怪物が動きを変えたのは、空から降り注ぐ破片の数々が途絶えたタイミングであった。突如、大きく威嚇するような鳴き声を上げたかと思うと、火球を吐き出したのだ。その火球はゆっくりながらもオリュンポリスから少し離れたところにあった山の山頂へとぶつかり、大轟音と地響きが発生し消えた後には、その山頂部分も綺麗さっぱり消えていた。
時刻は黄昏時。太陽が沈み、夜が訪れる。その中でも怪物の金色の瞳は月のわずかな光を何倍にも増幅して、煌々と輝いていた。まるで、満月にすり替わったようであった。
「テュポーンって夜行性なんだな、俺様知らなかったぜ!」
ハッハッハ、といつもと変わらずに豪快に笑ったゼウスIは、両の握りこぶしを突き合わせた。ガントレット同士がぶつかる硬質な音が響く。
ここはゼウス区にある避難シェルターの一角。オリュンポリス中の避難はほとんど終っている。そこに至るまでに、すでにかなりの死者が出てしまっているが。残っているのは、英雄庁や各フォースの一般ヒーロー達だけだ。
地下に作られた強固なシェルターにも、地上で怪物が暴れ回っている振動音が聞こえてくる。最初に火球をぶつけられた山は今頃更地になっているだろう。あれだけ、オリュンポリスを象徴する世界最高峰の山であったのに、消えるときはあっけないものだ。
そのような、文字通りの怪物に挑むのは神器を手にし、最もヒーローとしての高みに登り詰めたゴッドナンバーズ。ゼウスIも、当然その一員だ。
「アダマス作戦、ね」
ゼウスIは興味なさそうに部下から渡された紙をペッと弾いた。ひらり、と舞った紙が床に音もなく落ちる、と同時にまた、建物全体が揺れた。
作戦要項を伝えに来た部下をゼウスIは追い返した。やることがはっきりしているなら、他人の相手は面倒くさいだけだ。ただ、自らの拳に全てを集中するのみ。
アダマス作戦、それがヘラIIIの立案した作戦の名称であった。クロノス神が所持していた、アダマスの鎌……「征服を許さぬ鎌」にあやかった名前だそうで。そんなことは、ゼウスIにとってはどうでも良かった。重要なのは作戦内容だ。
暴れる怪物の意識を逸らし、隙を作り、アレス零があの蛇頭に一撃を叩きこむ。単純な作戦だ、わかりやすくてゼウスI好みである。瞬間火力であればゼウスIもアレス零と変わらないのだが、戦闘経験の差から、「真っ直ぐ突き進むだけ」の簡単な役割はアレス零に譲ってやったのだ。戦闘経験がアレス零より豊富で先輩なゼウスIは、彼女が一撃を見舞うまでに余計な障害を取り除く役割をもらい受けた。
鼻歌を奏でながらゼウスIはソファに寝転がる。他人が見れば、このような事態で余裕だと感じるだろう。余裕などあるわけがない。だが、作戦開始まではまだ時間がある。とすれば、ゼウスIがやることはそれまでに体を休めて英気を養うことだ。
「……ねえ」
「あン?」
うとうと、眠りかけていたところに突然、話しかけられてゼウスIは目を開いた。視界に入ったのは、明るい緑色の髪と、同じように明るいピンクがかった赤色の瞳。
「うおっ!? メルクリア!?」
「しーっ!! ぼくがここにいることはトップシークレット☆」
「は、いや、なんでっ!?」
「んふふ、ひみつ☆ って言っても、ゆっぴーには特別に教えちゃおっかな~」
メルクリア……ヘルメス神は、ゼウスの目の前で妖精のようにふわりと浮きながら、いたずらっぽい笑みを浮かべた。ゼウスIはぽかんと口を開けてヘルメス神を見つめている。
「あの怪物がさ、異界の間の壁を壊したからこっちに来やすくなっててさ~。だからゆっぴーの顔でも見よっかな、なんてね!」
ヘルメス神はそう言ってくすくすと笑った。そして、「壁が壊れた破片、たくさん降ってきて大変だったでしょ~?」と何事もなかったかのように明るい声で言いながら、床に落ちていたアダマス作戦の作戦要項が記載された紙を拾い上げた。そして、それをソファに座り直したゼウスIの胸に押し付ける。
