プロメテウス・ザ・リベンジャー - 7/8

作戦開始から、目まぐるしく変わる状況。それぞれ、まとめた状態で上がってくる報告をアポロンVIは椅子に深く腰掛けて耳を傾けていた。

「アフロディテIXより通信入りました!『助けは必要か?』」
「当然だ、と返しておけ」
「ヘラフォース、ポセイドンフォース、それぞれ無事を確認!市民にも被害はありません!」
「屋上班より連絡、『敵は漆黒神器を使用』とのことです!」

漆黒神器、という言葉にアポロンVIは眉を動かした。そして、地下班に伝えるように、と指示すると目を瞑って考えを巡らせた。
その間にも、次々に新しい報告が入ってくる。屋上班からも、地下班からも、犯人グループの激しい抵抗にあっているという。同時に、英雄庁の職員は次々に地下班が救出し、地下通路へと逃がしている。

「作戦は順調だな」
「はっ。問題があるとすれば、やはり漆黒神器でしょうか」
「ああ……あれだけは、上限が見えないからな。やろうと思えば、どこまでも力を増幅できる」

以前、一度だけ漆黒神器を使用したことがあるアポロンVIはその時の言い様の知れない万能感を思い出しつつ、苦々しい顔をした。あれは人間が扱って良いものではない。どこまでも、それこそ命を食らってでも神の力を引き出す悪魔のマシンだ。
ゾエルから報告にあったが、犯行グループの神話還り達自体、自分達とは一線を画しているらしい。あのアレス零とハデスIVを相手取ってほぼ無傷だった、というのだから驚きだ。プロメトリックが応援を送り込んでくれたおかげで、作戦完了までもっていけたらしい。

「……前線が押し返されるようでしたら、アポロンVIも前線に立つべきでしょうね」
「そうなったらゾエルに指揮権を譲る。アフロディテIXも来るのだからそうそう、負けはしないだろうが……」
「知ってます?そういうの、負けフラグって言うんですよ」
「知らん」

副官の軽口をばっさりと切ったアポロンVIだったが、そういえば前にやってたゲームでフラグがどうの、という話をヴァッカリオとしたことがあったな、と一瞬だけ思い出していた。つまるところ、副官の言う負けフラグとは不吉なジンクスのようなもの。
アポロンVIはそれとは別に、胸の内に広がる嫌な予感を持て余しながら状況の推移を見守った。

英雄庁ビル内に侵入を果たしたエウブレナ達も、最上階から順に捜索をしながら歩みを進めていった。受けた傷は魔法使いが治してくれたので、アレイシアは元気よくあちこち見て回っている。

「誰もいないね」
「まあ、あれだけ派手にぶつけたのだからみんな逃げたのではないかしら」

会話しながら歩くアレイシアとエウブレナの後ろを、ウィズを肩に乗せた魔法使いが続く。さらにその後ろに、屋上班に配属されたヒーロー達が続いた。
何事もなければいいけど、と魔法使いが呟くと、ウィズは「そういうことを言うと、たいていロクなことが起きないにゃ」と耳をぺたりと伏せて弟子を戒めた。

「……そのとおりになったみたい」

廊下の先で、重い扉を開いたエウブレナが嫌そうな声音で言った。それを聞いたウィズが、ぺろり、と猫の舌を出してそっぽを向く。自分が責められているような雰囲気を感じて、魔法使いはとりあえず静かに自分の気配を消すことに専念した。

「ゴッドナンバーズのアレス零、わざわざ君がここまで出向いてくるとは、ね」

広い、円卓が置いてある部屋で、最奥に座っていた男がゆっくりと立ち上がりながら皮肉めいた笑みを浮かべて言った。

「露骨にラスボス、って感じにゃ」

ウィズがそう言うので、魔法使いも頷いた。明らかに、オーラが違う。いつでも、障壁を張れるようにこっそりとカードの準備を進める。
エウブレナは、後ろに続いていたヒーローたちに自分たちを置いて先に下へ降りるように指示を出す。続けて、通信端末でゾエルに男の存在を報告した。男は、その様子を黙って見ているだけだった。不気味だ、と魔法使いは思った。

