ビル内某所。いかつい男が蹴り上げたテーブルが派手な音を立ててひっくり返った。
「クソ共が!こんな簡単に侵入を許しやがって!!」
「申し訳ありません!!」
頭を下げる男が一人。残りの一人が眼鏡のフレームを抑えつつ、テーブルを蹴り上げた男を見る。
「兄貴、ネズミ狩り、やりますか?」
「ああ。足取りはどうなってる?」
「地下二階まで。監視カメラの死角を上手い具合に縫われています」
「チッ……おい、野郎どもを集めろ、地下三階で迎え撃て!!」
床に散らばった、監視カメラの映像を解析した写真を拾い上げて怒りのままに握りつぶす。
ネズミが入り込んだようだ、という一報があったのはつい先ほどのこと。医務室で体調不良だと寝ていた男から、「新入りに襲われた」という話が上がったのだ。
詳しく聞いてみれば、拳銃こそそのままだったもののカードキーが盗まれている。そこから、カードキーの使用痕跡を辿り、監視カメラの映像を洗ってみれば堂々と地下を歩く見知らぬ男の姿があった。登録してある組織の構成員と照会しても該当なし。
こうして、ヴァッカリオの存在はついに明らかになってしまった。
「ネズミは一匹のようですが……」
指示を受けた下っ端の男が慌てて部屋を飛び出していった後。眼鏡をかけた男は部屋を出る前に、ソファに座ったまま考え事を続ける男を見た。一見、粗野な言動が目立つこの男だが、伊達に組織のナンバーツーではない。引き際も弁えているし、何をすべきかもわかっている。
「一匹、そいつは本当にネズミか?オレにゃあネズミどころか喉元食い破る猛獣にしか思えねぇ……勘だがな」
「……兄貴の勘は、よく当たりますので」
「そうさ、オレはお前ほど頭は良くねェが、自分の勘は信じてる」
そう言って男はソファから立ち上がると首を軽くひねって、潮時だな、と呟いた。
「人員はもう全員上階に引き上げだ。撤収準備をしろ」
「ハッ」
「お前は……どうする?オレに、ついてくるか?」
じ、と兄貴分の男の顔を見つめた後、ずれてもいない眼鏡を指で軽く押し上げた。
「自分は、ここで後始末をやっておきます。兄貴、どうかご武運を」
直立不動で告げるその顔を睨んだ後、はあ、と大きなため息をついた。
短時間でここまで容易に潜入したその手口、それから身のこなし、爆発物の用意。どれをとっても一個人の動きや従来の敵対組織ではない、新しい第三の組織の関与が十分に考えられる。それも、かなり練度の高い組織の。
弟分はそれを瞬時に計算して判断し、自分を逃がすために捨て駒になると判断したのだろう。構成員としては正しい判断だ。目上の人間のために自分の命を差し出すこと、それが最も重要な生き方……。
「てめぇには随分と世話になったもんだ。……いいか、オレはお前のことを捨て駒だなんて思っちゃいねえ。大切な切り札だから、今日、今ここで切るんだ。わかってるな?」
「……もったいないお言葉です」
「うるせえよ。事が済んだらセーフハウスの七番で落ち合おうじゃねェか」
きっちりとした礼を続ける弟分を置いて、男は乱暴な足取りで部屋を出た。撤収の準備、それから組織の再建、英雄庁の毒虫たちへの連絡。やらなければならないことはたくさんある。それに考えを巡らせて、優秀なブレーンを失うとめんどうくさいものだ、とまた一つ、男はため息をついた。
同時刻、地下三階ゲート前にて。ハルディスに言われたとおり、認証用の端末に腕時計の一部から線を伸ばして接続していたヴァッカリオは、することもなくハルディスのハッキング結果を待っていた。案外スムーズにここまで来られて、後はアレイシアを見つけるだけだ、とのんびりしていたのだが。
ピッと音を立てて認証完了のグリーンランプが灯る。腕時計を巻きなおして、いざ地下三階へ。
「……あらら、熱烈歓迎だね、これは」
「ハッ、ここまで一人で来れたことを褒めてやるよ」
向けられた銃口の数々に、ヴァッカリオは大人しく両手を挙げた。ざっと人数を数える。銃口を向けているのが四人、後ろに高みの見物を決め込んでいるのが一人。
「褒めてもらった上に待ち伏せお疲れ様、ってことで、こういう時は逃げるに限る!」
「待て!!」
身を翻してゲートから離れるヴァッカリオを追って騒がしく男たちが走り出す。
