Re:HalloweenNight - 5/9

 同時刻、ハデス区にある某エリュマ。イートインスペースでパワフルワンの缶を片手に寝こけていたヴァッカリオを店長(あだ名)がたたき起こした。

「……なんだよ、まだ閉店時間じゃねえだろ~……」
「おい、ディオニソスXII、それどころじゃない」
「は?」

 店長(あだ名)からヴァッカリオへ、ではなく、プロメテウスからディオニソスXIIへ、と話しかけられた言葉にヴァッカリオは飛び起きた。アルコールの回った寝起きの頭が一瞬で覚醒し、周囲の状況を鋭敏に感じ取る。

「ハデスフォースから緊急避難指示が出た。冥府の蓋が開いたぞ」
「おいおい、何が起こって――」

 ヴァッカリオの声を遮るように、外から激しい物音と悲鳴が上がる。弾かれたようにヴァッカリオが飛び出して行くと、ハデスフォースのヒーローが住民を庇いながら謎の化け物と戦っているところだった。ヒーロー達の手が足りてないのか、サラリーマンが鞄を振り回して化け物と応戦している。
 ヴァッカリオは地を蹴ると、その化け物へと飛び蹴りを盛大にかました。驚いたサラリーマンが尻もちをつく。

「大丈夫か!?」
「あ、ああ、大丈夫だ」
「一体何がどうなって……」
「アンタ、さっきの緊急警報聞いてなかったのか? ゾンビが市中に発生する可能性があるから、市民には緊急避難指示が出てるんだぞ」
「ぞんびぃ??」

サラリーマンからもたらされた情報の中で、異彩を放つ単語にヴァッカリオは思わず目を剥いた。ハロウィンはとっくに終わったと思っていたが、そう思っていたのはヴァッカリオだけだったのかもしれない。
 ヒーローに吹き飛ばされた化け物がちょうどヴァッカリオとサラリーマンの目の前に転がってきた。なるほど、これはゾンビに間違いない。よくよく、周囲に目を向けてみれば、ゾンビ以外にも白骨の人間がカクカクと音を立てながら歩いていたり、明らかに皮膚の色がおかしい筋骨隆々のオーガのような化け物が走っていたり……なるほど、やはりハロウィンは終わってなかったようだ。
 とりあえず、ヴァッカリオはサラリーマンを助け起こした。そこに、また、一体のゾンビが走り寄ってくる。チッ、と舌打ちしてヴァッカリオは迎撃しようとするが、その目の前にモップが突き入れられた。突進してきたゾンビを、野球のボールでも打ち返すかのようにモップが頭を撃ち抜く。

「おっ! 店長、さっすが~!」
「ふざけている場合か、この汚物野郎め!」

 モップを振り回してゾンビを薙ぎ払う店長(あだ名)に続き、ヴァッカリオもその長い足で次々にゾンビ達を蹴り倒す。どうにも、素手で殴る気にはならなかったのだ。
 あらかた、集まっていたゾンビを打ち払い、サラリーマンをシェルター方面へと追い立てた。エリュマの中へ戻り、ヴァッカリオは真剣なまなざしで店長……プロメテウスを見やる。

「で、なんだって? 冥府のフタ?」
「ああ。この世とあの世を塞いでいた蓋が開いて、冥府から次々に魂の欠片が流れ込んできている。早く塞がなければ、この世が亡者に乗っ取られるぞ」
「冥府の……あー……そういや、昔そんな事故もあったな……」

ヴァッカリオは冥府、というワードから一つの事故を思い出した。
 まだ物心ついたばかりで、家でゆっくりアポロニオの料理を味わっていた時に起きたあの事故。和やかだった夕食中に響いた緊急事態のアラームに、アポロニオは厳しい顔をするとヴァッカリオをアポロン区のシェルターに一人だけ預けて去って行ったのだった。あの時、どれだけ心細くて、どれだけアポロニオの裾を掴もうかと悩んだ嫌な記憶が久々に脳裏によみがえる。
 ふう、と息を吐くとヴァッカリオは髪の毛を掻きむしった。緊急避難指示が出ているということと、すでにゾンビと接敵したということ。これらから察するにかなり事態は進んでしまっているのだろう。クリュメノスの下でヒーローとしての訓練を受けていた頃に、何回もお世話になったハデスフォースの施設を思い返す。本来であれば、門が開いたとしても地下で押し止めるようになっていたはずだ。

「とりあえずおいらはヴァンガードへ行くから、店長も避難しなよ」
「当たり前だ、私はただの一般人だからな」

 よく言うよ、というヴァッカリオの言葉は、エリュマの窓にバン!と張り付いて来たゾンビの数々に消された。モップを構える店長(あだ名)とヴァッカリオは思わず顔を見合わせる。店長(あだ名)はやれやれ、と肩を竦め、ヴァッカリオはそれににやりと笑って返した。

