Re:HalloweenNight - 4/9

 ハデスフォースビル一階。何とか、地下から脱出してきたエウブレナは玄関ホールの片隅で地下で対処にあたっている部隊からの報告と、状況整理をしていた。地下での爆発音と、それに付随する揺れはハデス区全体に広がっており、市民の間にも動揺が見られているという。

「……念のため、市民にも外出を控えてもらうように通達すべきではないかしら」
「いえ、しかし、まだ地下で抑え込みはできていますから……あまり市民の不安を煽ると言うのも……」

 エウブレナは、その回答に頭を抱える。例の副官の女性の代わりにサポートとしてついた警務部の部長だが、事を大きくするのを恐れているようであった。彼の言う事も、実に正しい。ハデス区全体に緊急避難指示を出せば、大層な事になる。他の区から状況の問い合わせは殺到するだろうし、間違いなくゴッドナンバーズ、特にアポロンVIからの介入は避けられないだろう。
 アポロンVIの介入だって、エウブレナとしては特に困るような話ではない。しかし、少しばかりハデスフォースの……特に、先代の頃から勤めているメンバーの中には、アポロンVIを含む他フォースの介入を嫌う人間もいた。
 先代のハデスIV亡き後、アポロンフォースはハデスフォースのサポートを万全にしてくれていた。それはそれで助かるのだが、ハデスフォースのプライドに影を差すこともあった。
 今日にいたって、ハデスフォースは若輩者とはいえ「新たなハデスIV」を戴いて新たな一歩を踏み出したのだ。ハデスフォースがハデスフォースたらんとする、その一歩を。他のフォースと同じように、頂点にゴッドナンバーズを迎え入れて。
 何とか、自分達だけで解決したい、というプライドをエウブレナは十分に理解している。それが成しえないのは、ひたすらにエウブレナの力不足が原因だと、エウブレナ自身も痛感していた。
 どうしたものか、と溜息をつくエウブレナだったが、地下から上がってきたエレベーターの音に思考を遮られた。……まだ、エレベーターが動いているという事は、確かに警務部の部長が判断する通り、抑え込みは成功しているのかもしれない。淡い希望が胸の内に生えるが、それはすぐに打ち消されてしまうこととなる。

「医療班、重傷人だ!! 早く!」

 エレベーターが開くと共に、大きな声が響き渡り、玄関ホールで忙しそうに走り回っていた人々が一斉に視線をそちらに向けた。エウブレナも、たまらず席から立ち上がる。
 エウブレナが近づくより早く、医療班が殺到し、てきぱきとケガ人を担架に乗せて連れて行った。その中で、一人だけ、運搬を拒否してエウブレナに近づいてくる人物がいた。エウブレナの、副官だった。
 いつもきっちりとした髪は散り散りになり、控えめながらも女性らしい化粧を施していた顔は血や汗で汚れている。皺ひとつないハデスフォースの制服はところどころ破れ、だらんと垂れ下がった左腕は明らかに重傷を負っていた。

「ハデスIV……ご無事でしたか」
「だ、大丈夫ですか! 早く治療を……!」
「いえ、私は大丈夫です、それより、事態の収拾を、早く……」

 そう言って副官は足を引きずりながら、エウブレナの近くに来ると、今まで話し合いをしていた応接用のソファにだらしなくも崩れるように座り込んだ。普段の彼女からは考えられない仕草だ。警務部の部長はおろおろとしているし、エウブレナもどうしたら良いかわからず、立ち尽くす。

「ハデスIV、状況の把握はできていますか?」
「は、はい!」

 鋭い声で言われて、エウブレナは背筋を伸ばして、今まで報告に上がってきた事や、警務部の部長と相談していた事をまとめて副官に伝えた。まるで、どちらが上司であるかわからないような光景である。
 一通り、話を聞いた副官は痛みに耐えつつも、目を閉じて思案していた。そして、目を開くと立ったままのエウブレナを見上げる。

「ハデスIV。あなたはどう決断しますか?」
「私、ですか……」
「ハデスフォースの失態を明かして、他のフォースに頼るのか。それとも、自分達で起こした事故は、自分達でしっかりけじめをつけるのか」

その厳しい言葉に、隣で聞いていた警務部の部長は少しだけ息を呑んだ。
 ハデスフォース全体のプライドをかけた判断をエウブレナと言う、一人の少女にさせようとしている。一歩間違えば、ハデスフォースだけではない、他のフォースにも多大な迷惑をかけることになるのだ。あまりにも、重すぎる決断を、エウブレナに迫っていた。
 エウブレナは少しだけ考え込む素振りをした後に、口を開いた。

「私は、他フォースへ助力を願うべきと考えます。以前の事故の時も、結局はハデスフォースだけで抑えきれず、市民に多大な被害が出たと学びました」
「それは過去の話です。現在は、有事に備えて施設や人員配備、緊急時のマニュアルも用意されています。実際、現状はそのとおりに全員が動いて、地下に封じ込めで来ているでしょう」

