COLD CRUSH - 1/5

ヴァッカリオと店長(あだ名)が主役のバディ物的な何か。終焉時に神の力を使っているところが映像として民間に出回ってしまい、なんかよくわかんない謎の組織に追っかけ回される店長(あだ名)をヴァッカリオが助ける話です、たぶん。カーチェイスとかする。


 

 早朝シフトの起床時間に、いつも通りに目覚まし時計の音で起こされたパンテレイモンは枕もとの時計を叩いて止めた。一度、起きようかと思うが、そのまま二度寝に入る事を決意する。どうせ、今日から二週間は何もやることがない。
 ハデス区にあるエリュシオンマートにアルバイトとして勤務しているパンテレイモン。そのエリュシオンマートは、今日から「内装リニューアル工事」の為に二週間休業だ。数日前にいきなり知らされたパンテレイモンは、二週間と言う微妙な期間に新たなる職を見つけることもできず、こうして不貞腐れたように布団を被って二度寝するしかない。せっかくのまとまった休みなのだから、体をゆっくりと休ませてリフレッシュするのも良いだろう。
 そんな早朝のパンテレイモン宅に、インターホンの音が鳴り響いた。布団を被ったパンテレイモンはうるさそうに眉を顰め、非常識な時間の来訪者を無視する。どう考えてもまともな人間ではない、こんなまだ太陽が昇ったか昇らないかの時間に訪問するなど。
 来訪者はあきらめるかと思いきや、インターホンを連打し始めた。最後までチャイムが鳴り終わる前に、新しいチャイム音が。無駄にリズム良く連打されているのが余計に癪に障る。……この様な非常識極まりないふるまいをする人間など、パンテレイモンの心当たりは一人しかいない。
 パンテレイモンは布団を跳ね除け、ベッドから降りると大股で玄関へと向かった。鳴り続けるインターホンのチャイム音に、気分は最悪だ。
 
「うるさいっ!!!!」
「おっ、なんだ起きてんじゃん!」
 
 パンテレイモンの予想どおり。玄関のドアを開ければ、そこにはへらへらした笑みを浮かべたヴァッカリオが立っていた。チッ、と舌打ちしてパンテレイモンはドアを閉めようとするが、悪質な訪問セールスマンのごとく、ヴァッカリオのスニーカーがドアの隙間に捻じ込まれる。
 
「ちょ、ちょっと、いれてよ!」
「非常識なヤツを招く義理はないお帰りくださいませお客様」
「てんちょとおいらの仲でしょ~! ……っていうか、あんま騒いでると大家に通報されるんじゃね?」
 
 ヴァッカリオの正論に、パンテレイモンはぐっと喉を詰まらせた。ここのアパートの大家には、ずいぶんと良くしてもらっている。家賃を滞納しても追い出されないし、時にパンテレイモンが暗躍の為に長期家を空けることがあっても、素性の調査もしなければ変な噂も流さない。……何しろ、二週間も無職になってしまった今月の家賃も、すでに支払いを待ってもらっているのだ。
 パンテレイモンはしぶしぶとヴァッカリオを玄関に入れた。が、ヴァッカリオを玄関口から中へは通さない。ドアを閉めて、さあここで用件を済ませろ、とへらへらした男を睨みつけた。不幸中の幸いなのか、今日のヴァッカリオは酒臭くない。どうにも、パンテレイモンはあのアルコール臭さが苦手だった。
 
「で、何の用だ。簡潔に話せ」
「お茶とか出してくれないの??」
「あるか! お前に出すお茶はない!! 粗茶でももったいないぐらいだ!」
 
 ちぇ、と舌打ちするヴァッカリオは、玄関のドアにもたれかかった。そのまま腕組みをしてニヤニヤした笑みを浮かべてパンテレイモンを見る。
 
「店長さあ……今、無職なんでしょ」
 
 ヴァッカリオはニヤニヤしたまま、無職、という単語をわざわざ強調してくる。パンテレイモンはやはりこの男を今からでもたたき出すべきか、と思案した。室内に戻って、風呂掃除用のバスブラシを持って来るかこの野郎。
 
