月陽エクリプス - 7/9

 一人になったアポロニオが次のフロアでモンスターを片付けた後、思い出したように作戦本部へと連絡を入れた。自分では心を落ち着けたつもりだったが、やはりかなり動揺していたようだ。
 事情を説明し、ヴァッカリオの肉体データに問題がないかを確認してもらう。今のところ無傷であり、問題はないとの回答だった。少しだけ、安堵の息を漏らす。
 
「さて、さっさと片付けて……英雄庁に特別手当と特別休暇の申請を叩きつけるとするか」

 そこからのアポロニオは、悪鬼羅刹の如くモンスターを討伐して次々とフロアをクリアしていった。幸いにして、神力は溢れるほど余っていたし、いざとなればヴァッカリオから譲り受けたアイテムも大量に持っている。
 いくつ、フロアをクリアしたものか。アポロニオが数えるのも面倒くさくて手当たり次第にモンスターを倒しまわって突き進んだ結果、ついに全くこれまでと異なる雰囲気の空間に行き当たった。どうやら、終着点のようだ。
 その空間はこれまでの岩肌と違い、滑らかな素材の壁と床になっており、毒々しい紫の色合いが目に痛かった。
 
『よく来たなヒーローよ!』
「うるさい死ね」

 アポロニオは簡潔にそう言って矢をつがえると、何かもごもごと喋っている人間のような形をしたモンスターを射抜いた……はずだったが、それはそのモンスターの目の前で見えない壁に阻害されて弾き飛ばされた。
 ゲーム慣れしていないアポロニオにはわからぬことだったが、要はこれは『イベント』であり、その最中の攻撃はすべて無効化されるのであった。ラスボスがしゃべっている最中に攻撃するような無粋な真似はよろしくない、ということだ。
 その人間のようなモンスターが指を鳴らすと、見たこともない大型のモンスターが、魔法陣の中から一体現れる。空想上のドラゴンのような姿をしていた。
 が、そのようなこと、アポロ二には全く関係なく。攻撃を無効化されてイライラしていたアポロニオはさっさと両目を潰し、痛みに口を開けたタイミングを狙って、そこにいくつも矢を叩きこんだ。
 ドラゴンはブレスを吐く暇も、咆哮を上げる暇も与えられず、光となって消えていく。
 
「今のが最後か?」

 ふう、と息を吐くと、アポロニオは作戦本部から届いた状況報告に耳を傾ける。どうやら、犯人の少女の予想以上にアポロニオの進行が早かったらしく、今、人質のデータ拘束がかなり疎かになっているらしい。十人中、一般市民の四名分は救出できたというのだから上々だ。
 もうしばらく、相手を頼みます、と言われたアポロニオはもう一度、目の前のモンスターに厳しい視線を投げかけた。このモンスターの向こうに、犯人の少女がいるわけだ。本来であれば、悪事をやめるようにと説得するところだが、今の彼女にそれは逆効果。じわじわとヘパイストスフォースのメンバーが追い詰めているのだから、アポロニオがやることはただ一つ、さらに少女がムキになるように出てくるモンスターを倒し続ければ良いだけ。
 
「らすぼす、と言ったか。ほら、次のモンスターを出せ。いくらでも相手してやる」

 挑発するような物言いに、ゲームのシステムではなく、端末の向こうにいる少女が「動く」気配をアポロニオは肌で感じた。長年、様々なヴィランと対峙してきたベテランの感覚が、ピリピリとした緊張をもたらす。

『……ねえ、あなた、もしかして、現役のヒーローじゃない?』

 それまで、目の前のモンスターが発していた低い男の声ではなく、女の、それも若い声。かかった!とアポロニオは確信した。もちろん、すぐに作戦本部へとメッセージを飛ばす。
 
「現役だ、と言ったら?」
『別に……じゃあ、アンタが殺したあのきょうだいも、ヒーロー?』

少女の意図をはかりかねて、答えに困る。が、下手に気を回すのも面倒くさいな、と思い直してアポロニオは正直に答えることにした。

「そうだ。私の自慢の、素晴らしいヒーローだ。実に立派な弟だぞ」
『弟?嘘でしょ、どう考えても向こうの方が年上じゃん……アンタ、ゲームのやりすぎで頭おかしくなったんじゃない?』

