狭い通路を走りつつ、ヴァッカリオが大剣を振るってモンスターを片っ端から切り払い、道を開けていく。追従するアポロニオはひたすらプロテクションを唱えつつ、ヴァッカリオが討ち漏らしたモンスターや、天井、背後から来るモンスターの始末だ。
「抜けた!」
ようやく、遺跡から飛び出した二人はそのまま乗ってきたバイクへと乗り込んだ。今度はヴァッカリオが運転席へ。アポロニオは、ヴァッカリオと背中合わせになるように後部座席へ乗る。
「アポロン・バスター!」
走り出したバイクの上で、揺られながらも追い縋ってくるモンスター達を人造神器の力で一掃していく。バランス感覚と、モンスターを的確に打ち抜くテクニック、それから広い視野があるアポロニオならではの芸当だ。
「プロテクション!」
「っと!さんきゅー!さっすがお兄ちゃん!」
「はっはっは、褒めても甘やかすだけだぞ!!」
それでいて、前や横から襲ってくるモンスターへの対処も忘れない。プロテクションで一時的にでも防ぐことができれば、後はヴァッカリオが片手で軽々と大剣を振るって始末した。
ヴァッカリオはヴァッカリオで、自動操縦とは言えそれなりに操作が必要なバイクを片手で器用に制御しつつ、進路の邪魔になるモンスターを人造神器の力で吹き飛ばしていった。
「あとちょっと……っ!」
モンスターを避けることすらできないほどの物量に、ヴァッカリオは弱そうな相手を見繕っては適当に跳ね飛ばしていく。
「おい!神力はもつのか!?」
「持たせる!」
ならいい!と怒ったような声でアポロニオから返事が来た。
むしろ、運転と人造神器と半々で動いているヴァッカリオと違って、アポロニオは人造神器をフル稼働して恐ろしいほどの、空を埋め尽くさんばかりの光線を生み出しているのだが、本人からギブアップの声が聞こえてこないということはまだまだ余裕なようだ。
トップヒーローの肩書は伊達ではない、ということだ。
「飛ぶよ!?」
「いけ!」
ヴァッカリオはいまいちど、バイクのハンドルを握りしめると、兄に押されるままに切り立った崖から一気に飛び出した。重力から解き放たれたバイクと二人の体がふわりと空中に放り出される。
「うおおおお!?」
「うっひゃー!!!」
それぞれ、奇声を上げつつも、バイクから放り出される。それでいて、器用に空中で姿勢を制御すると見事に地面に着地した。……バイクの方は、酷い音を立てて地面に墜落したが。
「……飛ぶ、ってそういうことか……びっくりした……」
「え、わかってなかったの!?」
「すまん、ノリで答えた」
「嘘でしょ……はあ~~~~」
がっくり、ヴァッカリオは肩を落とした。冷静沈着なアポロニオからまさかそんな適当な言葉が出てくるとは思っていなかったし、兄が太鼓判を押すのだから大丈夫だと思ったのだが……一歩間違えば、二人そろってクエストクリア寸前でゲームオーバーしていたかもしれない。
「とりあえずモンスターは振り切ったんだな?」
「うん、エリア外に出たからね……ああ、ほら、クエストクリアのマークがついてる」
ヴァッカリオが見せてくれた画面を見て、アポロニオはふんふんと頷いた。さすがに、クリアの文字ぐらいは読めるし、意味もわかる。
「やれやれ……まあ、久々に緊迫した楽しい戦いだったな」
「結構面白かったね……あーでもバイク、ダメっぽい。修理出さないとなあ」
購入してからわずか一時間。アリーナの賞金を全額投入したバイクを贅沢にも使い捨てにしてしまった。ヴァッカリオがバイクを起こすのを手伝いつつ、アポロニオはふと嫌なことを思い出す。
「ときにヴァッカリオ、バイクが無いということは、我々はここから歩いて帰らなければならないのか……?」
「あはははははは……そういうことデス」
アポロニオは天を仰いだ。遠いからという理由でわざわざバイクを買ったというのに、その肝心のバイクが無くなってしまうとは。
と文句を言っても始まらないし、そもそも運転をヴァッカリオに任せたのはアポロニオ本人なので。申し訳なさそうにするヴァッカリオの背中をポン、と叩いて街の方へ歩き始めた。
「まあ、そのバイクも修理すればまた使えるようになるのだろう?特に被害が出たわけでもないのだから、ゆっくり歩いて帰るとするか」
ぎこぎこ、変な音を立てるバイクを交代で引き摺りながら街へと歩き続ける。一仕事終えたあとの、穏やかな空気の中で、他愛もないゲームの話から、日常の話まで。ふとヴァッカリオがバイクを引き摺るアポロニオの背中に声をかける。
「……どうして、犯人はきょうだいばかりを狙ったんだと思う?」
「ん?……そうだな、これは私個人の推測になるが……」
一度、言葉を切ったアポロニオは歩みを緩め、ヴァッカリオが隣に追いついてから口を開いた。
「先日、『不幸の分配』と言った話をしたことを覚えているだろうか?やはり私はその線が強いと考えている。つまり、自分達双子が味わった苦しみをお前たちもわかれ、ということだ」
「……それで?」
「きょうだい揃って活躍している他人が妬ましく憎かったからこそターゲットにしたのではないかな」