「店長、シェルターまで頑張れ。死ぬなよ」
「お互いにな!」

 それを合図として、二人はエリュマの入り口を同時に蹴破った。ドアと共に、張り付いていたゾンビ達が一時的に跳ね飛ばされる。ハデスフォースのヒーローが必死に戦っているが、やはり物量に押されているようだ。
 モップを振り回して、避難用シェルター方面へと去って行く店長(あだ名)を見送り、ヴァッカリオはヴァンガード本部方面へと足を向けた。ゾンビ達は明確に「人間を目標として襲ってくる」事はないものの、無作為に突撃して体当たりをしてきたり、かなりのスピードで走り回っていたりするため、やはり危険な状況であることには変わりなかった。

「っと!!」

 通りすがりのケーキ屋の中に、店員らしき女性が二人取り残されているのを確認したヴァッカリオはゾンビを打ち払いながら、店の中へと体を滑り込ませた。二人はすっかり腰が抜けてしまったのか床に座り込んで震えている。

「大丈夫か?」
「だ、大丈夫ですけど、どうしよう、店の周りが全部囲まれちゃって……」

 さきほどより、量が増えつつあるゾンビ達に店舗の周りはほぼ囲まれてしまっている。さすがに、生身のままで女性二人を守りながらシェルターまで案内するのは、ヴァッカリオとしても難しい問題だった。思わず、腰の神器に手をかける。
 その瞬間だった。おどろおどろしい、黒い色合いに埋め尽くされていた市中の、上空から唐突に激しい光が降り注ぐ。咄嗟に、店員二人を庇って背を向けたヴァッカリオが、もう一度振り返った時、ガラス張りの店舗の中から見える景色は一変していた。目の前に広がるのは、まるで何事もなかったかのように、ゾンビの面影すら残っていない綺麗なハデス区の市街道路だ。
 すぐに、その光を放った主に気が付いたヴァッカリオは自然と頬を緩めた。いつだって、ピンチになれば駆けつけてくれるみんなのヒーロー。

 とん、と軽やかな音と共に、すべてが消え去った道路に降り立ったのは、ヴァッカリオの兄でもあり、ヒーローの頂点に君臨するその人――アポロンVIであった。

 アポロンVIに気が付いた二人の店員も短く悲鳴を上げる。ちら、とヴァッカリオが顔を伺えば、二人は頬を赤く染めていた。先ほどまで命の危機にあったのに、と思わず苦笑するが、そう言えば自分も、と少しばかり熱が上がった頬に気づいて恥ずかし気に頬をかく。
 周囲を見回していたアポロンVIは、店舗の中にいるヴァッカリオ達に気が付き、驚いた顔をした後に駆け寄ってきた。

「ヴァーー」
「アポロンVI様!! 助かりました!」

 名前を呼びそうになるアポロンVIの言葉を遮って、ヴァッカリオが叫んだ。それに、はっ、と気づいたアポロンVIも少し咳ばらいをするとキリッとした顔をして三人の前に膝をつく。

「大丈夫か、君たち。安心したまえ、この辺一帯にはアポロンフォースが救援に来た。さあ、ハデスフォースの指示に従って、最寄のシェルターに逃げるといい」
「あっ、ありがとうございます!」

 立てるか、とアポロンVIに手を差し出された女性は、顔をぱっと赤らめてその手を取った。女性二人をエスコートし、外にいたハデスフォースのヒーローに託す。
 そして、アポロンVI……アポロニオは、ぐるりと振り返ってヴァッカリオの顔を見上げた。

「ヴァッカリオ、大丈夫か? ケガはないか?」
「いやあ、その言葉さっきの二人にも言ってあげなよ……と言う事はおいておいて、状況、どうなの?」
「なんだ、ヴァンガードの方から出て来たのではないのか?」
「ああ、ちょっとパトロール中だったんだよね」

エリュマで昼から酒を飲んだくれて眠りこけてた、ということは全力で隠蔽した。

「状況だが、とりあえず最悪の事態は免れそうだ。ゾンビ共は地下通路を使ってオリュンポリス全体に出没していたが、それらも各フォースの尽力で押し返している」

初動が早かったおかげだな、とアポロンVIは続けた。
 抑え切れなかった少数の化け物達は市中へと出没していたが、いずれも各フォースが臨戦態勢になっていたおかげで、被害が出る前に駆逐できたらしい。さらに、以前のとある事件で入手してあった地下通路を網羅したマップのおかげで、順調に駆逐及び抑え込みに成功しているという。

「で、ハデス区だけがちょっと上に出てきちゃった、って感じね」
「そういうことだ。……ヴァッカリオ、ハデスIV……エウブレナのことだが」

 アポロンVIは難しそうな顔をすると、頭上のヴァッカリオの頭を手招きして自分の顔に近づけさせた。アポロンVI本人も、少しばかり背伸びをしてヴァッカリオにだけ聞こえるように、手で口元を覆う。

