蛇の哭く頃に - 6/7

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 倒れたアポロンVIはとりあえずクソマジメに任せて、俺を含めた他の三人は転がっているヒーロー達の応急手当てに走った。
 そこで一人目を見て、すぐに俺は気が付いた。目の前の患者の、苦しみ具合に反して外傷がない、ということに。代わりに、顔色も悪く、泡を吹いている。眼の様子を見て……ああいいや、細かいことは省こう。
 ……そう、毒だ。あの蛇野郎ども、どうやら毒をまき散らしたらしい。
 すぐに採血して毒の成分を『診る』……誰とは言わないが、俺たちの間で一人、そういった分析に能力が特化しているやつがいて良かったよ。簡易的な検査キットをベースに、そいつの神話還りの能力で血液を分析。検出された毒はそれなりにやっかいな奴だった。
 が、幸いにして、毒の浸透と症状の進行を止めて、症状を緩和させる汎用血清は俺たちの持ってたリュックに入ってた。そうなんだよな、何があってもいいように、っていろいろ詰め込まれてるんだよあの応急手当てセット。おかげで助かったんだけど。
 その血清を俺達は全員に投与して回った。あくまでも汎用のものだから、きれいさっぱり毒による症状が治るわけじゃない。あくまでも、少しばかり緩和させて進行を止めるだけだ。だから投与したからと言って、倒れた人たちがすぐに復活することはなかった。
 一応、予防も兼ねて自分たちにも。もちろんアポロンVIにも投与したさ。
 幸いにして、倒れてた人たちはこの毒以外に重篤な怪我は見られなかった。たぶん、最初の毒で一気に体をやられちまったんだろうな。……そう思うと、そうなってからアポロンVIがずっと一人で戦ってたってわけで……そりゃ、あれだけの大怪我もするわ。
 とりあえず、倒れてた人たちを三人がかりで一人ずつ運んで、テントの残骸の上に寝かせた。全部で……っと、人数言うのやめとこ。フォース内の戦力にかかわるからさすがに俺も怒られるかもしれねえ。
 とにかく数人だ数人。血清が効いて、呼吸も脈拍も安定はした。だけど、覚醒するまでには至らない。こればかりはこれ以上はどうしようもないだろうと判断して、クソマジメとアポロンVIの元に戻った。
 で、俺が実際に見たアポロンVIの状態は――とんでもねえ、大怪我だった。さっき、立っていたのが不思議なぐらい。
 服を脱がして出血個所を確認して簡易液体凝固剤で無理やり固めて、足りない血液は代替血を輸血して、んで骨は無理やり押し込んで戻して、ずれた内臓は手で位置を戻して、切れた筋肉は気合で医療用筋肉縫合糸で接合して……ほんと、新人にやらせるような処置じゃねえよ。
 でも、やらないとこの人死ぬんじゃねえかって。
 俺もクソマジメもバカ姫もヒョロガリも、持ってる知識と神力を全力で出して、処置した。リュックにあった道具も片っ端から使ったよ、使ってこその消耗品だからな。
 アポロンVIはその処置中にも意識を保ってた。ちゃんとしたやつじゃなくて、人造神器も使ってねえ簡易麻酔だから効きが悪かったってのもあるかもしれねけど。
 あんな素人に毛が生えた程度の俺たちのめちゃくちゃな治療を黙って耐えたんだアポロンVIは。いや、黙ってたどころか、「状況は?」って俺達に聞いてきたな。俺達、バカだからよ、ちゃんとうまく返せなかったけど、アポロンVIはその度に辛抱強く俺たちのよくわからない回答に付き合ってくれた。
 これがゴッドナンバーズってやつか、って俺は思わず感心しちまったよ。患者のアポロンVIじゃなくて、治療してる側のヒョロガリが泣いてたわ。
 んで、ある程度治療が終わったところでアポロンVIが起き上がった。
 マジかよ。
 マジかよ、あんだけの大怪我で、まだ立ち上がるっつーのかよ。
 バカ姫は「安静にしてくださいっ!」って半泣きで言ってたけど、アポロンVIは首を振った。
 
