Dope Moon - 2/6

 そして時は戻り、現在。無事にスーツを着ることができたヴァッカリオは、こうして悪の本拠地へと潜入を果たした。アレイシアが隠されている場所はビルの地下ということもプロメトリックの情報からわかってはいる。後はそこに足を向けるだけ、だが……ハルディスがビルの設備資料をどこからともなく拾ってきたところによれば、随分と地下には大仰な警備システムが導入されているらしかった。
 被害を無視して強行突破することも考えたが、それでもヴァッカリオ一人では難しいし、英雄庁からガサ入れ許可もまだ出ていない。となれば、やはりヴァンガードの特殊捜査権限を使って潜入捜査をするしかなかった。
 ゾエルの作戦計画に従って、ヴァッカリオはとりあえず、ホール内の人間観察をする。あのボスも随分と無茶ぶりをしてくれるもので、「適当な人間に媚び売るか脅すかしてバックヤードに行け」という乱雑な作戦だった。脅迫だなんて、ヒーローのやることだろうか、と思わないこともないが……。
 
「おい、お前、見ない顔だな?」

 壁に凭れ掛かって存在を薄くしていたが、目敏くも見つけられたらしい。派手なスーツを着たいかにも、といった顔立ちの青年が話しかけてきた。
 
「あ~他のクラブから応援に呼ばれてて。どっかヘルプ入る?」

 男の面前に堂々と立ったヴァッカリオ。その姿を頭の上から下までじろり、と眺めた男は一つ頷いた。ヴァッカリオも自分のスタイルにはそこそこ自信があったが、どうやら合格だったらしい。
 
「ちょうどいい、客のエスコートを頼む。言っておくが、指名が入るまでのつなぎだからな」
「おっけー」

 男に示された場所へと向かえば、アッシュグレイの髪をまとめた上品そうなマダムが護衛を一人引き連れて、店内に入ってきた。へえ、こういう客もいるんだな、とヴァッカリオは驚きつつも、顔には接客スマイルをぴったりと張り付かせて歩み寄った。
 
「ようこそマダム、席までご案内いたします」
「あらあなた……見ない顔ね」

 ほっそりとしたマダムの手を取り、腰を抱いてゆっくりと席までエスコートする。ヴァッカリオの反対側で女性を守るように付き従う護衛の位置を念のためチェックしておく。いつ、看破されて襲い掛かられても倒せるように。ここは敵陣のど真ん中であるということを、ヴァッカリオはもう一度心に刻んだ。

「お初にお目にかかります。本日は他クラブから応援に来ておりまして……」
「ふうん」

 ちらり、とヴァッカリオの顔を見上げたマダムは鋭い視線をしていた。ヴァッカリオの背中に一瞬、ひやりとしたものが走る。
 マダムを豪華な革張りのソファへと案内し、自分もその隣に座る。すっと流れるような動作でタバコを口にくわえたマダムに、ヴァッカリオもライターで火を近づけた。慣れた仕草でタバコの煙を吸うと、その紅が塗られた唇からゆっくりと煙を吐き出す。
 
「……アンタ、違うだろ?目つきでわかる。何しに来たんだい、こんなところに」
「……」

 笑顔を張り付かせたまま、黙ったヴァッカリオを流し見ると、マダムは足を組み替えた。話すまで、離してくれないようだ。
 
「……はあ、あっさりバレちゃいましたね」
「ほう、誤魔化しもせずによく認めたじゃないか」
「貴女のプレッシャーには敵いませんよ、マダム」

ヴァッカリオが降参、と両手を挙げれば、彼女も肩を揺らせて笑った。綱渡りのような会話だが、それを知るのは声が届くこの二人のみ。

「さて、じゃあ面白い話をしてもらおうかね。面白ければ、見逃してあげる。つまらなければ……そうだね、上に言って魚の餌にするか内臓でも捌いてもらおうかしら?」
「おや、美しい顔に似合わず怖いことを仰る」
「減らず口だねぇ……美しい薔薇には棘があるって常識だろう?」