「アレス零、君と少し話がしたいのだが」
「……市民に危害を加えない、って言うなら、いいよ」
「アレイシア!」

男の言葉に頷いたアレイシアを、慌ててエウブレナが呼び止める。が、アレイシアはエウブレナに笑いかけると、男へと向かい合った。

「市民には手を出さない。どのみち、用意した装置が破壊された時点で我々の目的は塵と消えたのだ……もはや、何も思うことはない」
「それなら、大人しく投降してくれるかな?」
「それは難しい問題だ。一矢でも報いようとする、プライドの問題がな。ここまで、永い永い時間をかけて準備してきたのだ。何もせずにカーテンコールとは、いささか寂しい話ではないか?」

男は大仰に手を広げ、天井を振り仰いだかと思えば、急にかくりと首を落とした。その異様な行動に、エウブレナと魔法使いは自然、体に力が入る。

「そういうわけで、私の独り舞台だ、聞いてくれたまえ、永い永い、どうしようもない話を」

ゆらり、と顔を上げた男は、その目に妖しい光を漂わせながら口を開いた。
男を含めた犯行グループは、正真正銘のプロメテウスの神話還りだ。それも、「プロメテウスの意思」を丸ごと体に迎え入れた、プロメテウスの分身体ともいえる存在。そんな彼らが、生きる目標としたのはやはり「戦神アレス」のことだった。
抑揚もなく、そんな話をした男は一度口を噤んだ。しばし、沈黙が室内を支配する。男は瞬きもせずに見開いた目から、涙を一筋零した。

「アレスがいない世界はこれほどまでに息苦しい。プロメトリックは、君、アレス零に執着をしたようだが……私たちは、君の様な、まがい物ではダメなんだ。本物のアレスがいなければ、息をすることすらできない」
「……アレっさんは、ボクの中にいる。まがい物でも何でもない、本物のアレスだ」
「そう、それが本物だとしても……いや、本物だろう、本物なのだな。まがい物は、我々なのだ」

男は大きく息を吸うと、頭を掻きむしり、自らの歯で唇を食い破って血を流した。

「私たちは、君の中にいる『アレス』を感じられないのだ!そこにいると、現実は言っているのに!!どうして!目の前にアレスがいるのに、なぜ私にはそれがわからない!?」

エウブレナは小さく「中途半端な、神話還りだから……」と呟いた。
男達は、未調整の神の破片を食らって、プロメテウスの神話還りとして強大な力を得た。しかし、それはあくまでも神話還りなだけであって――プロメテウス本人ではない。だから、魂の香りを嗅ぐことも、魂の色を見ることもできなかった。人の魂を扱うのは、神の領域。男達はプロメテウスに限りなく近い存在でありながら、人間であり続けたのだ。
プロメテウスの持つ、強い、業火の様なアレスへの愛を抱えて、永き時を生きた。強すぎる執着に気が狂いそうになりながらも、静かにその時を待って。

「私たちが迎える結末がこんな事だなんて!私たち以外のすべてが、君のことをアレスと同一視している。だけれども、私たちは君の中に、アレスがいることがわからないのだ。……あまりにも、残酷で、不条理で、悲愴で、地獄で――恐ろしい話だとは、思わないか?アレス零よ」

アレイシアがアレスの神話還りであり、彼女の魂の中に、アレスが息づいていることは間違いない。ようやく、永い時を経て出会えたその魂の色を、彼らは見ることができなかったのだ。
目の前に愛しき人がいる、と世界が騒ぎ、紙吹雪が舞い、アレス零は王冠と祝福のマントを背負ってにこやかにアレスの魂を振りまく。そんな、地獄のパレードを、彼らはただひたすらに耐えた。