「ねえ、ゆっぴー。人間はね、こんな作戦を立ててどうにかしようって考えてるみたいだけど……無理だよ? 普通に考えてみなよ、ゼウス含め神々が尻尾を巻いて逃げた相手だし。しかもさ、神であるアレスが戦って負けちゃうような相手だもん。ぼくだったら絶対、逃げるね」
「メルクリア……」
ヘルメス神は笑いながらゼウスIの頭に手を伸ばした。修行時代によく撫でてやった時のように、優しく撫でてやる。
「逃げようよ」
「!」
「壁にあれだけの大穴が開いてるなら、ぼくの神としての力を使って君一人ぐらいなら隠蔽して運べる。それでさ、ゼウス達が逃げた向こうの世界に……」
「メルクリア」
ゼウスIは頭を撫でるヘルメス神の手を取り、真剣な声で真っ直ぐにピジョンブラッドの瞳を見つめた。ヘルメス神は、視線を受ける前に目を伏せて瞳を揺らす。
「ゆっぴー……」
「違う、今の俺は、ゼウスIだ。この世界を守るヒーロー、最強のヒーロー、ゼウスIだ」
「っ! ば、ばっかじゃないの!! こんな壊れる世界を守るって! 無理だって言ってるでしょ!」
「無理かもしれない、だろ? 無理だと確定してないんだから、無理じゃないさ」
「そんな屁理屈っ! ……ゆっぴーのバカ! バカバカバカ!!」
バーカバーカ、とヘルメス神は顔を真っ赤にしてゼウスIを責め立てる。ゼウスIは困ったように目を泳がせてから、持ったままだった手を引いてヘルメス神を胸に抱きいれた。
「俺は、今、この時のために拳を磨いてきた。厳しい修行だって耐えてきたんだ。……わかってくれよ、メルクリア。ここで逃げたら、最高にダサすぎる」
「っ、う……っ!」
静かになった空間に、ヘルメス神の嚙み殺した嗚咽だけが響く。
「メルクリア、最後に会えて嬉しかったぜ。わざわざ遠くから来てくれてさ、嬉しかったぜ、俺は」
「~~~っ!! ゆっぴーの、ばか、ばかぁ……っ!」
「泣くなよメルクリア、お前に泣かれると困るんだ、お前は昔から、泣き虫だった俺を慰める方だったろ。困るんだよ、泣かれると」
「もうっ! ゆっぴーなんて知らない! 知らない!! 勝手にすればいいでしょっ!!!」
ヘルメス神はゼウスIの「抱っこ」から無理やり抜け出すと、薄い羽根をはためかせてどこかへと消えていった。残されたゼウスIは頬をぽりぽりとかく。
「んー、最後が泣き顔じゃ、しまらないな。後で謝ろう。しまらないからな」
後でチャンスが来ることは限りなく低いだろうが、ゼウスIはそう思わない。なぜなら、チャンスがないとは確定していないからだ。そして、ゼウスIは自分の信じた正義は必ず貫く。メルクリアを泣かせてしまったのは悪いことだから、謝らなければならない。
ただ、それだけ。
「えっ、ボス達は避難しないんですか!」
「おうよ、ヴァンガード隊のメンバーが全員でるっつーのに、裏方が逃げちゃ意味ねェだろ」
アレイシアの言葉に、ゾエルはにやりと笑って答えた。ハルディスもコリーヌも、機材を両手いっぱいに持ってゾエルの後ろで同じように笑っている。
エウブレナはハデスIVとしてハデスフォースの、ネーレイスは新ポセイドンIIとしてポセイドンフォースの、それぞれの手伝いに行っていて不在だ。そして隊長であるヴァッカリオは姿をくらましている。アレイシアがゾエルに聞けば、「裏方で隊長として作戦の折衷やってんだよ」と返されて、さすがにこの事態に隊長もちゃんと働いてるんだなあ、としみじみ思ったものだ。もちろん、実際はディオニソスXIIとして様々な物事にあたっているのだが。
そういうわけで、ハデス区の地下シェルターに避難したヴァンガードのメンバーはこれだけしかいない。作戦を聞いたアレイシアを見つけてとっ捕まえたのが、ついさきほどの事。
ゾエル達が機材をいろいろ準備して、アレイシアのサポートに回る、と告げられたのは、たった今。
