月陽エクリプス - 4/9

「あ、ヴァカ隊長!これって隊長とアポお兄さんのこと!?」

 ヴァッカリオがヴァンガードに顔を出したところで、何やら姦しく騒いでいた女性陣に捕まってアレイシアにタブレット画面を突き付けられた。
 見てみれば、それはゲームの話題を中心としたポータルサイトの記事の様で……ゲーム画面のキャプチャは、髪と瞳の色こそ違えど、ばっちりと名前入りアポロニオとヴァッカリオが映っていた。アリーナで戦っているときのキャプチャの様だった。スクロールしてみれば、「超大型新人登場!現役ヒーローか!?」との小見出しと共に、戦いぶりも動画としてアップロードされている。
 
「あー……それね、そうそう……」
「隊長はとにかく、アポロンVI様がゲームをするだなんて……!」
「意外ですわね……」

 アレイシアの質問を肯定したヴァッカリオに、エウブレナとネーレイスが目を見開いて呟いた。作戦のことを言うわけにもいかないので、仲直りしたから久々に一緒に遊んでいるだけだよ、と言って誤魔化しておく。まあ、遠くで聞いていたゾエルは意味深な笑みを浮かべていたが。
 
「お二人とも、すっごい騒ぎになってたッスね!ゲーム関連だけじゃなくて、一般のSNSでもトレンドに上がってましたよ!」
「フヒ、昨日から雑談掲示板もその話題一色……チートだってアンチばっかだったけど」

コリーヌが朗らかに言うのと対照的に、ハルディスはぼそぼそとアングラな情報を教えてくれた。どうやら表も裏も、兄弟の話題一色らしい。目立つ、という当初の目的は存分に果たされたようだが……。

「……いやあ、英雄庁からやりすぎ、って怒られちゃってさ……」

頭をかくヴァッカリオに、あー……と何とも言えない視線が刺さる。

「待って、おいらじゃなくてお兄ちゃんの方がやりたい放題だからね!?」
「そうでしょうか、アポロンVI様はサポートに徹してましたよね?」
「そのとおりですわ。プロテクションのタイミングもばっちりでしたし……」

アリーナの十連戦はすべて動画として配信されているようで、それを見ながらあーだこーだとまた騒ぎ始めた。
 黙って見ていたゾエルが、ヴァッカリオを手招きする。
 
「で、どうなんだ首尾は?」
「まだ今日で三日目なんだから……」
「ヘッ……あのお高いアポロンVI様がMMRORPGとは、笑えたもんだぜ」
「笑い事じゃないよ本当に……ああ、そうだ、お兄ちゃんとおいらだってことは言わないようにしろよお前ら!一応、その辺は機密なんだからな!」

ヴァッカリオの声に、元気よく揃ってはーい!と返事がくる。一番口が軽そうなのはコリーヌだが、彼女は彼女で反省して機密もしっかり守るようになったのだから恐らく大丈夫だろう。
 犯人の少女も、早く捕まえて気を楽にしてやりたい。人質はもとより、彼女自身も運命に翻弄された被害者に違いない。ヴァッカリオは自分たちのことを面白おかしく書いた記事をチェックしながら、早く彼女が釣られることを祈った。

 ログインした瞬間に、他のプレイヤーたちの視線が集まり慌ててアポロニオを引っ張って路地裏に逃げ込んだヴァッカリオ。目立ちすぎだ、と再三釘を刺されたが、あそこまで耳目を集めているとは思わなかった。アポロニオは注目慣れしすぎていて、きょとん、としていたが。
 
「今日は……他のプレイヤーとかち合わないようなクエストにしようよ」
「ん?お前がそういうのなら……犯人の方は目立った動きはないが、少しばかりゲームシステムへの攻勢が弱まっているようだ」
「へえ。そろそろ動くかな?」