「……それで、遥か昔に開発していた遺物を引っ張り出してきたのだよ。アレス零から、神話還りの力を回収し、再びアレスに出会うために!」

悲鳴のような男の叫びを、アレイシアは背けることなく真っ直ぐに受け止めた。

「それだけのために、オリュンポリス全体を、混乱させたの?」
「……君にとっては『それだけ』かもしれないが、私にとっては、命よりも大きな出来事だったんだよ、アレス零。まあ、価値観の違いは、人類の長い歴史でも解消できないものだから、仕方ないと思ってくれたまえ」

男はテーブルの上に一つの漆黒神器を置いた。禍々しい気配に、ウィズが毛を逆立てて魔法使いの首筋に擦り寄る。

「プロメトリックは、実に優秀で天才だった。彼を真似て漆黒神器を作ってみたのだが……なかなか、うまくできなくて。これは劣化版だから、大した力も出せないだろうが……」

艶やかに光る、その黒い神器を男の骨ばった指先が撫でる。

「アレス零、君の力を――アレスの力を私に見せて欲しい。せめて、最期にそれだけは」
「!」

アレイシアが、エウブレナと、ウィズを胸に抱えた魔法使いを両手に抱きかかえて、部屋から飛び出す。と、同時に、男がいた場所から漆黒の闇が広がり、あっという間に英雄庁ビルの一部を包み込んだ。
そして、轟音。

大きな地響きを感じたアポロンVIは、弓矢を手に取り立ち上がった。

「指揮系統はさきほど指示したとおりに。後ろは任せたぞ」
「了解。……ご武運を」

副官の言葉に軽く頷くと、アポロンVIは軽やかに作戦本部を飛び出して、ビルの屋根伝いに走った。

『英雄庁ビル崩落!巨神が現れました!』
『アフロディテIX、現着!』
『屋上班、現在状況確認中、負傷者複数!』
『地下班の点呼急げ!』

飛び交う怒声を耳にしながら、アポロンVIは最大速度で現場へと向かう。遠くからでもわかる、英雄庁ビルと同じ大きさの巨神。あの時感じた胸騒ぎはこれだったようだ。
英雄庁ビルの隣に建つ、高層ビルの上でアポロンVIは巨神を見上げた。隣のビルに、アレイシアとエウブレナ、そして黒猫を連れた魔法使いがいることを確認する。

「なーんか大変なことになってんじゃん」
「全くだ。中途半端に英雄庁のビルがあるのが邪魔だな、更地にしてよいだろうか?」
「あーたそれ、私怨でしょ、やめとき」

隣に舞い降りたアフロディテIXの呆れた声に、アポロンVIは肩をすくめただけだった。

『そいつが親玉だ、って見りゃわかるか』
「そりゃそーよ、どーみてもヤバじゃん」

ゾエルからの通信にアフロディテIXが気の抜けた応答を返す。そこに、エウブレナから『相手の目的はアレイシアです』と真面目な声の通信が入った。

「……まあ、プロメテウスの神話還りだから、アレイシア……アレス零絡みなのは想定内だろう」
『だよねえ、どう考えてもそれしかないもん』

アポロンVIの声に応えたのはヴァッカリオだった。尋ね返すと、地下班は全員無事に脱出済みだという。

『んじゃ、とっとと片付けちまうとするか』
「近隣の避難状況は?」
『屋上班も地上班も全員退避済み。ビル内の捜索もギリギリ間に合ったし、周囲のビルも先に退避勧告は出してあったから問題なし!』

ヴァッカリオの楽しそうな声に、アポロンVIもにやりと笑って応じる。

「――だそうだ、アレス零、ハデスIV。周りを気にする必要はないぞ」

巨神の攻撃を避けるだけにしていたアレイシアとエウブレナにそう告げると、アレイシアから元気よく了解!と声が返ってきた。
避けるだけだった二人が攻勢に出始めると巨神はたじろいだように一歩後ろに下がる。そして、両手を掲げると例のシールドの様なものを全身に張り巡らせた。

「あらら。またアレ?」
「ちょうどいい、試してみたかったのだ。神力を吸収する能力があるとはいえ、どこまで耐えきれるか、な」

アポロンVIがアレイシアとエウブレナに少しだけ下がるように伝える。通信端末を持っておらず、事情が呑み込めていない魔法使いを、二人が慌てて引っ張って退避した。
少しだけ、と言ったはずなのに、ずいぶん大げさに下がった二人を見て、アポロンVIは酷く獰猛な笑みを浮かべた。

