蛇の哭く頃に - 4/7

◆◆◆
 
 バカ姫が傷がないことに気が付いた、それから同期のクソマジメが大慌てで俺とヒョロガリに指示を出してきた。
 
(さすがに、これから登場が増えるならまともな名前にしてくれないか、と頼んだが、青年はクソマジメはクソマジメなんだよ、と取り合ってくれなかった。記事中でうっかりこちらの通称を出してしまわないように死ぬほど気を付けるしかない……)
 
 クソマジメ曰く「何か良くない予感がする、いつでも逃げ出せるように道具を持って構えよう」だとさ。は~これからクソマジメは、って俺は思ったんだが、ヒョロガリの野郎は素直にその辺に散らかってた医療用の道具を片付け始めた。俺たちができる処置は終わってたからな。
 だけどよ。
 俺はクソマジメの言う事なんざ聞く気にはなれなかった。……今思えば、クソマジメも俺も、アポロン神の神話還りとして「予知能力」の発露でもあったのかもしれねぇ。火事場の馬鹿力的な。
 あ、これ不確定情報だから出さないでくれよ。うん、そうしてくれると助かる。
 まー俺もあの時の感覚はもう思い出せやしねえ。本当にあの一瞬だったんだろう。一生のうちで使える予知能力の一回をあそこで使い切ったのかもな。
 だけど、それのおかげで俺たちは助かった。
 俺はクソマジメやヒョロガリ、バカ姫が慌てて片付けているのをそっちのけで、アポロンVI達が戦っているのと反対側の林を見ていた。バカ姫が「アンタも手伝いなさいよ!」とかうるさかったけどな!
 それより、林を見てないと……警戒していないといけない、そういう気分だったんだ、そんときは。
 それで、その予感は当たった。
 ……林の奥。よーく目を凝らさないと見えない、暗い木々の間。迷彩の様な柄の、大きな壁がずるずると移動している――
 そう思った瞬間、俺は全力で「もう一匹蛇がいるぞ!」って叫んだ!
 そしたらクソマジメ共は動きを止めて。あの時、本当に時間が止まったと思った。息を飲む、っていうのはああいうのを言うんだろうな。
 俺の言葉に反応して、ベースキャンプに残ってたヒーロー達が身構えているのが視界の端にちらっと見えた。そりゃあもう、頼りになる医療チームの先輩も、だ。
 それに対して、片付けに夢中になってた俺たちはやっぱり無防備で。馬鹿だよなあ、惨劇の現場で救援が来たからもういいや~って完全に安心しちまってたからよ。
 だから、俺が見つけた『もう一匹の大蛇』がゆっくりと林から姿を現した時、俺たちクソガキ共は本日2回目の腰砕けをしてた、ってわけ。
 
◆◆◆
 
 そこまで話して青年は大きく息を吐いた。それを見て、私はメモを取り切ってから注文のために店員を呼ぶ。途端、青年は顔を綻ばせた。
 衝撃の展開に、新しい飲み物が欲しくなったのは私も同じだ。信じられない、規格外の大蛇が2匹も現れるだなんて。
 
「スナック……いや、プリンにしようかな……」
「両方頼んでもいいですよ」
「え、いいの? やった、じゃあ両方とあとコーラで」
「私は……カフェオレで」
 
 コーヒー、と言いかけて青年のまなざしに気づいてカフェオレに変更した。自分に甘く他人に厳しいタイプなのか、この青年は。
 注文を終えてから、私は手元のノートに走り書きしたメモを見直す。ページを戻り、キャンプ場の見取り図を眺めた。
 
「もう一匹の大蛇が来たのは、こちらからですか?」
 
 青年は頷く。アポロンVIが戦っているのと反対側、つまり、ベースキャンプは二匹の大蛇に挟撃された状態、ということ。さらに、自力で動けそうにない、あるいは意識不明の重傷者がまだキャンプに残っている。頼りのアポロンVIは一匹の蛇にかかりきり、と。
 状況をおさらいするようにメモを書きつつ、口に出して言えば青年は「そのとおり、合ってる」と短く答えた。
 
