久々の人造神器を手に、エウブレナは大きく深呼吸をした。作戦開始の時刻はもうすぐ、目の前に迫っている。
ハデスフォース内の調整やヴァンガードとの打ち合わせ、時折飛んでくる他フォースやゴッドナンバーズからの問い合わせに奔走している間は、不安も無かった。それが、今は静かに作戦開始の時を待つ時間。同行してくれるアレイシアと、ポセイドンIIから神器を借り受けたネーレイスの到着を待っている一人の時間であった。
果たして、自分の力で門を閉めることができるのだろうか。携帯している神器は、呼び掛けても相変わらず無言を貫いている。思わず、先達であるヴァッカリオに神器のことを聞いたが、ヴァッカリオも困った顔をして「神器にはそれぞれの特徴があるから、おいらにもちょっとわかんないな」と至って普通の回答をされただけだった。
「どうして、答えてくれないのかしら。やっぱり、私じゃ力不足……」
「エウさーーーん!!」
「わっ!! アレイシア!! それにネーレイスも……!」
「はぁ……はぁ……んん、遅くなりましたわ! お父様から神器を借り受けるのにちょっと時間がかかってしまいましたの!」
どん、と勢いよく突っ込んできたアレイシアを受け止めて、その後に続けて走ってきたネーレイス。二人を出迎えて、エウブレナは少しだけ気が軽くなったのを感じた。
「エウさん、神器動かなくなったんだって?」
「え、ええ……呼びかけても、反応してくれなくて」
「お父様に聞いたら、まあそう言う事もたまにはある、っておっしゃってましたわ」
「ネーレイス……」
アレイシアとネーレイスが心配そうに声を掛けてくれ、思わずエウブレナは涙が出そうになった。しかし、それをぐっとこらえて顔を上げる。
「そもそも、神器が所有者を変える、というのであれば新しい所有者の下にとっくに行っているはずですから、今もエウブレナの手に収まっているのであればまだエウブレナのものではないのか……ってお父様が仰ってましたわ」
「ネーさん独自の見解かと思ったけど違った」
「わたくしのお父様が神器との付き合いは世界で一番長いのでしてよ!? 一番詳しい人に聞くのが当然ではなくって!?」
「おお、ネーさんが正論を言ってる」
「そうでしてよ! どうかしらエウブレナ、この完璧な理論、論破できまして??」
まさにドヤ顔、と言わんばかりに顎を上げて胸を張るネーレイスに、小さく拍手をするアレイシア。いつもと変わらない二人のやり取りにエウブレナはくすくすと笑い声をあげた。ずっと、張り詰めていた心がじわりと温かく、緩んでいく。
「私の負けよ、ネーレイス。そうね、あなたのお父さんが最も詳しいのは当然だわ」
「でしょう!」
「でも偉いのはネーさんのお父さんであってネーさんじゃないよね」
「……ぐぬぬ……」
そんな、日常的なやり取りをエウブレナは眩しそうに眺めていた。
そこにゾエルとヴァッカリオがやってくる。本格的に作戦開始の秒読みが始まりそうだ。自然と、それまでふざけていたアレイシアとネーレイスも、緊張した様子でゾエルの顔を伺った。
「おう、三人娘よ、準備は万全だな?」
「はい! オッケーです! アレイシアいつでもいけます!!」
「同じく、私も大丈夫です」
「わたくしもいつでも行けましてよ」
三者三様の答えに、ゾエルは鷹揚に頷いた。ヴァッカリオは黙ってニヤニヤとそんな様子を眺めているだけだ。
「いいか、作戦の目標は地下の門を閉ざすこと。特に、神器を持ったエウブレナをそこまで安全に運ぶことだ」
そう言いながら、ゾエルは近くにあったテーブルに携帯用のスクリーン端末を設置し、ホログラムを表示させる。ハデスフォースビルの立体地図だった。
「一階の玄関ホールはxxxxxなゾンビだらけになっちまってるからな。お前らには三階の窓から侵入してもらって、エレベーターシャフトををブチ抜いて地下まで一気に降りてもらう」
「まあ、エレベーター設備を壊してしまってよろしいので?」
「いいのよ、ネーレイス。……どのみち、ハデスフォースビル、内装がほとんどダメになってるから、全部修理する予定なの」
「うわ、ご愁傷様~。修繕費スゲーことになりそうだな」
