◆◆◆
俺達がやれることはやりきった。後は、アポロンVIに全てがかかっている。その場は、嵐の前の静けさのように静まり返ってた。緊迫とも少し違う、なんかこう、ヤバいのが来るぞって予感と、それに対抗してやるぞっていう気合みたいなのが入り混じってた感じ。
ま、俺は正直大丈夫だろうって高を括ってたところは確かにある。だってあれだけの神力を感じりゃあ、なんだって倒せると思うさ。
――そうして、やつらはやってきた。
これまでの気づかれないような、音を立てない蛇らしい動きとは全く異なり、最初から威嚇の様に声をあげながら突進してきた!
その地響きに、俺達は身を竦ませた。腰が抜けなかっただけ、マシだ。
大蛇2匹に対峙する小柄なアポロンVI……だけど、その背中は、大蛇よりも大きく見えた。
十分に引き付けてから、アポロンVIは神器の弓矢から得意技のアポロンバスターを放った。光の束っていうのか? あの、懐中電灯みたいなぶっとい光が大蛇達を飲み込んでいく。
勝った! 俺はそう思った。
だけど、隣にいたバカ姫が甲高い悲鳴をあげた。うるせえ、女の高い声で耳元で叫ぶなっつーんだよ。
でも、そりゃあ悲鳴も上げたくなるだろうって。
……アポロンVIは、自分で撃ったアポロンバスターの反動に耐えきれなかったんだ。きっと普段なら二本の足でどっしり踏ん張るだろうに、大怪我して、ペーペーの新人共が泣きべそかきながら適当にやった応急手当じゃだめだったんだ……。
アポロンVIの体が反動で傾いて、光の束が大蛇達の方向からずれ始める。このままだと、大蛇は光から抜け出してこちらに突進してくるだろう。
クソが! そう思った時には……俺はもう走り出していた。
わけわかんねえよ。
わけわかんねえけど、体が勝手に動くんだよな。アドレナリンって怖いよナァ。
俺は走って行って、アポロンVIにしがみついて……背中を支えた。反動で倒れかかっていたアポロンVIの背中を押し戻すように、ぐっと押し込む。すぐにクソマジメも走ってきて、俺と一緒にアポロンVIの体を支えた。
アポロンVIがすぐに気が付いて「離れろ! 君たちも巻き込まれるぞ!」って叫んだ。俺はもう限界まで力を振り絞ってたから、呻き声でしか応えられなかったけどよ。クソマジメが「僕たちが支えます! 支えますから!」ってクッソでっけえ声で叫んだ。だから耳元で大声出すなっつーんだよなあ、どいつもこいつも。
それにしても、アポロンバスターの反動ってやべえのな。俺とクソマジメ、二人がかりで全力で支えて、何とかなる。
そのうち、視界には入らなかったが蛇の断末魔の様な叫び声と肉が焼ける独特なにおいがしてきて、ああ、なんとかなるんだなって思った。
思ったけどな、まだもう一波乱あったんだ。
俺達が決戦の場に選んだのは、新人研修合宿真っ盛りのベースキャンプ。そこは何回も戦闘を繰り返し、いろんなものが散乱していたわけで――俺たちの足元に、空になったポリタンクが散乱していた。中身は空っぽ。
中身はどこ、って俺たちの足元に! そう、夕食用に汲んでおいた大量の水が地面に吸収されていて、足元がぬかるんでやがった!
だからよお、俺もクソマジメも必死に踏ん張ってんのに、ぬかるんだ地面に足が取られてずるりと滑りそうになる。
もうやべえ、そう思った。
そう思ったら、ヒョロガリが走ってきた。ヒョロガリ、何してんだって思ったらあいつ。あいつ、簡易液体凝固剤持ってきやがった! 何でも固めちまうとっておきのやつ! 血液でも涙でも涎でも、小便でも! 液体なら何でも固めちまう!
そしてヒョロガリは、それを俺たちの足元にばらまいたんだ!
やるじゃねえかヒョロガリ!
バカ姫も遅れて追加分を持ってきて、俺たちの足元にばらまいていく。おかげさまでぬかるんでぐちゃぐちゃの泥も、コンクリートみたいにカッチカチ! なんなら、俺の靴ごとまとめて固まって足場になった!
