんで後衛タイプのお兄ちゃんがおいらより前に出てるの……!」

弓矢を担いで飛び出して行った兄の後ろを、慌ててヴァッカリオが追いかける。グループログインだから経験値は等分だが、自分だって暴れたい気分なのだ。
 結局、この日は時間ぎりぎりまでひたすらクエストをこなしてレベル上げと金稼ぎに勤しむことになった。実にRPGらしいプレイ内容であった。