 なんだこのクソガキ、と思いはしても口に出さないのが品行方正なアポロニオだ。それに相手は子供。大人の自分がムキになることはない。

「……このゲームはまだ始めて四日目だが」
『四日目でここまでくるのおかしいでしょ。……アンタ達、何者?ねえ、ヒーローなら私のこと捕まえにきたんでしょ?』

 せせら笑うかのような声で、少女がアポロニオを挑発する。おや、とアポロニオは不思議に思った。これまでの少女の動きからすれば、捕まらないようにすぐに現実世界で身を隠すはずだが、今はこうやって会話を続けている。
 
「いいのか?逃げなくて。今すぐヘパイストスフォースが君を捕まえに行くぞ?」
『なあに、君って。気持ちわるっ!変な言葉遣いしちゃってさ、オッサンみたい。私と同い年ぐらいじゃないの?』

 相手は子供相手は子供相手は子供。三回心の中で繰り返し呪文を唱えてアポロニオは深呼吸を三回繰り返した。オジサンなのはもう事実だからどうしようもないが、全く面識のない赤の他人になぜいきなりオッサン呼ばわりされなければならないのだろうか?
 
『捕まえに来るって言ってもさ、ヘパイストス区の法律なら捕まらないもんね』
「大した自信だな」
『だってもう、ゲームは終わり!アンタはここでゲームオーバー!私はさっさと逃げる!』

少女の狂笑にアポロニオは片眉を上げた。到底、正気とは思えない。

『ここまで来たのはアンタが……アンタたちが始めて。ここに呼んだヤツらはどいつもこいつも途中でゲームオーバーしたわ。だって二人がかりじゃないとクリアできないんだものね。途中で片割れがいなくなった途端、すぐにダメになっちゃう』

 アポロニオは口を挟むことなく、黙って話を聞く。自分の役割は時間稼ぎなのだから、こうして少女がべらべらとおしゃべりしてくれるなら願ったり叶ったりだ。……たとえ、それが非常に不愉快な内容だとしても。

『きょうだいなんて言っても、平気で相手も殺すし、それでいて一人になったらなーんにもできなくて、ねえ、なんで二人でプレイしてんの?バカじゃないの?最初から、一人で遊べば良かったのよ。そうすればこんなに悲しくて苦しいことなんてなかったのよ?』
「君は……」

 少女の言葉は、アポロニオに話しかけているようでもあり、独り言をただ、とりとめもなく叫んでいるだけにも聞こえる。そして、アポロニオには、その言葉の数々はは少女自身へ向けたもので、心の悲鳴に聞こえた。

「妹と、一緒に遊びたかったのか?」
『!!!……違う、あんな子のことなんて知らない。勝手にすればいい』

 さきほどまでの強い声音から一転して、少女は怯えた様な、震えた声でアポロニオの問いかけに応えた。
 
「君の妹なら、更生施設でしっかりと神話特性のコントロール訓練を受けている。もう少しすれば、施設を出て――」
『うるさいうるさいうるさい!!!あんなヤツのこと、どうでもいいわ!!』
「仲が良かったのだろう!?ケンカしたとしても、また仲直りすれば……!」
『仲直りなんてできるわけないじゃない!!だって、私は、あの子に……ああ、あの子は私のせいで、あんなことに、私のせいなの……わたしの……』

少女の血を滲ませたような、悲痛な叫びがアポロニオの耳を打った。アポロニオが次の言葉を紡ぐより早く、少女が低い声で宣告する。

『ううん、もういい、アンタと話していても時間の無駄。私、さっき言ったわ。一人で遊んでれば苦しまずに済んだって。二人で仲良くしてるから、罰を受けるのよ。……思い知るがいい』

 最後の言葉は、少女ではなく低く、重い男の声だった。ああ、そういえば『らすぼす』というキャラもこの空間にはいたな、とアポロニオは思い出した。現実からゲームの世界に、急に引き戻される。
 そうして、あのラスボスがドラゴンを呼び出した時のように指を鳴らす。魔法陣が現れ、その中から出現したモンスターは――。
 アポロニオは、ひっと喉を引き攣らせる。
 
