プロメテウス・ザ・リベンジャー - 3/8

広い会議室の中、気温がガクッと下がったような気がしてエウブレナは無意識にその細い腕をさすった。空調の温度が変わったわけでもなさそうだが、この冷え方は気のせいではないと思う。
そして、その冷気を出している原因は目の前の二人。アポロンVIと、ヴァッカリオが連れてきた謎の仮面の男。

「なるほど、『プロメテウスの神話還り』であり、かつ、『裏切り者で話をかき回す』からプロメトリック、か。良くできた名前だな」
「お褒め頂きありがとうございます」

アポロンVIの皮肉を慇懃無礼な態度で受け取った「プロメトリック」は、顔を背けることもなくアポロンVIを堂々と見返した。目に見えない火花が散っているようだ。

「まあ、まあ……情報提供してくれるって言うんだから、ね?」
「裏切り者の言うことを信用できるのか?」
「できないというならそちらで勝手にやって頂きたい」
「ちょ、二人とも落ち着いてって……」

間に挟まれたヴァッカリオがどうにか仲を取り成そうと必死になっているのを、ゾエルは少しだけニヤニヤしながら見ていた。その様子に、エウブレナがそっと耳打ちする。

「ボス、あれ放っておいていいんですか?」
「アレを連れてきたのはヴァッカだし、アポロンVIにワガママ融通できんのもxxxxなヴァッカだけだろ。見ときゃなんとかなるって」

それに、とゾエルは少しだけ声のトーンを落とすと、エウブレナにだけ聞こえるように囁いた。「腐ってもゴッドナンバーズ、トップヒーローのアポロンVIだ。ヤツがどういう判断をするのか、よく見ておけよ」と。そう言われて、エウブレナは思わず背筋を伸ばす。
アレイシアはエウブレナよりも先にアレス零としてゴッドナンバーズに名を連ねた。一時期、自分を押し殺してまでゴッドナンバーズとしての振る舞うアレイシアを見ていたが……エウブレナから見て、違和感こそあれ、優秀で立派なゴッドナンバーズの一員に見えたのだ。
以前、臨時で一時的にハデスIVとして書類の決裁や作戦立案、会議などに出席したこともあったが、あの時は周りについていくだけで精一杯だった。到底、ハデスIVなんて襲名できない、と酷く落ち込んだ覚えがある。
とは言え、状況はいつまでもエウブレナを自由にさせておくこともできず、アレイシアに続いて自分もまもなく、ハデスIVを襲名する。その時に、アレイシアの、アレス零の隣に立てるかと言われれば、不安しかなかった。
尊敬しているアポロンVIの動きを間近で見られるのだから、ゾエルの言う通りとても良い勉強になるだろう。エウブレナは改めて気を引き締めると、険悪な二人の男の会話を見守った。

「……ヴァッカリオ、確かこの男はお前が連れて来たんだったな?少し事情を聴きたい、廊下へ出ろ」
「ハイ……」

アポロニオはやや乱暴に席を立つと、ヴァッカリオの腕を掴んで会議室への外へ出て行った。残されたメンバーは気まずい空気の中、誰ともなく目線を下ろしている。

「あー……時間ももったいないので、例の飛来物の解析結果と現在のネットワークの状況について、報告資料を配布しますので各自、確認をお願いします」

副官がおそるおそる、声を上げ、各自それにほっとしたような顔をしてから無言で手元の端末を弄り始めた。

会議室の外に出たアポロニオは、脂汗でも流していそうなヴァッカリオの顔を見上げた。

「ヤツは、本物のプロメトリックだな?騙りなどではなく」
「……いや、そんなことはないんじゃないかな~……」
「ヴァッカリオ、また私に嘘をつくのか?」

ドンッ、とヴァッカリオが背にする壁をアポロニオが蹴り上げる。ひっ、とヴァッカリオは息を詰めたし、蹴られた壁側の会議室の中でも残されたメンバーは一瞬息が止まっていた。
壁に足を置いたまま、腕組みをして睨み上げてくるアポロニオを見下ろして、ヴァッカリオは深くため息をついた。両手を挙げて降参のポーズをする。

「そうだよ、本物だ。言っておくけど、今回はちゃんと味方だからね?そこはおいらが保証する」
「……お前が、何かあったら責任を取るのか?」
「うん……ディオニソスXIIの名に誓って」

