COLD CRUSH - 5/5

 
 無事にリニューアルオープンしたエリュシオンマートは、品揃えも豊富になり、提供できるフードも種類が増えたらしい。
 ヴァッカリオはピカピカの店内を眺めながら、いつもどおりにパワフルワンを数本抱えて、レジに持って行った。そこには、緑色の作業服ではなく、エリュシオンマートの制服を着た店長(あだ名)がいる。
 
「いやあ、やっぱそっちの方が見慣れてるわ」
「御託はいいのでお金をさっさと支払えお客様」
「なあ罵倒してんのか丁寧な接客すんのかどっちなんだよ」
 
 ヴァッカリオの抗議はいつものように、華麗にスルーされた。レジを通されたパワフルワンを、さっそくその場で開けて口を潤す。ここのエリュシオンマートは店内飲食OKだから実にありがたい。だからと言って、レジ前でいきなり飲みだすのもどうなのか、と言う話はあるが。
 ヴァッカリオはちら、と店内を見渡した後に、身をかがめてレジ台に肘をついた。
 
「あの件」
「……ああ」
 
 パンテレイモンが低く答えて息を吐く。そして、レジの下から何やらチラシの束を取り出すと、店舗名の欄にスタンプを押し始めた。どうやら作業をしながら、ヴァッカリオの話を聞くつもりらしい。
 
「アンタに話すのは今日が最後なんだが。結論から言うと、調査中、だな」
「なんだ、結末は教えてくれないのか」
「悪いね、ここから先は機密事項だ」
 
 まあ、別に知りたくもないが、とパンテレイモンは平坦な声で言った。もう平穏な生活は戻ってきているし、それ以上知ったところで、一般市民であるパンテレイモンには何もできることはないし、口を挟む権限もない。
 
「とはいえ、アンタ狙いってことは確定しちゃってね。やっぱり狙ってたのはあの『謎の力』らしい」
「フン……」
 
 パンテレイモンは面白くなさそうに鼻を鳴らした。あの力は、人間がおいそれと手を出して良い物ではないし――何より、自分とアレスの、大切な、本当に大切な力なのだ。それに興味を持つのは好きにすればよいが、手を出されるのは不愉快極まりない。もう手元は離れて、アレイシアの中に在るとはいえ、それでも。
 あの映像も、「事件解決に協力した見返り」として、英雄庁に徹底的に消させた。アレスと自分の映像を、人間のオモチャにさせたくはなかったからだ。それぐらいのワガママは許されるだろう。
 それについては、ヴァッカリオもずいぶん口添えしてくれたらしい。パンテレイモンも、さすがにその点だけは感謝している。
 
「全容解明がなあ、めっちゃ複雑でさ……ぶっちゃけ、今回のヤツらが下っ端って可能性もあるし。まだ、引き続きアンタは保護対象なんだよね」
 
 そう言って、ヴァッカリオは意味深に立ち読みしている客の方へ顔を向けた。パンテレイモンも、顔をあげてそちらに視線を向ける。立ち読みしていた客は、こちらを振り返ると――小さく、敬礼をした。ああ、なるほど、最近よく立ち読みする人間が増えたな、と思えば。
 
「……いつになったら、監視が減るのだ」
「監視じゃなくて護衛だっつーの。だいたい、これまでだってずっと監視付きだったんだから大して変わらないでしょ」
「明らかにこちらに向けている意識が違うから、気になる」
「我慢してくれよ。そのうち落ち着くだろうからさ」
 
 とヴァッカリオは苦笑した。それから小さく、不便をかけてわりぃな、と。パンテレイモンは、それに対して小さく首を振った。そもそもは、自分が迂闊に人前でプロメテウスとしての力を使ってしまったことにある。何も、ヴァッカリオがすべて悪いわけではない。
 
「ところでさ」
「なんだ、まだ話があるのか。貴様は本当に暇人なのだな?」
「いやいやいや、おいら忙しいんだって、マジマジ。……追加の話ってのはさ、スカウト」
「スカウト?」
 
 まさかの単語に、パンテレイモンはおうむ返しに聞き返した。ヴァッカリオはそう、スカウト、とやはり同じ単語を繰り返す。
 
「アンタのさ、働きが相当評価されてんだよ。事務員からもこの前の人、もう一回来てくれないか? って言われてて」
「ああ……」
「どう? 本格的にディオニソスフォースの職員にならない?」
 
 ヴァッカリオは、やはり笑みを浮かべていた。だが、その笑みはいつものニヤニヤしたものではなく、半ば本気のお誘いのようで。
 何回か目を瞬いた後に、パンテレイモンは静かな笑みをヴァッカリオに返した。
 
「この、エリュシオンという楽園を守るのが私の仕事ですので」
「……あらら、ふられちゃった、残念」
 
 ヴァッカリオは肩をすくめて、話を切り上げた。本気の誘いであっても、しつこく誘うつもりは無かったのだろう。残っていたパワフルワンを一気に煽ると、ヴァッカリオは伸びをする。
 そこに、騒がしい足音と声が。パンテレイモンとヴァッカリオは、自動ドアの方に目を向ける。
 
「あーお腹空いた!! あ、店長! エリュマバーガー三つください!」
「まあ、アレイシアったら、せっかく新メニューがあるのにいつもと変わり映えしませんのね。……わたくしは、こちらのこんがりバターラスクを」
 
 先を競うようにやってきたアレイシアとネーレイスが、矢継ぎ早にレジにいる店長(あだ名)に注文を飛ばす。遅れて、入ってきたエウブレナがヴァッカリオに気づいて軽く会釈をしてきた。
 
「いや~三人とも、相変わらず元気だね~」
「そういう隊長も……というか、お仕事の方はよろしいのですか? さっき、ディオニソスフォースに寄ったら何やらディオニソスXII様はどこだ! と騒ぎになっておりましたけど」
「あーいいのいいの、いつもの事だから」
「いつもの事だからって許されるわけでもありませんでしょうに……」
 
 じ、とヴァッカリオを見つめてくるエウブレナに、ヴァッカリオはひょい、と視線を逸らして明後日の方向を向いた。最近、エウブレナがだんだん兄に似てきたような気がする。おかしい、せめてクリュメノスに似ていくはずじゃないのか。
 
「エウさん、エウさんは何にするの!?」
 
 アレイシアがリニューアルされたメニュー表をずい、とエウブレナに差し出す。エウブレナは内容を見た後に、「この濃厚ミルクソフトクリームを一つ、ください」と丁寧に店長(あだ名)に注文した。
 
「はい、少々お待ちください!」
 
 店長(あだ名)は注文が入ったエリュマバーガーを仕上げつつ、こんがりバターラスクを新設されたトースターに投げ入れ、同じく新設されたソフトクリーム製造機の下でコーンをぐるぐると回す。
 
「リニューアルオープンしてメニューが増えたのはいいけど、こりゃ忙しそうだねえ……」
 
 ヴァッカリオはレジ前で新メニューについて騒ぐアレイシア達を見つつ、忙しそうにあれこれ準備するパンテレイモンに目を向けた。この忙しさだと、本物の労働基準監督署が立ち入りに来てもおかしくないかもしれない。
 しかし。エリュマバーガーをアレイシアに渡す店長(あだ名)はずいぶんと幸せそうな顔をしており――やはり、ここが彼にとっての楽園なのだな、とヴァッカリオは優しくその光景を見守るのだった。