月陽エクリプス - 8/9

『あなたは、ふたりであそんでいたから、ばつをうけただけなのよ?それだけなのよ?ひとりであそぶのが、ただしいの』
「あーそうかいそうかい……はいそうですか、と犯人の言うことを聞くほど大人しい人間じゃないんでね。悪いけど、もう一度『二人で』遊ばせてもらうよ」

 ヴァッカリオはアイテム画面を開いて素早く操作をすると、あるアイテムを作った。そして、アポロニオを抱き起してそのアイテムを飲ませる。
 
『!!!!!どうして!そうしてアンタがそのアイテム持ってんの!?』
「昨日。手に入れたんだよ、二人がかりでサクッとクエストクリアしてな。……お前、俺たちをどうやって嵌めるか考えるのに夢中になってて、監視を怠ったな?」
『嘘嘘嘘嘘嘘、持ってても、だって、普通は使えない……アッ!?』

 多少、正気を取り戻したような少女が何かに気づいたように絶句した。ヴァッカリオは、端末の向こうにいるだろう少女にニヤリと笑いかける。
 
「俺のセカンドジョブのこと、忘れていたな?詰めが甘いんだよ」
「……そういうところは、本当に子供だな」

 やれやれ、とゆっくりと身を起こしたのはアポロニオだった。ヴァッカリオに支えてもらいながら立ち上がると、自身にヒールを何回もかける。
 
『アルケミスト……!で、でも、レベルが……!』
「おかげさまで、今の戦いでレベルがたっぷり上がったんだ、調合できるまで、な」
「私のおかげということだな」
「それは違うと思うよ、お兄ちゃん」

なぜか胸を張るアポロニオに軽くツッコミを入れる。その二人の姿は、いつもの姿と変わらなかった。

「あきらめたらどうだ?大人しく、ヘパイストスフォースに保護を――」
『まだよ!!まだ!!私は負けないんだから!』

 少女の叫び声と共に、奥に見覚えのある人影が現れた。それを見たアポロニオとヴァッカリオは思わず顔を見合わせる。

「……そういえば、最初にお兄ちゃんが導入の説明やってくれてたね」
「あれは動画ではなくて、ゲーム内のデータを使ってモデルを構築し、動かしていたのだな……」
『アポロン・バスター・メギストス!』

 聞き慣れた声に、アポロニオとヴァッカリオは全速力で駆け出して、地面を転がり、自分たちが元居たところに大きなクレーターが空くのを見て顔を青くした。

『このゲームで一番強いデータ!!いっちゃえ!!!』
『エンド・オブ・ミュートス!』
「ぬわーっ!!」

 煙の向こうから、襲い掛かってきた長身の男に悲鳴を上げて二人はかろうじてその大技を回避した。顔色は青から白へと変わりつつある。
 
「お前もかヴァッカリオ!」
「いやいやいや、なんでおいらのデータあるの!?おかしいでしょ!?」
『エンチャント・エロス!』

続いて響いたアフロディテIXの声に、アポロニオとヴァッカリオの顔色はついに白を通り越してついに土気色になった。

『アポロン・バスター・メギストス!!」
「エンチャント付きはやめろ!私ですら数回しか撃ったことないんだぞ!!うらやましい!!!」
「お兄ちゃん本音漏れてない!?」

 狭い部屋の中をほとんど埋め尽くす光が、ヴァッカリオとアポロニオの体スレスレを通っていく。そうしてギリギリで避けたところで、ディオニソスXIIが大剣を持って襲い掛かってくる。見事な連携プレーだった。

「偽アポロンVI、偽アフロディテIX、偽ディオニソスXII……もういないだろうな、無理だぞこれ以上は……」
「っていうか偽ハデスIVとか出てきたらおいらのメンタルが死ぬからやめて」
「安心しろ、それは私も死ぬ」
「ええ……死ぬときは一緒ってヤツ?」

 無駄口を叩きながらもアポロニオは隙を見ては矢を放ち、偽アフロディテIXのエンチャントを阻害し、偽アポロンVIの射線を逸らさせる。ヴァッカリオはヴァッカリオで、飛び込んできた偽ディオニソスXIIの相手だ。もちろん、鍔迫り合いなんかしようものならあっという間に武器ごと砕かれてしまうので、どうにかこうにか、攻撃を受け流している。

『アポロン・バスター・メギストス!』

 何発目かの攻撃をスライディングしながら避けて、アポロニオは目を瞬かせた。

「それにしてもあの技、無茶苦茶な威力ではないか?」
「お兄ちゃん、この前あの技で巨神兵もろともアポロンシティ吹っ飛ばしてたよね?」

こんなのの比じゃないぐらいでしょ、本気は、とヴァッカリオがうんざりした声で続けた。そこまでの威力はゲーム内で再現されていないのが幸いだった。再現されていたら、逃げ場なく一瞬でゲームオーバーになっていただろう。間違いなく。

『~~~~!どうして!なんでアンタ達、やられないのよ!?相手はゴッドナンバーズなのよ!?』
「本物に比べると、やはり連携もひどいものだし、使う技や動きも単調だからな。逃げるだけなら……。さきほどのお前の方がよほど手ごわかったぞ」
「……なんでそこでキラキラした目でこっちを見るのさ。そういうとこだよ、お兄ちゃん」