「どうやら、神器に見放されたらしい」
「!? エウブレナが……っ!?」
「詳しいことはわからん。ただ、エウブレナの呼びかけに神器は応えず、むしろその手から逃れようとした、とのことだ」
「なんだって、そんなことが……」
「……このことは、ゴッドナンバーズの一部とハデスフォースの一部のメンバー、お前のところのゾエルしか耳にしていない。恐らく、アレイシアやネーレイスにも伝えられていないはずだ」

 アフロディテの神器がその所有者を次々と変えるのは有名な話だが、それでも今回のエウブレナほどに短期間で神器が所有者を変更するという例は聞いたことがない。何より、あの真面目で熱いヒーローの心をもったエウブレナが。ヴァッカリオは信じられない、という表情を浮かべてアポロンVIの顔を見つめた。それを受けて、アポロンVIはやるせなさそうに首を振る。

「単なるエウブレナの不調であれば良いのだが。……この件については、まだ英雄庁とゴッドナンバーズの間でも棚上げ状態だ。どのみち、この件が片付いて落ち着いてから、だな」

 その言葉の裏に、アポロンVIの鶴の一声で「ハデスIVの資格喪失を議論するより、やるべき事があるだろう」と遠回しにエウブレナを庇ったのだとヴァッカリオは察した。アポロニオの優しさに、心の中でエウブレナの上司として礼を言う。
 
「さて、お前はヴァンガード本部へ戻るのか? ディオニソスフォースなら悪いが勝手に借りてハデスフォースのビルへ救援に向かわせたぞ」
「あーいいよいいよ、勝手に使って。状況判断ぐらいおいらがいなくてもできるだろうし、こっちに連絡着てないってことは、ディオニソスフォース単体でどうにかできるって判断したんでしょ」
「おかげさまで、地上の片付けもどうにかなりそうだ。……八割ほど、掃討は完了している」

 そう言ってアポロンVIは端末を操作してハデス区の全体マップをホログラムに投影した。ハデスフォースのビルを中心に、ゾンビ達アンデッドはかなり広範に広がっていたようだ。マップ上の明滅していた赤い点が、アポロンVIの操作によって瞬く間に消えていき、最新の状況ではビルの一階とその周辺ぐらいにしか残っていない。
 マップを見る限り、ヴァンガード本部まではヴァッカリオ一人でも無事に辿り着けそうだ。多少の撃ち漏らしはあるだろうが、ヴァッカリオとて鍛えぬいた体を持つ男、ゾンビの一匹や二匹ぐらい大したことはない。

「ヴァンガード本部まで送っていくか?」
「いや、いいよ、そんなことよりお兄ちゃ……アポロンVI様は、さっさと陣頭指揮に戻った方がいいんじゃ?」

 にやりと、ヴァッカリオに笑われたアポロンVIはうぐ、と何とも言えない呻き声を上げるとヴァッカリオを振り返りつつも飛び立って行った。どうせ、また事態が落ち着いた後の全体報告会で顔を合わせることになるだろう。

「おいらもヴァンガードに戻って……っととと、もしもし?」

 普段からベルトに引っかけている端末からコール音が聞こえ、ヴァッカリオは慌てて手に取った。耳に当てた瞬間、聞きなれた女傑の怒声が最大音量で端末から放出される。

『もしもしじゃねーよこのxxxxxのxxxxxxが!! 何回コールしたと思ってんだ!! アアン!?』
「わー、ごめんって! ちょっとゾンビに追いかけられて大変だったんだよ~」
『テメェがゾンビに追いかけられて泣くようなタマかよxxxxxxめ!!』
「悪かったよボス~。で、本題は? 状況はさっきたまたまお兄ちゃんにばったり会ってあらかた聞いたとこ。……エウブレナのことも」

ヴァッカリオが声を潜めると、端末の向こうでもゾエルが息を詰めた。少し、二人の間に沈黙が流れた後に先にゾエルが口を開く。

『それじゃあ、だいたいの情報は集まってんな。よし、とりあえず一旦本部へ来い。アレイシアとネーレイスは外に出たっきりだから、向こうで現地集合させる』
「向こう?」
『作戦本部だよ。xxxxなゾンビどもを掃討したって、根源を叩かなきゃ意味がねェ。その辺の封印作戦について、話し合うための本部がさっき立ち上がった』

 ゾエルから告げられた場所は、ハデスフォースビルが機能不全に陥った場合に使用される、緊急時の代替ビルだった。これも、以前の事故を教訓としてできたものだ。全フォースで、バックアップ機能を持たせた代替ビルというものを本拠地以外に所持している。慎重なヘラフォースなどは、三か所も所有しているのだとか。

「オッケー、とりあえずそっちに行くわ」
『……テメェ、酒飲んでねェだろうな』
「さっき運動して抜けてるから大丈夫っしょ」

 耳元で喚くゾエルの声を、ヴァッカリオは端末の通話オフボタンで強制的に打ち切った。一段落したとしても、まだまだ山場はありそうだ。やれやれ、と首を回してヴァンガード本部へと足を向ける。
 そういえば、さきほどアポロニオに顔を近づけて話をした時、兄は何も言わなかったな、とヴァッカリオは今更気が付いた。