「続き、気になるだろ? 追加注文分が来るまでにある程度まで話してやるよ」
 
 私はその提案にすぐに乗った。急転直下の大ピンチに、メモを取る手も興奮が抑えられない。
 
◆◆◆
 
 もう一匹の大蛇が出てきて、残ってたヒーロー達が立ち向かってくれたんだけどさ、まあ相手が強いのなんの。っていうか、なんか、蛇もブチギレモード、みたいな?
 そいつは無傷の片目をぎょろりと光らせて俺たちを見下した。かと思えば、ヒーロー達の攻撃をものともせずに頭を振っただけで光の矢を打ち払い。んで、攻撃してきたヒーローを追いかけ回して片っ端から叩き潰してた。
 そこで俺は思ったわけよ。
 あれ、これ、先輩達無理じゃね? って。
 あー……記事に載せるときはなんかいい感じの言い回しにして欲しいんだけど。見てて、明らかに先輩達無理だった。たぶん、アポロンVI側についてった人たちの方が戦闘能力高かったのかな?
 とにかく、アポロンVI達と違って全然、蛇に攻撃効いてないっぽいし。かといって、ピンポイントで弱そうな目を狙えるような感じでもなかったし。
 ……あと、たぶん俺らが邪魔だった。
 明らかに腰が抜けて這いつくばってる俺達クソガキ共と、動けない重傷患者から気を逸らせるように動いてた。俺らがもうちっと、ちゃんと動けてれば、先輩達もあんなに苦労しなかったんだろうと思うよ、もちろん。
 それは悪かったなとは思うんだけどさ、俺らも新人なわけよ。ついさっきまで未経験の修羅場に巻き込まれてヒィヒィてんやわんやしてた、しかも戦闘能力ミジンコレベルのクソザコなわけよ。そんな動けるわけもないし、勘弁してってこと。
 だけどさあ、そこでクソマジメよクソマジメ。クソがつくほどマジメで優等生で正義感たーっぷりのめんどくせえやつ。
 あいつが、「僕たちが囮になって蛇をここから引き離そう!」って言ったんだ。
 ばっかじゃねーの!? って思ったさ! だって俺ら、後方支援組で、新人で、何の武器ももたない、鈍足腰抜けクソガキ共なんだぜ? 囮もクソもあるかってんだよ。
 クソマジメは言うよ、「このままだとジリ貧で負ける、どちらにしたって僕たちじゃ患者を守り切れない」って。そりゃ火を見るよりも明らかってやつよ、そんなん知ってるわ。
 片目の大蛇と戦っているヒーローはだんだんと減っていた。だって次々にやられてるから。よく見てみりゃあ、医療チームの超頼りになる先輩もその辺に転がってた。何とか立ち上がろうとしてたけど、足はプルプルだしなんか頭から血もだらだら流れてるし。頭裂けたんだろうなあ、まあ頭部の流血って派手な割に傷が軽いことが多いんだけどな。だからと言って、あんな状態で戦うのは無理ってもんだ。そもそも、先輩、持ってる人造神器そんな戦闘向きじゃないし。
 そしたら、バカ姫が「いいじゃないの、やってやりましょうよ」とか言い出すわけ。これだから世間知らずのお嬢様はよぉ! クソマジメは責任感と正義感だろうけど、バカ姫はただのヒロインごっこだろ。さっきまであんなにキャーキャー叫んでたくせに。
 たまんねえよ、そんなのに巻き込まれたら。「じゃあおめーらが二人で勝手にやれよ、俺はここに残るからな!」って言ったところで、だ。
 さっきの先輩ヒーローが、ぶっ飛ばされていくのが見えた。いや、受け身はちゃんと取ってたけどな。だけど、もう起き上がるのも無理そうだった。
 でもさ、その先輩が、俺らの方をちらっと見て、確認して、なんか頷いてまた立ち上がった。もう無理だって見りゃわかんのにな。めっちゃヨロヨロしてんのにな。
 ……それ見たらさあ、まあ、思うところも出てくるでしょ。
 クソマジメとバカ姫は二人で頷きあったら、持ってた支給品の応急手当セットのリュック握って飛び出してった。あーあ馬鹿野郎ども、あいつら死ぬぞ、って俺は思った。思ったんだけどさ……。
 ……まあ、二人だけで囮になるわけもねえだろ? あいつら、飛び出してったのはいいけど、たぶんなんも考えてなかっただろうし。
 だから。
 まあ。
 仕方ねえから、俺が後を追った。あの、片目の大蛇がこっちを振り向くように、ベースキャンプに置いてあった拡声器持って「オラァ! こっち向けェ!」って怒鳴りながらな!
 そしたら、あの野郎、こっちを睨んできた!
 大蛇の片目と目があった瞬間、俺達は全力で走り出した!
 
