蛇の哭く頃に - 5/7

◆◆◆
 
 話が一段落したのか、青年はそこで言葉を切った。そしてちゅるりとプリンを美味しそうに食べる。
 ふと腕時計を確認すれば、予想以上に時間が過ぎていた。さすがに一度編集部へ連絡をした方がいいだろう。
 
「すみません、少し連絡をしてきます」
「ん? あ、いいよ。ちなみに追加でココアとケーキ頼んでいい?」
 
 私はそれに対して即座に頷いた。それにしても、彼はなかなかの甘党のようだ……。
 連絡できる場所を探していると、喫茶店の店員がちょうどよい物陰を教えてくれた。そこで編集部へ電話を繋げると、すぐに編集長が通話口に出る。
 
『どうだ?』
「取材は順調ですが、まだ時間がかかりそうです」
『ふうん……それだけの価値があるのか?』
 
 編集長は不審そうに聞いてきた。思わず、とっておきのスクープを電話口で伝えようかと思い……やめた。今日の取材の内容は、一から最後までをまとめて出さないと価値が無い。私にはそう思えた。
 
「……ええ、時間とお金をかける価値はあります。とんでもない大スクープですよ、これは」
『そんなにか?』
「そうですそうです。帰ったら私はすぐに記事作成に入りますが、できれば他の方にも記事のまとめの手伝いをお願いしたいです。内容もボリュームも大きく、私一人では無理そうです」
 
 そう言えば、編集長は黙って何かを考えている様だった。果たして、私の言う事を信じるのか、どうか……。
 
「印刷部数も増やす方向でお願いしますよ。恐らくですが、通常とは比較にならないぐらい売れると思います」
『ふむ……わかった。ネタの内容だけでも、先出しは――』
「すみません、取材時の契約で完了までは口外禁止と言われてまして」
 
 私は咄嗟に嘘をついてしまった。それは盗聴を恐れたというのもあるが……何より、この取材の内容を、しっかりとした記事にして世に出したいと思ってしまったからだ。ただのゴシップ記事で終わらせるにはあまりにも惜しい。
 今、私が取材した話の中から一般ウケしそうなスクープだけを選んで伝えれば、編集長は間違いなく飛ばし記事でも構わないから、とすぐに適当な内容で記事を出すだろう。詳細は次号を待て、だとか。
 大して経験年数のない私でもわかる。それをやったら、この取材の内容は一気に陳腐化する。面白おかしい都市伝説にでもなってしまうだろう。
 
『それなら仕方ないか……』
「すみません、すみません。相手を待たせてるのでそろそろ戻りますね……」
 
 まだ何か言いたそうな編集長の相手をするのが面倒になって、無理やり通話を切った。後で取材の成果を持って帰れば、編集長も多少の事は見逃してくれるだろう。
 席に戻れば、青年がケーキをパクついていた。1個かと思いきや、メニューにあるものを全て頼んだらしい。思わずジト目で見てしまえば、青年は「たくさん喋って糖分が足りねーんだわ」と悪びれる様子もなく言った。
 ……多額の取材費も、この成果を持って帰れば見逃してくれると信じている。上限なしで良いと言ったのは編集長なのだから。
 
◆◆◆
 
 さて、続きな、続き。なあ記者さん。ここまでで結構話盛り上がっただろ? 話の流れ的にも、俺たちがこの後ベースキャンプに無事に戻って、アポロンVI達と合流して、無事全員下山してめでたしめでたし。大蛇はアポロンVI達がちゃんと討伐しておきましたとさ、って。
 そうなると思うだろ?
 
(私は首を振った。この青年の言い回しにも慣れてきたのだ。間違いなく、まだ何かある)
 
 ……え? 思わない? へえ、お姉さん、嗅覚鋭いね~。
 そうさ、まだこの後に波乱がある。
 俺達はへっぴり腰になりながら、大蛇に見つからないようにベースキャンプへの道を急いだ。そりゃもう、ちょっと鳥が羽ばたいたり、風で木の葉が音を立てるだけで四人全員で肩をびくつかせたもんさ。まあ、一番ビビり散らかしてたのはヒョロガリだったけどな!
 急いだって言っても、超慎重に移動したんだ。それに俺達も、もう体力限界だったし。だから、それなりに時間がかかった。
 それで――ようやく戻ったベースキャンプがとんでもないことになってて、俺達はその場に立ち尽くしたよ。俺達が戻るのにどれだけの時間がかかって、その間に何があったのか。
 
(私はやはり、と自分の予想が当たったことに内心で頷きつつ、さらなる衝撃の展開に身構えた。これはまた、きっと大変な展開になるぞ、と)
 