そうすりゃあ俺もクソマジメももっと踏ん張れる! なんなら、ぜってー役に立たないだろうヒョロガリとバカ姫も、アポロンVIを支えに回った!
大蛇の断末魔が響く、俺達がわけもわからず大声で叫ぶ、呼応するようにアポロンVIが吠える!
そうして、光の束が消えた時。そこには大蛇の姿はなかった、ってわけ。
それで、この事件はおしまいさ。大蛇は姿形もなくなるほどにアポロンバスターで焼き尽くされ、大蛇がいただろう先の林も、相当の奥まで焼き尽くされて一本の道が出来上がっていた。
あの光景は、一生忘れられねえだろうなぁ……。
◆◆◆
おしまい、その言葉が青年から出て、最後まで話を聞き終えた。私は、詰めていた息を大きく吐き出す。メモを書ききったノートを、思わず指でなぞった。
「それで、アポロンVIは病院に搬送され入院した、と」
「そりゃ俺たちの応急手当なんて大したもんじゃないからな。ちゃんとした病院でちゃんとした治療を今ごろ受けてるはずさ」
青年は決まり悪そうに唇を尖らせた。その様子が、これまで雄弁に物語を語っていた姿から考えられないほどに幼く見えて、私は少し笑ってしまう。
「でも、あなた方は立派に戦った」
「ん、まあ、そこはな。……ったく、後方支援なら前線に出ないから安全と言ってたの、どこのどいつだよ」
そう毒づいた青年は、やれやれと首を振りながら「とんでもねえや。もう二度とこんな事件はごめんだね」と心底嫌そうにつぶやいた。それに私は今度こそ、声をあげて笑ってしまう。
青年は肩を竦め、伝票を私へ差し出してきた。
「もう取材はこれで終わりでいいだろ?」
「あなたの同期への取材は?」
「俺が代表でやってやったんだ。これ以上の突撃取材は……アポロンフォースとして、NGを出さないといけなくなる」
「なるほど」
私は大人しく引き下がった。正直、今日の取材だけで十分すぎるネタになる。わざわざ、突撃取材をしてアポロンフォースの心証を損ねる必要もあるまい。
取材当初の軽薄な印象はすでになかった。確かに、彼……彼らもまたアポロンフォースのヒーローであったと、私は改めて認識したのであった。
「アンタも早く帰って記事にしたら? どこからか漏れて他社に抜かれるかもよ?」
「それは御免被りますね……。では、これで失礼しますよ」
「どうも、お疲れさん」
取材の終わりにしてはあっさりとしたものだったが。私は一冊の取材ノートを抱えて、帰社を急ぐ。走りながら、編集長へ電話を繋げた。
「今から戻ります。すぐに記事にしますが、先ほどお伝えしたとおり一人では到底書ききれませんので、チームをお願いしたいです。そうですね、メンバーは――」
◆◆◆
記者が喫茶店を出て行ったのを見てから青年は、大きく伸びをした。凝った肩を回すかのようにしてから、残っていたココアを口に運ぶ。
「ご苦労」
そう言って声をかけ、青年の向かい側に座ったのは――喫茶店の店員だった。
「どうも」
「見事な語りだったぞ」
そう言って笑うのは、アポロンVI付きの副官。アポロンフォースのナンバー2。新人の青年から見れば、上司の上司の、そのまた上司の……と雲の上の存在のような人、だ。青年は思わず背筋を伸ばす。
「ちゃんとできてましたかね?」
「ああ、問題ない。これで市民の不安は拭われるだろうし……あとは英雄庁が何とかするだろう」
この喫茶店は、アポロンフォースが持っている物件だ。わざわざここを指定して、客を入らせず、店員を副官が務めたのにも全て意味はある。それはもちろん、大スクープである『動物の神話還り』を限定して市民に流すためだ。
指定した出版社は、普段から飛ばし記事の多い三流雑誌を扱っている。そこで、今回の件がニュースとして記事になれば……まずは、マスコミも市民も、その存在を疑うだろう。
英雄庁は今回の事件を重く受け止めている。詳細を確認するまでは、情報を封じておきたかった。ゆえに、カバーストーリーとして偽の原因を流しつつ、こうして、アポロンフォースの協力を得て「スクープの小出し」をすることに決めたのだった。