遠い目をしたエウブレナに、ヴァッカリオが茶々を入れた。その顔をエウブレナはじろり、と睨むとぷいっと顔を背けた。ヴァッカリオは悪びれた様子もなく、相変わらずニヤニヤ笑っているだけだった。……予算の心配をできるほどの心の余裕が、エウブレナに戻ってきたことをヴァッカリオなりに確認しただけである。それに気づいたゾエルだけが、ふ、と口の端から笑みを零した。
「地下まで降りたら、門までは一直線だ。そうだな?」
「はい。あそこは一本の廊下しかありませんでした。地下通路の方もゾンビで溢れているようなので、結局は強行突破するしかないと思います」
「よっしゃあああああああ! 突撃なら任せんしゃい!!!!!!」
「おーそうだそうだ、アレイシアの一番槍がこういう時に頼りになるんだよな~」
また、ヴァッカリオが茶々を入れる。ネーレイスがこっそり「この人、まさかとは思うのですけどお酒を飲んできてないでしょうね?」とエウブレナに耳打ちをした。エウブレナは……黙って、首を振るにとどめて置いた。
「門に辿り着いた後は、基本的にはエウブレナにかかっている。神器を使って門を閉ざす……が。もし、それが不発であったり、予想外の事象が起きたようなら、アレイシアとネーレイスはエウブレナを引き摺ってでも撤退して来い」
ゾエルが真剣な眼差しでアレイシアとネーレイスを順に見た。二人は、大きく頷く。
「エウブレナも、無理に深追いはするな。何しろ不確定要素が多すぎる。下手に刺激して、さらに冥府との『通路』が広がっちまったら意味がねェ」
「……わかりました」
「いいか、確かに門を閉めることが第一目標だが、作戦はそれだけじゃねェ。藪を突いて蛇を出すな。とにかく、今回は安全第一だ。わかったか?」
三人娘がはい!と元気よく返事をするのを聞いて、ゾエルはよし、と両手を打った。その音に、自然と室内の空気が引き締まる。ゾエルは端末を操作してどこかと連絡を取った後に、ヴァンガードのメンバーを見渡した。
「作戦開始は五分後! もうやるとなったらさっさとやっちまうぞ!」
「了解!!」
「さっさと片付けてしまいましょう!」
拳を握って突き合わせるアレイシアとネーレイス、そしてエウブレナも大きく頷いてから、拳を突き合せた。大丈夫、仲間がいるなら、何も怖いことはない。
エウブレナは持っていた人造神器を握り締め、そしていまだ何も答えない神器の表面をゆるりと撫でた。
作戦開始の時報と共に、エウブレナ達三人はそれぞれの武器を起動させてハデスフォースビルの三階へと、窓を割って侵入する。ゾンビ達は「階段を上る」という動作がそもそも苦手なようで、地下からかなり離れた三階はほぼ無人の状態であった。人間でも三階まで階段を使えば良い運動になる、というのであるから、アンデッドには厳しい道のりなのだろう。
階下の喧騒が遠い中、エレベーターの扉をアレイシアが槍の一突きで破壊する。
「アレイシア、あそこは普通に手で開けば良かったのではなくって?」
「あっ……エウさんごめん!!」
「いいのよアレイシア……フフフ……修繕費……」
「し、しっかりなさってエウブレニャ!!」
……などと、他愛ない会話をしながらもエレベーターシャフトを三人は一気に降りる。ちょうど、エレベーター本体の鉄箱は上階に止まっていたようだ。
最下層の地面に着地し、さっそく地下の廊下へと続く扉へ飛びつく。今度は、アレイシアは槍を使うことなく壁の凹凸に器用に足を掛けて、両手の力で扉をこじ開けた。
「ふぐぐぐ……よし、ひら……うわぁっ!!」
「ちょ、アレイシア!」
扉を開いた瞬間、隙間から大量のアンデッドが零れ出てくる。まるで、行き場を失った水流が新たな穴を見つけて噴き出るようだった。
一瞬、ゾンビに押し流されそうになったアレイシアを慌ててエウブレナが手を引っ張って、扉の上側に引き上げた。同じ様に、壁に張り付いて待機していたネーレイスが、次々と扉から溢れてくるゾンビが下に落ちていくのを見て嫌な顔をしている。
「うう、ただのエネルギーの塊と知っていても、気持ちの悪いものですわ……」
「ネーさん、ここからが本番だぞ」
アレイシアの指し示した先には、廊下にみっしりと詰まったゾンビや骸骨の山があった。呻き声、というより、何かと何かがぶつかるような音がひっきりなしに鳴り響いている。思わず、ネーレイスは口元を手で抑えた。そんなネーレイスをエウブレナが心配そうに見る。