だろうな、とアポロニオは腕組みをしながら頷いた。ただ、今日ではないだろう、との作戦本部の見立てだ。動くなら明日か、明後日か。
 相変わらず、頻繁にアクセス端末を変えているせいで、ヘパイストスフォースの監視員はかなり苦労しているらしい。今朝などは、どこぞのコンビニでハンバーガーを食べてる……と思ったら、その影に隠れてキャンペーンとして配布された手のひらサイズの電子玩具からアクセスしていたようだ。捨てられた玩具をゴミ箱から漁って、まさかと解析してみれば痕跡アリ。作戦本部のメンバーは揃いも揃って頭を抱えたという。

「だったら、今日はアイテム集めとか装備集めをやりたいねえ。レベル上げも良さそうだし……」
「ふむ、よくわからないが任せた」
「ちょっとお兄ちゃん、今、めんどくさくなったでしょ!?」
「はっはっは、お前のことを信頼しているだけだよ、ヴァッカリオ」

 ったく、と軽く舌打ちをして、冒険者ギルドにこそこそと潜り込む。幸いにして、ここはNPCばかりであり、さらにどのクエストを誰が受けたか、ということは非公開になっているので安心して、レベルを無視した無茶苦茶な超高難度クエストを選ぶことができた。
 すたすたと歩くヴァッカリオの後ろを、やや小走りなアポロニオが追いかける。相変わらず他ユーザーからの視線はうるさいが、ゲーム開始地点に比べればまだマシだ。早く、超高難度クエストに必要な物品を揃えて出かけたい。
 
「今度のクエスト、場所が遠いんだよね」
「そうなのか。二時間と言う縛りを考えると、遠い場所は難しいのではないか?」
「うん、だから不人気で誰もやってないみたい。ところで、でかい買い物してもいい?」

 許可が出なくても二人の財産はヴァッカリオが管理しているのでこれまでも勝手に使っていたのだが。さすがに、アリーナの賞金をほぼ使い果たしてしまうので、念のためにアポロニオに確認を取った。もちろん、アポロニオは「お前が必要だと思うなら好きに使うといい」と全幅の信頼……なのか、単によくわからないから丸投げしたのか、まあとにかく、ヴァッカリオの買い物を許した。
 別に長くゲームを遊ぶわけでもなく、目的は達成されつつあり、明日か明後日には決着する見通しだ。ヴァッカリオは金をすべて使い果たす勢いで、道具屋であれこれ買い物をしていく。アポロニオはその後ろをちょこまかとついていくだけだ。いろいろ、陳列されているものを物珍しそうに眺める姿は、親の買い物についてきた子供にしか見えない。
 

「こんなもんかな」
「……ヴァッカリオ、お前は大型バイクの免許を持っているのか?」
「ゲームだから免許は必要ないよ。ほとんど自動運転だし」

 ヴァッカリオの言っていた「でかい買い物」とは、現時点でほぼ最速の交通手段と言われている大型バイクのことだった。それより上の飛行船などになると、それはもう大規模パーティーの買い物になるので、少人数プレイならこれがちょうどいいという話だ。

「免許が必要ないなら私が運転しても問題ないのだな?」
「はいはい。行先だけ設定しておくから……ちょっと後でおいらにも運転させてよ!?」
「帰り道はお前に任せる」

 うずうず、きらきら、全身でバイクに乗りたいと訴えるアポロニオにあっさりとヴァッカリオは運転席を譲った。せいぜい、足が届くか心配だったがさすがにその辺はうまい感じにゲーム内で調整してくれているらしい。どことなく、ヴァッカリオがハンドルを握って転がしていたときよりバイクのサイズが二回りほど小さくなっているような気がする。
 
「ヘルメットもいらないのか」
「まあゲームだから。あ~……スピード、好きなだけ出していいって」
「時間も限られているし、最大速度で行かねばならんな!」
「言うと思った!」

 ヴァッカリオを後ろに乗せたアポロニオは、当然のようにアクセル全開でクエストステージの草原へと向かう。
 幸いにして、たとえバイクの運転なんてやったことがないアポロニオでも自動操縦のおかげで難なく悪路を走る。顔に当たる風は多少の痛みもあるが、そのリアルさが余計に面白かった。
 
