Dope Moon - 5/6

「アレイシア!」

 男が言ったとおり、ホールの先にある小部屋の一つにアレイシアは寝かされていた。プロメトリックの加護が原因なのか、何か薬物でも投与されているのか、ヴァッカリオの声に応える気配はない。
 とにかく、とアラーム音が鳴り響く部屋でヴァッカリオはアレイシアを抱き上げると、ホールへの道を戻り始めた。

「ゾエル!アレイシアを見つけた!」
『よくやった!!』
「だがよ、敵さんが地下三階を爆破するとかクソみてぇな事抜かしてやがる!!」

 通信機の向こうで、ハァ!?と素っ頓狂な叫び声が聞こえた。それはそうだろう、まさかこのゼウスシティの繁華街で、ビルを爆破しようなどと無茶苦茶にもほどがある。
 
『xxxxじゃねーか!!英雄庁にすぐ連絡して一帯を封鎖する!お前、逃げ切れるか!?』
「ああ、そいつは問題ねーよ、まだ切り札を残しているからな」
『そうかい!エウブレナとネーレイスには緊急招集をかけた、迎えに行かせる!』
「助かる!」

あの二人ならヴァッカリオがディオニソスXIIであるということを知っているから、脱出時に顔を見られても大丈夫だ。さすがボス、頼りになるぜ、と通信機に向かって笑えば、余裕じゃねーか、と呆れた声が返ってきた。

「っと、おい、アンタ、まだ生きてるか?……生きてるな、良し」

 ホールまで戻ってきたところで、打ち倒した男がまだ胸を上下しているのを確認する。
 アレイシアごめん、と心の中で呟きながら、ヴァッカリオはアレイシアを左肩に抱え直すと、倒れた男を右肩で支えるように抱き起した。
 
「……何を……」
「ヒーローは人命救助も任務の一つだからな。英雄庁の方から来たって聞いてないか?」
「お前……」
「ついでに、最短の脱出ルート教えてくれ」

 男の体を引きずり、ヴァッカリオは二人分の命を背負って真っ赤に染まる世界を歩く。
 
「……このホールを出て、左に、屋上直通の特殊なエレベーターがあります。それが、早いでしょう」

 どうやら、本当の脱出専用ルートらしかった。地下三階から屋上へ出て、ヘリで脱出するのがこの組織のプランだったようだ。
 男の言う通り、ホールから出てすぐにエレベーターを見つける。三人で乗り込んだエレベーターの箱の中に、血の臭いが充満した。
 
「おい、アンタ、死ぬなよ」
「……さっきまで、殺す気だったくせに……」
「それはそれ、これはこれ。アンタには、ちゃんと罪を償ってもらわなきゃな」

 それに、とヴァッカリオは続けた。やはり命を捨てるような戦い方は良くない、と。男はその言葉を聞いたが、うるさそうに顔をしかめただけだった。
 直通のエレベーター、と言うのは確からしく、あっという間にビルの最上階へとたどり着き、軽やかな電子音を鳴らしてドアが開いた。アレイシアを担ぎ直し、男を引き摺ってエレベーターから出る。
 
「止まれ!!」

 そこに待ち構えていたのは――ゼウスフォースのユニフォームを着た、下級ヒーローたち。ヴァッカリオが片眉を上げる。
 
「どういう――」
「き、貴様には、少女誘拐の逮捕状が出ている!!今すぐ、その少女を置いて投降しろ!!」
「は?」

 ヴァッカリオの間抜けな声を聞いたからなのか、ゼウスフォースの隊員たちが次々に人造神器を起動する。
 本来、一般人に対して人造神器の使用はかなり厳しく制限されている。にも関わらず、今、ここで起動したということは強制執行も辞さないという脅しの一つだ。
 
「なんだこの状況……」

呆然とするヴァッカリオ。その問いに答えたのは、ヴァッカリオの肩で荒く息をつく男だった。

「そいつらは、組織が甘い汁を吸わせてやっているヤツらですよ。……あなた方に言わせれば、裏切り者、というところですかね……」
「ああ、そういう……」

 ヴァッカリオは大きくため息をついた。ようやく、狭苦しい室内から解放されてあと少しで任務完了、というところでこれだ。
 ゼウスフォースの正規メンバーともなれば、たとえ人造神器とは言え、複数人を相手取りつつ、二人を庇うのはヴァッカリオとしても至難の技だ。
 ゆっくりとアレイシアを床に下し、男も傷に触らないように床に寝かせる。
 
「切り札は最後まで取って置け、こういうことだね、お兄ちゃん」
「何を――」

ヴァッカリオがやれやれ、と頭を振るのを見て、ゼウスフォースのヒーローたちが色めき立つ。人造神器に囲まれて、大人しく投降するのかと思えば逆に不敵な笑みを浮かべたヴァッカリオを見て。
 ヴァッカリオは足元の男にニヤリ、と笑いかけると、持っていた神器を取り出し、慣れた様子で言葉を発した。

