私は!成人!しているっ!!! - 2/4

2.私は!成人している!!(30分ぶり2回目)

タイトルに特に意味はない。東のポリスで銀行強盗に巻き込まれた兄弟の話の続きです。アポロニオがタバコを吸う話。現40代で警察に類似した組織の人間となると、喫煙者であってもおかしくはないなあ、と。煙くなって帰宅したらヴァッカリオ少年に「臭い」って言われて膝から崩れ落ちる喫煙者アポロニオがいた可能性。

※アポロニオ喫煙は本作だけのネタ設定です。公式ではありません。


東のポリスで騒動に巻き込まれた二人は、警察の長い事情聴取を終えてようやく、実にようやく久方ぶりに「シャバの空気」を味わっていた。

長引いた半分の原因は、大体アポロニオだ。一体何度「成人済みの41歳でアポロンVIとして立派に職についている!」と説明したことか。英雄庁への照会をしてもらっても、なかなか信じてもらえず、オレンジジュースを渡された時には危うく中身入りの紙パックを怪力で握りつぶしてしまうところであった。

「いや、いやいやいや、彼らも職務を立派に果たしていただけなのだ。怪しい人物を裏が取れるまでしっかり聴取しようとする姿勢は実に素晴らしい」
「お兄ちゃん……お疲れ」

なんとか自分を納得させようとしてたアポロニオの方を、ヴァッカリオがポンと叩いた。

「やめろヴァッカリオ、憐れむな……余計に疲れが出てきた」

がっくりと肩を落とした姿は、確かに哀愁漂うアラフォーの公務員オーラを出している。かなり年季の入ったどんよりオーラだ。

仕方ないな、とヴァッカリオは目の前にあったコンビニに目を向けた。エリュマとは違う、東のポリスのコンビニ。一度覗いた事があって、ずいぶんとスイーツコーナーが充実していたことを覚えている。

「コンビニで何か買って休憩する?」
「そうするとするか……」

兄孝行も大切だよねえ、とヴァッカリオはとぼとぼ歩くアポロニオと歩調を合わせてコンビニに入店した。

さすがに兄の前で昼から酒を煽ることは憚られたので、とりあえずヴァッカリオはミネラルウォーターを。アポロニオはミルクセーキがないな、と呟きながらもいちごミルクをチョイスしていた。それを持ってレジへと向かう。

ふ、とアポロニオが顔を上げた先には、レジカウンターの向こう側に所狭しと並ぶタバコがあった。

「――以上2点で320円に……」
「ああ、すまない、後ろの……6番のタバコを貰えるか?」
「えっ」

アポロニオの言葉に、店員が一瞬びっくりした声を出す。その後に、財布を出したヴァッカリオの顔を見上げてから、首を捻りつつも番号のタバコを取ってくれた。

「あ、ライターも買わないと」
「持ってないのか」
「ないよ、吸わないし」

そんな話をする兄弟の顔を見比べながら、店員が困ったような顔をしつつもレジ横にあるライターを案内する。

未成年者にタバコを売ることは禁じられている。しかし、明らかに成人男性が支払いをするようだし、もしかしたらお遣いを頼まれているだけかも……。とても、とても逡巡した後に店員はタバコとライターをレジに通した。もう後ろの棚から取り出して、カウンターに載せた時点で仕方なかった仕方無かった事だ。

ありがとうございましたー、と二人を見送りながら、後で警察が来ませんように!とひっそり祈った。大丈夫、少年だけではなく保護者もいたから、未成年にタバコを売ったわけじゃない……と心の中で言い訳をしつつ。

そんな店員の心内を知れば、アポロニオはこめかみに青筋を立てながら身分証明書をカウンターに叩きつけていただろう。アポロンVIの醜態をまたしても晒しかねない危機は、こうして様々な要因が絡んで回避されたのだった。

「お兄ちゃん、まだタバコ吸ってたの? 禁煙してたんじゃ?」
「ほとんど吸ってないぞ。たまにストレスが溜まった時に……年に数回、あるかないかぐらいだ」

余ったタバコは後で部下に渡すつもりだ、とアポロニオは白い煙を吐き出しながら言った。その煙をヴァッカリオは鼻をつまんで手で振り払う。

「くっさ。おいら向こうで水飲んでるわ」
「ん」

ヴァッカリオにストレートに臭い、と言われてアポロニオは内心ダメージを受けつつも、ニコチンとタールをたっぷりと味わった。

そう言えば、昔にも臭いと言われたことがあったな……と遠い目をする。アポロニオが入庁した頃はまだまだ喫煙率が高く、タバコがそこまで有害であると喧伝されていなかった頃だ。今の様に分煙、禁煙がはっきりしているわけもなく、室内でもうもうと立ち込める煙に燻されながら書類と格闘していたのが懐かしい。

そんなアポロニオが成人と同時に喫煙を解禁するのは当然の流れでもあった。そうしてタバコを楽しんでいたある日。真面目な顔をしたヴァッカリオが、アポロニオの耳に口をつけて内緒話をしてくれた。可愛いヴァッカリオの内緒話とはいったい何なのだろう、とにこにこしながら耳を寄せる。