「バカだなあ、下手なこと喋っている間に撃てば良かったんだよ」
走りながら的確に銃を撃つのは非常に難しい。彼らは、ヴァッカリオの誘いに乗った時点で負けていたのだ。
ひょい、と廊下の角に身を隠すと、ドタバタとうるさい足音を聞き分け、距離をはかる。
男たちがちょうど角に差し掛かるタイミングで、回し蹴りの要領で勢いよく足を蹴りだせば、先頭を切っていた男の顔面にぶち当たり、すぐ後ろを追っていた二人目ごとなぎ倒した。
「うおっ!?」
三人目が銃を構え直すより早く、ヴァッカリオは左脇のホルスターからテーザー銃を抜き、二射早撃ち。見事に三人目と四人目の胴を撃ち抜き、二人の男は呻き声をあげて廊下に倒れた。
「てめえ!」
「どいたどいた!強行突破するよ!」
リーダー格のような偉そうな男が向ける拳銃の、銃口と視線から射線を判断し、放たれる実弾を軽いステップで交わす。最新鋭のオート照準も考え物だ、射線が直線すぎる。
「なんでっ……グハッ!」
まるで当たらないことに怯えた男が後退りするより早く、ヴァッカリオの革靴が顎に直撃し、男は白い歯を散らしながら倒れこんだ。
倒れた男たちを気にせず、ヴァッカリオは全力で走り去る。地下三階へのゲートをくぐり抜ければ――あちこちから聞こえてくる、怒声や人が走り回る音。
「ゾエル!潜入がバレた!」
『ああン!?』
「敵勢力からの実弾射撃を確認、正当防衛でこっちも撃っていいよな!?」
『チッ、実弾はめんどくせェが、状況的に正当防衛で通る……通してやらァ!ヴァッカ、お前の好きにしな!』
「サンキューボス!今度パワフルワン奢るよ!」
いらねえ!というゾエルの叫び声を耳にしながら、ヴァッカリオは脳内マップをもとに通路を走り抜ける。
ヴァッカリオを追い回すための一時的な処置なのか、ありがたいことにほとんどのゲートロックが外されていて……いや、違うな、とヴァッカリオはマップと照らし合わせながら呻いた。
どうやら、敵にも頭のキレる奴がいるらしい。後ろから追い立てる足音と、体よくロックが外されたゲートの位置から考えると、この先の大ホールに向かうしかない。つまり、どう考えても罠である。が、どのみち強行突破をすると決めた。決めたことは最後まで押し通すのが一番早いやり方だ。
「っととと、ここがおいらの処刑場、って感じかな?」
バッ、と飛び込んだ大ホール。そこには八人の男が拳銃やマシンガンなどを携えて待ち構えていた。そして、後ろからも追いかけてきた男たちが展開する。
ヴァッカリオはちらり、と後ろを見て人数を数えた。前に八人、後ろに八人、合計十六人。得物は様々。
「動くなッ!銃を捨てろッ!」
「言われなくても」
ヴァッカリオはテーザー銃を足元に落とすと、それを蹴って面前の敵の足元まで飛ばした。その素直な反応に少しだけ、男たちが驚いたような顔を見せる。
「お前、どこの組のモンだ?目的は?」
「どこねえ……英雄庁の方から。目的はこの先にいる女の子。これでわかるだろ?」
「……味方は?一人か?」
ジリ、と男たちの包囲が狭まった。向こうとしてはヴァッカリオのバックにいる組織の情報や、このビルからどのような情報や物資がヴァッカリオの手で流出したかを確認したいのだろう。
だが、どのような人間も、出会った最初が緊張のピークだ。会話を交わして時間が間延びすればするほど、無意識に肉体の緊張は解かれ、ゆるゆると筋肉は弛緩する。ヴァッカリオにしてみれば、この会話はありがたい時間稼ぎにすぎない。どうせ、アレイシアを連れ戻す以外に何の目的もなければ、バックの組織もどうと言うことはない……引き出そうと思っても何も出ないのだから。
「味方ならいるよ、この中にね。……手引きごくろーさん」
ニヤリ、不敵な笑みを浮かべてヴァッカリオが応えれば、男たちが一瞬だけ息をのみ、視線をヴァッカリオから外して自分たちの仲間へと走らせた。
もちろん、その隙をヴァッカリオが見逃すわけもない。
「ッ!」
左手で右脇のホルスターから護身用ナイフを取り出すと、目の前の男の喉元を狙って投げつける。と、同時に、男たちの射線から外れるように右へ体を躍らせ、右端の敵へ飛び掛かった。大股で一歩、二歩、三歩、四歩!