 ピンチ、ではあるが、どうやらヴァッカリオは一発で「大当たり」を引いたらしい。この女性と上手く渡りをつければ、上へ紹介してもらえる可能性もある。
 さて、何の話をしようか、と頭を一瞬巡らせたが、このマダム相手に絡め手は逆効果だな、とヴァッカリオは判断した。年の功が違いすぎる。となると、素直にアレイシアのことを話してしまった方が楽だ。万が一ダメだったら、それはそれで強行突破すれば良いだけのこと。
 
「――というわけで、こうして今ここに潜り込んだわけです」
「ほぉー……」

 長話でもなかったが、マダムは短くなったタバコを灰皿に押し付けて火を消した。もう一本、口にくわえる前にヴァッカリオの真っ直ぐな視線を見返した。
 
「気に入った」
「……はあ」
「なんだい、面白い話じゃあないか。少女を助けに単身乗り込んできたって?そりゃあどこの少女漫画かねぇ……」

 クックック、と肩を揺らして笑うマダムに、ヴァッカリオも体の緊張を解いた。女性の考えることはさっぱりわからないが、とにもかくにも、この人の琴線には触れることができたらしい。
 マダムが指を鳴らすと、護衛がすぐに近寄ってきてマダムの足元に跪く。何事か言伝をすると、護衛の男は少し躊躇いながらも、立ち上がってどこかへ消えていった。
 
「裏まで手引きしてやるよ。気張んなさいな」
「!ありがとうございます、マダム!」

 頭を下げるヴァッカリオに、マダムは鷹揚に手を振った。そのうち、護衛が一人の男を連れて戻ってきた。
 
「こいつがその男ですか?」
「ああ。アタシのお眼鏡に適ったイイオトコだよ……ちょっと裏で磨いてやんな」
「はい!かしこまりました!……おい、ついてこい!」

ぺこぺこ、マダムに対して頭を下げる男に付いて、ヴァッカリオもテーブルから姿を消した。しかし、最後に振り返って、マダムだけにわかるように手を小さく振ったのを見送る。

「……そんなにあの男が気に入ったのですか?」
「そうさねえ……何歳になっても、女ってのはいつか白馬の王子様が来てくれるんじゃないかって夢見るもんなのさ……」
「はあ……」

 護衛の気のない返事を聞きながら、マダムはうっとりと、先ほどの真っ直ぐな目つきを思い出していた。

「お前、どうやってあの方に取り入ったんだよ!?超金持ちだぜ!?」
「知るかよ、テーブル案内しただけで気に入られたんだって」
「まあ、お前、男から見てもイケメンだしなあ……あーあ、世の中やっぱ顔かよ顔!」

 違うと思うけど、というヴァッカリオの小さな呟きを聞かず、目の前の男はずんずんと歩き続ける。さすが高級ホストクラブ、と言うわけか、事務所は違うフロアにあるらしい。物置や厨房らしき部屋を経て、一つ下へと降りる。
 
「あ、おいら、トイレ行きたいんだけど」
「トイレならこっちだ」
「さんきゅー」

 組織としてはかなり大規模で高価な警備システムを導入していたとしても、やはり末端の人間がザルだとこの程度なのだろう。地下へと侵入を果たしたヴァッカリオはトイレでゾエルへと通信を入れた。
 
『――手が早いじゃねえか、お前、xxxxx専だったのか?』
「違うって。まあとにかく、引き続き下へ行くけど……地下三階だっけ?アレイシアがいる場所」
『ああ。ビルの間取り、最新のヤツを端末に送るか見てくれ。どうやら地下に結構でかく掘り進めたみたいでな……めんどくせえことに、かなり入り組んでやがる』
「本当だ……うわ、なにこれ、ホールとかあるじゃん。アヤシイ儀式用?」

 ヴァッカリオは端末に表示されたマップを見ながら鼻で笑った。コンサートホールでも地下に作れば良いものを、どうせありがたい説話や集団幻覚でも見させるためのホールだろう。
 
『行き来するにはカードキーが必要だろうな。もっと重要なところは生体認証だろうが、ヴァッカがいる階層レベルなら、構成員をイチイチ生体登録しちゃあいねェと思う。その辺でカードキー盗ってこい」
「りょーかい、ボス。ちょうどいいのが傍にいるや」