エウブレナの言葉を半ば遮るように、副官は鋭く声を上げた。その様子に、エウブレナは少しだけたじろぐ。しかし、副官の視線を受け止めると、一度深呼吸してから話を続けた。

「しかし、地下で戦闘を行った部隊からは『想定より量が多い』と報告を受けています。また懸念事項として……私が、ハデスIVが、神器を使えず、実質戦力外となっている状態です」
「……」
「そう言った懸念がある状態で、楽観視はできません。慎重すぎると言われようとも、市民の安全が第一であり、また、事にあたるヒーローの安全も、考慮すべきと考えています。ですから――」
「あなたが、ハデスIVの座を下ろされることになっても?」

 副官は、ゆらり、とソファから立ち上がった。そして、胸倉を掴むのではないかという勢いで、エウブレナの肩を右手で力強く掴む。

「神器を使えないことが! 他のフォースに、ゴッドナンバーズに知られれば! あなたはハデスIVの資格を失うかもしれないのですよ! ……また、ハデスフォースは、主が不在の部隊に、逆戻りを……」

そこまで言って、副官は眩暈を覚えたのか、ソファに倒れるように座り込んだ。そして項垂れて、小さく「ようやく、『ハデスフォース』になれたというのに……」と呟いた。
 きっと、それは独り言だったのだろう。しかし、その言葉は痛いほどにエウブレナの耳に届いていた。
 代替わりをしても、先代が残っているアフロディテフォースや、長くアポロンVIが率いているアポロンフォースを筆頭にゴッドナンバーズが君臨し続けている他フォース。
 エウブレナは、自分が携わった数々の事件を、そこに関わった様々なフォースの皆々を、走馬灯のように思い返していた。ヘパイストスXIに裏切られたヘパイストスフォースに、ロクに仕事を果たさないゴッドナンバーズを戴くゼウスフォースやディオニソスフォース。そして、存在はしていながら「長期療養」という理由で実質離脱状態のアテナフォース。
 オリュンポリスには、様々なフォースが存在していることを、エウブレナは知っている。十年の長い間、唯一ゴッドナンバーズ不在で肩身の狭い思いをしてきたハデスフォースのことも。
 その十年の間、姿をくらましていたディオニソスXIIだって、時にディオニソスフォースに帰還しているだろうことは週刊誌にも載っていた。本当に、長らく不在だったのはハデスフォースだけだ。
 その苦境から脱却し、ようやく新しい主を迎え入れて、ハデスフォース全体が浮足立っていたのも、エウブレナは知っている。まだ若く、ヒーローとしての技術も未熟なエウブレナを、温かく見守り、時に厳しく指導してくれるハデスフォースのメンバー達を、エウブレナは知っている。
 それでも。
 エウブレナは、父の顔と、ヴァンガードの仲間たちの顔、それからハデス区でエウブレナのハデスIV就任を祝ってくれた市民たちの歓喜の笑顔を思い浮かべた。

「……例え、私がハデスIVの資格を消失したとしても、ハデスフォースがまた、主を失ったとしても……優先すべきは市民の安全と平和です。ハデスフォースの皆さんには、辛い思いをさせるかもしれませんが……それでも、我慢していただくしかない、と思っています。それが、ヒーローであると」

 パパもきっとそう思うわ、とエウブレナは心の中でだけ付け加えた。だって、エウブレナは、クリュメノスの娘であることを、ハデスIVの娘であることを――たくさん、我慢してきたのだ。あの日だって、クリュメノスに行ってほしくない、と駄々をこねたことを今でも覚えているし、たまに夢にも見る。
 それを、他人に強いることの残酷さはよくわかっている。それでも、ハデスIVとして一度でも名を戴いたのであれば、時には冷酷なこともしなければならない。のちに、ハデスフォースのメンバーや市民達に忌み嫌われ、石を投げられようとも。エウブレナは、自分の信じた道を歩く。

「そう、ですか」

 エウブレナを見上げた副官は、眩しそうに目を細めた。汚れて傷だらけの顔に、ふ、と一瞬だけ笑みを浮かべ、すぐに元の無表情に戻る。エウブレナも、一瞬、見間違いかと思うような、優し気な笑みであった。

「ハデスIVの判断を尊重しましょう。市民の安全を第一に。我々のことは後回しに。……よろしいですね?」
「っ! ええ、もちろん! 我々、ハデスフォースは……ハデスIVを支援するための組織であり、ハデス区の市民を、オリュンポリスの平和と安寧を守るための組織ですからね!」