「……二週間休業なだけだ」
「二週間も収入ゼロきついでしょー? 最近、アレス零のグッズもガンガン出てるしさぁ」
 
 痛いところを突かれた、とパンテレイモンは押し黙る。そう、先日の大騒乱を経て、アレス零は世界中に認知された。もともと、人気が高かったアレイシアだったが、神器をいくつも操り、一人で強大な敵に立ち向かう後姿に心を動かされた人間は非常に多かったのだ。
 その結果、今や巷にはアレス零のグッズがこれでもかと溢れている。ここまでの一番人気であった、アポロンVIにも匹敵する勢いだとか。
 ……裏事情としては、復興費用やヒーロー達への傷病手当、特殊手当その他の資金繰りに困った英雄庁がここぞとばかりに荒稼ぎしている一面もある。まあ、市民もある程度理解して、アレス零グッズを買い求めているのだが。いわゆる、寄付の代わりだ。
 
「そんなパンテレイモン君にね? 優しいおいらがめちゃくちゃ実入りの良い仕事を持ってきたってわけよ」
「断る」
「断るの早くない? まだ中身言ってないんだけど??」
「聞かなくても、ろくなことでないだろう、お前が持ち込む話など」
 
 パンテレイモンの苦々しい表情と冷たい声音に、ヴァッカリオはただ肩をすくめるだけだった。そして、ニヤついた笑みのまま目を眇めてパンテレイモンを見据える。
 
「そうだよ、ろくなこっちゃない話だ」
「……ほらみろ。で、本題は何なのだ」
「まあまあ。詳細はここで話すにはちょいとヤバい内容でね。ばっさり断られたところ悪いけど、アンタには受けてもらわなきゃ、お互いに困る」
 
 パンテレイモンは舌打ちをした。まだ起きて数十分しか経っていないはずなのに、すでに一日中の舌打ち回数最高記録を更新しそうだ。
 ヴァッカリオは続きはディオニソスフォースで、と言って玄関のドアを開けて出て行った。このままドアの鍵を閉めて二度寝をする、という選択肢もパンテレイモンにはあったが――あの、ヴァッカリオがこんな早朝から持ってきた話となれば、無視するわけにもいかない。
 パンテレイモンの二週間に渡るリフレッシュ期間は、こうして波乱の幕を開けた。
 
 
 
 いつもと変わらないカジュアルな服装で、ヴァッカリオはパンテレイモンを連れてディオニソスフォースのビル内を歩く。すれ違う職員がみな、ヴァッカリオを見た瞬間に壁際に寄って敬礼をし、ヴァッカリオもそれに対して軽く手を挙げて返礼していた。
 
「……どう、おいらのこと見直した?」
 
 黙ったまま後ろを歩くパンテレイモンに気を遣ったのか、単純に自慢したいだけだったのか。ヴァッカリオがへらへらとした口調で話しかけてきた。
 
「それとお前が酒クズゴミ箱寝太郎汚物野郎であることは別だ」
「待ってなんかおいらの蔑称長くなってない??」
「気のせいではないですかねこのアラサーブラコンアル中セクハラ野郎」
「ねえ待ってアラサーとブラコンは事実って認めるけどそれ以外はおかしくない? おかしいでしょ??」
 
 流れるようにパンテレイモンの口から紡がれる罵倒の数々に、ヴァッカリオは嫌そうな顔をした。本人が認めたのはアラサーとブラコンだけ。しかし、パンテレイモンからすればすべて事実に他ならない。エウブレナへのセクハラ発言は見逃したが、今度アレイシアに対してセクハラ行為を行ったら、全力で殴り掛かるつもりだ。
 程度の低い会話に頭を痛めつつあったパンテレイモンは、ようやくヴァッカリオが目指していた会議室に到着して胸をなでおろす。ビル内の奥まったところにあるこの会議室は、特に重要な機密会議をする際に重宝されているらしい。
 パンテレイモンが椅子に座ったあと、ヴァッカリオも続いてスクリーンプロジェクターがある場所の近くに座った。ポケットの中から小さなメモリ端末を出して、プロジェクター用のタブレット端末に接続している。
 