そう言うと、アポロニオは少しだけ目を見開いた。ヴァッカリオは、ヴァンガードの隊長として、ではなく、ゴッドナンバーズの一人であるディオニソスXIIとして、プロメトリックを受け入れる、と判断したという事だ。アポロニオは俯くと、固く握りしめた拳を震わせた。何か、言葉を紡ごうとして結局吐き出したのはただの吐息だった。

「……お前の覚悟はわかった。では、取引といこうではないか」
「取引?」
「そうだ。ディオニソスXIIとして、これにサインしろ」

アポロニオが取り出したのは一枚の紙。それに目を通したヴァッカリオは、逆にアポロニオをきつい眼差しで見据えた。

「後程、エウブレナとアレイシアにもサインしてもらうが……筆頭はお前に任せたい」
「そういう問題じゃ……」

アポロニオが持っていた紙は、英雄庁が動けなくなった時に代理で指揮を執ることができる権限移譲書だ。英雄庁が持つ権限をすべてゴッドナンバーズのいずれかに移譲することができる。
オリュンポリス内で英雄庁が持つ権限も、それらを振るうことで得られる力も、他の省庁に比べて抜きんでていると言って過言ではない。実質、オリュンポリスの軍事面をすべて手中に収めるほどのものなのだ。悪用されれば、国家間の戦争にも発展しかねない。
しかし、ゴッドナンバーズの一員であれば、その権限を振るうことができる。もちろん、他のナンバーズの同意が得られれば、という条件が付くが。
アレス零、ハデスIV、ディオニソスXIIの同意があれば、欠番のアテナVII、ヘパイストスXIを除き、かつ当人であるアポロンVIを除いた残りメンバーの三分の一の同意を得られたことになる。権限移譲の条件は満たせるのは間違いではない。

「どのみち、英雄庁の機能が麻痺している今、誰かが英雄庁の臨時長官を務めねばならん。人造神器を起動するにも制限があるようではこの先困るぞ」
「そうだけど……場合によっては、アポロンVIの座を返上しなきゃいけないんだよ?」
「わかっているさ。追及も厳しいものにはなるだろうが、はっきり言って権限がないと動かすものも動かせん」

英雄庁の権限を移譲するにはそれなりにリスクがある。有事対応が終わり次第、該当の人物は審査会に掛けられ、権限を正しく使ったか、権限の移譲は必要であったか、つぶさに検証されるのだ。アポロニオは身の潔白を言い張るだろうが、アポロンVIの足を引っ張ろうと考えている政治仇には良いチャンスだ。
審査会は非常に厳しく、ヴァッカリオが生まれる前よりも昔に、今回の様な有事の際に権限移譲を行ったアルテミスVIIIがその座を返還している。長くもないゴッドナンバーズの歴史の中でも、権限移譲を行うことはその一例しかなかった。結局のところ、アルテミスVIIIは正しく力を振るったとしか言えないのだが、それでも責任を取って自ら神器を返還したそうだ。

「今回の作戦は私が全責任を負う」
「言うと思った」
「と言うか、それ以外に無くないか、この状況……」

少しだけくだけた口調になったアポロニオに、まあね、とヴァッカリオは紙を眺めながら頷いた。
残っているのは孤立したアポロンシティ。市長はいるが、荒事はアポロンフォースの担当だ。それに、法律上も市長よりゴッドナンバーズの方が持っている権限は多い。そして、今、アポロンシティにいるゴッドナンバーズの中で自由に動けるのはアレス零とアポロンVIのみ。となれば、ベテランであるアポロンVIがトップに据えられるのは当然のことだった。

「だからと言って、この権限移譲はやりすぎだと思う」
「この後の作戦内容にもかかわることだが、それは必要なことだ。それに……プロメトリックを組み入れるとなれば、どちらにせよ審査会は免れんだろう」
「う……いやでもプロメトリックについてはおいらが……」
「馬鹿も休み休み言え、結局のところ作戦総指揮は私が、お前はあくまでも私の指揮下に入るのだ。お前の首が飛ぶ頃には私の首も飛んでいる」