「でも……」
「あー……アレイシア、ちょっとこっち来い、もっと近くに来い」
ゾエルは手招きをした。アレイシアは首を傾げながらゾエルに近寄る。そんなアレイシアの首を、ヘッドロックでもかけるかのように腕を回して密着させたゾエルは、小さく、それでいて限りなく低い声で囁いた。
「……アルテミス区の、避難シェルターがやられた」
「!! 中の人達は!?」
「わかんねェ。アルテミスVIIIもそれっきり連絡がついてねェからな」
アルテミス区の避難シェルターがやられた、と一報が入ったのはかなり前だ。地上で監視員として残っていたアポロンVI率いるアポロンフォースから、作戦本部に緊急連絡があった。
報告内容によれば、怪物は火球をばらまいて周辺一帯を更地にして回っていたが、突然、動きを変え、まるでアポロンVIの光の矢のような、収束された光線を口から地上に向けて放ったという。
それは長い時間照射され続け、アポロンVI達が見ている前で地表のビルを溶かし、地面を溶かしつくし、まばゆいばかりの光が収まった時には融解した地層がむき出しになった大穴だけが残っていたのだという。
「市民に知られたら混乱が起きるかもしれねェ。だから、この情報は絶対に他に漏らすな」
「……わかった」
アレイシアは黙って頷いた。頷かざるを得なかった。
密閉された空間で、頭の上からは怪物が暴れ回っている振動が絶え間なく伝わってくる。ただでさえ恐怖に晒されているところに、そのようなショッキングなニュースをわざわざ伝え広める必要もない。もう、どこにも逃げ場はないのだ。
「あ、だから作戦開始を早めるってこと? 作戦の目的が変わってきてる?」
「そういうことだ。ぶっちゃけ、そのうち飽きて帰ってくれりゃそれはそれで良かったんだがな。いつ、xxxxなビームがこっちに向くかわかったもんじゃねェ。避難シェルターも安全じゃないってわかった今、もうあのxxxx野郎をぶっ飛ばすしか手段がなくなっちまった」
ゾエルはわかりやすくため息をつくと、アレイシアを解放した。二人の会話が聞こえていなかった、あるいは聞かないようにしていたコリーヌとハルディスの二人は次々に機械をどこかへ運び出している。
「ここにいたって安全だなんて保障はない。だったら、自分たちで安全な居場所をつかみ取るってだけさ」
「……そうだね!」
アレイシアは歯を見せて笑った。そしていつもどおりに雄たけびを上げて気合を入れている。それを見ながら、ゾエルは苦笑した。
ゾエルがアレイシアと合流したのは、アレイシアの精神面をサポートするため。今までも様々な困難に直面してきたアレイシアだが、今回はまたレベルが違う。
何より、その作戦内容が問題だ。何しろ、友人であるエウブレナやネーレイスを踏み台にして、突撃しろという内容なのだから。それを理解し、それ以外にもう方法がないということまで含めて、アレイシアは受け入れた。
逆に、エウブレナとネーレイスは最も死に近い役割となったアレイシアの身を心配した。自分たちはいざとなれば、逃げることもできる。しかし、アレイシアはほぼ「自爆特攻」に近い役回りなのだ。
「アレイシア、ウチらの役割はアンタを怪物の鼻先まで効率よく最短ルートで運ぶこと」
「はいっ!」
「他の奴らが怪物の相手をしてくれるからな、状況に合わせてルートは随時連絡する」
「はいっ!」
ゾエルは鼻を鳴らして笑った。
「ヴァンガードの連携、xxxxxな怪物に見せつけてやろうじゃねえか!」
「おおおおっ!!! そうだ! ボク達の連携は世界一!」
「そういうこったよ! 任せな!」
アレイシアの背中をばしん、と叩いてゾエルは快活に笑った。その笑いに、影が一切なかったと言えば嘘になる。だが、アレイシアを全力でサポートするという気持ちは一切曇りのないものだ。