 副官に同意を求められた警務部の部長は、間髪入れずに同意した。先ほどまで、救援要請を渋っていた顔とは打って変わって、覚悟を決めた男の顔をして、副官の肩を叩く。

「さあ、あなたは治療を受けるべきです。後の細事は私とハデスIVで詰めていきますよ」

 そう言って警務部の部長が遠巻きに見守っていた医療班を手で呼び寄せた。そこで、初めてエウブレナは自分達がずいぶんと人々の注目を浴びていたことに気づく。皆が皆、こちらを見ていてる。きっと、さきほどの副官との言い争いの様な会話も、この広い玄関ホールにもかかわらず聞かれていたのだろう。
 しかし、その視線の数々はエウブレナのことを忌避するものではなく、どちらかと言えば期待に、熱意に満ちた眼差しであった。それを一身に受けて、エウブレナは思わず武者震いをする。

「ハデスIV。……ご武運を」
「! はいっ!」

担架で運ばれていく副官を見送り、エウブレナは警務部の部長を振り返った。
 方針は決まった。これからやるべきことは山の様にある。頼りになる副官が不在で、神器が使えないハデスIVだとしても、エウブレナの肩にはまだいくつもの責任が重く圧し掛かっている事は間違いない。
 よし、とエウブレナは自分に喝を入れて、部長が差し出した端末に目を向けた。

 執務室で書類仕事をしていたアポロニオの元に副官が駆け込んできたのは昼食後、そろそろおやつの休憩でも取ろうかという時間であった。

「ハデスフォースから緊急支援要請?」
「はい、ハデスフォース地下にて『冥府の門が開く』という事故があったそうで……」
「っ、あれか!」

副官の説明を受けたアポロニオはすぐに事態の大きさに気づいた。
 約二十年前に発生した、ハデスフォースが引き起こしてしまった大事故。あの時、アポロニオはアポロンVIとして活動をしていた。とは言え、まだまだ成り立ての新参者であったアポロンVIは、ポセイドンIIの指示に従って必死に対処を行うので精一杯であった。苦い記憶の一つでもある。
 しかし、あの惨事が再現されるとしたら……大変なことになる。ハデスフォースだけではもう対処できなくなっている、ということであるから、状況はかなり逼迫していると言えた。
 すぐにアポロニオは副官達に指示を出し、自身も神器を起動していつでも前線に参戦できるよう準備を整える。同時に、ヴァンガードや他フォース、ゴッドナンバーズとも通信を入れてハデス区を中心に何が起きているか事態の把握に努めた。
 具体的な人員配置はヘラIIIに丸投げし、ハデスフォースへの直接支援は隣接区であるディオニソスフォースに依頼。当時を知っている唯一のゴッドナンバーズであるポセイドンIIに対処方法の相談を投げかける。

「緊急報告! アテナ区にて、『ゾンビ』と思わしき存在が確認されました!」
「アテナ区、だと?」

 アテナ区とハデス区はかなり距離が離れている。さらに言えば、誰にも見つからずに他の区を通り過ぎてゾンビが突然アテナ区に侵入したとは考えにくい。何しろ、すでに各フォースは臨戦態勢になっているし、そのようなゲテモノが地上を走っていれば何かしら通報があるはずだ。
 何かおかしい、とアポロンVIは腕組みをして思考に耽る。例の大事故の時、ハデスフォースの地下から溢れた化け物達はハデスフォースビルから外へと散り散りに駆け出し、ハデス区を中心に同心円状に被害が広がっていった。
 当時は真っ先にハデスフォースの本拠地が被害にあったため、他フォースへの連絡が遅れ、初動にかなり影響が出てしまったのだ。ゆえに、発生から時間経過と共に被害は徐々に広がっていった。
 それが、今回はハデス区ではない、他の区で先に目撃報告が出ている。ハデス区では市民の避難が順調に行われているという情報しか、今のところは上がってきていない。

「なんだ、何が起きている……?」

 腕組みを解いたアポロンVIが、今度は神経質そうに執務デスクをトントンと指で叩くのを、副官達は不安げに見守った。彼らは、アポロンVIが知っている以前の事故を歴史の教科書でしか知らない。
 目を開いて、何かヒントを探すかのようにアポロンVIは部屋中をぐるりと見渡す。そこで、ふと執務デスクに飾ってあった弟とのツーショット写真を目にとめた。最近、渋るヴァッカリオをどうにか説得して撮影したものだ。なんとなく、アポロンVIは自分の満面の笑顔と、同じように嬉しそうに笑っているヴァッカリオの顔をぼんやりと眺めて――呻き声を上げて椅子から勢いよく立ち上がった。

「地下通路か! 以前入手したオリュンポリス中に張り巡らされた地下通路のマップを出せ! それを全フォースに共有させろ!!」
「っ! 機密情報でありますが……よ、よろしいのですか!?」
「構わん! 英雄庁には事後承諾を取る! ……もし、私の予想が当たっていて、地下通路に化け物が溢れ出しているとしたら……オリュンポリス中が、化け物の海になるぞ」

その言葉の重さを正確に理解した副官達は顔を青くしてすぐにアポロンVIの指示に従った。
 かくして、アポロンVIの予想は当たっており――数十分後に、各フォースから「地下通路にてゾンビを発見」との報告が次々に上がってくることとなる。