「ここからはマジ話な」
 
 ヴァッカリオの声が、がらりと変わる。へらへらした笑顔は鳴りを潜め、打って変わって真剣な表情が浮かべられていた。
 
「端的に言うとだな、アンタの身が狙われているんだ」
「……は?」
 
 パンテレイモンは気の抜けた声を出す。なぜ、一市民である自分が狙われるのか。全く、心当たりはない。それに、狙われたとしてもヴァッカリオが――ディオニソスXIIが動くほどの事だろうか。一市民に対する暗殺予告だのなんだのと言えば、警察の範囲であるはずだ。
 ぽかん、とした顔をするパンテレイモンを置いて、ヴァッカリオは端末を操作する。会議室の壁をスクリーンにして、とある動画が映し出された。
 
「これ。覚えあるだろ?」
「……ああ」
 
 動画内では、エリュシオンマートの制服を着たパンテレイモンが、天に向かって手を差し出していた。そう、アレイシアへと力を届けるために、アレスと共に伸ばした手。ゆらり、と陽炎のようにパンテレイモンの隣に人影らしきものが浮かんでいるのは――アレス、なのだろうか。
 映像はお世辞にも鮮明とは言えず、パンテレイモンの顔はほとんど潰れていてわからない。それに、パンテレイモンはこうしてあの時の映像を別視点から見るのは初めてだった。
 黙って映像を見つめるパンテレイモンをちら、と見たヴァッカリオは、軽く咳ばらいをして口を開く。
 
「で、だ。この映像が、民間に出回ってる。っつーのも、どうやらどこぞの個人店の防犯カメラのヤツみたいで」
 
 ヴァッカリオは、そこまで言って一度言葉を切って、頭を抱えるように項垂れた。大きくため息をついて「情報統制が間に合わなかったんだ」と気まずそうに言った。
 パンテレイモンも、小さく呻く。確かにあの時は非常事態であり、周囲の目なんて気にしている余裕もなかった。そして、あの件が終わった後もゴッドナンバーズや各フォース、英雄庁は事後処理に奔走していたはず。一市民であるパンテレイモンですら、英雄庁が蜂の巣を突いた様な大騒ぎをしていたことを知っている。深夜シフトの時に訪れる英雄庁職員達の顔色が軒並み悪かったことと、栄養ドリンクの売れ行きが異常に良かったことも記憶に新しい。
 
「シルバーヘアにレッドアイ。んでもってエリュマの制服。アンタの身元が特定される日も近い、ってわけだ」
「なるほど……そこまではわかった、が。特定されたところで、何か問題があるのか? 私のプライベートが侵されるのは避けたいところではあるが」
 
 パンテレイモンは冷静に指摘をした。この会議室に入ったときにヴァッカリオが言い放った「狙われている」という言葉を考えれば、単に個人を特定して済む話ではないだろう。パンテレイモン個人としては、私生活を脅かされるのはごめん被りたい。ただ静かに、アレイシアの活躍を見ていられれば、それで良いのだ。
 その指摘にヴァッカリオは一つ頷くと、端末を操作して再生中の映像を片づけて、代わりに何やら資料を表示した。どうやら、ディオニソスフォースのメンバーが作った報告書らしい。何人か、顔写真が載せられている。
 
「まあ話せば込み入って長くなるんだけどさ。要点だけをかいつまんで話すと、めんどくせえ宗教団体みたいなのが不穏な動きしてんのよ」
「はあ……」
「で、そいつらが、『謎の力を使った青年』を探すのに躍起になっている、ってワケ」
「本当に要点だけだな」
 
 だろ? とヴァッカリオは薄く笑った。恐らく、その怪しい宗教団体の存在も、バックボーンも、それからパンテレイモン――プロメテウスを探す理由も、実際のところは「込み入って長くなる」話があるのだろう。それらをパンテレイモンに明かさないのは、ある意味でヴァッカリオの優しさなのかもしれない。パンテレイモンには、ただ平穏な一市民としての生活を送って欲しい、という。
 パンテレイモンは大きく息を吐いた。おおむね、どうして朝っぱらから男二人でこんなに渋い顔をして頭を突き合わせる羽目になったかは、理解できた。
 
「全く、人間はいつでも面倒なことを考える……」
「っとだよ、こっちだってそろそろ落ち着いてきて休暇が取れそうだっつーのに」
「……貴様、この前駐車場で昼間から酒を飲んで寝ていたではないか」
「あー気のせい気のせい、それたぶんソックリさんだよ、ディオニソスXIIとして復帰したおいらがそんな仕事サボるわけないでしょアッハッハッハ」
 