◆◆◆
 
 手に汗を握る怒涛の展開に、私のメモを取るペンのスピードもうなぎ登りだ。絶体絶命からの、若者の奮起。それがどのような結末を辿るのか、早く続きを――
 
「お待たせしました。スナック盛り合わせと当店特製プリン、コーラとミルクたっぷりカフェオレでございます」
 
 ――タイミング悪く、店員が先ほど注文した品を持ってきた。ことりと置かれた湯気を立てるカフェオレに何とも言えない視線を注いでしまう。ふと見れば、青年は特に気にした風もなくさっそく、スナックに手を伸ばしていた。
 仕方なく、ここまでのメモを見直しながら一つ息をつく。
 
「結局、あなたも危険を承知で飛び出したんですね?」
 
 青年は肩を竦めた。
 
「そりゃあまあ。目の前で死なれたら寝覚め悪いからな」
 
 ……なんだかんだいって、この青年もヒーローなのか、と私は改めて見直した。取材を始めた当初は到底アポロンフォースにふさわしい人材とは思えなかったが。
 寝覚めが悪いから、だけで、自分の命を賭けて他人を守るなんてそうそうできるものではない。それができるかできないか、一つの守る側と守られる側のボーダーなのだろう。
 
「ちなみに、あの主体性もなんも無さそうな陰キャのヒョロガリもちゃっかり俺らの後をついてきたぜ」
 
 あいつなんなんだろうな、ボッチになるのが嫌だったのかよだせえな、と青年はスナックを食べながらゲラゲラと下品に笑った。
 ……前言撤回。やはりこの青年はヒーローではない気がしてきた。
 なんにせよ、例の同期についてはA,B,Cと仮名を振ろうと私は決心する。
 
「……続きを」
 
 思うところを堪えて、続きを青年に促した。青年はコーラをがぶりと飲み、ゲップをしてから口を開いた。
 
◆◆◆
 
 えーっと走り出したところからか。
 俺がギャーギャー喚いて、ついでにバカ姫が適当に小石とか投げて……まあ1つも当たらなかったけどな! まあとにかく、その結果、片目の大蛇は俺たちにターゲットを変えた。そこからはもう全力ダッシュあるのみ、よ。
 クソマジメが「こっちだ!」って言うから、わけもわからずそっちについていった。いやー今度は転ぶなよって思ったぜ、俺は。
 後から聞いたんだけど、クソマジメ、合宿の自由時間に山の地図を頭に入れてたらしい。ほんとクソマジメだよな。ま、それのおかげで助かったんだけど。
 大蛇が入りにくいような狭い道や凹凸の激しい道をどうにかこうにか走り回ってクソマジメが「川に飛び込むぞ!」って言うと同時に、目の前のそこそこ大き目な川に飛び込みやがった。
 もうその頃は俺も体力限界だったからよ、迷うことなく飛び込んだぜ。いやあ、研修で先に着衣水泳とかやっといて良かったわ。ついでに、背負ってた応急手当セットが入ったリュックも浮袋代わりになったし。
 バカ姫もヒョロガリも後から飛び込んで、クソマジメが泳ぐのに合わせ下流の対岸へ泳ぎ切った。飛び込んだところからちょいと下流で、草とかがぼーぼーに生えてたところ。
 ここで俺は超ファインプレーをする。マジで我ながら天才だと思うわ。持ってきてた拡声器のブザー音をオンにしたまま、川に流したんだ。俺たちの代わりにビービーうるせえ音出しながら流れてく拡声器!
 おかげさまで、対岸の草むらに隠れたまま、例の大蛇が鼻息荒く拡声器を追いかけていくのを確認できた。咄嗟にやったことだけど、あれのおかげで助かったところあるだろマジで。
 クソマジメが肩で息をしながら「みんな無事か?」って聞いてきた。馬鹿野郎、無事に見えるかよって言いたいところだったが、全員スタミナが足りてないだけの五体満足問題なし。だとしたらそりゃあ無事って言うしかないだろう。肺が爆発するんじゃないかってぐらいゼーハーしてたけど、無事なもんは無事だ。
 それで適当に水を振り払って、さてどうしよう、となったわけだ。全員、支給された応急手当セットのリュックは持ってきたけど通信機は持ってない。それだけじゃない、緊急時の狼煙上げるやつとか、食料とか、着替えとか。
 全部置いてきちまったんだな、これが。
 だから野宿もやりようがないし……そもそも大蛇がうろついてる山で野宿とかごめんだわ。もうどうしようもないってことで、警戒しながらベースキャンプに戻ろう、ってことになった。
 幸いにして、地図の達人、クソマジメが戻る道は知っている。ヒョロガリが謎の雑学で方角も判定してくれたしな。
 あとは、大蛇に見つからないようにそ~っと帰って、アポロンVI達と合流すればいいだけだ。