ぎり、とアポロニオは改めてヴァッカリオを睨み上げた。厄介ごとを持ち込んでくれたな、とその目が雄弁に語っている。しかし、プロメトリックの協力がなければこの状況を打破できないのは二人ともわかっていることだ。
ヴァッカリオは大きく肩を落とすと、アポロニオに「ペンを」と短く告げた。アポロニオも無言でペンを渡す。

「合意筆頭はディオニソスXIIだからな。何かあって審査の手が及んだときはお前が堰き止めろ。エウブレナとアレイシアはちゃんと守れ」
「わかってるよ。っていうか、こっちまで審査の手が来る前に審査会ごと叩き潰してよ、アポロンVIならできるでしょ?」
「……物理的に叩き潰すぞ」
「それはだめだと思う」

さらさら、ディオニソスXIIの名前をサインしてアポロニオに紙を返した。アポロニオはそれを受け取ると、小さく折ってポケットへとしまった。
会議室のドアを開ける前、アポロニオはヴァッカリオを見上げた。その顔はさきほどまでの厳しい顔ではなく、一人の、兄としての顔だった。

「別に、私がアポロンVIではなくなったからと言って死ぬわけではないのだ。それとも、アポロンVIではない兄のことは嫌いか?」
「……まさか。いつまで経ったって、偉大な兄だよ、おいらにとって」

それは良かった、と笑うアポロニオの肩をぽん、とヴァッカリオは叩いてから重いドアを開けた。

待たせた、と入ってきたアポロニオとヴァッカリオはお互いにスッキリした顔つきをしていた。何やら、物騒な物音も聞こえたが話はついたようだった。エウブレナはほっと一人、息をつく。

「結論から言おう。その男、プロメトリックの情報は全面的に信用する。それを踏まえて、会議を始めるぞ」

アポロニオの鶴の一声に、アポロンフォースのメンバーは不満そうな顔をしながらも黙って頷いた。
まずは各部門から状況の再報告。ヴァンガードのメンバーやプロメトリックには直接関係のないことではあったが、これから一緒に作戦行動をするにあたって状況を把握しておくのは大切なことである。アレイシアはいつも通りに静かに話を聞いているが、エウブレナとネーレイスは緊張した面持ちだった。

「次、一番の問題であるシールドについて。解析結果が上がってきている、内容は各自確認して欲しい」

アポロニオは言葉を切ると、プロメトリックをじろりと睨んだ。「有益な情報を提供願いたい」と素っ気なく言ってプロメトリックに発言を促す。プロメトリックの表情は仮面で伺えないが、ヴァッカリオはきっと嫌そうな顔してるんだろうなあ、とぼんやり思った。
アポロニオとヴァッカリオを待っている間にすでに報告書を読み込んでいたプロメトリックは、請われた「有益な情報」を提供すべく話しだした。

「……君たちがシールドと呼んでいるアレは、バリアというよりも『神話還りの力』を吸い取るフィールドの様なものだ。ヤツらが画策しているのは、オリュンポリスにばらまかれた『神話還りの力』を回収して、再度、神を顕現させようとしているのだ」
「神を……」
「ああ。その神を手元に置いて、世界の支配でも狙っているのではないだろうかね。……動機までは、知らん」

ネーレイスの呟きをプロメトリックが拾い、そのまま話を続けた。神を顕現させるには、オリュンポリス全人口の力の回収が必要だ、と。

「なるほど、それでアポロンシティの奪取にあんな熱心になってる、ってワケか」

アポロンシティはオリュンポリスの中でも栄えている方で、人口も多い。一つシティが欠けただけでも、犯人たちの目的には達しないのだろう。

「シールドの解析結果を今、軽く見させてもらったが、おおむね内容はあっている。発生源は英雄庁の屋上で間違いない。その他のシティにばらまかれたのはただの子機のようなものだ」
「ふむ。ではやはり英雄庁の屋上にある発信源を叩き潰すのが早いのだな?」

そうだ、とプロメトリックはアポロニオの言葉に頷いた。

「はい!叩き潰すって、どうやってやるんですか!」
「ちょ、アレイシア……!」

元気よく挙手して当然の質問をしたアレイシアに、エウブレナが慌てる。明らかに空気が読めてない。だが、アポロニオはその質問に嫌な顔一つせず、むしろ悪そうな笑みを浮かべて副官に資料の配布を指示した。