その視線に気づいたネーレイスはキリッ、と表情を整えた。
「ここまで来て戻るわけがないでしょう。さあ、行きますわよ!」
「よし、突撃じゃあああああ!!!!」
「っ、二人とも、頼むわよ!」
扉をくぐって、アレイシアが槍の一突きでゾンビを吹き飛ばし、合間に見えた廊下に着地する。続けてネーレイスとエウブレナもそこに着地した。
アレイシアはとにかく、前を向いてゾンビを打ち払う。ネーレイスは、その後ろについてエウブレナを守るように水のバリアを構築した。エウブレナも、それらをすり抜けてやってくるゾンビ程度は人造神器で打ち払う。
「ぐっ、量が、多すぎるっ……!」
「全然進まんぞーーーー!!!!」
「……エウブレナ、こっちの壁の分をアレイシアのフォローに回しても!?」
「そうしてちょうだい! 大丈夫、自分の身は自分で守るわ!」
ネーレイスが守りを解いて水の槍へと変形させ、アレイシアの背後からゾンビ達をバラバラと打ち抜いた。それに気づいたアレイシアがちらり、と後ろを振り返るが、エウブレナが黙って頷いたために何も言わずに前へと向き直る。
それでも、遅々として歩みは進まない。これでは、門に辿り着く前にアレイシアとネーレイスが力尽きてしまう。そう判断したエウブレナはすぐにゾエルへと連絡を入れた。
『チッ、お前らでもキツいのかよ……あっ、おい、てめェ』
「? ボス?」
何やらガタガタと端末の向こうで音がした後、次に声がしたのはゾエルではなくヴァッカリオだった。
『あー、もしもし、エウブレナ? 聞こえてる?』
「き、聞こえてますけど! 何ですか!」
『今、まだエレベーターの前あたりで悪戦苦闘中? だったらさ、右の方に反省部屋……じゃなかった、資料室がないか?』
「資料室……」
ヴァッカリオの言葉に、必死にゾンビの山をかき分けながらエウブレナは辺りを見渡した。すると、確かに右の前方に資料室、と書かれたプレートがかかった部屋がある。扉が閉ざされていることから、どうやらゾンビはまだ侵入していないようだ。
そのことを伝えると、端末の向こうでヴァッカリオがよしよし、と笑う気配がする。
『そこの扉、普通の会議室と違ってかなり重くできてるからね。でも、アレイシア達なら吹き飛ばせるはず。実は、そこの室内に隠し通路があってさ~』
「隠し通路!?」
『そうそう、おいらの記憶が正しければ、だけど……資料室の右奥の本棚を動かせば、門のある部屋まで直通の通路があるはず。試してみる価値はあると思うぜ?』
「なんでそんなことを隊長が知っているんですか!?」
『なんでだろうね~不思議だね~』
話は終わりだ、と言わんばかりにヴァッカリオの側からプツン、と通信が切られた。
エウブレナはあっけにとられた顔をしたが、すぐに気を取り直した。確かに、作戦の進捗が芳しくない今、ヴァッカリオの謎の助言は賭けてみる価値はあるはずだ。それに、いくら酒に溺れただらしのない隊長と言えども――やる時はやる、そういう男だと、エウブレナは知っている。
そんなヴァッカリオが適当な嘘をついて場を混乱させるわけがない。エウブレナはすぐにアレイシアとネーレイスに呼び掛けた。
「アレイシアは資料室の扉を破って! ネーレイスはゾンビ共が入ってこないようにガードを!」
「わかりましたわ!」
「わかった! 合図はエウさん、お願い!」
「ええ……三、二、一!」
エウブレナの合図で、三人は同時に飛び上がる。そのままの勢いで、アレイシアは資料室の扉に飛び蹴りをした。続いて、エウブレナが軽やかに壁を蹴ってアレイシアの後に続く。最後に、ネーレイスが激しい水流でゾンビ達を威嚇しながら、部屋へと身を滑り込ませた。
「ええと、右奥の本棚……これね!」
「エウさん、下がってて!」
アレイシアが怪力で、本棚を掴み上げて隣へと放り投げた。そして現れたのは壁ではなく、ヴァッカリオの言う通りにぽっかりと開いた人一人分が通れそうな穴、だった。
「ヴァカ隊長、なんで知ってたんだろうね?」
「さあ……まあ、いいわ。ネーレイス、こっちへ! あなたが通路に入ったら、本棚でもう一度塞ぎましょう!」
「わかりましたわ!」
