月陽エクリプス - 6/9

 ログインしてさっそく、二人のもとに運営から『特別メッセージ』が届いていた。何だこれ、と操作に手間取るアポロニオを放置して、ヴァッカリオがメッセージ内容を確認する。
 
「ははあ……そう来たか」
「な、なんだ?何のメッセージなんだ?」

ちょっと待ってて、とヴァッカリオは先に作戦本部に状況を説明する。
 ヴァッカリオの予想通り、そのようなメッセージは運営から送っていないとのこと。間違いなく、犯人の少女が送信元を偽装して送ってきたのだろう。とりあえず、そのデータは本部側で解析をしてくれるらしい。
 ここまでの本部とのやり取りをアポロニオに説明してやる。ふむ、と少しだけ考えた様子だったが、すぐに結論を出した。
 
「我々も釣られてやるとするか。……ここからは、ひたすら向こうの意識を引き付けて、時間稼ぎをすれば良いのだな?」
「そういうこと。一応、装備品とかアイテムとかチェックしておくか……」

 ヴァッカリオが何やら街の中の道具屋や防具屋巡りをして、古い装備を下取りに出したり、アイテムを売り払ってまた新しいアイテムを購入するのをアポロニオはやっぱり後ろにくっついていきながら見守った。……馴染んだと言っても、やっぱりゲームはオジサンには難しかったもので。
 結局、最後までヴァッカリオに丸投げだったなあ、と多少は反省したものの、まあ後は働きで取り返せばいいか、と勝手に納得しているアポロニオであった。ヴァッカリオがその脳筋とも言える発想を聞けば、間違いなく大きなため息をついただろう。

「よし、じゃあ行こうか……そこのメッセージの下にさ、ボタンあるでしょ」
「これか?」
「そうそう、それを押すと、犯人の女の子が用意した『特殊ダンジョン』にテレポートするんだってさ……なんかわかってなさそうだけどまあいいや、押せばいいんだよ押せば」

 説明するより体験してもらった方が早いし、どうせ押さないと作戦も進まないので、さっさとヴァッカリオはメッセージについていたテレポートのボタンを押した。転送が始まる寸前に、目の端でアポロニオも同じように転送の光に包まれているのを確認する。ここで操作に手間取って離れ離れになっていたら目も当てられない大惨事になるところだった。
 
「ここが……なんだったか」
「特殊ダンジョン。これ絶対向こうに呆れられてるんじゃないの……」

ヴァッカリオの呆れた声は、小さな呟きとなって何もない空間に消えていった。
 転送された空間は昨日、あれだけ暴れまわった遺跡と似たような造りになっており、ごつごつとした岩肌を積み重ねた壁と床、それから松明の炎がちらちらと燃え動いているだけで、それ以外には何もなかった。
 
「む……ログアウトができなくなっているな」
「本当だ……ああ、運営への問い合わせもできなくなってるっぽい」

 軽く状況を確認してみれば、完全にゲームの世界からは切り離された閉鎖空間になっていることがわかった。とは言え、今回はしっかりとバックアップがなされているので、そちらの特殊回線は生きている。
 作戦本部に状況を報告し、何回かやり取りした後にアポロニオは少しだけ眉を寄せた。
 
「向こうから見ると、我々二人が突然ゲーム内からデータが消えたことになっているようだ……いざという時の脱出は不可能かもしれないとのことだ」
「ええ……それって結構ヤバい?」
「さっさと犯人を捕まえてシステムを元に戻してもらえば問題ない」
「結局そうなるかあ……まあ、進むしかないね」

ヴァッカリオの言葉に、アポロニオもうむ、と頷いた。
 特殊ダンジョン、と言われていてしかも犯人が用意したものだから一体どんな極悪ギミックが、と戦々恐々としながら次のフロアへと足を踏み入れた二人であったが……。
 