「まあ、お兄ちゃんが楽しそうなら兄孝行のしがいがあるってことで……」
「何か言ったか!?」
「なんでもない!」

 強風にかき消されないように大声でアポロニオが尋ねてきたが、ヴァッカリオは同じように大声で叫んで返した。
 あの死ぬほど甘い卵焼きや胸焼けしそうなほどのミートオムレツを食べさせられるより、スピード狂の後ろで大人しく縮こまっている方がまだマシであった。あくまでゲームで合って、振り落とされて死ぬこともなければ車酔いすることもないので……。

「もう着いてしまった……」
「いや、時間が限られてるからマッハで行くっていったのアンタでしょ」

がっくり、肩を落とすアポロニオを置いて、クエストステージである古代遺跡とやらの内部に侵入する。名残惜しそうにバイクを見ていたアポロニオだが、ようやく立ち直ったのかヴァッカリオの後に続いた。

「今回のクエスト、超高難度ではあるんだけどシンプルなんだよね……ああ、これこれ」
「なんだこの玉は。綺麗なものだな」

 しばらく、遺跡の中の通路を真っ直ぐ進むと突き当りに神々しく輝く玉がぽっかりと浮かんでいた。いかにも、といった輝きをアポロニオは面白そうに眺める。
 
「これを持って帰るだけの簡単なお仕事」
「それは楽だな。……で、どういうギミックがあるんだ?」

 輝く玉を眺めていたアポロニオが、後ろでニヤニヤと笑っているヴァッカリオを振り返って、不敵な笑みを浮かべる。
 
「取った瞬間に、四方八方から大量のモンスターが。それから逃げ切ればオッケー」
「ふむ……確かに、シンプルで簡単、だな」
「でしょ?ま、ものすごい物量だから、今までクリアしたことのあるプレイヤーは数少ないんだってさ」

特に少人数ではね、とヴァッカリオは付け加えた。

「しかし、この玉は持って帰って何に使えるのだ?」
「売ればかなりの金額になるし、おいらみたいなアルケミストならこれを基にして貴重な蘇生アイテムが作れるんだよ」
「ほう」
「……うん、金策の方はとにかく、アイテムの方はよくわかってないね?」

 ヴァッカリオに突っ込まれて、アポロニオはすっと視線を逸らした。そもそも、アルケミストが何たるかもよくわかっていないし、アイテムの重要性もよくわかっていない。現実世界のテクニックだけで無理矢理ここまで進めたログイン三日目の初心者なのだ、仕方ない仕方ない。

「作戦は取ったらダッシュで逃げる、以上」
「簡単だな。おおそうだ、帰りはお前が運転するんだったな?」
「めんどくさくなったから押し付けたでしょ……ま、いいけどさ。その代わり、追っかけてくるモンスターの相手は任せたよ?」
「はっはっは、それぐらいどうとでもなるだろう、任された」

 まあ、なんだかんだ言ってもヴァッカリオは兄の実力を信じているし、アポロニオだって弟がやる時はやれる男だと信じている。

「じゃ、いくよ……いち、に、さん!」
『グオオオオオオオ!!!!』
「出た!」

 ヴァッカリオが浮かぶ光玉を手に収めた瞬間、地面を揺るがすほどの大量のモンスターの雄叫びが響いた。すでに走り始めていた二人を追いかけるように、次々と地面から、天井から、壁から、四方八方からモンスターが現れる。

『遺跡を荒らす不届き者め……!今ここで、朽ち果てよ!』
「遺跡荒らしなのか私たちは!?」
「もしかしたら、このクエストが不人気なのってヒーローらしくないからかな!?」
「……かもな……!」

 かくして、正義のゴッドナンバーズである二人は、今日この日限りで遺跡荒らしにジョブチェンジすることになった。