アレイシアとエウブレナで手分けして室内の本棚を移動させてバリケードを築く。タイミングを見計らったネーレイスがバリケードの内側に飛び込んできたが、無事にゾンビ達は堰き止められているようだった。
アレイシアを先頭に、薄暗い通路を歩く。最後に、行き止まりにぶち当たった。どうやら、こちらも重い扉になっているようだ。悩んだエウブレナは、ヴァッカリオに通信を入れる。
『お、ちゃんと通れたんだ。まだ残ってたか~……そこの扉、ブチ破れば門の目の前に出るはずだ。しかも、そこの門がある部屋って有事の際に戦闘する前提の設計になってるから、かなり激しく暴れても大丈夫なはずだぜ』
「だから、なんでヴァッカリオ隊長が知ってるんですか!? ハデスフォースの機密事項では!?」
『なんでだろうね~不思議だね~……頑張れよ、エウブレナ』
「っ!」
茶化した声から一転した、低く真面目な声で言われて思わずエウブレナは心臓を跳ね上げた。一方的に切られた通信に、エウブレナは息を呑む。その様子を不審に思ったアレイシアが、エウブレナの顔をのぞきこんできた。
「エウさん、どうかした? 隊長なんだって?」
「……ここの扉をブチ破れば、もう門の目の前よ。あと、そこの部屋は戦闘が行われる前提の作りになっているから、力は抑えなくて大丈夫よ、アレイシア」
「よっしゃああああ!!! 燃えてきたあああああ!!!!」
「もう、目的を間違えないでくださいませ!」
エウブレナは深呼吸をする。門の構造もわかっている、力を注ぐべき場所もわかっている。ただ、心配なのは、また神器が暴走するのではないか、ということだ。胸に抱いた神器をぎゅっと抱き寄せる。
「アレイシア、ネーレイス。ここからは、いつでも神器を起動できるように私は人造神器の起動を停止するわ」
「エウブレニャ! それはあまりにもきへ……危険ではなくって!?」
「エウさん……!」
「いつ、何があるかわからないもの。チャンスは逃したくないし、もし、神器が暴走を始めた時に、すぐに抑えられるようにしたいの」
その言葉に、アレイシアとネーレイスは顔を見合わせて黙った。エウブレナの言う事は正しい。しかし、人造神器を起動している時とそれ以外では、人体の強度に大きな差が出てしまう。例え、戦わないとしてもこの争いに満ちた空間に躍り出るなら、人造神器は起動しておきたかった。
しばらくしたのちに、アレイシアがゆっくりと頷く。
「わかった。ボクたちが、絶対にエウさんを守って見せる」
「アレイシア……」
「……しょうがないわね、エウブレナは昔から頑固ですもの」
「ネーレイス……ごめんなさい」
ネーレイスは目をぱちくりとさせると、エウブレナの背中をバシン、と叩いた。身構えてなかったエウブレナは一歩前にたたらを踏んでしまう。
「エウブレナ、そこは謝罪ではなくって、『任せた』の一言で良いのよ?」
「そうそう! エウさん、ゴッドナンバーズのアレス零とポセイドンIIに任せなって!!」
「ま、まあ、わ、わたくしはまだポセイドンIIではなくてお父様がポセイドンIIなのですけど、実質今はわたくしがポセイドンIIなのでして、でもお父様が世界で一番神器の扱いに慣れていて最強のゴッドナンバーズ――」
「ネーさん、落ち着きなよ」
至って冷静なアレイシアの突っ込みに、顔を真っ赤にしてあわあわしていたネーレイスは唇を尖らせて押し黙った。この期に及んでも、いつものスタイルを崩さない二人のやり取りに、エウブレナは頼もしさを覚えた。
「そうね。二人とも……すべて、任せるわよ」
「任された!!」
「任せなさい!!!」
力強く胸を叩く二人を見て、エウブレナは静かに人造神器の起動を停止した。エウブレナの空気がふわり、と柔らかな、一般人の物へと変わる。
三人は黙って頷き合った。アレイシアが槍を構える。ネーレイスが神器を構える。エウブレナは、ただ、その頼もしい二人の後ろ姿を祈るように見守る。
「だっしゃしょかあああああああ!!!!!」
アレイシアの独特な掛け声と共に、扉が粉砕された。ゾンビ達が流れ込んでくるよりも早く、アレイシアが飛び出していく。ネーレイスは振り返って、エウブレナの手を取った。
「さあ、行きますわよエウブレナ! 冥府の門まで!」
「頼むわよ、ネーレイス!」
エウブレナは、その幼馴染の頼もしい手を握り返す。