「思っていたより楽だな」
「この前の超高難度クエストの方がキツかったかも……」

 出てくるモンスターの質も数も、通常より少し強い、ぐらいであって、二人の敵ではなかった。確かにフロアを進むごとに罠や倒し方が特徴的なボスモンスターが増えてくるようになったが、それでも致命的なことにはならない。
 
「なんだか、嫌な予感がする」
「そうか?……まあ、ゲームに詳しいお前が言うならそうなのだろうが……」
「いや、ゲームがって言うかさ……ここまで、大人たち相手に大立ち回りしてる子だよ?こんなので終わらせると思う?」

 それは……と、言いかけて、アポロニオは口を噤んだ。犯人の少女が抱えた闇は深く、重く、絶望と憎しみは計り知れない。そうでなければ、何人もの善良なる市民に危害を加えようなんて発想に至らないだろう。
 
「それに、この程度のダンジョンだったらおいら達じゃなくて、前の人たちだってクリアできるはずだよ」
「なるほど……確かに」

 気を引き締めたアポロニオとヴァッカリオは油断することなく、モンスターを倒して次々にフロアを攻略していく。二時間のプレイ制限も、この空間では作用しないようだった。そもそも、表示されるはずの時計も午前零時を示したまま止まっている。
 じわり、と滲む焦りと言い様のしれない不安感。そして、ヴァッカリオが感じていた嫌な予感は的中する。
 
「これはまた……子供の考えることか!」

 とあるフロアに踏み込んだ二人は、入ってきた扉が音もなく消え、さらに進むべき道も見当たらない行き止まりにぶち当たってしまった。部屋の中央に置かれた石板に書かれていたのは、アポロニオが思わず叫んだように、子供が考えたにしては残酷すぎるクエスト。
 
「『どちらかが相手の息の根を止めないと出られない部屋』ねえ……いや、こういうのさ、SNSで流行ってるネタだけど……他人に対してやるもんじゃあないでしょうよ」

ヴァッカリオも嫌悪感を隠そうともせず、ため息をつく。
 沈黙。アポロニオが憂さ晴らしなのか、調査のつもりなのか、壁に向けて矢を撃ってみたが、何も変化は訪れなかった。ただ、岩肌の壁にぶち当たった音だけが響く。

「とりあえず向こうに状況を伝えてみたが……打つ手はないそうだ。全く何のためのバックアップなのか」
「まだこっちの所在も掴めてない?」

ヴァッカリオの問いに、アポロニオは苛立ちを隠さずに頷いた。向こうは向こうで、ゴッドナンバーズ二人が行方不明になってしまったことでてんやわんやの大騒ぎになっているようだ。それと同時に、犯人の少女が不正アクセスを行い、システム改竄を行っている証拠集めに必死になっていた。

「さて……見てよ、これ制限時間付きだって」
「本当に趣味が悪いな。最近の子供は、こういうものを平気で考えるのか?」

 えすえぬえすとやらの規制を考えた方が良さそうだ、とアポロニオはムスッとしたまま言い放った。可哀想に、次の長期休みまでには子供たちからSNSが取り上げられることは間違いないだろう。
 
「……非常に不愉快ではあるが、次のフロアに行くためにはこれをやらなければなるまい」
「うええ……やだなあ、いくらゲームとは言え……」
「おい、私だって嫌に決まっている。お前の息の根を止めるなどと……夢の中でもやりたくない」
「死んで詫びろとか言ってなかったっけ?」
「忘れろ」

スパッと切り返されてヴァッカリオは肩をすくめた。まあ、こういう冗談を言い合えるようになったのも、割と最近になってからだ。それだけ、お互いにあの期間のことはトラウマになっていると言っても過言ではない。

「どっちがどうする?」
「難しい問題だな……面倒くさい、コインで決めるか?恨みっこなしだ」
「いいんじゃない、それで」

 アポロニオもヴァッカリオも、いざとなれば命を差し出す覚悟などとうにできている。それに、今回はあくまでもゲーム中のことであって現実で死ぬわけではないのだから幾分か気が楽だ。ログイン前に散々に念押しして肉体データのプロテクトを確認しておいたかいがあった。
 