「こいつ!」
「遅ェよ、二人目!」
軽い音を立てて発射される弾丸は、ヴァッカリオの動きを後から追いかけるだけ。二人目の男のハンドガンを手で抑え込み、ぐるりと男の体ごと反転させて盾にする。味方の銃弾に撃ち抜かれた男の体は出来の悪いダンスを踊って崩れ落ちた。
「三人、四人!」
男から奪ったハンドガンを横撃ちし、それぞれ額と胸に弾丸をお見舞いした。ヴァッカリオは止まることなく、そのハンドガンを目の前で銃を構え直す男に投げつけ、自身は身を屈めて前転する。
「クソッ!!」
慌てて、転がるヴァッカリオに向けて銃口を下げるが、その頃には腕の筋肉だけで飛び上がった長身が、男の頭を踏み台にしていた。当然、体重のある成人男性の体重がすべて頭にかかるのだから、その首は嫌な音を立てて折れる。
「五人目!」
ヴァッカリオの前で待ち伏せをしていた男たちも僅か数十秒の間に半分を切った。銃と言う圧倒的有利な飛び道具を持っていても、彼の素早い動きをとらえきれなければ何も意味をなさない。
五人目の男から六人目の男へ。空中で器用に体をひねって姿勢を整えたヴァッカリオは、そのまま男が持っていた拳銃ごとドロップキックで男を吹き飛ばした。
「ヒッ!」
「逃げるなら早くしな!」
着地すると同時に、七人目の男に対して足払いをしかけると、男が手に持っていたアサルトライフルをその手ごと押さえ付け、無理矢理手首をひねらせて引き金を引いた。乾いた音と共に、何人かの悲鳴も上がる。
七人目の男の首を締めあげて落としたヴァッカリオは、立ち上がってジャケットの下衿を持つと、まるでこれから出かけるかのような気軽さでパンッと引っ張り皺を伸ばした。
「大事なスーツなんでね。皺にしたくないんだよ……ところで、まだやる気?」
首をコキリ、と回して敵の残存勢力をぐるりと見渡す。ヴァッカリオの左手に一人、ホールの入り口側に残り六人。
ヴァッカリオの鋭い眼差しを受けて、多少怯む様子を見せたが、男たちは引く気を見せない。仕方ないな、とヴァッカリオは内心でため息をつくと、いつの間にか手に握っていたカプセル爆弾を前面の男たちの足元に投げた。
「ヒィッ!?」
反射的に床を滑る爆弾に男たちの視線が集まる。ヴァッカリオは余所見をしている八人目の男の顎を掌底で打ち抜くと、男が持っていた銃を奪った。両手で構えて引き金を引く。
「しまっ――!」
「残り六人!」
男たちが爆弾から意識をヴァッカリオに戻す、ただし二人の意識はヴァッカリオを視界に入れた時点で途絶えた。奪った銃の的確な早撃ち。
さらにヴァッカリオは気絶した男の襟首を持つと、その鍛え抜かれた筋力を大いに活用して片手で男たちへと放り投げる。反射的に、投げつけられたその物体をマシンガンで撃ち落とそうとした味方によって、その男は空中で無残にも無数の穴を開けられることとなった。
「三、二、一!」
ヴァッカリオがカウントダウンを終えると共に、床に放置されていた小型カプセル爆弾が爆発する。小型ながらもそこそこの威力を持つその爆弾により、ホール内の床が割れ、煙が充満する。
「クッ、なんも見えねえ……」
「うわあっ!!」
「どうした!?」
煙の中、声のした方を振り返っても返事はない。そして、すぐにまた隣からも悲鳴が上がる。銃の発砲音はしないのに、悲鳴だけがいくつも上がっては消えていく。
そして、五つの悲鳴が上がり――男は首元に熱を感じ、その直後、作り物のように自分の眼下から血しぶきが上がるのを見た。かくり、と体が力を失って床へと倒れこむ。急速に薄れゆく意識の中、自分たちはとんでもないバケモノと戦っていた、いや、一方的に蹂躙されていたのだと理解した。それが、男の人生の最後の思考だった。