「ヴァッカリオ……おい、冗談はよせ……!」
『冗談でもなんでもない、……私たちは最初から、一人で生きるべきだったの。きょうだいなんていらない、わかってくれないなら、そんなの……』

 少女の言葉が切れると共に、魔法陣の中から現れたヴァッカリオは大剣を振りかざしてアポロニオに襲い掛かってきた。咄嗟に回避行動をとり、その姿を改めて視界に収める。
 間違いない、装備品から何から何まで、さきほど別れた弟に違いない。それこそ髪の色も瞳の色もゲーム内のものではあるけれど……その顔立ちを、アポロニオは見間違えるはずもなかった。

「ヴァッカリオ!しっかりしろ!」

 名前を呼ぶが、その青い瞳に光は戻らない。完全に、向こうの支配下に置かれているようだった。
 チッ、と舌打ちしてアポロニオは回避行動を取りつつ、様子を伺う。作戦本部に今、起きたことを連絡してみるが、向こうは向こうで大詰めを迎えているようで芳しい答えは得られなかった。肝心なところで役に立たない、と悪態をつきそうになるが、ぐっと堪える。
 何やら、黒いオーラのようなものがヴァッカリオの体を包み込む、と同時に、急激に攻撃スピードが上がった。避け切れず、咄嗟にプロテクションを唱えたものの、ヴァッカリオの蹴りはシールドを割り砕いて、アポロニオを打ち抜いた。ごろごろ、地面を転がるがすぐに立ち上がってヴァッカリオの追撃を避ける。
 
「お前と私で近接戦闘なんて、私の負けに決まっているだろう……!」

 距離を取って何発も矢を放つが、ヴァッカリオは軽々と回避する。そうでなくても、大剣の一振りで払い落されてしまうのだ。
 アポロニオは気づいてなかったが、定期的に『らすぼす』がヴァッカリオに対してステータスアップの支援を行っていたのだ。もともと、強いヴァッカリオがさらに強化される、となれば、アポロニオも本気で取り掛からなければならない。……本気を出したところで、勝てる見込みは薄いのだが。
 
「おい!戦いを見ているんだろう!?どうしてこんなことをする!?」
『どうしてって、いったじゃない、あなたたちはふたりであそんでた、ばつをうけるのよ。ふたりであそんでなければ、あのこは、あんなことにならなかった、だめなの、ひとりであそんでないと、ひとりで……」

 虚ろな、うわ言のような声にアポロニオは顔をしかめた。恐らく、神話還りの力を使いすぎて神力が枯渇し始めているのだろう。無茶苦茶な使い方をすればどうなるか。それは今、アポロニオの目の前で暴れている弟の体が証明してくれている。
 作戦本部へ状況を確認するが、人質の救出は残り二人。それが終わってから、少女を確保。もう少しだけ、時間を稼ぐ必要がある。しかし、少女の方も体は限界だ。
 どちらが早いか。人質を救うのか、それとも、少女を救うのか。その気の迷いが、いけなかったのかもしれない。

「……こういう時、お前なら良い手を見つけて、両方救えるのだろうな……ヴァッカリオ」

 大剣に胸を貫かれて、アポロニオはゆっくりと瞬きをした。元々、勝ち目の戦いを無理やり逃げ回っていただけだ、一瞬の気の緩みが即死に繋がるのは当然であった。

「あ……おにいちゃん……?」

 大剣を下すとともに、ずるり、とアポロニオの体も剣から抜け落ちて地面に転がる。同時に、ヴァッカリオの瞳に光が戻り、呆然と、横たわる兄の体を見つめた。
 
『ほら!ほらほらほらほらほらほらほらほら!!!!ふたりであそんでるから!!!!ざまあみろ!!!』
「うるせえ!!!」

 狂った少女の言葉をヴァッカリオが一喝する。気迫に押された少女は言葉を止め、空間に静寂が訪れた。
 
「……ったく、子供にしたって、やっていいことと悪いことがあるだろ……っ!」

 ゲーム内のことだから、とヴァッカリオは頭を振るが、それでも兄の胸を貫いた感触が手に残っている。さきほど、自分のことを殺したアポロニオも同じ後味の悪さを感じていたのだろう。
 本当に、英雄庁に特別手当と特別休暇をもらわなければ割に合わない任務だ。