「おにいちゃん、くさい」
「!!!!!!!!」

アポロニオはそこから小一時間はフリーズしていた。時は止まった、確かに。脳内は「おにいちゃん、くさい」の一言で占領され、足元はがらがらと崩れ去って奈落に放り込まれていた。

フリーズから解放されたのは、腹を空かせたヴァッカリオが食事をねだったからだ。それがなかったら、アポロニオは比喩でなく永遠にフリーズしていただろう。

家ではヴァッカリオの相手と家事に夢中で吸っていなかった。英雄庁で燻されていた時は、自宅に帰る前に制服から私服に着替えていたし、やはり直接吸ったわけではないから臭いもそこまでではなかったのだろう。

だが、自分で吸うようになってどうしても肺の中に、体の中に臭いが染みついてしまった。幼いヴァッカリオには良い臭いとは到底思えない、タバコの臭い。

タバコを吸い始めてから、どれだけヴァッカリオは臭いを我慢してきたのだろう。それを考えるだけで、アポロニオは自分の頭をカチ割ってついでに肺も全部出して洗いたいぐらいに死にたかった。もう生きていけない。

その日から、アポロニオはぱったりとタバコを止めた。短い喫煙生活だった……と思いきや。

またしても、真面目な顔をしたヴァッカリオが、アポロニオを小さい手で手招きする。もう年齢も二桁に乗ったというのにいつまで経っても可愛いなあとアポロニオは顔を緩ませながら口元に耳を寄せる。

「あのね、おにいちゃん、たばこすってもいいよ。くさいっていってごめんね」
「!!!!!!!!!」

それだけ言うと、ヴァッカリオは恥ずかしくなってしまったのかサッと駆け出してどこかに行ってしまった。アポロニオはやっぱりフリーズした。時は止まった、またしても。ここは良く時が止まる異界である。

あまりのヴァッカリオの天使ぶりに、アポロニオは小一時間フリーズしていた。やっぱり、お腹を空かせたヴァッカリオが催促することでフリーズは解除された。その日の夕飯は、ヴァッカリオが好きなハンバーグと卵焼きで、デザートにプリンもついて来た豪勢なものになったという。

まあとにかく。自分が吸わないでいればヴァッカリオが気にするようだ、という事に思い至ったアポロニオは、それから極々頻度を下げて、たまに吸うようにしていた。家では吸わないし、ヴァッカリオと触れ合う前には念入りに歯磨きとうがいをこれでもか、とやっていた。それでも、やはり臭うらしくて――ヴァッカリオは時折、嫌な顔をすることもあったが、どことなくその臭いにほっとしている様子もあった。

「懐かしいな……」

思わず、タバコの煙とともに言葉が零れる。ちょくちょく、吸っていたタバコだったが、世間の嫌煙の流れに乗ってアポロニオの喫煙頻度もますます落ちていった。それこそ、アポロンVIのイメージダウンになりかねないから、という理由で英雄庁から公の場もプライベートでも、喫煙は控えるようにとお達しが出ている。

特別、アポロニオとしても喫煙することに執着はなかったが……それでも、ストレスが高まった時には、つい手慰みでタバコに手が伸びることもある。

だいぶ短くなったタバコを喫煙皿にトントン、と叩いて灰を落とした。そして、トントン、と肩を叩かれる。振り返ると、そこには強面の警察官が二人、立っていた。

「君、ちょっといいかな?」

きょとん、とした顔をしたアポロニオは、吸いかけのタバコを灰皿に押し付けて向き直る。

「なにか?」
「今吸ってたの、タバコだよね?」
「そうだが……」
「君、いくつ? 見たところ学生……高校生か中学生っぽいけど」

そこまで言われて、アポロニオは気づいた。警察官の後ろ、あるいは周囲にいる「大人」達の視線に。

「なっ……私は! 成人している!」
「ちょっと無理があるよ? 学生証出してごらん?」
「学生証は持ってない!」

当たり前だ、アポロニオは学生ではない。とっくに成人したアラフォーの公務員なのだから。

「困るなあ、せめて隠れて吸いなよ、こんな昼間から堂々と……君、名前は? 両親の連絡先は? どこの学校かな?」
「だから私は成人している!! ヴァッカリオ! おい!」

頭一つ飛びぬけた顔を見つけて、アポロニオはじろりと睨んで叫んだ。何しろ、当のヴァッカリオが嫌そうな顔をして少しずつ後退っていたからだ。アポロニオの声に、警察官は振り返り、そして周囲の人も明らかに目立つ茶髪の長身男に目を向ける。

「は、ははは……どうも」
「あなたがこの子の保護者さん? 子供にタバコを買い与えるだなんて……とんだ親だな」
「親じゃない兄弟! おいらそんなに老けてない!!」
「はいはい、細かいことは後で聞くから。さ、二人ともパトカーに乗って」

ヴァッカリオとアポロニオを、警察官二人がパトカーへと押しやる。地味に足を踏ん張って抵抗しつつ、アポロニオは身分証明書を取り出した。

「だから私は成人している! ほら身分証明書もある!!」
「うーん? これは……ああ、オリュンポリスの方の……ちょっと照会が必要だからね、署に行こうか」
「なぜだ!」
「そんな~! また警察署に逆戻りかよ~~!!」

こうして、久方ぶりのシャバの空気を30分ほど味わった二人は警察署へと光の速さで連行されてしまったのであった。