 ゾエルとの通信を終えてトイレから出ると、男がイライラした面持ちでこちらを見てきた。

「糞でもしてたのか」
「そうだよ……ごめんね?」

言うが早いか、ヴァッカリオは男の胸倉を掴むと身体を引き下げ、後ろ首に手刀を下す。対ヴィラン無力化の訓練成果が十分に発揮できたようで、男は一撃で昏倒した。
 トイレに男の体を引きずりこみ、申し訳ないながらも物色。身分証明兼カードキーらしきもの、それから実弾の銃……。
 
「あーもしもし、こちらヴァンガード隊隊長ヴァッカリオでーす。応答願いまーす」
『あン、なんだよふざけやがって』
「実弾の銃を押収したんだけど?これで強制捜査いけるようになる?」
『でかしたヴァッカ!証拠品の画像と型番送れ、ルートたどってうまくいきゃあ英雄庁の弱みを握れる!』

 嗚呼、獲物を見つけて舌なめずりするボスの様子が脳裏に浮かぶようだ。ヴァッカリオは拳銃の写真を腕時計に内蔵されたカメラで何枚か撮り、ゾエルへと送った。今頃、喜び勇んで捜査を始めていることだろう。
 そして自分は、と言えば、ありがたく身分証明兼カードキーを首から下げ、その男の体を肩で支えて引きずるようにして廊下を歩く。拳銃は悩んだが、ヴァッカリオが発砲するとさすがのゾエルでも始末に負えなさそうなのであきらめて男のホルスターに戻しておいた。
 
「あっすみませーん!」
「?……どうしたんだ!?」
「さっきトイレで倒れていて……医務室まで運びたいんですけど」

 通りかかった男に適当な理由を告げて、医務室まで一緒に気絶したままの男を運んだ。トイレで倒れているところを発見されて問題になるより、堂々と医務室へ担ぎ込んだ方が問題になるのを遅らせることができる。
 じゃあ自分は次の用事があるので、としれっと言ってヴァッカリオは医務室を後にした。彼が目を覚ます頃までには事を片付けたいものだ、と一人思う。面倒ごとを増やすのは趣味ではない。
 
 
 
 監視カメラがあるのはわかっている。だから、ヴァッカリオは隠れることもなく堂々と歩き、時にすれ違う人に適当に手を挙げたり言葉を交わしたり、元からここの構成員だったかのように振る舞った。脳内のマップを辿りながら、地下への扉をくぐる。
 地下二階。アレイシアが囚われているのは次のフロアだ。カードキーのみで潜り込めるのはこの二階の一部まで。後は、どうにかして潜り込んでいかなければならない。
 
「さて、どうしたもんかな……」

 地下一階はまだホストクラブの事務所を兼ねていたから、様々な雑用係が廊下を行き交っていて人通りも多かった。しかし、このフロアになるとがくん、と人が減り、廊下も静まり返っている。
 困ったときはトイレに隠れるに限る。と、ヴァッカリオはとりあえずの目標を定めて足を向けた。とにかく、キョロキョロしたり、何かを探したりするような姿を監視カメラに映すわけにはいかない。あくまでもヴァッカリオはこの組織の構成員であり、何かしら目的をもって活動をしている、ということだ。目的のない人間ほど、怪しまれるものはない。
 
「キャッ!」
「おっと!ごめんよ?」

 少しばかりぼんやりしていたのか、廊下の角で誰かとぶつかってしまった。声からするに女性のようで……尻もちをついた女性に手を差し伸べながら、ヴァッカリオは心の中で少しだけ悪い笑みを浮かべた。
 女性は白衣を着ており、言い様は悪いがどう見ても「アタリ」だ。恐らく、上のホストクラブよりも下の施設に関わりのある女性なのだろう。

「大丈夫?ケガしなかった?」
「っ!は、はい、大丈夫です……」

 ばらまかれた資料を拾い集めながら、にっこり、一番女性ウケするだろうという、人懐っこい笑みを浮かべて笑いかければ……サッと女性の頬に朱が走ったのをヴァッカリオは確認した。さきほどの男より一層罪悪感はあるものの、申し訳なく思いつつ拾い集めた資料を手渡しながらそっと女性の手を握る。
 