そして、ゾエルには隠れた目的もある。そう、怪物と戦った後のアレイシアの回収だ。全力を使い果たしたアレイシアが、無事に地上に自力で帰ってくるとは限らない。
その時のことまで考えて手を回すのが、上司の役目。いざという時には、ハルディスが現在進行形で改造中のリミッター解除済みヴァンガードカーで助けにいくつもりだ。ヘラクレスの神話還りであるコリーヌならば、アレイシアを受け止めることもできるはず。
今の作戦には、そこまでのフォローは考慮されていない。怪物のところにアレイシアを「投げる」事で、リソースはもう手一杯なのだ。
「へっ、コリーヌがいてハルディスがいて……ちょうど良い塩梅、ってか?」
ゾエルはコリーヌと何やら喋っているアレイシアを見ながら、目を細めた。
作戦開始は、予定よりかなり早められた。……というのも、アルテミス区に続き、ヘルメス区の一部、それからヘパイストス区、ゼウス区も薙ぎ払われたからだ。オリュンポリスの人口は、わずか半日で3割も減ってしまった。
夜が明けるのを待っていられなかった。僅か一夜で、人類が絶滅するかもしれない。それほどまでの恐怖を、怪物は与えてきた。
不幸中の幸いなのか、例の光線は乱発できないようで、アルテミス区蒸発からヘルメス区への攻撃まではそれなりの時間間隔があった。ゆえに、次が発せられるまでのこのクールタイム期間中に作戦を遂行する必要がある。
ただ黙って待っていたら、またどこかの区が消えてしまうかもしれない。失敗するにしろ成功するにしろ、確定した被害が広がる前には、手を打ちたいという思いがあった。
残っていたビルの屋上に佇む、数人の影。
「全員、揃ったか」
アポロンVIが声を上げる。そこには、ゴッドナンバーズが勢揃いしていた。普段は裏方であるヘラIIIやデメテルVも。そして、一時的に神器使用を許可されたアテナVIIもヘパイストスXIも。問題児であるゼウスIと……それから、ディオニソスXIIも。
アポロンVIはざっと見渡し、神器を構える。
「全員、神器起動! 目標はあのデカブツだ! 作戦を開始する! ……ゴッドナンバーズ、出動!」
その号令に従い、全員が一斉に神器を覚醒させた。そのパワーの高まりに、さすがの怪物も気が付いたのか頭をこちらに向ける。ずるり、と雲の隙間から頭部を地表へと下ろしてきた。
このタイミングも、もちろんデメテルフォースによる解析のおかげ。火球を吐き、光線を吐くその合間。一時的に火球や光線を吐かなくなる時間の法則性を発見したのだ。
「アフロディテIX、指揮は任せたぞ!」
「はーい! じゃ、アポロンVI、さっそく一番矢よろしく!」
「心得た!」
アポロンVIが腰を落とし、怪物の頭部――その瞳めがけて、弓を引き絞る。
「さあ、開戦と行こうじゃないか……っ!」
アポロンVIが弓から手を離した瞬間、矢はまさに光となって怪物の瞳に吸い込まれていく。飛んでいった後から、遅れて空気を切り裂く音がゴッドナンバーズ達の耳を打った。
光がかき消えると同時に、怪物が頭部を激しく動かした。と、耳を塞ぎたくなるような咆哮が世界中に響き渡る。
「効いたか!」
「ちょっと痛いぐらいなんじゃない!? アレス零、ディオニソスXIIは後方待機、他のメンバーは全員前進!」
了解! との威勢の良い掛け声とともに、崩壊したビル群の残骸から残骸へ飛び移って怪物との距離を詰める。
頭を振り回していた怪物は、どうやら眼下にちょこまかと動く小物たちが自分に攻撃を仕掛けたと判断したらしく、舌をしゅるしゅると出しながら頭をさらに下ろしてきた。
「やっぱり! 火球は吐けないみたい!」
「はっは、さすがデメテルVと言ったところか! 二番手は俺がいくぜ! アポロンVIの次だから二番手だ!」
そう言って飛び出していったのはゼウスI。グッ、と足に力を入れて、更地になった地面を走る。歩幅を大きくしていき、勢いに任せてそのまま大きく跳躍。