「一部区域でヒーロー達の手でシールドの破壊を検証していてな。ある程度の力があれば一瞬だけではあるが、破れることを確認している。……まあ、ほんの僅かな綻びで、そこからすぐに再生されてしまったのだが」

手元の端末に転送された検証結果を見ながら、ゾエルは舌を巻いた。たったの一時間でよくもここまで検証を重ねたものだ。一歩間違えば犯人グループを刺激しかねない行動だというのに、大胆なことをしてくれる。人造神器を使った攻撃からハンマーや素手、果ては車での追突まで。

「その時の強さから、計算したのがこれだ。と言っても、数値ではわからんだろうがな」

わかりやすく言い換えよう、とアポロニオは不敵な笑みを浮かべてゾエルを見た。その笑顔を見て、ゾエルを嫌な予感が襲う。

「VTOLをぶつければちょうど良さそうだ」
「おいおいおいおいまてまてまていきなり何を言い出すんだxxxxx!!!!」

ガタッと椅子を倒して、ゾエルが立ち上がった。それを見たアポロニオは意に介さず、話を続ける。

「『神話還りの力』を回収するもの、という説明を聞いて合点がいった。このシールドだが、どうも人造神器や神器の攻撃は無効化されてしまうようなのだ。ゆえに、単純な物理攻撃でなければならない」
「検証中、一番効果があったのが自動車での突撃でしたね」

と、実験に居合わせた警務部門の部門長が肯定した。続けて、部門長が検証時の写真や動画を会議室内のスクリーンに提示しながら説明をしてくれる。

「いやしかし、だがなあ……」
「何を言うかゾエル。私はヴァンガードの知恵と力に期待していると言ったし……そもそも、あのVTOLは元はアポロンフォースの物だぞ?返してもらうだけだ」
「……クソッ!xxxx!xxxxxx!!!」
「ボ、ボス、落ち着いてください……!」

あまりにも口汚い言葉で罵り始めたゾエルに、エウブレナも慌てて立ち上がって宥める。エウブレナに腕を掴まれたゾエルは悔しそうに顔を歪めると、椅子に座り直した。それから、両手で顔を覆って項垂れる。

「悔しいが、今の状況だとそれが最善手なのは間違いねェ……チッ、後で覚えておけよアポロンVI!」
「言われなくとも。大丈夫だ、こんな事態を招いた英雄庁に請求を回す」
「……確かに……そりゃあそうだな、英雄庁の屋上に敵の拠点を作らせるなんてお粗末な事やったxxxxなヤツらが悪いに決まってるな!」
「だろう?せっかくだから、今日詰める予定だったVTOLの新機能も全部英雄庁の金で作らせれば良い」

ゾエルはヒュウ、と口笛を吹いて現金にもあっという間に立ち直った。ついでに「最高だアポロンVI、愛してるぜ」と余計な一言も加えて。アポロニオは片眉を上げてそれはどうも、と素気無く答えるだけに留めた。

「上空からVTOLをぶつけてシールドを割り、中に侵入して装置を壊す。と同時に、地上からも英雄庁への制圧を開始。おおまかな作戦の方針はこうだ。異論は?」

アポロンフォースのメンバーは前もって聞いていたこともあって口をそろえて異論なし、だった。ヴァンガード側もゾエルは早くもVTOLの改良に意識を飛ばしているし、残されたアレイシアやエウブレナ、ネーレイスも特に言える事もなかった。ただし、その中でヴァッカリオだけが手を挙げる。

「あー……一つ、いいかな?」
「どうぞ」
「これはもしかしたら、の話なんだけど、英雄庁って確か地下通路みたいなのなかったっけ?緊急避難用シェルターみたいな……そっち方面も一応調査したほうがいいんじゃない?もしかしたら地中まではシールドが届いてないかもしれない」
「ふむ……そう言われてみれば地下の方は未調査だったな……」

アポロニオがヴァッカリオの言葉に考え込む。意外にも、ここまで黙って見ていたプロメトリックが口を挟んだ。

「英雄庁の地下通路だが、私が知っている限りでもかなり広範囲に伸びている。もしかしたらオリュンポリス全体を網羅してあるかもしれん。調査する価値はあるだろう」
「……妙に詳しいな」
「プロメテウスの神話還りの一部は、英雄庁にも食い込んでいたのでね」