「資料、多そうだし部屋まで持って行ってあげるよ」
「いっいえ、そのようなことは……だ、大丈夫です」
「そんなこと言わないで、さ……」

 資料を胸に抱く女性を壁際に追い詰めて、顔の隣に手を置いてぐっと顔を近づける。どうしても身長差のせいでヴァッカリオが低く屈むことになり、女性の顔近くにヴァッカリオの髪がはらり、と垂れ落ちた。鼻先が触れるのではないかと言うほどの距離まで詰めれば、顔を真っ赤にして少し涙ぐんだ女性の顔がヴァッカリオの視界いっぱいに広がる。ああ、本当に申し訳ない気持ちで心はいっぱいだ……。
 
「さっきぶつかっちゃったお詫び、させてくれないかな?」
「……わっわかりましたぁっ!」

もはや、悲鳴に近い形で女性は叫ぶと、顔を背けた。男性慣れしていない彼女にとってヴァッカリオのようなイケメンに迫られるのは刺激が強すぎたらしい。
 女性を解放すると、ヴァッカリオはにこにこと笑みを浮かべて女性から資料を受け取る。
 
「ごめんね、びっくりさせちゃった?」
「び、びっくりしましたよ!もう!」
「あはは、怒らないでよ……そういえば、君の部署ってどんなことやってるの?」

 白衣の女性に先導してもらいながらそれとなく探りを入れる。話を聞けば、アレス神の神話還りがなぜ現れないのか、神話還りが現れる原因とは、といったことを独自に研究しているらしい。まあ、彼女のふるまいや快活な笑顔からするに、組織の裏の部分には関わっていないだろう、とヴァッカリオは踏んだ。
 
「英雄庁の研究結果だけでは、どうしても納得がいかなくて……」
「ああ、そうだよねえ……『アレスちゃん』だけがアレス神の神話還りって、おかしいもんね」
「そうなんです!!あれだけたくさんの神話還りが発生しているのに、アレス神だけがたった一人しか発生しないだなんて……ああ、そうだ、それで、明日に本物の『アレスちゃん』と会えることになっていて」
「!?……うわあ、うらやましいなあ、今やゴッドナンバーズに並び立つかもしれない大英雄でしょ?」

そうなんです!と嬉しそうに言う女性から視線を外し、ヴァッカリオは考えを巡らせた。
 明日会える、ということはこの女性はアレイシアの居場所を知らないのだろう。念のため、と探りを入れてみたが、やはり知らないような素振りだった。さすがに、そこまでの幸運には恵まれていないようだ。むしろ、ここまでの「女運」が良すぎるだけな気もしてくる。
 ここで良い、と言われた研究室に女性を送り届けて(もじもじ、名前を聞かれそうな気配だったが「ここに俺が来たのは内緒だよ」と言って聞かせた)、ヴァッカリオは踵を返した。女性のおかげで一部の生体認証はクリアできた。まあ、逆にここから出られなくなってしまった、とも言えるのだが。
 
「ボス~地下二階の奥まで来たよ~」
『早いなヴァッカ……。強制捜査の話だが、やっぱり英雄庁の上の方で揉めてるようだ』

 だらしねえxxxx野郎共が、とゾエルが通信機の向こうで吐き捨てる。それぐらいはヴァッカリオも織り込み済みだ。そもそも、こちらの潜入捜査で特権を利用しているとはいえ、申請を出さずに独断専行しているのでそこを責められたらどうしようもない。
 歩きながらゾエルと状況を取り合う。生体認証が指紋であることや、使われていた機械の形状、ちらっと見えたメーカー名や型番、そういった情報を伝えれば、ゾエルがちょっと待て、と言って一旦通信が途絶える。
 
『おい、確か腕時計持ってってたよな?』
「んー?あのハルディスオリジナルの腕時計?便利に使わせてもらってるけど」
『よし、そいつがありゃあハルディスがシステムをハックしてくれるってよ』
「……マジ?」

 メーカーや型番から仕様の資料を取り寄せ、ヴァンガード権限でメーカーに資料開示をこれから求めるのだとか。それで、どうにかなるというのだからやはりハルディスは天才だ。
 とにかく、生体認証の問題は解決しそうだ。となると、あとは時間をうまく潰すしかない。やはり困ったときのトイレだな、と思いながらヴァッカリオは真っ直ぐ進んで、見えてきた男子トイレへと身を隠した。