完全に情報を封鎖しては市民に不安が残る。『嘘の中に少しの真実を混ぜる』――それの元となる、真実をばら撒く役目を本日の記者には担ってもらうわけだ。
「これから、市民やマスコミの反応を見て、その後に英雄庁もどういう方向に持っていくか決めるだろうよ」
「はあ……」
青年は何とも言えない相槌を打った。その辺の、政治的な駆け引きは新人であることを差っ引いても青年には難しい内容で合った。本人が興味を持たない、とも言える。その様子に副官の男性は苦笑した。
市民が大いに不安として騒ぐようであれば、英雄庁はスクープを全否定して、大蛇は都市伝説となるだろう。市民がある程度受け止めるのであれば、英雄庁もスクープをある程度まで肯定し、真実を公開していくに違いない。
情報操作が得意なヘルメスフォースが活躍しそうな話だ、と副官はポケットから出した煙草に火をつけ、煙を燻らせながら思った。
「……お前は、医療部隊所属でもいいが諜報部隊でもやっていけそうだな」
「ほんともう勘弁してください、荒事は無理なんで……そもそも、騙すほどの技量はないんですよ!」
青年は首をすくめて、両手を顔の前で振った。
そもそも、実直を理念とするアポロンフォースにおいて、騙すほどの能力をもつヒーローはほとんどいない。せめて、本日の青年のように『演劇のように人を魅了する』程度が限界なのだ。
そっと青年はポケットから小さな人造神器を取り出し、副官に渡す。
――そう、記者の女性が推測したように、実際、彼は神話還りの能力のうち、演劇の才能を僅かばかりに開花させていた。
もちろん、単独ではそこまで強くないから、今日は人造神器を起動させて取材に応じたのだ。若い記者を指定したのも、この能力で惑わすため。
「騙してはないだろうが。まあ、あれなら彼女は相当ウチに利のある記事を出してくれるだろうな」
ふぅ、と煙草の煙と共に安堵の息を吐き出す。例の事件から溜まりに溜まっていた仕事の一つが片付き、副官は胸を撫でおろした――が。胸の通信機が音を立てて着信を伝える。
「どうした? ……は……またかあ……」
いくつかやり取りをして、副官は顔をしかめた。青年は、その様子を見てまた何かあったのかと緊張を走らせる。
通信を終えた副官は青年を見て首を振った。
「またアポロンVI様が仕事だと言って脱走したらしい」
脱走、と聞いて青年は噴き出した。
あれだけ頼りになるゴッドナンバーズのアポロンVI、ヒーローオブヒーローズその人。その実態は、何とも天上天下唯我独尊的なところのあるワーカーホリックなのだ。
「あーあ、またバカ姫がキレ散らかしてるんじゃねえの……」
事件後、青年を含めた新人医療チームは「担当した患者なのだから」と、ヒーロー研修の傍らでアポロンVIの治療にも研修医として同席していた。
最初こそアポロンVIを畏れ敬い、遠慮がちに接していたが……自分が重傷患者であるという自覚に欠けまくっているアポロンVIに振り回されているうちに、だんだんと遠慮もなくなってきた。今では立派に患者と医者の関係を築いている。それは、このどこか斜に構えた青年も。
「ハッハッハ、アポロンVI様に振り回されるようになってからがアポロンフォースの本番だぞ」
「勘弁してくださいって! まさか、こんな人だとはほんと思いませんでしたよ」
じゃあ患者を捕まえに俺は戻りますんで、と青年は立ち上がった。副官はそれを見送る。
「やれやれ……」
アポロンVIを『捕まえる』などと表現できるようになったのだから、青年ももう立派なアポロンフォースの一員だ。恐らく次は、その人使いの荒さに辟易とすることだろう。
嫌がっていた前線に引っ張り出されることも、間違いなく増える。
それでも副官には、あの青年が文句を言いながらも愚直に任務を遂行するだろう姿が目に浮かんだ。
もちろん、同期も含めた4人で。
—-The end—-