 「やつらはまたここに来る、君たちは逃げると良い」
 
 ってさ。
 逃げる! 確かに、アポロンVIもまだ意識が戻らない毒に侵されたヒーロー達も全部ほったらかしてダッシュで下山すれば逃げ切れるだろう。どうやら大蛇どもはベースキャンプにご執心のようだし、何なら散々に攻撃してきたアポロンVIに夢中だろう。だから、俺達だけなら逃げ切れる算段は確かにあった。
 でもよ。
 そう言われてはいそうですかお疲れさまでしたーって尻尾巻いて逃げるか?
 俺はそのアポロンVIの言い方に、腹が立っちまったよ。……まあ、今にして思えば、何の戦力にもならねえ新人が何息巻いてんだって話なんだけどな。でもそん時は、もう度重なるいろんなことだらけで、しかも何だかんだでいろいろ成功しちまってたから。クソマジメの囮作戦とか、やったこともない各種応急処置とか。
 俺……いや、俺だけじゃない、俺達、な。俺達、新人のクソザコ医療チームは、アドレナリンがドバドバ出まくってた。だから、バカ姫が「私達も残ります!」って言った時に、俺はツッコミを入れなかった。勝手に『私達』で俺まで巻き込むんじゃねーよバーカ! って。
 前なら言ってただろうよ。でもその時は。逆だ。
 むしろ巻き込め! って、バカ姫の言葉に大きく頷いた。
 クソマジメも「僕たちもアポロンフォースの一員です。医療チームとして、患者がいる現場から離れるわけにはいきません」って。あーあカッコつけやがってよ~! そんなセリフまでマジメのマジメ、ほんとにクソマジメ!
 バカ姫は「私達にできることなら何でも言ってください!」って言った。いやドヤ顔してるけどそれやるのは俺もなんだが?とはちょっと思ったさ。
 ま、でもこういう時はそういう野暮なことは言いっこなしってやつよ。俺だって、男だからな。
 
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 言い切った後に、青年は少しばかりのドヤ顔と、少しばかりの照れを見せてケーキを口いっぱいに頬張った。これが彼の素、だったのかもしれない。私はメモをしていたペンをテーブルに置いた。
 
「あなたたちも、確かにヒーローだったのですね」
 
 青年は面白そうに片眉をあげて「れっきとしたヒーローだぜ、アポロンフォース所属の。名前は出せないけどな」と笑った。その様子が面白くなってしまい、私はつい尋ねる。
 
「それで、あなたたちの宣言を聞いたアポロンVI様の反応は?」
 
 青年は皮肉めいた笑顔ではなく、不敵な笑みを浮かべた。
 
「驚いたように目をまん丸にしてたけどな、その後、すぐにクッって笑って……『君たちの働きに期待する』って、本気の顔で言ってきた」
 
 私はその言葉を忘れぬようにノートに記した。これは、この青年の物語の――とても重要なキーワードになると思ったからだ。
 
「アポロンVIから直々に期待するって言われたら、そりゃあ俺らみたいなペーペーはもう何にも怖くねえよ、なんだってできちまう気がしてきちまうんだよ」
 
 青年はどこか興奮したように言った。
 
「なんでアポロンVIがヒーローオブヒーローズなのか、アンタにももうわかるだろう? そうさ、アポロンVIは俺達ヒーローにとってのヒーローなんだ」
 
 私は何回も頷いた。誰が言い出したのか、ヒーローオブヒーローズ。英雄の中の英雄。その二つ名は、間違っていなかった。
 そして、私はこの記事が載る雑誌の成功を確信した。編集長が期待するよりも、もっと大きな売り上げを出すだろう。雑誌としては、アポロンフォースの動きに対して疑問を投げて民衆を煽る、炎上系記事の方が望まれているはずだ。
 だが、ここまでの話を聞いて、私はそのような記事を書くことはもうできない。もし、編集長がこの取材内容からその記事を作り出すよう強いるなら……このスクープをもって、記者声明を賭けて他社へ持ち込みをしよう。不義理と謗られることも厭わない。
 それほどまでの感動を、私は得ていたのだ。もし、これが青年の神話還りの能力の一端によるものだとしても、甘んじて受け入れようと思う。
 