ヴァッカリオは黙ったまま続きを促した。アポロニオは、アポロンフォース内の更生施設から上がってきた報告書に基づくものだが、と前置きして話を続けた。
「そもそも、彼女は……双子の妹と、一緒にヒーローになることを望んでいたようだ。ただ、母親は娘が危険な道を選ぶことを良しとしなかったようで……妹の方も、ヒーローにはあまりなりたくなかったようだ。薄々、自分の神話特性がヒーロー向きではないと気づいていたのかもしれない」
妹の神話特性で強く発現したのは『疫病』の力だ。確かにヒーローとしてはふさわしくないかもしれない。まだヒーローとしての心構えも、トレーニングも受けていない状態でそれに気づいてしまえば、自ら可能性の道を閉ざしてしまってもおかしくなかった。
「彼女が妹に期待していた理想の神話特性と現実のギャップ。ずっと一緒に仲良く過ごしてきた妹と、気持ちが通じてなかったとわかった時の絶望感。そう言った要因が重なって、今の暴走状態になっているのではないかと推測している」
「なるほどねえ……」
嘆息をもらしたヴァッカリオは、青空を見上げた。そこにあるのは、ゲームの中とは思えないほど綺麗な空だった。
「彼女は、妹に裏切られたと思ってしまったのかもしれないな……」
ぽつり、とアポロニオは呟き、ヴァッカリオとは反対に地面に視線を落とした。
しばらく、二人の間に沈黙が下りる。ざくざく、地面を踏みしめる音と、壊れたバイクから発生する軋んだ音だけが響いていた。
アポロニオの推測は筋が通っていて、何より、自身の経験を踏まえた上での、重い言葉だった。ヴァッカリオの心に、その言葉は重くのしかかる。裏切った思いは知っていても、裏切られた思いをヴァッカリオは知らない。予想することはできても、真実は相手の心の中にしかなくて、他人である限りそれを手中の収める手段はないのだ。
「……早く、彼女を助けてあげたいね」
ようやく口を開いたのは、ヴァッカリオの方だった。自分の視界の下に映る、いつもと違う色合いのつむじを見下ろしながら、どうにか絞り出した答えだ。
ヴァッカリオの声に、足を止めたアポロニオはその顔を見上げ、ゆっくりと微笑んだ。
「全く、そのとおりだ」
そうして、またアポロニオは歩き始める。続けられた話は、さきほどの空気を払拭させる内容で、とても力強い声であった。
「ヴィランとは言え、まだ十分にやり直せる歳だ。うまくいけば、アポロンフォースの方で妹と一緒に引き取る話も上がっている」
丸くなったね、と茶化すこともなく、ヴァッカリオはその話に乗ってつとめて明るい声を出した。実際、あの孤独を抱えた少女には、とても良い未来なのだろう。
「へえ!二人で一緒にいれたら、もう道を踏み外すこともないんじゃないかな」
「あれだけの神話還りの力が強いのだ、うちのフォースがきっちり見導いてみせるさ」
さすが天下のアポロンVI様、すごい自信だ、と今度はまぜっかえす様にヴァッカリオが茶化せば、アポロニオは自慢の部下達なのでな、とヴァッカリオの茶化した言葉を鼻で笑い飛ばした。
翌日。ログイン前の報告会で、作戦本部のメンバーが固い顔をして犯人の少女の動きを報告した。明らかにこれまでと動きが違い、ネットワーク内でのシステム改竄がストップしているだけでなく、現実世界の方でも朝から部屋に引きこもっているとのことだった。
「動くなら今日、だな」
「だろうね……ちゃんと釣れてるかな?」
「あれだけ派手に動いて釣れてなかったら骨折り損のくたびれ儲けだ」
念のため、アポロニオとヴァッカリオ以外の全プレイヤーも監視及び保護対象として、今日は全メンバーで対応に当たるのだという。すでにバックアップメンバーは準備を終えており、あとは二人のログインを待つだけ。
一応、いまいちど肉体データのプロテクトや、万が一作戦に失敗したときのリカバリープランについて突き合せる。主にアポロニオが指示を出すのを横目で見ながら、ぼんやりとヴァッカリオは端末の日付を見た。
「ああ……そうか、だから今日動くのか」
日付が示していたのは、世間一般的な夏休みの終わり。犯人が学生であるということをうっかり忘れていたが、恐らく、今日が彼女にとってもゲームで『遊べる』最後の日なのだろう。
「夏休みの思い出にしちゃあ、ちょっと物騒じゃないか?」
一歩彼女が矛先を変えていれば、死人が出ていたかもしれないし、もっと大事になっていたかもしれない。例えば、人質を取って英雄庁を脅すとか。夏休みの自由研究でテロを起こしましたなんて、洒落にならない。
それでも、ゲームのルール内あるいはシステム内で『遊んで』いるのだから、やはり悪には堕ちきっていないのだろう。
「何の話だ?」
「いや、最近の子供ってすごいなあって」
「ああ……それについては全力で同意する。しかし、お前もまだまだ若いのだから、そんな歳をとった物言いをしなくても良いのだぞ」
「お兄ちゃんから見れば若いかもしれないけど、おいらももういい歳だからね?わかってる??」
アポロニオはにっこりと笑みを浮かべるといつものように「背中にひっついていたあの頃からお前は変わってないよ」とすぐにでも眼科に連れて行きたくなるようなセリフをのたまうのであった。
もうすぐ、少女の夏が終わりを告げる。