「オラァッ!! ケラウノ・ストライク!!」
蛇の鼻頭めがけて、渾身のパンチを叩きこむ。電撃をまとったその拳がつるりとした鱗を見事に砕き、さらに周囲に大量の電撃の筋をまき散らした。砕けた鱗に電撃が反射し、眩しい程にゼウスI周辺が煌く。
「うおおっ!?」
「危ないっ!」
怪物が攻撃してきたゼウスIを飲み込まんと、一瞬首を下げてから大口を開けて突進してきた。空中では逃れる術がない。万事休す、と言ったところで、それに気づいたハデスIVが冥府の鎖を伸ばしてゼウスIの体を絡めとった。そのまま、ハデスIVが鎖を振り回すことによりゼウスIは間一髪、怪物の口から逃れる。
「サンキュー!」
「すみません、着地は適当にお願いします!」
あいよー! という声と共に、ハデスIVの鎖から解き放たれたゼウスIは遠くへと飛ばされていった。
それを皮切りに、ゴッドナンバーズ達が次々に怪物へと攻撃を仕掛ける。が、怪物も黙ってやられているわけではない。
頭だけではなく、雲の上から全身を表して怪物はついに地表へと降りてきた。その姿は、蛇をイメージさせるものでありながら、やはり異形であった。
背中からは大きな翼が一対生えており、はためく度に突風が巻き起こる。再攻撃をしようとしていたゼウスIが、思わず跳躍を途中で辞めてしまうほどの強風だ。
そして、何より、異形とも言うべき箇所。目にしたアフロディテIXが思わず「キモッ!」と叫んでしまった、両の腕。蛇にはあるまじき、部位だ。そして何より、その腕は人間さながらの腕をしており、爪こそ鋭く長いものの、鱗がなくつるりとした表面をしている。怪物本体の色と同じように、その両腕も黒みがかった赤色をしていた。
怪物は、その両腕を地面に突き立てて匍匐前進をするかのように迫りくる。そして、突然、右手で地面を抉りその破片をこちらへ飛ばしてきた。
「くっ!」
大小様々な土片から、掘り起こされたビルのコンクリートブロックまで。乱雑な攻撃にアポロンVIは毒づきながら回避行動をとる。
しかし、戦闘慣れしていないヘラIIIやデメテルVは苦戦しているようだった。
「お父様!」
「おうとも!」
ポセイドンIIのトライデントにネーレイスの人造神器による水流が合わさり、巨大な津波となってゴッドナンバーズ達と怪物の間に水の壁を作る。ブロックも土塊も、全て押し流し。水の銀幕が消え去った後には、怪物までのルートが開けていた。
「ナイス! さあ、もう少し怪物の頭を叩きましょ! あの固そうな鱗を剥がしたいところだわ!」
アフロディテIXがふわりとケストスを操り、隣にいたアポロンVIにエンチャントをかける。心得た、とばかりにアポロンVIはにやりと笑うと、今にもポセイドンII親子を飲み込もうと大口を開けたままの無防備な怪物の鼻先に狙いを定める。
「いけっ! アポロン・バスタ―!」
弓矢を操るアポロンVIにとって、動きの鈍い的を射貫くなど容易いことで。気づいた怪物が頭を動かすより早く、矢はゼウスIが鱗を砕いた箇所に吸い込まれていった。
怪物の口から、まるで金属片を釘でひっかいたかのような叫び声が迸る。思わず、ハデスIVは耳を抑えてしまった。
「イケる……これならっ!」
アフロディテIXは手ごたえを感じた。思っていた以上に、こちらの攻撃が効いている。これならば、アレス零とディオニソスXIIを早く投入して押し切った方が良いのではないか。
しかし、その目論見はあっさりと崩れ去った。
羽虫に本気を出す人間がいるだろうか? 足元を歩くアリに本気で襲い掛かるゾウがいるだろうか?
ただ、怪物にとって、ゴッドナンバーズ達は、邪魔な存在に格上げされた。羽虫も、十数匹が集団で目の前で舞っていたらもはや無視はできない。
邪魔な存在は排除するべき。そう考えたのかわからないが、怪物は一つ、咆哮を大きく上げると、両翼をはためかせた。
――怪物は、まだ、力を隠していた。