 乾いた笑い声をあげるヴァッカリオをパンテレイモンは一睨みした。もう、パンテレイモンに対する監視任務はヴァッカリオの仕事ではなくなったはず。……はずなのだが、相変わらず、ヴァッカリオは日中にエリュシオンマートを訪れては、パワフルワンを買い込んでその場で飲み干していく。まあ、ヴァッカリオのおかげで酒類の売り上げが安定しているのはありがたいことである。
 ヴァッカリオは端末を操作して、新しい書面を表示した。
 
「まあ、そういうわけで、アンタの身柄をディオニソスフォースで保護しようって事になってだな」
 
 壁に映された書面には、雇用契約書、と書かれている。パンテレイモンはヴァッカリオの言葉に耳を傾けながら、その書面の内容を確認した。
 
「身辺が落ち着くまでここの臨時清掃員なんてどうだ」
「……なるほど。保護だけでなく、敵の動向も探りたいわけだな?」
「ご名答、さすが叡智の神だね」
 
 ヴァッカリオの皮肉ともとれる発言を、パンテレイモンは聞き流した。別に叡智の神でなくとも、わざわざ「職員として雇いたい」ということの裏を読めば、それぐらいはわかる。
 
「アンタには悪いが、囮になってもらう事もあるだろう。それから、ここの敷地から出るときには必ず護衛のヒーローを着けさせてもらう。……その分、報酬は弾むぜ?」
 
 ヴァッカリオの言う通り、書面の契約内容はただの臨時清掃員にしては破格だった。金額はもとより、その他福利厚生の充実っぷりも。ほぼ、ディオニソスフォースの職員と変わらない待遇だろう。
 身体保護と囮、を兼ねているのか、この先二週間はディオニソスフォース敷地内にある一般職員用の宿舎で暮らすことになるようだ。ヴァッカリオ曰く、「おいらやアンタが住んでるボロアパートよりよっぽどマシ」とのこと。エアコン完備、寝具や家具も備え付けあり。さらに、家賃やインフラ関連の料金もフォース持ちらしい。
 パンテレイモンはそれらの内容をひととおり読み終えた後にため息をついた。確かに、保護してもらう側でありながらもかなりの高待遇だ。囮としての役割をどこまで押し付けられるかが問題と言えば問題だが……この、他人にはどこまでも甘い男が、パンテレイモンを本物の危険に晒すことはないだろう、と思う。
 
「仕方あるまい。どうせ、これ以外に選択肢はないのだろう?」
「え、あるよ、一応」
 
 ヴァッカリオは急に、ニヤニヤとした笑みを浮かべた。その意味深な笑みに、パンテレイモンはぞわりと背筋を震わせる。
 
「おいらと二十四時間同棲生活って選択肢が――」
「お断りだっ!!」
 
 冗談ではない。本当に冗談ではない。パンテレイモンは大声で叫び、机を叩いて立ち上がった。何が悲しくて、こんな酒クズゴミ箱寝太郎アラサーブラコンセクハラ汚物野郎と一緒に、貴重な二週間の休みを過ごさなければならんのだ。しかも二十四時間体制で護衛してくれるという。ありがたすぎて涙と吐き気がこみあげてくる。
 
「ええ~そこまで拒否らなくてもいいじゃん~」
「想像しただけでも鳥肌が立つわっ!」
 
 パンテレイモンは思わず、両腕をさすった。その様子に、ヴァッカリオは揶揄いに成功した子供のような笑みを浮かべる。パンテレイモンは、また舌打ちをした。まだ昼前だというのに。
 
「ま、いいや。んじゃ、手続きに行くとしますか。雇用とか住み込みとかの詳しい話は事務員がやってくれるからさ」
「まさか、今日からか?」
「え、そりゃそうだよ」
 
 ヴァッカリオはそう言った後に、ニヤニヤした笑いを止めた。代わりに、唇の端を吊り上げた、獰猛な笑みを浮かべる。そこにいたのは、パンテレイモンが毛嫌いしてやまない酒クズではなく。
 
「エリュマの改装、そもそも敵さんの計画のうちだぜ」
「!」
「ディオニソスフォースの情報収集能力を舐めてもらっちゃ困る。向こうは『計画通り』とニヤついてるだろうが……計画通り、なのはこっちも同じだ」
 
 低い声でそう笑うように言うのは、ディオニソスXIIであった。