 これは後から聞いた話だ。
 どうやら俺達が片目の大蛇を引き付けて、アポロンVI達が一匹の蛇を撃退して。それで、ベースキャンプに残ってた重傷者……二度目の襲撃で、また増えちまったんだよな、重傷者。それでいて、今度はさっき応急手当でそれなりに役立った俺達もいねえし、手当てをできる人材がいねえ。
 それでもう、多少の戦力を割いてでも早く下山させようって話になったらしい。だからアポロンVIが連れてきた援軍も、後から追加でたどりついた援軍も、とにかく重傷者を運ぶ方に注力していた、と。
 そんなところに、また、大蛇の強襲があった。それも今度は二匹でコンビを組んで、な。
 これは根拠のない推測らしいけど、あの蛇、ツガイかなんかだったんじゃないかって。まあいいさ、ツガイだろうがなんだろうが、めちゃくちゃ強い大蛇が二匹で徒党を組んできやがった。しかも、さっき説明した通り、増えた重傷者を運ぶために戦闘向きのヒーローも下山チームに割り当ててた。
 残ったアポロンVIと少ないエース級のヒーロー達で、迎撃に当たったんだ、動けない重傷者を守りながら、大蛇達をこれ以上先に進めないようにしながら。大蛇がキャンプ場を突破して下山し始めたら、大惨事になってたと思うぜ。下山中の重傷者たちはもちろん、ふもとで搬送待ちのやつらも、ヒーローじゃない一般人の救急部隊とかも、餌食になってただろうよ。
 具体的にそれがどういう戦いだったかは教えてもらえてないから俺は知らないけどよ。そりゃあ激戦だったろうな。俺達が戻った時、ベースキャンプはもはや跡形もなくなっていた。
 代わりに、俺ですら見覚えがあるアポロンフォースのヒーロー中のヒーロー、トップクラスの人たちが数人、呻き声をあげながら転がってたんだ。
 そして一人だけ立っているのは――アポロンVIだった。
 もちろん、アポロンVIだってボロボロだったさ、何をどうしたのか知らねえけど、頭から血は流れてるどころか全身から出血が見られ、腕からは骨が見えて、腹部からは……え、詳細な表現はいらない? まあ医療関係者でもなけりゃグロになるか、ハハハ。
 
(聞いた方が良いのかもしれないが、どちらにせよ記事にはできないだろうから私はストップをかけたのだった。よく、そういう話をしながらケーキを食べれるな、と思う。私はすっかり冷めたカフェオレを口に運ぶことなく少しだけ息を吐いた)
 
 まあとにかく、アポロンVIはどう見てもたっていられる状態じゃなかった。だが、振り返って、俺達を見て、それでちょっと驚いたように目を見開いた後に「無事だったか」とそこそこに通る声で、穏やかに言った。
 ……たぶん、顔も笑ってたんだろうな……血まみれだし傷だらけで、全然笑えてなかったけど。
 この人は、重傷者たちを守るのももちろん、きっと俺達が帰ってくるのを待ってたんだ。俺達は先輩たちの指示も無視して、独断で行動したっつーのにな。
 俺達があそこで大蛇を引き付けるなんて余計なことしないでベースキャンプに留まってた方が良かったんじゃ、とは思ったよ。だけど、事件後、あれについては一応褒められた。ああしなければ、結局、挟撃されて被害が出てただろう、って。まあ、それが新人のプライドを折らねえための方便かどうかは知らねえけど。
 よくやった、とは言われたよ。まだ事件の詳細は精査中なんだけどな。
 ……話がそれた。
 もとに戻すと、とにかく、そこには予想外の惨状が広がってたわけだ。
 すぐにクソマジメが飛び出してアポロンVIのもとに走った、バカ姫も続いた。アポロンVIって間近で見ると結構小柄なんだよな、知ってたか? とっくに成長期も終わったクソマジメや俺の方が体格は良かったよ。ヒョロガリは負けてたけどな!
 とにかく、倒れてきたアポロンVIをクソマジメが受け止めて、その場に寝かせた。アポロンVIは「私は後でいい」「他の者を先に」って言ってきたけど……うるせえな、どう考えてもアンタが一番重傷だよ、と俺は思ったね。 
 
◆◆◆
 
 ある意味で、『アポロンVIが入院した原因』そのものに辿り着いた。この取材の真の目的は、ここに果たされたわけだ。私は思わず、大きく息を吐いた。
 肝心の戦闘内容がわからないのは残念だが、これだけボリュームのある情報でいかに敵である大蛇がやっかいであったかがわかるのだから、アポロンVIのケガについても読者は納得してくれるだろう。
 アポロンVIは強い。強いが、それと同時に怪我もよく負っている。一時期はまるで自傷癖でもあるのかと言わんばかりに連日怪我をしていたこともあった。もちろん、他に戦えるヒーローも、ゴッドナンバーズもいなかったから、アポロンVIが前線に立たざるを得なかったのだろう。当時から、「そもそもアポロンVIは遠距離戦闘向きでは?」と有識者には何度も指摘されていたはず。
 今回は、どうしてもアポロンVIが前面に立たなければいけない現場であった、ということ。
 だからと言って、入院するほどまでの怪我をすることは珍しいし、その珍しいことが起きたから、市民もマスコミも、真実を探しているのだ。
 私はようやく手に入れた答えをノートに書き留め、満足そうに頷いた。
 
「……まだ続きがあるんだけど?」
 
 目の前でケーキを頬張っていた青年が、何とも言えない声で私を伺う。私はその言葉に大きく頷いた。ここまで話を聞いて、原因がわかって取材の目的も果たしたからハイ終わり! となるわけもない。
 この事件の行く末を最後まで聞かなければならないだろう。私はそういう使命を勝手に感じていた。