「エンチャントほしがりさん?」
「くれ」
「おけ。素直でアポロンVIちゃんカワじゃん」

アフロディテIXのエンチャントの力を受け取り、さらに自分の中で渦巻く神力をすべて引き出して矢へと装填する。以前、ゲーム中で出てきた偽アポロンVIの技を見てから、自分も撃ちたくてうずうずしていたのだ。まさか、こんなに早くチャンスがくるとは思わなかったが。

「いくぞ。アポロン・バスター・メギストス!!」

弓弦を離した瞬間、その質量を持った光は巨神の張ったシールドへと直撃し、激しい空震を巻き起こす。目に見えない、光速で飛び去った矢の後から遅れて音が鳴り、風が巻き起こった。
巨神だけでなく、周囲のビルのガラスもすべて粉状に割り砕け、壁面のコンクリートは砂糖のようにぽろぽろと剥がれ落ちる。そして、アポロンVIが更地にしても良いかと笑っていた英雄庁のビルは、今度こそ直撃の衝撃波と風圧で砂の城でも壊すかのように儚くも崩れ去った。

「にゃ~~~!!!なんて無茶な攻撃にゃ!!」

ほんとうだね、と魔法使いはローブの中にウィズを抱き込み、障壁を張って衝撃波が過ぎ去るのを待った。

「これがアポロンVIの全力……!」
「……薄くなったけど、まだシールドが残ってるわ!魔法使いさん、できるかしら?私たちの攻撃は吸収されてしまうの」

つまり、さきほどのアポロンVIの攻撃は吸収率を超えて、シールドを剥がしたということのようだ。胸元から顔を出したウィズが「負けてられないにゃ、キミも最大火力でやっちゃえにゃ!」と猫のひげをぶわりと開いて弟子に指示を出す。
魔法使いは自分が持ちうるカードの中で、最も火力の高い一枚を自信を持って召喚する。叡智の扉を開き、その力を今ここへ。

――刹那の最強 ディオニソスXII

光の中から現れた、大剣を持ったその姿に、アレイシアやエウブレナはもちろん、アポロンVIやアフロディテIXも、ゾエルも、そして、ヴァッカリオも、息を飲んでその背中を見つめた。

「いけ……いけっ!魔法使い!使うならネクタルじゃねえ!神剣ザグレウスだ!!」

ヴァッカリオの叫び声が、魔法使いに届いたのかはわからない。だが、光の中のディオニソスXIIはちらり、と後ろを振り返ったような動きをして、その神剣ザグレウスを振りかざした。永きに渡る悲劇の神話を終わらせる、その一撃を。
エンド・オブ・ミュートス。――魔法使いは、確かにそのスキルの名前を詠唱した。
ディオニソスXIIが、魔法使いの詠唱に呼応して巨神のシールドに神剣ザグレウスを突き立てる。シールドはあっけなく割り砕け、神剣はそのまま巨神の胸を貫いた。
巨神が胸を反らせ、地平の果てまで響くほどの大きな悲鳴を上げた。ディオニソスXIIは、役目を果たした、と言わんばかりに神剣ザグレウスごと光の粒子となって消えゆく。
魔法使いは、アレイシアとエウブレナの背中を押した。あの男の最期の望みを叶えるために。

「!アレイシア!飛んで!!」

エウブレナが、痛みに蠢く巨神の体を、冥府の鎖で縛りあげて固定する。アレイシアはエウブレナにひとつ、頷くと助走をつけて飛び上がった。

「これで、終わりじゃあああああああああああ!!!!!!!」

アレイシアの渾身の一撃は、赤き涙を流す巨神を貫き、そして解放された闇すら光に飲み込んでいく。巨神の向こうに降り立ったアレイシアが振り返った時、そこには天に昇っていく光の粒子だけが、あった。