「本物のネクタルの使い方、見せてやるよ。……ディオニソスXIIから英雄庁へ、神器使用の許可を」
『英雄庁、神器使用の申請を確認。許可します』

 なッ、と叫んだのは男だったのか、ゼウスフォースのメンバーだったのか。

「神器、起きろ、出番だぜ」

 満月の輝く夜空に、紫色のディオニソスXIIの紋章が浮かび上がる。そして、ヴァッカリオの頭上に二重の月桂樹の葉が。右手をゆる、と差し出せば、どこからともなく現れた真紅の液体、ネクタルがまとわりつく。
 
「お、お前……!」
「ヒーローの皮を被ったヴィラン共め!貴様らに人造神器を扱う資格はないッ!ネクタル・クリュスタロス!!」

 ヴァッカリオ――いや、ディオニソスXIIの掛け声と共に、ネクタルは鋭い槍に形を変え、ゼウスフォースのメンバーが持つ人造神器を的確に打ち抜いた。頑丈に作られているはずの人造神器が、ただの一撃で粉砕される。
 
「あ、ああ……」
「なぜ……ディオニソスXIIは……死んだはずじゃ……」

 人造神器、という最大の武器を失ったヴィラン達は、腰が抜けたように座り込み、あるいは後退りして恐怖に顔を歪める。
 
「悪がそこにある限り、俺が倒れるはずもない。貴様らには、裁きを受けてもらう」

 今一度、ディオニソスXIIが腕を振るえば、重い棍棒の形をしたネクタルが次々とヴィランを打倒し、一瞬で昏倒させた。
 
「お前……本当にヒーロー……ゴッドナンバーズ!?」
「ああ、そうさ、それも、アンタと同じディオニソスの神話還りのな……」

 ゾエルに連絡を入れ、直ちに屋上で伸びているヴィラン達の回収と、けが人の回収を頼む。しかし、ディオニソスXIIの変身時間には限りがある。
 
『……だめだな、VTOL飛ばすにゃちょいと時間がかかる、ヴァッカ、アンタはそのままアレイシア連れてそこから離脱しな』
「りょーかい……ってわけで、ここでお別れだ。アンタも連れていきたいところだが、ちょいと事情が込み入っていてね」

 眩しいものを見るように、ディオニソスXIIを見ていた男に話しかけた。そこでハッと正気に戻ったのか唇を震わせた。そして、少しだけ、ディオニソスXIIの向こう側に視線を飛ばす。何事か、と振り向けば、そこには徐々に近づいてくる小型ヘリの姿があった。
 
「……アンタへのお迎えか」
「そのようですね……チッ、ここであのヘリを落とされるわけには……っ!」

力を振り絞って、ディオニソスXIIの足首を掴む男。
 ディオニソスXIIは少し眉を寄せたが、首を振った。今、この男に無理をさせれば死ぬだろうし、あのヘリを撃墜すれば、周囲に被害も出る。それだけでなく、ディオニソスXIIの存在が明らかになり、余計な手間もかかる。

「ヘリにもアンタたちにも手は出さない。残念ながら、俺の任務はこの子の救出なんでね……」
「なんだと……っ!?」

 ディオニソスXIIはアレイシアを胸に抱えると身を翻して、屋上の端へと走った。そして、立ち止まり、身を起こす男に言葉をかける。
 
「だが、次に会うことがあれば、必ずや貴様らに正義の鉄槌を下す!せいぜい、それまでに心を入れ替えて清く正しく生きることだな!」

 そう言って、ディオニソスXIIは少女を抱えたまま、屋上の柵を飛び越えて地上へと落下していった。
 
 
 
 ディオニソスXIIはビルの壁を蹴りつつ、三角飛びの要領でスピードを殺しながら地上へと降り立った。そのまま落下してもディオニソスXIIの本体は問題ないだろうが、腕の中のアレイシアに害が及ぶ可能性がある以上、慎重に降りなければならない。
 ゆっくり、地面に足をつけるとその衝撃なのか、腕の中のアレイシアが動く。咄嗟に、アレイシアの顔をきつく抱きしめた。
 
「ふあ……えっ、ボク、どうして……」
「気が付いたかアレイシア……」
「!?そ、その声はディオニソスXII!?」

 普段より低く、口調を変えているからか、アレイシアはディオニソスXIIだと気づいても、ヴァッカリオだとは気づかないようだ。その様子にほっとしつつも、少しだけ苦笑する。
 
「危険だから俺が良いと言うまで目をつぶっていて欲しい」
「は、はい!」

 そっと、表通りが見えるところまでアレイシアを運び、優しく地面に置くと、ディオニソスXIIは壁の陰に隠れた。
 
「アレイシア、もう目を開けてもいいぞ……左の方に明りが見えるだろう。そこで、君の仲間が戦っているはずだ」
「えっ!?仲間が!?もしかして、エウさん!?」
「そうだ、早く行ってやるといい。……俺にはまだ、やることがある」

 ディオニソスXIIの声がする方を一瞬気にしたアレイシアだったが、表通りの方からエウブレナの声が聞こえてきたことに、肩を震わせた。
 
「行け!アレイシア!早く行って市民を守ってくれ!」
「う、うん、わかった!!」

 走り出したアレイシアの後姿を見送ってはあ、と疲れたため息をするディオニソスXII。ネクタルで仮面を作るのも面倒だ、と思ったのが失敗だったのかもしれない。
 とにかく、次は別の道を通って気づかれないように変身を解除し、ヴァンガードに合流しなければならない。