 む、とアポロニオが表情を変える。足が鈍ったアポロニオをひょい、とヴァッカリオが小脇に抱え上げて偽ディオニソスXIIの攻撃を避けた。
 何かしら、ぼそぼそと口を動かしてしゃべり、しばらくしてからヴァッカリオの顔を見上げた。その間、一人で攻撃を避けきったのを誰か褒めてくれ、とヴァッカリオは心の中で叫んでいる。

「人質の救出は完了したようだ。あとは、本体の確保のみ……」
『!?きゃっ!!なにっ!?!?』
「ああ、言ってるそばから……やれやれ、ようやく終わりか……」

 端末の向こうで何かしら悲鳴が上がり、ガタゴトと音がして、ぶつり、と通信が切れるような音がした。
 
「……それは良いのだが、どうやったら我々はこの地獄から抜け出せるのだ?」
「さあ?とりあえず、全部倒す?……もう、誰も見てないだろうし」
「おお、それもそうか!では、遠慮なく……」

ウキウキ、声を弾ませたアポロニオがヴァッカリオの手から離れて地面に降り立つ。そして、いつものあのワードを。

「目覚めよ、神器!」

 途端、黒の髪も赤の瞳も、金に染まる。ゲーム内の装備の上から、上書きするかのようにいつものコスチュームが現れた。
 
「やっぱり見慣れてる姿が一番だねえ……じゃ、おいらも!目覚めろ、神器!出番だぜ!」
「!そうか、この空間ならお前も気兼ねなく変身できるのだな!」

アポロンVIは白から金の髪に変わり、月桂冠を抱くディオニソスXIIの顔を見上げて嬉しそうに言った。

「そういうこと。……こちとらひどい目にあってストレスがたまってんだ、ちょうどいい相手になってもらう!いくぞ、アポロンVI!」
「ああ、久々の共闘と行こうかディオニソスXII!!」

 駆け出したディオニソスXIIの後ろから、アポロンVIが矢を放つ。それはディオニソスXIIに一本も当たることなくすり抜け、向かってきた偽ディオニソスXIIの足止めをした。後ろを見なくても、アポロンVIがどういう動きをしてくれるかわかっている。振り返る必要などない。

「悪いが、データが一緒でも、お前には負ける気はしねえよ」

軽くジャンプして神剣ザグレウスを空中上段から渾身の力を込めて振り下ろす。偽ディオニソスXIIは持っていた大剣でそれを受け止めようとしたが、ディオニソスXIIはその剣ごと、まとめて切り裂いた。
 大剣を折るのではなく、文字通り切り裂いたその力。神剣ザグレウスだから、ではなく、純粋にディオニソスXIIのパワーとデータには現れない技術力の高さゆえ。

「自分を切るってのも気持ち悪いもんだが、さっきの感触よりよっぽどマシだぜ」

 目の前で光となって消えた偽ディオニソスXIIを見下ろして、呟いた。少しだけ感傷に浸った後、すぐにディオニソスXIIは飛び上がり、高火力同士の争いに巻き込まれないように離脱した。
  
『アポロン・バスター・メギストス!』
「力比べと言うのも悪くないな……アポロン・バスター・メギストス!」

 正面から飛んでくるその光線に焦ることなく、アポロンVIも全く同じ技名を叫び、力を込めて技を放つ。その光は、当然のように偽アポロンVIの児戯にも等しい紛い物を打ち砕き、偽アポロンVIと後ろに控えていた偽アフロディテIXを巻き込んで、地面や天井をめくり上げながら止まることなく部屋の壁に当たり、酷い爆発音とともに四散した。
 巻き込まれた二人の姿は影も形もなく、残ったのは壁にできた大きなクレーターだけだった。
 
「なあ、アポロンVI、さっきまで俺もあそこにいたんだが?」
「お前なら避けると信じていたからな」
「無茶ぶりはやめろ、殺す気か」
「失礼だな、そんなことをするわけがないだろう……ところで、もう敵はいないのか?まだ私は一発しか撃ってないぞ?」

 うずうず、次なる獲物を探すアポロンVIだったが、非常に残念ながら現れたのはモンスターではなく、謎の光柱だった。そして、穏やかな女性の声でアナウンスが流れる。
 
「……つまり?」
「ゲームクリア、だとさ」
「なんだと……待て、あれで終わりなのか?あんな弱いカカシみたいなヤツが?」
「カカシって……いや、一応、最強データだから強いはずなんだけどな……まあ、とにかく、作戦は終わりみたいだし、戻ろうか、お兄ちゃん」

 変身を解いたヴァッカリオにそう呼ばれて、アポロンVIは悔しそうに地団駄を踏んだものの、あきらめて変身を解いた。
 
「一発しか撃てなかった……クソ、偽物の方がゲームを楽しんでないか!?」
「知らないよそんなこと言われても……まあ、おいらももう一度ぐらいは気兼ねなく変身して暴れたい気持ちはあるけどねえ……」

 あんなに連射して、うらやましい限りだ、文句を言うアポロニオを引っ張って部屋の中央に現れた光柱に触れる。次の瞬間には、見たこともない豪勢なパーティー会場に二人は存在していた。しかし、恐らくこれはエンディングと言うものなのだろう。
 それを裏ルートから見てしまうのは忍びないし、何より、アポロニオはやっぱりゲームのことをよくわかってなさそうだったので。ヴァッカリオはアポロニオの画面を勝手に操作してログアウトさせると、自身もすぐにログアウトした。