◆◆◆
 
 さあて、ここからが本番だ。戦えるのはボロボロのアポロンVIのみ。俺らは何もできやしねえ。できることと言えば、アポロンVIの治療を続行し、少しでもコンディションを良い方へ持っていくことだけだ。
 アポロンVIは山奥を睨みながら「恐らく、蛇は二匹でまとまって襲ってくるだろう。それも向こうから」と言った。
 それにどんな根拠があったか俺は知らねえよ、でもアポロンVIがそう言うのならそうだろうと思った。それだけだ。
 それを聞きながら俺は必死に輸血をした。どんな血液型にも輸血可能な汎用血液パックの残量と、アポロンVIの体に流れ込んでいく血液量を見ながら。
 俺、輸血、初体験だったんだわ。やったことねえ、研修でも1回もねえ。教科書で読んで、イメージトレーニングみたいなのやったっきり。
 たぶん他のやつらも同じだったと思う。傷口の縫合したり、添え木当てたり、血清の調整したり、そりゃあもういろいろやったさ。俺ももちろん輸血以外にもやった……まあ、それは能力を使ったものだから、ここでは黙っとく。
 アポロンVIは何度か両手を握ったり開いたりして、神器の弓を手に取った。それで言ったんだ俺達に。
 
「一撃で決める」
 
 と。2匹でまとまってきたところを、全力のアポロンバスターで焼き尽くすのが作戦、だそうだ。わかりやすくて最高だぜ、俺達みたいな頭空っぽの新人でも理解できる。
 だから、アポロンVIの治療を終えたら、俺達は後ろに全力で下がって巻き添えにならないようにすればいいだけ。
 や、後から知ったんだけどな。この作戦、ちゃんと理由があって。
 ――あの大蛇、治癒能力も桁違いにヤバかったらしい。
 アポロンVIが最初につけた目の傷以外は、ほとんどその場ですぐ塞がっていったとか。
 ……最初の方に話した、大蛇の正体。俺が言った『治癒力が高い』もお姉さんが言った『2匹いる』のどちらも正解だったんだよ。本当にとんでもねえ大蛇どもだぜ。
 だから、アポロンバスターで焼き尽くすしかなかった。大蛇の治癒能力を超えて、再生される前に焼き尽くすしかない。
 アポロンVIが深呼吸をしながら、神力を練っていた。アポロンVIの頭に包帯を巻きながら俺は震えたよ。その神力の大きさと鋭さと力強さに。オーラで人を圧倒する、なんて漫画の世界の話だと思ってたが、こりゃあ本当にあり得るな、とビビったさ。
 神に出会ったような、と言ってもいいぐらいだ。それぐらい、恐れ多いほどの神力だった。
 これをぶっ放したなら、大蛇だって消えてなくなるだろう。そう思ったら、いけるんじゃないかって、思い始めたんだ。
 
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 私は後から出てきた様々な補足の情報も、一つ漏らさずノートにメモをした。もはや、ノートは半分以上がこの取材内容で埋まっている。念のために二冊目も持ってきて良かった。
 それにしても。今聞いた話をまとめて自分の中で咀嚼しながら、思いを馳せる。
 青年は言わなかったが、その、大蛇を焼き払うアポロンバスターを温存しておいたのは、万が一にも彼らを巻き込まないようにするためだったのでは? と。
 確か、大蛇が2匹で襲ってきたとき、青年を含めた新人医療部隊は囮となってベースキャンプから離れていた。通信機も、その他も何も持たずに。つまり、アポロンVIからしてみれば、所在のわからないヒーローがいた、ということになる。だからこそ、迂闊にアポロンバスターを撃てなかったのではないだろうか。
 ……アポロンVIならあり得そうだ。
 青年が追加でココアを頼んでいる間に、前のページをめくってそっと小さく書き加えておく。これを実際に記事にするかは……要検討だ。何も何でもかんでも事実を並び立てれば良いというものではない。
 
「……続きをお願いします」
 
 青年は最後のケーキを食べ終えて、口を開いた。