「表が出たらお前が私を殺せ。裏が出たら私がやる。それでいいな?」
「はーい」

 アポロニオの物騒な言葉に気だるげに返しながら、ヴァッカリオは宙を舞うコインを目で追った。できれば、裏が出て欲しい。もし、自分がコインを投げていたらイカサマでもして裏が必ず出るようにしただろう。……兄は、真面目で真っ直ぐだ、そのようなイカサマなどせず、正直にいたって普通にコイントスをしてくれるに違いない。
 
「結果は?」
「……裏だ、クソッ」

アポロニオは口汚く罵って、自分が投げたコインを握りつぶした。ヴァッカリオが期待した裏。つまり、アポロニオがヴァッカリオの息の根を止めることになる。

「えーっと……ごめんね?」
「最悪だ、夢見がまた悪くなる」
「まあまあ、ゲームなんだからさ……」
「そうは言うがな、このゲーム、どれだけ現実に近いと思っているんだヴァッカリオ……」

 アポロニオの嘆きに、ヴァッカリオは口を尖らせてそんなのわかってるよ、と答えた。それは死ぬほどわかってる、まあ、今から本当にゲーム内とは言え死んでしまうのだけれど。
 さて、自分がここでリタイアだとわかったからには、持ち物の整頓だ。買っていた回復アイテムをアポロニオに渡し、念のため、残り僅かな金もすべて渡す。……いまさら、アイテムの使い方を慌てて教える羽目になるとは思わなかったが。
 
「嗚呼、最悪だ、なんでこんな目に合わなければならんのだ、胃が痛いし吐き気もする、特別手当を英雄庁に申請するぞ私は」
「それがいいんじゃない……ついでに、休暇取ってよ。また料理でも作って埋め合わせしてくれればそれでいいよ」

 ヴァッカリオから預かった大剣を持ったアポロニオは、その弟の言葉に喉を詰まらせた。
 
「……お前な、ゲーム内とは言え、そういうこと言うのはやめろよ本当……泣くぞ」
「えっ、泣かないでよ、ちょっと、やめてって」

 慌てた様子のヴァッカリオに、アポロニオはやっぱり涙腺が緩んでしまって、袖で拭った。こんなのゲームだから大丈夫、などと言い切れるほど、アポロニオはゲーム慣れしていないのだ。
 
「向こうを向いていてくれるか」
「うん……お兄ちゃん、後は頼んだよ」

 地面にあぐらをかいて座ったヴァッカリオの後ろに、アポロニオは大剣を掲げて立った。一息に、背中から心臓目掛けて大剣を突き刺す。何人もの極悪人を始末してきたアポロニオだ、失敗するはずもない。
 ヴァッカリオの頭上に表示されていた体力を示す数値は一瞬でゼロになり、アポロニオが大剣を引き戻せば弟の体はぐらりと崩れて倒れた。
 
「悪趣味だ、本当に……」

 モンスターであれば、体力がなくなった時点ですぐに光となって消えていく。だというのに、ヴァッカリオの体はまだ地面に横たわったままだ。血が噴き出さないのが、せめてもの救いだろうか。もし、そこまで完全に再現されていたらアポロニオは平静を保っていられなかったかもしれない。
 持っていた大剣をゆっくりとヴァッカリオの隣に寝かせる。持っていても、アポロニオには使いこなせないものだ。弟を殺すためだけに預かった、大剣。
 しばし、深呼吸を繰り返して心を落ち着ける。そうして、無理矢理にでも視線をヴァッカリオから剥がしてみれば、次のフロアへの扉が現れていた。まだ、自分の役目は終わったわけではない。
 
「……今のでレベルも上がるのか……蘇生魔法は……レベルが足りん、か……」

 小さく舌打ちをして、アポロニオは次のフロアへと足を向けた。それがあれば、次のフロアへも二人で進めたかもしれない。詮無きことだな、と自嘲気味な笑みを浮かべながら、アポロニオは部屋を後にした。