いけしゃあしゃあとプロメトリックは言い放って、それ以上はもう話す気も無いようだった。
実際のところは英雄庁の設立にかかわったのはこのプロメトリック本人であるし、英雄庁に食い込んでいるのも嘘ではない。何しろ、プロメトリック討伐がなされた例の事変で英雄庁はおろかゴッドナンバーズからも二人も裏切り者を出しているのだ。
プロメトリックの言葉に嫌そうな顔をしながらも、アポロニオは地下通路の調査を決断した。

「では、VTOLを用いた運用についてはヴァンガード……ゾエルに一任する。必要な機材は調達部門と相談してほしい。地下通路の調査、検証は……警務部門が担当でいいな?必要ならヴァッカリオも同行しろ」

了解、と指名されたメンバーがそれぞれ返事をする。

「方向性が決まったらあとは進むだけだ。今は一秒も惜しい、各自、全力を持って事に当たるように。以上、解散!」

アポロニオの号令に、プロメトリックを除く全員が立ち上がって敬礼を返した。部門長が各々相談をしながら出て行く中、アポロニオがアレイシアとエウブレナを呼び止める。ゾエルとネーレイスが何事か、と振り返ったが、ヴァッカリオに促されて退室していった。プロメトリックも興味が無いようで、ヴァッカリオの後に続く。
指名されたアレイシアとエウブレナは緊張した面持ちでアポロニオの前に立った。

「なんでしょうか?」
「二人に……アレス零とハデスIVに頼みがある。ゴッドナンバーズとしての仕事だ」
「!!」

ピン!と背筋を伸ばしてアレイシアがアポロニオに向かって敬礼する。何でありましょうか!というその姿は、茶化しているのではなく、ただ純粋に興奮しているだけだった。アポロニオはそれに少しばかり苦笑すると、椅子に座るように手招きする。

「これに合意をして欲しい……一時的にだが、私が英雄庁の臨時長官のような役職になる、という書類だ。ゴッドナンバーズの合意が取れれば、正式に発効される。それで、今連絡が取れるのが君たちしかいないからな」
「ほほう……ってディオニソスXIIのサインじゃないですか!アポの人、どこでこれを!?」

アレイシアが飛び上がってそのサインを見つめた。ディオニソスXIIと言えば、アレイシアの憧れであり目標であり、今は行方知れずの最強のヒーローだ。ただ、その正体を知っているエウブレナは微妙な顔をした。正体を知らないのはアレイシアだけ、絶対に自分がボロを出さないように気を付けなければいけない。

「残念ながらそれは秘密だ。彼にはもう合意してもらっている。だから後は二人のサインだが……」
「わかりましたっ!サインしますっ!!」

アレイシアはウキウキと言った表情でディオニソスXIIのサインの下に、ぎこちなく「アレス零」とサインをした。自分はまだ襲名前だが、と思ったエウブレナだったが、アポロニオが笑顔で圧力をかけてくるので黙って「ハデスIV」とサインをするのだった。

「二人とも、助かる。用件はこれだけだ、引き留めてすまなかったな」

失礼します!と元気よく敬礼をして去って行くアレイシアと、慌てて後を追うエウブレナを見送ったアポロニオはその紙を残っていた副官に渡した。

「保管を」
「承知しました。……私どもとしては、こういった無茶は控えて頂きたかったのですが」
「VTOLを英雄庁まで自由に飛ばすには権限が足りん」
「……勝手に飛ばして後から罰せられた方が軽かったのでは?」

納得していなさそうな副官の顔を見上げると、アポロニオは苦笑して言った。

「飛ばすだけで済めば良いが、英雄庁のビルも吹き飛ぶ可能性が高い。であれば、罰せられるよりも英雄庁のトップになって作戦許可したほうが話は早いだろう」
「……なるほど。英雄庁のビルも老朽化が始まる時期ですし、建て替えにはちょうど良さそうですね」
「その通りだな。爆破解体費用も一緒に請求するか?」

ウチはいつからビルの解体業者になったんですか、と副官は呆れながら自分たちのトップを見下ろすのであった。